幻夢境街へたどり着くタイプのJK
「おじゃましまーす」
小川を超える小さな橋を渡り、巨大な木造の扉をお淑やか(本人談)に開けて中に入る。立派な彫刻と繊細な装飾で彩られた柱が立ち並び、その上には多数のランタンが吊り下げられている。その微かな光が周囲の陰影を強調し、神秘的な雰囲気を演出していた。
「……」
周りから怪訝な視線を浴びる。あれれーおかしいな、イベント報酬で英雄の証を取ったのに。
「物件の権利書があるから、お店を紹介してくださーい」
カウンターの前まで進み、ぴょんぴょんとジャンプしながら手を振る。私の身長は以前より伸びたけど、まだまだ子供サイズだ。
「はぁ……拝見しますね」
カウンターの前にいるチャイナ風の服を着たNPCの女性が露骨なため息をこぼして権利書を確認する。
「……これはどこで拾ったのかな?」
あっ、そっか。
使い方が違ったんだね。
ガンッ。
アイテムボックスから白樺の木でできた短剣を取り出して、チャイナ服の女性の人差し指と中指の間を通す様にテーブルへ突き刺す。この短剣が前回の拠点防衛イベントの貢献ポイントで取得した"英雄の証"だ。
「ひいっ……」
チャイナ服のお姉さんが小さな悲鳴を上げた。短剣の刺さったテーブルはバギバギと音を立てて大きな亀裂が走る。
「この権利書は私のだよ?」
「そんっ」
「まだ足りない?」
ガンッ。
もう一本、今度はチャイナ服の女性の中指と薬指の間を通す様にしてテーブルへ短剣突き刺す。
「私ね、あまり器用な方じゃ無いから手は動かさない方が良いよ?」
もう一本を振りかぶる。
「ひうぅゆ"る"し"て"く"だざい"い"ぃぃぃいいいい」
ガンッバキバギバキバキ!
チャイナ服の女性が尻餅をつきながら手を引く。
白樺の短剣は彼女の手の甲があった位置へ深々と突き刺さり、衝撃に耐えきれなくなったテーブルが音を立てて崩れ落ちる。
「もうっ……動いたら危ないって言ったじゃん!」
「ひぃぃぃぃぃぃいいいい!」
チャイナ服の女性は滝の様に涙を流しながら逃げ去ってしまった。情緒不安定な人だったみいだね?
「あの尻尾と角、もしかして……」
「フォートシュロフの死神、アニー・キャノンだ……!」
周りでNPCが何やらざわめき始める。暴君とか死神とか、なぜ私の通称はいつもこう物騒なのだろう。
物音を聞きつけて、全身に金属製の鎧を纏ったNPCが近寄ってこようとするけど、チラリと視線を向けたら動きを止めた。
本来であればそれは職務怠慢と言うことになるんだろうけど、この場合は正しい。
彼が動けば私もちゃんと戦う事になる。そうなればこの建物内のNPCを全員倒すのに数分も必要無いだろう。
警備の本質的な役割が建物内の安全を守ることとするなら、彼は動かない事によってそれを遂行していた。
「ねー! 物件をおーしーえーてー!」
テーブルの残骸に混ざってしまった権利書を引っ張り上げて、周囲に向けて大きく左右に振る。
「ははいっただいまっ!」
今度は何となく中華風のオシャレな感じの服を着た男性がすっ飛んでくる。なんて言うんだっけこれ、漢服って言うんだっけ?
彼は顔面を真っ青にしながら満面の笑みを浮かべると言う珍妙な顔芸を披露しながら口を開いた。
「先ほどは失礼しましたっ! 書類を確認させていただいてもよろしいでしょうかっ!」
漢服の男性は手から煙が出るんじゃ? ってぐらい両手を擦り合わせながら聞いてくる。
もしここにゴマを投入したらきっとペースト状になるまですり潰されるに違いない。
「はーい」
漢服の男性に書類を渡して、テーブルの残骸から"英雄の証"を回収する。
「ひぃぃいいい!!!」
「うん?」
"英雄の証"をテーブルの残骸から引き抜くと、漢服の男性が悲鳴を上げる。私は白樺の短剣を持ったまま首を傾げる。
「おおおおちおちちおちちとおちっ」
漢服の男性が歯をガタガタと振るわせなから何かを喋ろうとしている。もう5月も半ばだし、そんなに寒く無いけどな。IAFと現実だと季節感がズレているのかな?
「物件、はーやーくー」
「ししし失礼しましたっただいまっ!」
さっきのチャイナ服の女性が腰に力が入らない様子で這いつくばる様になりながらもなりふり構わず抱えた紙の束を漢服の男性へ渡す。
「こちらの中からお好きな物件をお選びくださいっ」
「わぁい!」
並べられた紙をウキウキで紐解く。
どれも豪華な建物ばかりだ。
「じゃぁ、これ!」
来る途中で気になっていた、大通りに面している五重塔みたいな建物だ。
立地的にも建物の広さ的にもここが一番良い。
「はいっかしこまりましたっ! こちら、物件の権利書と鍵になりますっ!」
漢服の男性から権利書と鍵を受け取ると、チャット欄に通知アナウンスが流れる。
「建築物を入手しました」
「わぁい!」
早速いってみよう!
私は踵を返してもと来た道を戻ろうとする。
「あっそうだ」
振り返ると、なぜか倒れかかっていた漢服の男性がマイケルジャクソンのスリラーで見せたダンスの様にシャキン! と立ち上がって答えた。足下に金具でもついてるのかな?
「はいっ! なんでございましょうかっ!」
帰りがけ、思い出して振り返ると件の男性が残像の見える勢いで駆け寄ってきた。
ゴマ擦りをする手からは煙が出ている。
「お店を開きたいから、家具とか人材とか諸々の相談する人、手配しておいて?」
「そ、それは……」
むむ、NPCの友好度が上がる"英雄の証"の効果が足りなかったかな?
懐からもう一度取り出す。
「承知しましたっ! すぐに手配いたしますっ!」
おお、すごい効果だね。
今後は町ではずっと手に持っていようかな?
「じゃ、またねー」
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