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四兄と三兄と末っ子

 チリチリチリチリチリン。ベルを長く鳴らすのは役職の高い者を呼び出すときの合図である。ベルの音から少しして執事が入室する。ディズベリールとフィラメアが並んでお茶をしているのに、懐かしい気持ちになる。執事が侍従だった頃、幼い二人に振り回されたものである。


「御用でしょうか」

「この手紙の転送をお願いしたい。至急で」

「承知いたしました」


 宛先も何もない封筒を受け取り執事は足早に郵便部へ向かった。ディズベリールが差し出したベビーブルーの封筒は指定された人物に転送される魔術がかけられた特別製だが、魔術が扱えないと転送はできないため専門の魔術師職員に代わりに転送してもらうのだ。


 郵便部は王宮内外の郵便物の配送を請け負っている。忙しない人たちの邪魔にならない位置にある「郵便部 転送課」のプレートが書かれたドアを開ける。転送課は機密文書を転送することも多いため、わざわざ受付を分けている。


「いらっしゃいませ」

「至急で転送をお願いします」

「了解しました」


 中で仕分けをしていた魔術師の男が立ち上がって、カウンターの中のサイドテーブルに置かれている至急用と書かれた魔道具に封筒をセットした。魔道具がふわりと光る。カウンターに置かれた封筒に変わった様子はない。


「至急用の魔術陣を付与しました。転送先の方がこの手紙を読むまで噛みつきます」


 至急用ってそんな感じなんだ!?

 執事は内心の動揺を隠して頷いた。


 魔術師の男は執事の動揺に気づかず、カウンター下から赤い半透明の紙のようなものを取り出す。


「こちらは隠蔽用紙です。転送代理――本日の担当は私です。私に転送先がわからないようになります。使用されますか?」

「はい」

「文字や記号が書かれていないかご確認ください」


 渡された隠蔽用紙ををじっくり確認して「問題なさそうです」と返した。


「では転送を開始します」


 魔術師の男は隠蔽用紙を封筒に被せ、封筒にかけられている転送の術を発動する。執事は魔術師の男が怪しいことをしてないか注視した。中身を探ろうとしてないか見定めるためだ。


 隠蔽用紙の赤い色で色がわかりにくくなっているベビーブルーの封筒が、風もないのにどこかに飛んで行きそうに震え始める。やがて中心にしわが寄っていき、怒りの形相で「ぺっ」とつばを吐くような動きをしたあと消滅した。


「転送完了しました」

「い、今のぺっはなんですか?」

「無事転送できるとぺっとされますね。失敗するとにっこり笑ってくるのでイラッとしますよ。ああ、そう見えるだけで実際手紙にしわが入るわけではありません。ただの合図です」


 今度の動揺は隠しきれなかったが、魔術師の男は慣れているのか一定して平坦に答える。


「何故そんな合図を……」

「転送の術を考えた者の趣味でしょうね」

「趣味ですか……」

「他にご用件はありますか?」

「いえ、ありません。失礼します」


 魔術師ってやっぱりひねくれものが多いんだな。

 執事は来た道を戻って転送完了の旨をディズベリールに報告しにいった。





 同時刻、王都郊外の森に佇む八角形の塔にて。


「うわあ!?」


 魔術師たちの研究施設である塔の一室で寝ていた青年は突然ベビーブルーの封筒に嚙みつかれて叫び声をあげた。


「いった、痛い!なに!?手紙!?誰だよ至急用の陣に噛みつくよう設定した奴!!」


 オオカミのように腕に噛みついてくる手紙を引きはがし、物が散乱しているテーブルからペーパーナイフを掴んで封を開け中身を取り出す。途端、封筒は大人しくなった。

 封筒のフタの内側には青年のもとに転送されるように施した陣が描いてあったはずだ。もう見えなくなっているが。


「――は!?」


 次の瞬間本や書類、さまざまな道具で荒れている青年の部屋がドタバタと騒がしくなる。下の部屋の主が窓から顔を出して叫んだ。


「うるせえぞノルベリート様!何暴れてんだ!?」

「悪い!ちょっと出かける!」


 敬語は覚えないが敬称は忘れない同僚に返事をし、白衣から外出用ローブに着替えた青年が飛び出していった。






「え、ノルお義兄様?」

「もう来たの?」

「飛んで来た」


 ついさっき執事から転送完了と報告されたディズベリールとフィラメアはバルコニーから入って来たノルベリートを見てポカンとしている。手紙を執事に頼んでから一時間も経っていない。文字通り魔術で飛んで来たのだ。

