街を占領するタイプのJK
ヨイニ、カタン、そして私の3人でテーブルを囲んで地図を見下ろす。シュクレちゃんは近くで恐縮そうに固まっている。
「で、PK撲滅連合はどれぐらい動員できるの?」
私の質問にカタンが半透明のウィンドウを確認する。
「今エターナルシアに入っているのは大体150人ぐらいだな」
「えっやば、数だけはすごいね」
「じゃあメメントモリの動員数を言ってみろよ」
「な、70人……」
「クランマスターの呼びかけで総数の3割も集められない奴が偉そうなこと言ってるんじゃねぇ!!」
「ぐぅ……!」
私とカタンが不毛な言い合いを始めたのを見てヨイニが割って入る。
「あはは、でもそれだけの数がいれば各門50人配置できるね」
「そうだな。門の封鎖は任せてくれて良い。だが門周辺にいるプレイヤーの排除は俺たちにはできないぞ」
「まーPK撲滅を掲げるクランが率先して一般プレイヤーもPKする訳にはいかないよね。そこはメメントモリが引き受けるよ」
「ダンジョンのモンスターとPKの対応はフォートシュロフ神聖騎士団が対応する」
「門の制圧が完了したらメメントモリも内部の殲滅に合流するね」
「よし、段取りはこんなもんで良いだろ。俺たちと違ってメメントモリは細かく決めても意味ねぇだろうし」
クランチャットで皆に声をかける。
*「皆のものー! まずは門を順番に制圧するぞー! その後に中を殲滅するぞー!」*
*「おせぇ!!」*
*「チキン冷めたぞ!」*
*「敵味方の区別はどうするんだー!」*
*「みんな右肩に黄色い布を巻けー!」*
*「ひゃっはー!」*
作戦を開始しておおよそ1時間が経過した。私は王座に腰を下ろしてまったりとしている。
各門の制圧、そして内部の殲滅はスムーズに進行していた。まぁ、そりゃそうだよね。通常、プレイヤー達のパーティは最大でも8人体制で、それを狙うPKプレイヤー達もそれを想定した戦力しか持ってきていない。
それに対して私たちは、100人規模の大人数で組織的に襲いかかっているんだ。負ける方が難しい。
「ここも、違うみたいです」
私の後、玉座の裏に書かれていた謎言語を解読していたシュクレちゃんが残念そうに呟く。
「そっかー、一番それっぽかったんだけどねー」
何せここに居たのは第1回イベントのレイドボスだったキングゴブリンだ。普通に美味しいレアドロップも有ったし期待していたんだけどね。
「あ、でもこの文章を解析すれば指揮系のスキルは得られそうです」
「えっそれって結構……闇深くない?」
「完成したら僕にも教えてね」
ステンドグラスを見ていたヨイニが近寄ってきて答えた。今は協力関係だけど、イベントとなればバリバリにライバルだ。できればシュクレちゃんの研究成果は独占したかったけど、聞き逃してくれなかったか。
「でもここに無いとしたらあとはどこかなー」
「そう言えばシュクレちゃん、時間は大丈夫なの?」
ヨイニの質問にシュクレちゃんが小さく頷く。
「は、はい。今日は何時まででも大丈夫です」
まじか。
詳しい事は知らないけど、言動から察するにシュクレちゃんは小学生から中学生ぐらいの年齢だ。
「学校とか大丈夫なの? 睡眠は大事だよ?」
「最近はあまり行っていないので」
おおっとこれは地雷を踏み抜いた気がする。
「そ、そっか……」
私とシュクレちゃんの間で、短い沈黙の時間が流れる。彼女は虚空を見つめながら口を開いた。
「アニーさんは、会話が上手ですよね。どうやったら色々な人と上手に会話できる様になるんですか?」
「え、私ってあまりコミュ力強い方じゃ無いよ? シュクレちゃんだって普通に会話できてるじゃん」
「私は、話しているとどうしても、どもっちゃったり、学校とかで沢山の人と一緒に話すと何を言っているのか全然わからなくて……」
「あーそう言うタイプね」
「え?」
私も偉そうなことを言える様な立場じゃ無いけど、悩める小学生にアドバイスをする程度には人生経験はあるつもりだ。
「例えば"てにをは"がちょっと違うとか、同じ物事について話しているはずなのに、ちょっと表現が違うと全く違うことを話している様に感じて話を失わない?」
「は、はい!」
「伝えようとしている意図が相手に全く通じなくて、違う風に解釈されちゃったり?」
「します!」
「世の中の人ってさ、目に見える態度ほどは相手の言葉をちゃんと理解してないんだよね。体感だけど70%ぐらいしか分かってないんじゃ無いかな?」
「えっでもそれじゃ会話が……」
「後はその場の勢いとか、相手に対する印象とかで適当に言葉を補完して都合が良い様に解釈して会話してるの。これは人類の脳機能だから、まあ言ってしまえば普通のこと何だけど」
「そういう……ものなんですね」
「だから多分なんだけど、この脳のフィルターが他の人とズレている場合があるんじゃ無いかな?」
「でもそんなことしたら、相手の意図と違う解釈をしちゃいませんか?」
「そうだね、でもそれは相手から違うって言われてから訂正すれば良いわけじゃん? 自分の中で相手の言葉に対する解釈をこねくり回すよりずっと早いでしょ?」
シュクレちゃんが私の話をエルフ耳をピコピコさせながら聞いている。ごめんね、私はシュクレちゃん耳語検定を履修してないんだ。でも私だって、最近はちょっとだけ他人の心が分かる様になってきた。
「でもこれってさ、別にできないからってその人が劣っているって事は無いよ」
「え?」
「世界中に色々な考えの人がいて、みんな何かしら"普通"からは外れちゃう部分があって、みんなちょっとずつ無理して生きているんだよ。客観的に考えて、あらゆる意味で健全で普通な人間ってそれはそれで異常じゃ無い?」
「……でも私は、もっと普通が良かったです」
「そうだね、私も普通とはちょっとだけ違うからその気持ちは分かるよ。さっきは優劣なんて無いって言ったけど、やっぱりその個性が現代社会にとってどれぐらいの価値があるかって差異は存在しちゃうから」
「私は、どうしたら良いんでしょうか?」
「んー、個人的な感想だけど……弱点の改善は程々に頑張って、周りが弱点なんて気にしてられなくなるぐらいの強みを持てば良いんじゃ無いかな?」
シュクレちゃんは驚いた様に私の方を見上げた。
「それで、良いんですか?」
「だってそれってゲームで言えば魔法職に近接戦闘やらせてる様な物じゃん。そりゃできて困る事は無いだろうけど、本業はそこじゃ無いっていうか」
「あはは、アニーさんらしいですね。そんな風に言ってくれる人、誰もいませんでした」
シュクレちゃんが吹き出す様に笑顔を浮かべて答えた。涙目以外の彼女は非常にレアだ。
「まー多数派の人には分からない感覚だよね。私たちみたいな未成年の場合、ただの努力不足なのか本当に頑張ってもできないのかって外からだと分からないから、その点は自分で判断するしか無いのが難しいよね」
「私、頑張ってみます!」
「がんばえー」





