2人の出会いと再会、そして。
初めて奏音にあったのはまだ男女の区別も無い様な幼い頃だった。皆が一緒に遊んでいる中、1人だけ公園の端っこで蟻の行列を眺めている彼女が気になって僕から話しかけたのが最初だ。
「君、なにしてるの?」
「蟻さんにせんそーさせてるの」
「は???」
子供が蟻の行進を見つめるのは……わかる。同様に子供が蟻の巣へイタズラをするのも……ギリギリわかる。
だけど別の蟻の巣同士が衝突する様に誘導して戦争を勃発させるのは分からない。
「それ、楽しい?」
「すごく楽しい」
そいって嬉しそうに蟻の巣を見つめる女の子に、僕は子供ながらに恐ろしい何かの片鱗を感じていた。
「これ、その後どうするの?」
「生き残った方をまた別の巣とぶつけるの」
「む、向こうで皆と遊ばない?」
とりあえず、公園の片隅でひっそりと行われている恐ろしい何かを止めないといけない。
そんな使命感で僕は奏音を遊びに誘った。
「……良いよ?」
奏音は僕の誘いに対して首を傾げて不思議そうに応える。その仕草は直前までの行為を抜きにすれば、10人中100人が可愛いと感じるものだった。
奏音は何をするのか分からない。そう考えていた僕は遊びに誘った責任として彼女が変な行動を起こしてもフォローできる様に注意して見ていたけど、それはほとんど杞憂だった。
「与一が連れてきたあの子、ヤバいな」
いつも公園で遊ぶメンバーの1人が僕に話しかけてくる。少年の言葉に僕も苦笑いを浮かべて頷く。
「まさかこんな事になるとは思ってなかったよ」
「運動神経もやばいけど、なんて言うかそれ以前の問題で勝てないんだよな」
奏音は僕達のグループに入るなり、大いに無双した。
卓越した運動神経は男子に混ざっても他を圧倒し、ルールの穴を突く様な戦術を次々に生み出す。
どう考えても小学生が勝てる相手じゃなかった。
「……もしかして、奏音を仲間に入れたの嫌だった?」
心配になって聞くと、少年は笑顔で僕の肩を叩いてきた。
「全然! 他のヤツだったらムカついたけど、アイツはなんて言うか、見ていてワクワクするだろ?」
「分かる! あれ、なんなんだろうな?」
「ほら、上級生とかが混ざるとさ……俺たちを馬鹿にしてくるじゃん? だけど奏音はそう言うの全然ないって言うか、普通にやっても勝てるのに毎回、面白いこと考えてくるじゃん? それじゃね?」
「あー! それだな! 何するか分からなくて目が離せないんだよな」
「偶にメチャメチャ抜けてるしな」
そう、奏音は普段”一体どこまで先を読んでいるんだ?”と言いたくなるぐらい人智を尽くす。
「それな! 昨日も校長のズラ取ってきてメチャメチャ叱られてたし」
だけど偶に、それをやったら後で絶対ヤバイって言うのが分かりきっている事が分かってなかったりする。それがまた面白いんだけど。
いつしか奏音は目の離せない存在から、ちょっと特別な存在へ変わっていった。責任感はやがて好奇心に代わり、そして……。
だけど小学生だった僕は、その感情が何なのかを理解していなかった。だから奏音が中学から別の学校へ行ったの知った時、僕は深く後悔した。
高校生になって、同じ高校に風間家の人間が入ったと言う噂を聞いた時、真っ先に奏音の事を思い浮かべた。
中学からの友達からクラスを聞いて、必死に彼女を探す。
「おい、奏音か?」
「はい、私が成績悪すぎて私立に落ちた風間奏音です」
「なっ……いや、そう言うんじゃなくて! ほら! 小学生の時一緒だった与那覇与一だよ!」
三年ぶりに会う奏音は何だかとても弱々しくて。小学生の頃に感じていていた、鮮烈な眩しさが感じられなくなっていた。
「私もね、頑張ったんだよ? でも、色々な期待とか、よく分からない感情で頭グチャグチャで……両親も、もう何も期待しないってさ」
「奏音……一緒にゲームでもしてみないか?」
奏音の話を聞いて、何とかしてやりたいと思った。彼女は、彼女の家族が言う様な無能じゃない!
僕は……僕たちは、それを知っている。
「無責任に聞こえるだろうけど、今の奏音は余裕が無さそうで……俺なら、そんな状態だったらとても勉強にならないよ」
あの時……あの公園で奏音の鮮烈な眩しさに当てられた人間の1人として、それを証明してやりたい。
そんな自分勝手な理由で、彼女をゲームへ誘った。
「……分かった、1回だけやって見る」
「与一君、おはよー」
奏音がIAFを始めてもうすぐ一ヶ月。
いつもの様に登校時間に彼女と会話をする。
彼女は小学生の頃に感じていた輝きをほぼ完全に取り戻している様に感じる。メチャメチャ抜けてる部分も復活している気もするけど。
「おはよう、奏音」
初めはただの正義感だった。
それはやがて好奇心に変わって、今はもっと違う感情に変化している。
「なあ、奏音」
「なーにー?」
「放課後、あの公園でちょっと話さないか?」
「今じゃダメなの?」
「んー、そうだな」
「チャットも?」
「ダメ」
奏音は不思議そうに首を傾げる。
「うーん、良いよ?」
もう、小学生の頃とは違う。
今はこの感情の名前を知っている。
もうあの時と同じ間違いは犯さない。
「ありがとう! じゃ、放課後な!」
今は奏音と顔を合わせるのが恥ずかしい。
走って先に学校へ向かった。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!
是非ともブックマークして頂けたら嬉しいです。もしも面白いと感じて、この作品を選んで頂けたらこれほど励みになることはありません。
もしよろしければ、もう少しだけ下の方にスクロールしていただき、★のマークを押していただけると嬉しいです。





