高校で再会するタイプのJK
桜の花びらの舞い落ちる光景が広がる校庭。その美しい光景には全く興味を示さず、生徒たちのはしゃぎ声を背に、私は無表情で校舎へと足を進める。
「はぁ……」
なぜだろう。理由ははっきりとは分からない。だけど、心の中で何かが足りないと言う感情が鳴り止まない。
そんな感情を抱えたまま、私は今日から高校生になった。大多数の人が期待と不安に胸を躍らせるこの日に、私の心はすこぶるブルーだ。
「皆さん初めまして、風間奏音です。よろしくお願いします」
死んだ魚の様な目をしながら初日のオリエンテーションを終えて、自己紹介という名の公開処刑をなんとか乗り越える。
「ねぇ……あの子ってもしかして"あの"風間家の?」
自分の席に着くと、同じクラスの女の子がコソコソと話す声が聞こえてくる。そうだよ、私がその風間家だよ……。
「風間家? 何それ?」
「えっ知らない? 日本の裏社会を牛耳ってるらしいよ?」
私の家は悪の秘密組織か! まぁでも、私の家が世間からそう言う目で見られるのには理由がある。
「え、それってつまり、や……」
「あー違う違う! なんでも昔から政府の諜報機関を司ってる家系で、今でも政界に対して強い影響力があるとか、直系の子は幼少期から忍術を教え込まれるって噂だよ」
ちな、私はいくら教えられても習得できなかったよ! 一族の面汚しだね! って言うか今を何世紀だと思ってるんだろうね?
今時、忍術なんて生きていくのに蟻の触覚の先ほども役に立たないのにね! 負け惜しみじゃないよ!!
「つまり、何か裏があってわざわざこの学校に進学してきたってこと?」
「普通なら風間家の子供は私立名門校に行くからね、絶対、何かあるよ!」
何も無いよ!
私も中学までは兄弟と同じ様に名門校に通っていたんだけど……普通に成績が悪すぎて進学できなかった。結果、両親の判断で留年を避ける為に地元の公立高校に入ることとなる。つまりただの落ちこぼれだよ!
あれから地獄の様な時間が過ぎ、ようやく待ちに待った下校時間。私は逃げる様に校舎を後にした。
「はぁ……」
明日からこんな毎日が続くのかと考えると思わずため息が漏れちゃう。
「おい、奏音か?」
後ろから呼び止められて振り返る。同じ高校一年生らしきピカピカの制服を身に纏った短髪の男の子が私の方を見つめていた。
線の細い優しそうな高身長イケメンだけど、誠に遺憾ながらまるで身に覚えがない。
そもそも、中学まで私立に通っていた私に高校で名前を呼び合う様な知り合いはいない。
面白がって、馬鹿にして気安く話しかけて来たんだろう。落ちぶれた奴、頭が悪い奴にはなにをしても良いとでも思っているんだろうか?
「はい、私が成績悪すぎて私立に落ちた風間奏音です」
「なっ……いや、ほら! 俺だよ俺!」
「誰? 新手のオレオレ詐欺?」
あれって対面で成立するやつだっけ?
「本当に忘れちゃったのか……」
そう言って彼は悲しそうな表情を浮かべる。
「ごめんね。私みたいな落ちこぼれに、貴方みたいにハンサムな知り合いは居ないの」
「ハンサム!? いや、そう言うんじゃなくて! ほら! 小学生の時一緒だった与那覇与一だよ!」
私のヤケクソみたいな返事に、その男子高校生が驚きながら自分を指さして名乗った。
「えっ!」
その名前には覚えがある。私が落ちこぼれる前、小学校の頃にとても仲が良かった男の子だ。
改めて目の前の男の子を観察してみると、なんとなく……そこはかとなく、面影を感じる。
「あー……」
高校に知り合いが居るのは嬉しいけど、今の私をあまり知られたくは無い。なんとも微妙な返事をしてしまう。
「取り敢えずさ、何処かで話さないか? お互いの事とか」
与一君に連れられて、私達は近くの公園まで移動する。近くのベンチに2人で腰掛けた。
「ここ、覚えてるか?」
「うん。小学生の頃、ココで良く遊んだよね」
「奏音は蟻の巣にイタズラしてたよな。イタズラって言うかアレはもうジェノサイドって感じだったけど」
与一君が懐かしそうに笑う。
彼の視線が上へ伸びて公園の端を見つめる。そこには小学生だった頃の2人が映っている様な気がした。
「それは忘れて……」
私は恥ずかしくなって視線を逸らした。
「それで、さっきの話はどういうこと? 何があったんだ?」
「えっと、概ねさっき言った通りなんだけど……その、成績がね?」
「……あの奏音が?」
「いや私、普通に小学生の頃から成績悪かったよ?」
与一君は首を傾げる。
私は虚空を見上げながら呟いた。
「私もね、頑張ったんだよ? でも、色々な期待とか、よく分からない感情で頭グチャグチャで……両親も、もう何も期待しないってさ」
この結果に対する両親の腫れ物を扱う様な態度は私の心をマリアナ海溝より深く抉り、兄姉からの侮蔑の視線は私の心をサハラ砂漠の様な不毛の大地へと変化させた。
高校での奇異の視線は心のサハラ砂漠に核弾頭の如く降り注ぎ、ガラス化現象によって不毛の土地を無駄に飾り立てている。
「奏音……一緒にゲームでもしてみないか?」
お互いが話し終えて、与一君が言葉を選びながらしてくれた提案に、私は首を左右に振る。
「ダメだよ……私は勉強しなきゃ」
ただでさえ高校受験に失敗したのに、この学校でも成績が悪かったら洒落にならない。
「無責任に聞こえるだろうけど、今の奏音は余裕が無さそうで……俺なら、そんな状態だったらとても勉強にならないよ」
与一君の誘いは素直に嬉しい。
本当に私のことを心配してくれているのが伝わってくるし、小学生の頃は彼と良くゲームをして遊んでいた。だけど、この状況でゲームをする事になんとなく罪悪感があって頷けずにいる。
「奏音にとっては不本意だろうけど、俺は奏音と同じ高校に行けて嬉しい。また、友達になりたいんだ。合わなければ辞めてくれて良いから、1回だけ、やって見ないか?」
今は遊んでいる場合じゃない。
でも――。
「……分かった、1回だけやって見る」
気がつけば、こんな返事をしていた。