 ノルベリートは二人の前を通りすぎ、少し開いていたドアから顔を出し護衛に声をかける。


「やあ、お疲れ」

「ノ、ノルベリート殿下!?」

「遊びに来ちゃった。ドア閉めるね」

「はっ」


 ノルベリートが突発的に遊びに来ることは珍しくない。護衛は驚きはしたものの難色を示すことはなかった。

 振り返ると、フィラメアがティーポットから余っていたカップに紅茶を注ぎ、ディズベリールがワゴンに取り分けていたクッキーをテーブルに置いていた。こんなに早く来るのは想定外だったようだが念のために用意しておいたのだろう。


「ノル兄様、まさか門番を素通りしたりしてないよね?」

「ちゃんと入城許可証確認させた!」

「門番を脅して泣かせたりしてない?」

「にこやかに見送ってくれた!」


 弟と未来の義妹の物言いにムッとして、ノルベリートは向かいのソファーに乱暴に腰かけベビーブルーの封筒をテーブルに叩きつけた。


「おまえがおれが来るまで学校休むって書くから急いだのに」


 “ノル兄様へ、至急相談したいことがあります。ノル兄様が来るまで学校は欠席します。”などと書かれていればさすがに無視できない。

 ただでさえノルベリートにはディズベリールに役目を押し付けてしまった負い目がある。


 本来はノルベリートと婚約者でマルベイリ学習庭学校に入学する予定だった。

 しかしノルベリートは魔術の勉強がしたかった。九歳で毒鑑定に特化した魔道具を作り功績を上げ、魔術の才能を伸ばしたいと訴えた。また婚約者の選考が難航していたこともあり、ノルベリートの希望は受け入られ一〇歳で魔術学園に入った。


 最悪婚約者は入学させる必要はなかったのだが、できれば女性の社会進出の足掛かりとして入学させたい思惑があった。

 そこで、平民のための学校の設立する際に最も前のめりだったクワノルミ侯爵の孫娘が、ちょうどディズベリールと同い年で学習に意欲的であったことから、ノルベリートの役目はディズベリールにあっさり引き渡された。


 ディズベリールが勉強が苦手なタイプであれば、ノルベリートは魔術学園卒業後に学校に入学するつもりだった。

 最初こそ不満そうだったディズベリールは、いつしか勉学に精を出すようになり、フィラメアとはもしかして生まれたときから一緒だった?と思うくらいには仲良くなっていたため、心配は無用だったのだが。


 とはいえ負い目があるので、いきなり学校行かない!なんて言われたら焦るってものだ。


「それは、学校に行ったらノル兄様と話せないままになりそうだったから……」

「は、ど、どういうこと、学校が魔境にでもなってるの?」


 呼び出すための方便かと思ったら重いことを言われて紅茶をこぼしかけ、慌ててソーサーにカップを置く。


「ノルお義兄様、ここに来るの誰かに見られてない?」

「見られないようにしたよ。城内で飛んでいるとセイ兄上に怒られるし」

「兄様、実は――っ!」

「ディズ?」


 事情を説明しようと口を開いたディズベリールは勢いよく口を閉じた。そのまま一言も発しようとしない。目は見開き体は不自然に固まっている。

 異常に気づいたノルベリートは眉を寄せてディズベリールの様子をつぶさに観察した。


「学校に行きたくないってことは学校で何かあったんだな?わざわざおれを呼んだのなら魔術関連なんだろう?」

「――――っ」

「フィラメア、代わりに説明してくれる?」

「あ――――、」


 フィラメアもディズベリールのように金縛りにあったかのように硬直してしまった。

 ノルベリートが魔術師のローブの内ポケットからペンと数枚の紙を取り出し、テーブルの上に滑らせる。暗に書けと言われているとわかってペンを取ろうとしても、二人とも腕を動かすことすらままならない。


