ロミージュ
髪を丁寧に梳かした手を止め、最後の仕上げに髪飾りを付ける。直線に並んだ宝石がキラキラと輝く髪飾りは二年生の大富豪の息子から貢がれたものだ。頭をゆっくりと左右に振って鏡で確認を終えると広げていた化粧品をポーチに入れて立ち上がった。ポーチも化粧品も男たちに買ってもらったもの。
バッグと教科書と筆記用具は前の持ち主のものを使ってるけど。
昨日の放課後に二年生の首席の男子生徒とイチャイチャしながらやってもらった宿題の入ったバッグを持って学校へ足を向ければ、朝日に照らされた正門が見える。春らしく暖かい日が増えてきたのに合わせて日が昇るのも早くなってきた。マルベイリ学習庭学校は開始時間が早い。サボりたい気持ちでいっぱいだが、オドオドした女魔術師にあまりにも違う行動をするとさすがに誤魔化しきれないと言われたので我慢している。
「暖かい日が増えて嬉しいわたし」を意識しながら軽快に歩いていると、正門の前で三年生の伯爵令息が愛おしそうに目を細めてこちらを見ているので笑顔を浮かべて小走りに駆け寄った。
「おはよう。ミューリー嬢」
「おはようございますぅ先輩!今日はあたたかいですねぇ」
今、ロミージュはロミージュだけれど、本当はこの名前も立場も彼女 のものだ。以前の自分の名前は違ったはずだが、とにかく今の自分はロミージュ・ミューリーなのだ。あの子には悪いがこんな地位とお金のある男たちがそこかしこにいる場所から手を引く気はない。
ロミージュは孤児院育ちだ。赤ん坊のときに孤児院の玄関の前に放置されていたらしく、親は知らない。裕福な生活ではなかったが、かと言ってその日の食事の困るような貧乏でもない。ただ子どもたちの面倒を見ている大人たちの目が行き届いるせいで常にお行儀のよさを強要され、とにかく窮屈でつまらない場所だった。
八歳から通うことになる町学校にも孤児院のように大人が子どもに勉強を教えていると聞いたときはきっとつまらないところなのだろうと思っていた。
しかし、期待していなかった町学校には孤児院にはいないかっこいい男の子や金持ちの男の子がいて、ロミージュは好みの男の子を見つけては絡みにいき、町学校に通うのが楽しくなった。
ロミージュはかわいかったから身形のいい男の子たちも相手にしてくれたけど、やはり出自がわからないというのは忌避感を抱くらしく孤児だとわかると距離を置かれることもあった。
一〇歳になったある日、目を付けていた男の子に異様なほどに拒否されたことがあった。帰校中に彼を見かけ名前を呼んだだけで「こっち来んなよ!」と声を荒げ、彼の周りにいたかっこいい男の子や美青年の背を押してその場を離れたのだ。ぶっきらぼうな子だったが、返事ぐらいはしてくれたのに学校の外ではこれだ。ロミージュは彼の態度の変わりように驚いて涙が出た。
明日は別の男の子に話しかけようと思いながら、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭いていたときだった。
「おやまあかわいそうに。ねぇ、そこのお嬢さん。ここにいいものがあるよ」
そうやって占い師みたいなおばあさんに魅了の術という素晴らしい魔術を教えてもらったのだ。孤児院で手伝いをするともらえるおこづかいを貯め、おばあさんから魅了の術の陣が付与されたハンカチを買い、魔力の流し方を教えてもらった。
魔術を発動させるのはとても大変で、魔力を陣に流せるようになってもうまく魔力を馴染ませないと不発になってしまう。ロミージュは勉強が嫌いだったが魅了の術を使えば男の子たちがロミージュの虜になると聞いて、図書館で勉強し何度も練習を繰り返した。
魅了の術をかけても落ちない男もいたが、最近では三人までは同時に発動できるぐらいにはなり、ハンオー派の人たちに声をかけられマルベイリ学習庭学校のいい男たちをメロメロにしてきて欲しいと依頼されたのだ。
あの陰気な女魔術師に強化してもらえたおかげで何人もロミージュの虜になってくれている。
――だというのに。
