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天秤を持つタイプのJK

「おっおちち、落ち着くんだ! まだ慌てる様なじかんじゃぁない!」


 絶対零度の笑みを浮かべるシュクレに対して、両方の手のひらを向けてドウドウとなだめる。


「私は馬じゃありません!」


 シュクレは憤慨(ふんがい)した様子で私の方を半眼で睨んでくる。怒っている姿もまた可愛い。


 何か、何か打開策を考えないと。必死に頭を捻り、一筋の光明が脳裏に()ぎる。私は明るい表情で口を開いた。


「ブレーキができなくても動力オフはできるんだから、ゴール地点までの距離と質量、速度から逆算して出力を制御すればタイムは落ちちゃうけど大ごとにはならないはずだよ!」


 私はそう言って、ボイラー室の窓から身を乗り出す。私たちの乗っていた機関車はちょうど湖を抜け橋を渡った所だ。眼前には、先日見た新しい街、剛輪禍(ごうりんか)の街並みが目前まで迫っていた。


「あー! どう見ても間に合わないー! とりあえず動力オフにしてー!」


 私の声に答えて、シュクレが機関車の動力を切る。僅かに減速を感じるけど、この世には慣性(かんせい)の法則というものがある。


 よく聞く"車は急には止まれない"ってやつだ。質量を持った物体が移動している時、そこには質量と速度に比例するだけの運動量がある。車ですら止まれないのに、重厚な鉄の装甲を持つ機関車で止まれる訳がない!


*「総員、一番前の貨物車に移動してー! 他の車両は全部切り離してー!」*


 大急ぎでクランチャットから指揮を飛ばす。その内容を聞いて、シュクレが首を傾げた。


「軽くしたらもっと加速しちゃうんじゃないですか?」


「大気中の物体が達する最高速度は形状に依存するから大丈夫! 今は質量を減らす方が衝突の力が減って被害が減らせるはず!」


 私はそう叫びながら、シュクレを抱えてボイラー室の屋上へと上がる。金魚のフンの様に切り離された貨物車両が機関車のすぐ後を走っていた。


「先生、お願いします」


 私は手の平を垂直に合わせて、拝む様にシュクレへ頭を下げる。彼女は全てを察して、後方へ杖を構えた。


 彼女の周りに魔法陣が展開する。現状、このゲームで彼女だけが保有するスキル、|スペル・アクセラレーション《詠唱加速》のエフェクトだ。


「******************!」


 シュクレの唇が動画の16倍再生の様に高速で開閉される。そのスピードは耳では追いつけない。


 一瞬の間に終わった詠唱は、まるで風のささやきの様だった。


「――せよ!」


 シュクレが杖を突き出す。その先から空気を焼き、直進する白色の閃光が放たれた。独特の重低音を発生させながらも、その場に静寂をもたらす。


 破壊音もなければ、爆発音も無い。あまりに高すぎる耐久値へ対する影響力が、爆発や吹き飛ぶという現象すらも蒸発させる。


「よぉし! あとは……」


 動力は切ったし、質量も限界まで削った。だけど今だに機関車は破滅的な速度で街の中心部へ向かって突っ走っている。これ以上、被害を減らそうと思ったらあとは機関車本体をどうにかしないといけないんだけど。


「これってさ、ゴールの判定ってなんだろうね?」


「え、それは機関車がゴール地点を越えたらじゃ……」


 シュクレは私の疑問に答えながら、私が何を言いたいかを察して途中で言葉を留める。ゴール前に機関車本体が大破した場合、私達の順位はどうなるだろう。イベントの順位と、街の被害。


 2つの天秤が私達の間で揺れていた。


「で、でも! このイベントは街を再興するって趣旨のイベントですよ? イベントの順位の為に街を更に大破壊したんじゃ本末転倒です!」


「やれるだけの事はやったし、尊い犠牲という事でも良く無い?」


「ま、まだやれる事はあるはずです! 例えば、アニーさんのカドルで上から攻撃して破壊するとか……」


 彼女の言葉に、私が飼っているドラゴンのペットの事を思い出す。ツルツルとした鱗とクリクリの目がとってもキュートな空飛ぶキリンみたいなドラゴンだ。彼を使って状況を打開できないか検討する。


「機関車が早すぎて呼び出した瞬間に置いてかれちゃうかなー」


「目先の順位を優先してイベントの趣旨を無視していたら、後で不利益を被ることになるかもしれませんよ?」


「あー、それは確かにあり得そうだよねー」


 うーん、どうしたものか。思いっきり背伸びして、前方のゴール地点を観察してみる。大きなテープが貼ってあって、おそらくあれを最初に切った機関車が一位ということなんだろう。


「……テープから停車位置まで、ちょっとだけ間隔が空いてるね」


「アニーさん?」


 私の呟きに、シュクレが首を傾げる。


「折衷案で、ゴールテープ切った瞬間にシュクレの魔法で機関車を消し飛ばそう!」


「えっそんなでももうMPがっ……!」


 そこまで言って、シュクレの動きが止まる。私の手には、MP回復アイテムの"灼熱ウィンナー"が握られている。


「ま、待ってくださいアニーさん! は、話せば! 話せばわかりっングッ!」


 もう議論をしている時間は無い。8種類の辛味を絶妙にブレンドし、濃縮された理論上最高の辛さとMP回復効率を持つそれをシュクレの口へ無理やりにねじ込む。極端に辛い物が苦手な彼女にとっては最早、恐怖のアイテムだ。


*「みんなー! ゴールテープ切った瞬間に飛び降りろー!」*


「ンフーーーー!」


 クランチャットで他のメンバーにも声をかけて、私は辛さで涙目になりながらのたうち回るシュクレを抱えて機関車の前方へ走り出す。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!


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