 先程ディズベリールが話せないままになりそうと言ったのは、学校に行くと何らかの魔術によってロミージュ・ミューリーの所業が学外で噂になっていないことへの違和感を忘れてしまうのではという危惧からであり、物理的に話せなくなるとは想定していなかった。ディズベリールとフィラメアは冷や汗をかく。二人きりのときは普通に会話できていたのが逆に恐ろしい。


 ノルベリートはペンと紙を自分のほうに寄せて二枚の紙に魔法陣を書きだし、向かいのソファーまで移動した。

 金縛り状態は解けたらしいディズベリールが縋るような目で見てくるのに思わずニヤリと笑ってしまう。ノルベリートよりも少し背が高くなってもまだまだかわいい末っ子のままだ。


「魔術が発動すると魔術陣が消えるだろ?実際は術をかけられた対象に魔術陣が移動する――いや、染み込んでるって言ったほうがわかりやすいか?とにかく、目には見えないけど効果が切れるまでは陣は存在しているんだよ。これは魔術陣を表面化させる陣。これは魔術陣を可視化する道具」


 ぴらりと魔術陣の描かれた紙を見せつける。そしてローブの内ポケットから取り出したゴーグル型の魔道具を装着した。

 不安そうなディズベリールのおでこにぺしーん!と軽快に紙を張り付け魔術陣を発動させると紙に描かれていた魔術陣が溶けるように消える。


 「うっ」っという小さな唸り声と咎める視線をまるっと無視して、ゴーグル越しにディズベリールを凝視する。今ノルベリートの視界には様々な魔法陣が浮かび上がっている。


「ん~~~、やっぱりいくつか呪いがかけられてるな。え!おまえ魅了にかかってるじゃないか!うわ~ご丁寧に絡まる紐の呪いまでかけてある!……あれ、この描き癖……」


 魔術師の血が騒いでいるのかノルベリートが楽し気に早口でまくし立てる。かと思ったら一転して真剣な面持ちでぶつぶつ呟きだした。


「フィラメア、手出して」

「はい」


 フィラメアが手を差し出す。先程とは打って変わって手の甲に優しくペタリと紙を張り付けた。あからさまな態度の違いにディズベリールは不貞腐れた。ついでに婚約者を凝視しているのもおもしろくない。ちなみに紙はおでこに張り付いたままである。魔術師の使う紙には粘着力でもあるのだろうか。取っていいとは言われていないので一応そのままにしてある。


「今日は顔に攻撃される日だ。グリオンにも顔を揉みくちゃにさられた」

「んふ、なにそれ、私もあとでやりたい」

「やらなくていい」


 ディズベリールたちは魔術は専門外だ。黙って待っているのも暇なので二人で会話をし始める。日常会話なら呪いも効かないらしい。


「そういえばフィーは領地に帰っていたんだよな?結局何があったんだ」

「そうそう、精霊の森にちょっと異変があって――……」




 ノルベリートの分析作業がだいたい終わりおでこの紙も剥がされると、外がにわかに騒がしくなった。何事かとノルベリートが立ち上がるとスピーディーなノック音が聞こえたあと、間髪入れずにドアが開き、シュッと騎士服を着た男が入って来た。ドアはすでに閉まっている。


「ディズベリール、俺だ……入っていいか?」

「もう入ってるよセイ兄様」

「体の動きが速すぎてセリフが間に合ってないわセイお義兄様」


 敏速な動きでゆったりしゃべる彼は第三王子のセイベリアンである。

 セイベリアンは魔術騎士だ。王宮の端にある修練場で、訓練中に空を飛んでいく上の弟の魔力をうっすらと感知し、徒歩で探し回りながら追いかけてきたのである。ちなみにセイベリアンの魔力感知の性能は歴代一高いと言われているが、実際はほぼ野生の勘である。