一番落としたかった、学校で最も地位がある王子様は全くもってロミージュになびいてはくれなかった。王子様の隣にいた公爵令息は拍子抜けするくらいあっさり落ちてくれたのに。王子様はプレゼントはくれるが何故か婚約者の令嬢の話ばかりするのだ。相手がいる人間は魅了にかかりにくいと学んでいたので婚約者がいない隙を狙ったがうまく発動しなかったらしい。
結局、婚約者が帰ってきてからは王子様はロミージュに近づくことすらなくなってしまった。
せっかくなら王子様とお付き合いしてみたかったわぁ……。
ロミージュはため息を押し隠して伯爵令息の腕に自身の腕を絡ませ校舎に向かおうとして、薄い飴が割れるような不思議な感覚を身に感じた。伯爵令息の足が止まる。さっきまで愛おし気に緩められていた彼の視線が侮蔑の視線に変わる。
「……君、私に何をした」
あの日、怪しい老婆に魅了の術のハンカチを教えてもらった日。「こっち来んなよ!」と怒鳴ったあの少年と同じ視線。ロミージュがロミージュ・ミューリーではなくなった瞬間だった。
ロミージュ・ミューリーはクワノルミ領の西一体に広がる精霊の森に隣接する町にいた。
彼女は長期休暇が終わる数日前、学生寮から学校の図書室に向かおうとしていたところを反王派残党の本拠地となっていた屋敷に拉致された。王都の端にある父と二人暮らしの家から寮に戻って次の日のことである。
ロミージュの誘拐に手を貸していたのは、何度か話しかけてきた男子学生だった。
平民で固まっているとキザったらしく話しかけてきた男爵令息に、貴族じゃないからかしこまる必要はないと上から目線の中流階級のお坊ちゃん。
パニックになりながらも漏れ聞こえてきた単語で彼らが反王派に属しているのはわかった。
反王派は嫌われている。
二〇年前の町学校襲撃事件と、その数年後に起こった第二王子襲撃事件は反王派の仕業だったと田舎の平民ですら知っている。何十年前の先代王妃と当時の第一王女や第一王子が立て続けに亡くなった事件も反王派が関与していたらしい。
マルベイリ学習庭学校でも元反王派の貴族だったり反王派と思われる元貴族は警戒されていたが、さすがに無名の木っ端貴族だと反王派かどうかなんて平民にはわからない。一代貴族になったばかりのロミージュの父のほうが有名なくらいだ。
「こ、この二人を、い、入れ替える、ですか?」
魔術師が、手を拘束され猿轡でしゃべれないロミージュと、隣で妙にワクワクしている少女をおろおろと眺める。
屋敷に着いて連れてこられた部屋にいたのは魔術師のローブを着た大人しそうな女だった。厳重に鍵をかけられた扉に、鉄格子のついた窓からして彼女も拉致され幽閉されているのだとロミージュは悟る。
どうやら反王派の連中はこの少女をロミージュとして学校に侵入させる気らしい。しかし、二人の容姿は正反対である。片や長身で細身でスッキリしたフェイスラインの、ともすれば美少年にも見える女の子と、片や中背で肉感的で甘い顔立ちの女の子。魔術師が「本気で言ってる?」という表情なのも頷ける。
「塔の魔術師ならそれくらいできるであろう。できなければ――」
ロミージュがこのおじさん、魔術への信頼が厚すぎでは……と内心で突っ込んでいる後ろで、反王派残党のボスっぽい中年の男は目の前の少女二人ににチラリと目を向け、魔術師の女を睨んだ。
「は……、はい。いいい入れ替わりですね、やれます、はい」
「早くしろ」
視線の意味を理解した魔術師はふるりと震えると、二人の少女を紙や本で埋まっている机の前に連れていき、真っ新な紙にガリガリと何かの魔術陣を描きつけ二人のおでこに貼り付けた。それなりに大きな紙だったのでロミージュの視界がふさがる。数秒経って魔術師の手がおでこから離れると、隣からペラペラと音がした。少女の紙だけを剥がしたらしい。
「あ、すすみませんっ、髪が乱れてしまいました!こここの鏡使ってください……!」
「あらぁ、ありがとう」
「おい魔術師、うまくいったのか」
「はひぃっ、お、お嬢様、違和感はないですか?」
「ええ、ないわ!ねぇ、わたしロミージュっていうの!魔術師さんがわたしの魅了の術を強化してくれるのね?よろしくねえ」
「魅了の強化は後だ。来いロミージュ・ミューリー。お前の仕事について説明する」
