解体業者に電話したいタイプのJK
「どうしてですか!」
普段からコミュ力の化け物で円満に会話を進める与一が、珍しく、思わずといった様子で声を荒げる。
対して、父は淡々と言葉を返した。
「与一さんの主張は分かった。その年でそれだけしっかりとした主張を考えられるのは立派だ」
「それなら!」
「だが主張を理解できたかどうかと、それに納得して受け入れるかはまた別の話だ」
「何が、何がダメだって言うんですか!」
「ダメな物はダメだ。どうしてもそれを曲げさせたいなら、我が家のルールに従ってもらう。奏音、着替えて道場に来るんだ」
父はそう言うと、その場を立ち去ってしまう。
「奏音……」
与一が心配そうな表情で私へ視線を送る。
「与一、ありがとう」
「でも……」
与一の表情に悔しさが滲む。
彼女はきっと、説得が失敗したと思っているんだろう。だけど、それは違う。彼女の理路整然とした言葉は父のロジックを破壊した。
「与一が変わりにしゃべってくれて、すごく勇気が出たよ。でも、全部の問題を与一に任せるわけにはいかない。与一が頑張ってくれた様に、今度は私が頑張る番だ」
私はニッと笑って、与一へ向かって軽く拳を突き出す。与一は少しだけ悩んでから、私の拳に拳を合わせた。
「わかった。頑張ってね」
風間流の道着へ着替えて、道場の襖を開ける。ここに来るのは、私が見放されて風間流を教えてもらえなくなって以来だ。
「来たか」
道場の中央には既に道場着に着替えた父が立っていた。もしかしたら、ここで殺されるかもしれない。
父の無表情な顔を見て、そんな考えが頭をよぎる。私は頭を振って恐怖を振り払って、道場に入った。
「奏音、私はまだ、お前から直接何も聞いていない。与一さんの言う様に、あのゲームが続けたいのか?」
私が道場の中央、父と向かい合う位置まで移動すると、彼が感情を感じさせない声で話しかけてきた。
「……はい。他の人から見たらたかがゲームって言われるかもしれないけど。私にとっては重要な事なんです」
「そうか、覚悟があるならいい」
父はそう言うと、道場の隅で心配そうに私たちを見つめる与一の方へ視線を向けて語りかけた。
「時代錯誤で古臭いと思われるだろうが、風間家には様々なルールがある。その1つが、当主の決定を覆す方法だ」
「それは……」
「簡単だ、試合で勝てばいい」
「そんな、野蛮な!」
「そうだな、なんの合理性も無い、旧時代の野蛮なルールだ。だが、どれだけ正しい倫理も、合理も、力が伴わなければ意味が無い。風間家の繁栄を成しえたのはそんな時代の功績があったからだ」
そこまで喋って、父は私の方へ向き直って構えを取る。大地を噛み締める様に軽く腰を落とし、私へ対して半身になる。両手は拳を作らず、総合格闘技の様に肩を落としながら僅かに曲げた。
「(本当に風間家の伝統に則って戦うなら、この試合で負った怪我や、最悪命を落としても、それは合意の元として罪に問われない。現代においてそんなことが可能かは分からないけど……)」
「行くぞ」
この試合に、合図なんてない。
父が会話をしている間も、私はずっと父の隙を狙っていた。だけど、結局そんな物は見つけられなくて、戦いの火蓋を切ったのは彼だった。
「かはっ」
一瞬の沈黙の後、猛烈なスピードで父が踏み込む。圧倒的なAGIを持つアニーが見ている様なスローモーションな世界とは違う、現実の無慈悲な速さだ。たった一息で2メートルは空いていた距離が無に帰り、丸太の様な腕が私の腹に深々と突き刺さる。
顔面と腹の両方を同時に攻撃されて、咄嗟に顔面を防いで腹への攻撃を防ぐことができなかった。
軽く体が浮いて後へ吹き飛ばされる。
「ふんっ」
地面に片足が付くが付かないかぐらいのタイミングで、父の後ろ蹴りが追い討ちとして放たれた。
「きゅっ」
周囲の景色が色褪せて、脳内を色々な思考が駆け巡る。あっやばいこれ走馬灯だ死んだ。
「なっ」
恐怖で腰の力が抜けてそのまま糸の切れた人形の様に地面へ転がる。父の蹴りが頭上を通り抜けた。
「とぉりゃぁ!」
蹴りを放ったことで、一本で父を支える足へ私は足払いを放つ。
「へ?」
うん、ダメだこりゃ。
多分だけど重心が3000mぐらい地下にある。私の即席カポエラー風味キックじゃどうにもならない。高層タワマンでも立てる気かよ。誰か解体業者に電話して!! はやく!!
「うっきゃぁ!」
なんかもう、あまりの理不尽な状況に変なテンションへなってきた。姿勢がどうとかガン無視して無茶苦茶に地面を転げ回って、なんとか距離をとって立ち上がり逃げ出す。
「えぇーい!」
逃げる私を追う父の足音を背中に感じながら、眼前に迫る壁を蹴り三角跳びの要領で反転する。
「とぉりゃぁ!」
私へ迫っていた父へ向かって、回転の遠心力と相対速度を乗せた空中回し踵落とし、鷹穿ちを放つ!
「ふん!」
私の渾身の反撃に対して、父は即座に反応、捻り込む様に拳を突き出す。白刃流しだ! それを認識した瞬間、サーッと血の気が引く。お願いお願いお願い失敗しって!!
「げふぅ!」
私の鷹穿ちは軌道が逸らされ空を切る。それと同時に父の無慈悲な右腕が脇腹へと突き刺さった。
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