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次兄と妖精のような

  とりあえず王太子である長兄に事情を説明してくる、とセイベリアンはディズベリールの部屋から出て行った。

 両親である王と王妃は昨日、友好国の戴冠式のために出発したばかりでしばらくは帰ってこない。転送の術で連絡を取り合うことは可能だが、両陛下不在の間の細かい決定権は代理を務める王太子にある。




 その日の夜、ノルベリートから報告を受けた王太子のルベリオルの指示で、王宮に留められたフィラメアは客室で予習をしていた。こうやって急な予定変更で王宮に泊まることもあるため、余分に用意してディズベリールの部屋に置いておいた教科書を持って来た。外は真っ暗だが、魔道灯のおかげで室内は十分明るい。


 上からパサリと落ちてきた紙が視界に入り教科書をめくろうとした手を止める。メモのような紙に書かれている字には見覚えがある。

 わざわざメモに書くのは急に話しかけて大声を出されたくないから、といつかに聞いたのを思い出しながら、フィラメアは勉強をしていたデスクを離れ後ろのソファーまで移動した。

 ローテーブルの上の点火器具でメモに火をつけ灰皿に置いて燃え尽きていくのを眺めつつ天井にいる人物に向かって話しかける。


「あなたも呼ばれたの?」

「ええ、ええ、呼ばれましたとも。まったく。このくらいのおつかいは他の者に任せてくれればいいものを」

「信頼されている証拠でしょう」

「さてどうだか。私は先に行っておりますよ。あなたも早く向かってください」


 メモが燃え尽きると、不機嫌にも楽し気にも聞こえる声の気配はあっという間に消えた。


 フィラメアはメモに書かれていた指示に従ってある場所に向かう。目的地に近づいておや、と思った。

 もう夜間なので学校から王宮に来たときと護衛が違うのは当然だが、第五王子付きの近衛でも特に信頼の厚い二人がドア脇に立っているのは珍しい。そういえば客室から出てきた自分にくっついてきた侍女もベテランである。


 王太子の采配だろうか。ドアの前に立ち、後ろにいた侍女に目配せをしてみると「私は客室に待機しております」と頷かれた。つまりフィラメアの泊まる客室に何人たりとも入れることはないということだ。信頼を頷きで返した。


 コンコンコン。


「ディズベリール殿下、フィラメアです。入ってもよろしいかしら」


 ノックの仕方で誰が来たのかわかっていたのか、言い終わってからすぐさまドアが開く。

 数時間前にこの部屋で一緒に夕飯を食べたノルベリートは、インク消しインクを取ってくると塔に帰った。


「フィー、ど、どうしたの、こんな時間に」

「ん?え~、っと……、入れて?」

「あ、ああ、どどどどうぞ」

「お邪魔します」


 どうやらディズベリールの寝室で待てという指示は本人には届いてないらしい。

 こんな時間に訪れたフィラメアにソワソワした様子彼を追い抜いて入室する。そしてディズベリールが気を使って少し開けたままにしていたドアをフィラメアは容赦なく閉めた。


「え!?」

「ディズ、あっちに行きましょう」

「あっちって……、しんしつ……」


 フィラメアの行動に驚いたディズベリールを無視して寝室のほうへ促すが、彼はドアの前から動かない。

 仕方ないのでフィラメアはディズベリールの背中にまとわりいてずりずり動かすことにした。重い。学校に入学したくらいから開いてしまった体格差が憎い。


 ディズベリールは制服を脱いですっかりラフな格好をしている。フィラメアも楽なワンピース姿だ。つまるところ二人ともいつもより薄手なのだ。背中に引っ付かれたディズベリールからするとたまったものではない。


「フィ、フィー、あの、こんな夜更けに二人きりで寝室はちょっとあの、やぶさかではないけど、僕たちまだ卒業もしてないし、そんなにくっつかれると、いや、きょっきょっ興味はものすごくあるけど」

「何をぶつぶつ言ってるの?二人きりじゃないわよ」

「は?……ひぃっ」


 フィラメアが指さした先には藍色のストライプ柄の壁にぽっかり空いた空間から、左腕が義手の男がこちらを見ていることに気づいたディズベリールは、飛び出そうになった心臓を手で押さえた。


「ベ、ベル兄様、いるなら声をかけてよ!」

「すまない、お前たちが微笑ましくてな」


 義手の男こと第二王子のベルアベリスは兄弟の中で一番体が大きく、猛禽類のような目なのも相まって薄暗いところでじっとされるとなかなかに怖い。


「兄上に言われて二人を迎えに来た。オレの部屋で話を聞くそうだ」

「迎えに来た……ってフィー、もしかして」

「グリオンくんから寝室に行けと伝言を貰ってここに来たのよ」

「グリオンあいつ!わざと僕に連絡しなかったな!!」

「ほら、行くぞ」


 ベルアベリスに促され、濁点をつけてわーわー唸るディズベリールを引っ張って隠し通路に入る。ベルアベリスが通路の壁の小さなレバーを下げると、ぽっかり開いていた空間がただの藍色のストライプ柄の壁に戻った。


 隠し通路は魔術を使わず作られたらしいが、魔術の才能があった王族や隠し通路を知ってる一部の魔術師がいろいろと便利機能を付け足していった結果、魔術師の塔に引けを取らない不思議空間になっている。

 人が近づくと光る、壁に取り付けられているランプは魔道灯が作られるずっと前に作られたものらしい。


 ベルアベリスの部屋は王族の部屋でも辺鄙なところにある。ベルアベリスを先頭にグネグネと長い道のりを、それぞれ足音を響かせて進む。隠し通路はディズベリールとフィラメアがギリギリ並べるほどの狭さだが音がやたらと響き、しかし特定の部屋以外は防音がしっかりしている。狭い以外は魔術によるものだ。