「やっぱりここにいたか……ノルベリート。また、城内を飛んでいたな。危ないと言っ……」

「セイ兄上!ちょうどよかった!緊急事態だ。学校に呪いがかけられている」


 ゴーグルを首にかけたノルベリートが逃げもせず緊迫した様子で迫ってくるので、セイベリアンは説教を飲み込んだ。


「……具体的には」

「危機管理能力が下がるというか、学校内で多少おかしいことが起きても些事だと認識してしまう。少しだけ思考能力がポンコツになって、少しだけ意識が書き換えられ、少しだけ警戒心が薄れる。例え違和感に気づいても、外部に報告しようとすると全身が動かせなくなって報告ができない。生徒も、教師も、学校の敷地に入った者もれなく全員そういう状態だろう。いつこの呪いが発動したのかはわからない」


 少なくとも半年以上前からだと答えたかったディズベリールとフィラメアがもどかしそうに身を捩った。セイベリアンが腕を組んで考え込む体勢になる。


「烏も、呪わているのか」

「なんの報告もないならね」


 学校には少ないが反王派の家系の生徒もいる。なかには家と縁を切ってまで通ってる生徒もいるが裏では通じている可能性もある。王家の諜報部隊である烏にディズベリールたちの護衛がてら動向を探らせているのだが、怪しい報告は今まで一度もない。 


「体に害はないんだな……?」

「怪我とか病気とか精神が破壊されるとかそういうのはない」

「ふむ……ノル、今すぐ二人の呪いを、解いてやれるか?」

「インク消しがないから今すぐは無理かな」


 セイベリアンは魔術と武器を使って戦う騎士だが、呪いを解くことはできない。呪いを解くにはインク消しインクを含ませたペンで魔術陣の特定の箇所をなぞって効果を停止させる必要があり、これができるのは知識と技術を持つ魔術師だけだ。


「それと、ディズベリールが魅了の術にかかってる。ディズ、おまえにかけられている魅了の術に追加効果が付与されている。抵抗すればするだけ術が解けにくくなる絡まる紐の呪いだ。今おまえは魅了の魔術陣がぐちゃぐちゃに絡まってる状態だ。[[rb:解 > ほど]]くのに手間がかかる」

「あらら……」


 フィラメアが同情をディズベリールに向けた。めんどうなことになったわねと視線が言っている。フィラメアの反応でノルベリートは確信した。


「ディズ、おまえ思い切り抵抗したんだな?」

「――――ぐっ……」


 気まずげに頷こうとしたディズベリールの体が呪いによって固まる。


 抵抗しなければ魅了にかかって他の女に寄り添うことになり、抵抗すれば術が解けにくくなるなんて八方塞がりじゃないか。


 下手すればもっとドツボにハマっていたのかと想像して身震いするディズベリールに、未だ立ったままのセイベリアンが苦笑してディズベリールの頭をぽんぽんと叩く。

 ディズベリールが小さい頃、かくれんぼをして真後ろにいるセイベリアンが見つからないと泣きだしたとき、おいかけっこをして速すぎて追いつけないと泣きだしたとき、こんな風に頭を撫でては謝ったものだ。あんなに小さかった頭はこんなに大きくなった。


「仕方ない。ディズは、フィラメアが好きだからな。抵抗もするだろう」

「えぁ!?まあ、す、好きだけど……」


 ドストレートに言われて恥ずかしかったが否定はしない。ディズベリールはチラッとフィラメアを見る。な~んにも反応はなかった。


 確かに子どもの頃から何度か「一緒にいようね」とか「フィー以外と結婚するの想像つかない」とか言ったことはある。そのたびにフィラメアは「ええ、一緒にいるわ」とか「わたしも全然想像できない」とか肯定してくれたので、今更好きだのなんだの言われても恥ずかしいなんて思わないのだろう。


 それでも、もうちょっとこう……顔を赤らめるとか、もじもじするとかさ……そんな「そっか」って顔してないでさ。僕は家族愛の好きでも友愛の好きでもなくてそういう意味でフィーが好きなんだよ!!


 どこまでも幼少期の頃の延長でディズベリールはむくれた。




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