ボスっぽい男が誘拐犯たちや少女を引き連れて出ていく。部屋を占領していた者たちがいなくなり静かになった空間に厳重なドアの鍵がかけられる音が聞こえて、ロミージュはようやく自分が置いていかれたことに気づいた。
突然ロミージュの存在を忘れてしまったかのような彼らの態度に開いた口が塞がらない。猿轡をされているので口は開かないのだが。わけがわからないままボケッとしているとおでこの紙がペロンとめくれあがり、むっすりとした魔術師が視界に入った。
「はあ~油断しました、悔しい。まさかここに来て無関係の人間を使おうとするとは。学校に潜り込ませてるお仲間にやらせなさいよ。どうせ下っ端なんだから切ろうと思えば切れる癖に……何?急に仲間意識でも生えたっての?」
先程とはまるで別人のような魔術師はブツブツ言いながらロミージュの拘束を解くと、机の上から引っ張り出した紙で拘束に使われていた縄と猿轡を包んだ。包みの形が変わっていく。
「お嬢さんは逃げてもらいます。ここにいたらさすがに命が危ないからね」
「……さっき、何をしたんですか?」
「あの少女には彼女が本物のロミージュ・ミューリーだと思い込ませる術、お嬢さんにはお嬢さんから意識が外れる術」
魔術師の女が窓を開け外を確認する。ロミージュが誘拐されたときは朝だったがすでに太陽は高い位置にあった。魔術師が窓の外に向かって紙をひっくり返すと白い灰が舞って散っていった。
「ただあの少女にかけた術は彼女が視界に入らないと発動しないものだから……あの少女がお嬢さんと入れ替わったのを隠すために、お嬢さんを消そうとするクソ野郎がいなくなるわけじゃない。だからできるだけ早く行方をくらませて欲しい。悪いけどお嬢さんのほうの術は一日半が限界。魔力に空きがないんですよねえ。これから大量の魔力を使う予定でして~」
魔術師は鼻歌でも歌いそうに軽やかに言うと、ロミージュの姿を上から下まで確認してうん、と頷いた。
「念のため変装しましょう」
学校の図書室に行くつもりだったためロミージュは制服姿だ。確かに服だけでも着替えたほうがいいだろう。魔術師は普通に扉から出て行くと、男物の服とサンドイッチとお金をどこからか調達してきた。
魔術師が幽閉されたのは二年以上前のことらしく、彼女は屋敷の構造どころか衛兵や使用人のスケジュールまで把握していた。何故ここに居残っているのか聞けば彼女はニヤリと笑った。
「あたし、反王派が大嫌いで。今あいつらに報復してる真っ最中なの。仮にも塔の魔術師を平民女ってだけでなめくさって派閥を壊滅させられる反王派なんて滑稽で最高でしょ?」
あまりに楽しそうであくどい笑顔だったので、ロミージュは神妙に頷いておいた。一矢報いたい気持ちはわからないでもないし。ロミージュだって恐怖と同時に怒りも感じているのだ。
「そうそう!お嬢さん今呪われてるんだけど」
「え!?」
「というか長期休暇のちょっと前からお嬢さんの学校の敷地内に入った人は呪われている状態なんだけど。自分の身に起こっていることを他人に教えることができないってやつ。呪いあるあるですね。だからもし誰かに現状を知らせたければ、お嬢さんが異常事態にあるってことをすぐに察せられてどうにかしてくれそうな人にしなさい……あ!いや、同調処理したんだった。うん、学校関係者なら問題なく話せます!」
「アッ、ハイ……」
その学校関係者に学校から誘拐されたばかりの人間に言う言葉じゃないなとロミージュは思った。
男装をしたロミージュが魔術師の道案内で屋敷から抜け出したのはその日の昼過ぎだ。魔術師からの「ほとぼりが冷めるまでは身内に近寄らない方がいい」との助言に従って王都には近寄らなかった。ロミージュの知り合いはほとんど王都にいるからだ。父の実家は辺境にあるがそもそも資金が足りないので候補に入れなかった。
どこに行くか悩んでふと、第五王子の婚約者のことを思いだした。彼女の家が治めるクワノルミ領のジェンリソーの森。ロミージュは植物学者の父のフィールドワークに何度か引っ付いて出回っていたため、あの辺りについてもそれなりの知識がある。魔術師の女からもらった路銀をやり繰りしながら魔導機関車や乗り合い馬車を乗り継いでクワノルミ領の西の町ジェンリソーに降り立ったのは次の日の昼前だった。
