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偽りの噂で隣国の老王に嫁がされた悪役令嬢は、復讐の機会を逃さない  作者: 海野宵人


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10 侍女ホリーの秘密 (1)

 反応の薄いミラーに眉をひそめながらも、コンスタンツァは目下のところ一番の目標に立ち返って宣言する。


「だからね、まずは何をおいても国王陛下と婚姻を結んで、お心をつかまないといけないの」

「あ、うん。結局そこなんだね」


 ミラーは気の抜けた笑いをこぼしながら、おざなりに相づちを打つ。どうにも失礼な精霊だ。コンスタンツァは彼を軽くにらんだものの、とがめることはしなかった。代わりに、細く長くため息をつく。


「なのに、わたくしの侍女ときたら、自動人形みたいに同じ言葉を繰り返すばかりなの。何かお願いしても謝るばかりで、結局、何も聞いてくれやしないわ。どうしたらいいと言うの」

「きみの侍女って、誰?」

「ホリーよ」


 名前を告げると、ミラーは得心したように「ああ、彼女か」とうなずいた。


「ホリーのこと、ご存じなの?」

「うん、まあ、それなりに」

「わたくしは自動人形じゃなくて、普通に言葉を話してくれる、ちゃんとした人間の侍女がほしいのだけど。これって、ここでは贅沢な望みなのかしら」

「そんなことはないと思うよ。ただ──」


 ミラーが言葉を途切れさせて考え込んでしまったので、コンスタンツァは黙って続きを待つ。だが、彼はなかなか黙考から戻ってこない。ついにしびれを切らして「ただ?」と続きを催促してしまった。ミラーはハッと意識を引き戻されたようにまばたきをし、「ごめん」と謝って彼女に視線を戻した。


「ホリーも、れっきとした人間の侍女だよ。ただ、彼女にはちょっとした事情があるんだよ」

「どんな事情?」

「うーん。僕から話すより、きっと本人の口から聞くほうがいいと思う」

「わかったわ。助言をありがとう」


 礼を言ってから、コンスタンツァは図書室に来た本来の目的を思い出した。長椅子から立ち上がって、並び立つ書架を振り返る。


「ところで、この国の王家のことをきちんと知っておきたいのだけど、参考になりそうな本がどこにあるかご存じ?」

「それなら貴族年鑑と『タリーニ王国王朝史』がいいんじゃないかな。きみのいる場所から入り口に向かって左側二番目の書架の、中段あたりにあるはずだよ」

「ありがとう。探してみるわ」


 さすが図書室の鏡にいている精霊なだけはある。助言が的確だ。


 ヒラヒラとミラーに軽く手を振ってから、コンスタンツァは教えられた書架に向かった。書架の前でざっとタイトルを眺めてみると、どうやらそこにはタリーニ王国の文化や風土に関する本が集められているようだ。そしてちょうど胸の高さの段に、ミラーの言うとおり『タリーニ王国貴族年鑑』と『タリーニ王国王朝史』が見つかった。


 いずれもかなり厚みのある大判の本だが、二冊とも取り出し、重ねて抱える。壁面の鏡を振り向くと、腕を組んで書架に寄りかかった姿勢でミラーがこちらを見守っていた。コンスタンツァは抱えた本の背表紙をミラーに向けて見せ、礼を言う。


「見つかったわ。どうもありがとう。では、もう行くわね」

「うん、またおいで。話ができて、楽しかったよ」

「わたくしもよ。人間とまともに話せたのは、この国に来て初めてかもしれないわ」


 口に出してしまってから、そう言えばミラーは人間ではなかった、と思い出した。が、彼は言葉尻をとらえて揚げ足をとるようなことはしなかったし、彼女のほうもわざわざ言い直したりはしなかった。


 にこやかに手を振るミラーに手を振り返し、入り口に向かう。そしてホリーを部屋に帰してしまったことを思い出した。


(どうやって来たのか、うろ覚えだわ。ひとりでお部屋まで戻れるかしら……。まあ、仕方ないわね。迷ったら、誰かに尋ねましょう)


 頭の中で瞬時に割り切り、ドアを引く。重たい本を抱え直しながらドアを開け放ったところで、コンスタンツァは驚きに目を見開いた。なんと通路の反対側に、侍女のホリーが立ったまま控えていたのだ。ホリーはドアが開くやいなや、コンスタンツァに向かって歩いてきた。そして当たり前のように両手を差し出して、本を受け取る。


 本を渡しながら、コンスタンツァは呆れて尋ねた。


「あなた、まさかずっとここで待っていたの?」

「さようでございます」

「本当に休んでいてよかったのに……」

「申し訳ございません」

「謝るようなことじゃなくってよ。お陰で助かったわ。お部屋まで案内してくださる?」

「かしこまりました」


 部屋に戻ったところで、コンスタンツァはホリーに指示をする。


「本は、そちらのローチェストの上に置いておいてちょうだい」

「かしこまりました」

「それから、お茶を入れてくださる? 二人分お願いね」

「かしこまりました」


 ホリーは決まったセリフしか話さないのが困ったところだが、侍女としての働きは申し分ない。テキパキと本を片づけてから部屋を出て行き、ほどなくして茶器類を乗せたワゴンを押して戻ってきた。ローテーブルに二人分の茶器と菓子類を手際よく準備する。


 最後に紅茶を注ぎ終え、壁際に待機しようとするホリーに、コンスタンツァは声をかけた。


「あなたの席はそちらよ。おかけなさい」


 コンスタンツァのこの言葉は、ホリーにとって完全に想定外だったらしい。鳩が豆鉄砲をくらったようにぽかんと呆けた顔をするので、コンスタンツァは吹き出してしまった。


「二人分とお願いしたでしょう。ここにはわたくしとあなたしかいないのだから、片方はあなたの分に決まっているわ。ほら、おかけなさい」

「かしこまり……ました……」


 気の毒になるほどうろたえながらも、コンスタンツァの指示に逆らうことはしない。手で指し示されたソファーに、ホリーはおどおどと腰を下ろした。座りはしたものの、彼女は見るからに緊張でガチガチだ。これでは会話なぞ望めそうもない。


 コンスタンツァは努めて愛想よく、ホリーに紅茶を勧めた。


「せっかくだから、どうぞおあがりなさい。あなたの入れた紅茶、おいしいわよ」


 勧められるがまま、というよりは、コンスタンツァの圧に負けたように、ホリーはおそるおそる紅茶カップを手にする。そしてビクビクとコンスタンツァの様子をうかがいながら、紅茶に口をつけた。


 コンスタンツァも紅茶をゆっくりと味わう。お世辞でなく、ホリーの入れる紅茶はおいしい。ほっと満足の吐息をつき、コンスタンツァはホリーに微笑みかけた。

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