「私、王族じゃないけどここを通ってよかったのかしら」

「兄上が許可したから大丈夫だ」

「だいたいこんな複雑な道のり一、二回通っただけじゃ覚えられないよ」

「それはそうね……あっ、どうしましょうディズ、帰り道わかる?」

「……わからない」


 二人の視線が自分に向いてる気配を察知したベルアベリスは振り向いた。顔にある三本の傷跡は人によっては恐れを抱かせてしまうが、表情は穏やかだ。


「帰りもオレが送るから安心してくれ」


 ほっとしたのかさっきより賑やかに会話し始めた二人に癒されて微笑む。


 ベルアベリスにとってディズベリールとフィラメアは平穏の象徴であり、できるだけ永く二人仲良く笑っていてほしいと願っている。そうすればベルアベリスの世界は平和なのだから。






 ベルアベリスがこんな(なり)になったのは、まだディズベリールが歩いてもない赤ん坊の頃だ。

 長兄ルベリオルが毒を盛られた翌日、王宮を移動中に弾丸を二つ撃ち込まれた。反王派の犯行であった。


 一つはベルアベリスを庇った護衛に当たったが、魔術を駆使して作られた弾丸は当たる直前に麻痺毒をまき散らしながら五つに分かれて弾け飛び、三つがベルアベリスの顔に傷を残した。その直後、別方向から飛んで来た促進の術が付与された腐敗していく毒入りの弾丸がベルアベリスの左腕に命中し、その場で切断することになった。


 すぐに護衛たちが魔術障壁を張ったため、死者はでなかったが重傷により王宮を去るしかなかったベルアベリス付きの騎士や侍従が数名、ベルアベリス自身は怪我だけでなく麻痺毒がなかなか抜けず普通に生活できるようになるのに三年かかった。


 その間に反王派筆頭の二家が取り潰しとなり、取り潰しとはならなかったが複数の家が新しい当主を迎えることになった。この事件以降反王派の勢力は大きくそがれ、数十年に渡って続いた王家と反王派の闘争は終わりを迎えた。マルベイリ王国は三〇年ほど前に死刑制度を撤廃したため、関わった連中のほとんどは終身刑となり監獄に収容されている。


 事件から半年後、ベルアベリスはまだ幼いノルベリートとディズベリールは自分の姿を見て怖がるのではないかと、私室を人があまり来ないような場所に移したいと、当時まだ王太子であった父に願い出た。


 その願いは受け入れられたが、まだ体が動かなかったので車椅子の移動となった。階段などは父と兄が交代で横抱きで運んでくれ、セイベリアンは車椅子を押してくれた。その日の母は下の弟たちのそばにいたらしい。

 みんな忙しいなか遠い私室まで何度も見舞いに来て、下の弟たちの成長ぶりを聞かせてくれるせいか時折夢に出てくるようになった。会えなくとも十分幸せなのだと思った。


 そんな生活から一年半、部屋をゆっくりと歩けるぐらいには回復した頃、ひょっこりとディズベリールが私室に現れたのだ。


 随分低い位置から小さい頭が覗き込んできたと思ったら「べるにいしゃま、きょうはねてないねえ!」とまだよちよち感の抜けきってない足さばきでベッドによじ登ってきた三歳児に、ベルアベリスはあっけにとられた。

 もうこの一言で自分の気遣いなんてまるで意味がなかったのだと気づいた。なんのことはない、眠っている間に見舞いに来ていたのだ。


「べるにいしゃま、でぃじゅのたいじゅうは、べるにいしゃまのうでとおんなじ、なんだって!だ()ら、でいじゅをだっこしたりゃ、ちょうどいいのよ」

「……く、あははは!」


 小さな胸を張る弟にベルアベリスは久しぶりに声をあげて笑った。一四歳の少年どころか大人であっても腕の一本がそんなに重いはずはないのだが、得意満面の顔と抱っこのねだり方がかわいくて仕方なくて、膝の上に乗せて力の入らない片腕でギューギュー抱き締めた。

 きっと母に仕込まれたのだろう。ベルアベリスが弟に遠慮するのが目に見えていたから。




 そんなかわいい末弟に婚約者をあてがうと聞いて一番ハラハラしていたのがベルアベリスである。兄弟のなかで唯一婚約者のいる長兄ですら一五歳で婚約したというのにディズベリールはそのときまだ六歳。クワノルミ侯爵の孫娘と歳が同じというだけでほぼ強制のように決めてしまって大丈夫だろうか、と懸念していたのだが。


 会って数日で打ち解けたらしい少年少女が、王宮のあちらこちらに姿を現すようになると王宮の雰囲気が変わった。まるで妖精が王宮の淀んだ空気を浄化しているようだった。


 幼い子どもが、無邪気に笑いあっている、喧嘩をして泣いている、いたずらをして怒られている。


 幼少期から反王派を警戒してピリピリしていた王宮で過ごしてきたベルアベリスにとって、のびのびと過ごす二人の姿は平穏そのもので、輝いていて、いつまでも眺めていたくなるほど尊いものであった。




 ――そうして。


 主をお守りできなかったと悔やんでいた側近や、まだ幼さの残る少年だった主の痛ましい姿に思わず唇を噛んだ侍女は、ディズベリールとフィラ (推しカプ)メアをガン見する王子にドン引きし、「殿下の視界に双子を入れるな!」「この先に双子がいる!別ルートにご案内しろ!」「殿下の双子センサーが高性能すぎる!」と奔走する羽目になったのだった。





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