道中、意識を逸らす魔術が解ける前にと急いで切ったせいでまばらになってしまった髪をハンチング帽に隠し、少年のフリをして住み込みの仕事を探し運よく清掃業者に雇ってもらえることができた。
クワノルミ領の西に広がるジェンリソーの森は昔、精霊が棲んでいたと言われており精霊の森とも呼ばれている。
この森にはその通称にふさわしい固有種が溢れかえっていて、そのうちのひとつに”声”に反応する「タチギキ」という植物がある。一七〇センチほどの大きさで細長い葉がくるりと丸まった背の高い雑草だが近くにある”声”に向かって葉が伸びる習性があるため、防犯として役に立つこともある。
例えば、普段人が出入りしない場所に生えているタチギキの頭上部分の葉が森の中に向かって勢いよく伸びていたら、賊や密猟者が侵入した可能性があるとしてすぐに調査が入る。
不審なことが続けば専門家に依頼するはずだ。ロミージュはそれを利用することにした。
森に侵入し声を出しながら歩きまわり、適当なところで森を出る。出入りのときは声を出さない。声を出すのは町から離れた人が来ないような場所。
タチギキの葉の伸びは半日も経てばリセットされてしまうのでいつ気づいてくれるかはわからないが、そのほうが森番に捕まりにくい。
仕事があるので頻繁には無理だったが時間が空けば森に入り、あわよくば父か、父経由での知り合いが来るのを期待した。父はフィールドワークで数ヶ月は王都にはいないが、父の学者仲間が来てくれれば現状を知らせることができる。父の学者仲間にはロミージュが赤ん坊の頃からお世話になっている人もいるのだ。
ジェンリソーに来て三ヶ月、森に侵入するようになって一ヶ月以上経って精霊の森の異変が町で噂されるようになり、とうとう外部の専門家を呼ぶと聞いたときは期待と不安で心臓がバクバクと高鳴った。結局その専門家は知らない人だったが父がフィールドワークから帰ってくる時期までは続けることにした。
「ねえジョン兄、聞いた?明日お嬢様が来るんだって!」
「お嬢様って領主様のとこの?」
「そう、フィラメアお嬢様よ」
「ジョンも知ってるだろ?精霊様が復活したんじゃないかって噂!それで領主様が視察に来る予定だったんだけど領都のほう大火事があったから今大変なんだろうなあ。代わりにお嬢様が来るらしいぜ」
「精霊様もいついなくなるかわからないもんね」
森に侵入することさらに数ヶ月、入れ替わり立ち替わりやって来る専門家にお目当ての人物はなかなか現れなかった。
おそらく森番には人の仕業だとバレているだろう。
犯人が特定されてないのは頻繁に森に入る薬師たちと同じ靴を履いているため、出入りの痕跡がわかりにくいからだ。と、ロミージュは思っていたが実際にはあまりにも手慣れた歩き方であったため、町に現れたばかりの都会育ちっぽい美少年 のジョン は自然と捜査を後回しにされていたのだった。
「お嬢様が王子様と歩いているところ見たことあるけど素敵だったわあ……。二人がいるところだけ妖精の国みたいになるのよ……、あの空間にジョンが混ざっても違和感なさそうだわ」
「わかるわかる。空気が変わるよね。ジョンくんはどっちかと言うと天の使者のほうがしっくりくる。神聖な泉とかにいそう」
確かに、と盛り上がる仕事仲間のうっとりとした視線に居心地悪くなりながら昼食を口に運んでいると一番最初に話しかけてきた少年がパシパシと背中を叩いてきた。
「せっかくだからジョン兄も見に行こうよ!ね?ね?」
「う~ん、うん……」
「よっしゃ!お頭~!明日お嬢様を見に行ってもいい!?」
「ああ?まあちょっとぐらいならいいけどよ」
「あたしも行く!」
「みんなで行こうぜ~!」
仕事はしっかりやれよ!と言うお頭に返事をしながらロミージュは考えた。フィラメア・クワノルミになら事情を話せるのではないか。彼女は第五王子の婚約者であり、同じ学校に通う生徒である。魔術師の言った呪いは彼女にもかかっているはずだ。そして確実に反王派側の人物ではない。
信じてもらえなくてもせめて反王派の敵対勢力であろうクワノルミ侯爵家経由で父に連絡が行けば――。しかしロミージュはフィラメアに話しかけるどころか近づくこともできなかった。
護衛に囲まれて歩く彼女は学校で見かけたときよりもずっとお姫様のようで近寄りがたく、話しかけるにも人が多くて大声を上げなければならない状況だった。
ロミージュは植物図鑑は読み込んでいてもミステリーだとかは読んだことがない。悪党に気づかれず、かつ、フィラメアが思わず意味を考えてしまうようないい感じのセリフが思いつかないまま、ただあわあわと彼女の背中を見送っただけだった。
「いや~初めてお嬢様見たけど雲の上の人って感じがすごかったな!」
「どうしたん、ジョン兄。なんか落ち込んでない?」
「いや別に……。その、貴族が来たときって小さい子がお花渡したりするよね?そういうのってないの?」
「ああ、お嬢様へのプレゼントはね、王族の許可がないと受け取らないことになってるんだって。王様からの命令らしいよ」
「許可があるときはお付きの人が箱を持って、プレゼントはこっちに入れてくださーいって歩いてるから今回は許可がないんじゃないかしら」
ということは手紙を渡す作戦も無理らしい。チャンスをふいにしたロミージュは肩が地面に付きそうなほど落ち込んだ。
「不甲斐ないよターちゃん……なんの接触もできないままお嬢様が帰っちゃった」
大きなため息が漏れる。フィラメアはそこそこの日数をジェンリソーで過ごしていたが結局王都に帰ってしまった。
タチギキのターちゃんは執拗に周囲をぐるぐる回りながら話しかけたときも律儀に葉を伸ばしてくれたいい子である。いい子すぎて名前をつけた。まっすぐに空に向かってピンと立っている姿が綺麗で気に入っている。
「学校でもっと貴族と関わっておけばよかった。身分を気にせず話しかけてくれた人もいたのにめんどくさがって適当に切って逃げてたから……もしかしたら反王派の情報とかも教えてくれたかも」
隣に座り込むロミージュの声を聞き漏らすまいというようにターちゃんが健気に葉を伸ばす。
「ほとぼりが冷めるまでっていつまで?このままずっと隠れていたほうがいいのかな」
父はフィールドワークから帰ってきているはずだが手紙で連絡しようにも呪いで手が動かなくなる。なんとか話を逸らして逸らし続けて意味不明な手紙が書けても、郵便物を反王派に確認されでもしたらロミージュの居場所がバレてしまう可能性がある。最悪、反王派は父にも手を出しかねないのだ。
「お父さんは無事かな……、帰りたい、お父さん……」
あの屋敷から逃げ出してから今まで言わなかった弱音が出る。口にしてしまうとせき止めていた不安が押し寄せてくるようだった。折った両膝に顔を埋める。声を殺して泣くロミージュの頭をタチギキの葉がゆらゆらと撫でていた。
気持ちを切り替えて数日。仕事中にいきなり音もなく背後に立っていた男に腕を掴まれた。気配が全くなかったのでロミージュは飛び上がるほど驚いた。
腕の先にいたのは、学校で見たことのある人物だった。いつも第五王子の横で胡散臭い笑みを振りまいてる男だ。今は真剣な顔をしているが。彼はロミージュに何を言おうか迷ったように視線を彷徨わせると意を決したように口を開いた。
「ロレンスさんが怒り狂ってあなたを待っていますよ。一緒に帰りましょう」
「は、い、怒り狂って?なぜ……」
ロレンスはロミージュの父の名だ。彼はどちらかというと静かに怒るタイプである。思わず憤怒の形相で暴れる父を想像しようとして、うまく想像できずロミージュは毒気が抜かれてしまった。
少し離れた場所で作業していた仕事仲間たちが異変に気づき、こちらを窺っている。未だに腕を離さない男が小声で言う。
「そりゃあ、反王派が一人娘の君に手を出したから、ですよ」
ロミージュは息を呑み、次に聞こえた言葉に力が抜けてしまった。
「どうにもとある塔の魔術師が張り切って反王派の奴らを無効化してしまったようでしてね。今の奴らは、言ってしまえばポンコツです」
「ポンコツ……」
「ええ。奴らに君を探す余裕はないでしょう。近々一網打尽にする予定ですが万が一に備えて君を保護したい。ロレンスさんはすでに騎士団のほうで保護されています」
父が無事だと知り、ロミージュの肩の力が抜ける。同時に苦笑が浮かんだ。
あの少し怖い魔術師のお姉さんは見事報復を成し遂げたらしい。