異世界最強の大魔王 〜誕生〜
俺は死んだ。
漫画でよくあるヒーロー的展開で誰かを助けて死んだとか、悪と戦って、世界を守って死んだとか、そんな大それた事なんかじゃなくて、ただただ普通の事故死だ。歩いていたら居眠り運転していた車に跳ねられて運悪く死んだ。
別に悲しくはない。特にこれといってやりたい事も無い恋人もいない三十路のおっさんだ。
少し心残りがあるとするならば、お気に入りだったなろう系小説の結末を知る前に死んじゃった事かな。
やっぱ男は俺TUEEEEに憧れるんだよなあ。1度でいいから転生して最強スキル持って悪を倒して…って、俺は昔からこんなことばっか考えてる。いわゆる、厨二病だ。だけどかっこいいじゃん!仕方ないじゃん!こればっかりは譲れない。男の夢なんだわ。
というか、何故俺は一人で語ってるのやら。少し悲しくなってくる。まずここはどこなんだ?天国?地獄?もしかして神様がいる世界に来て俺を生まれ変わらせてくれる的な展開が待っているんだろうか。やばい、わくわくしてきた。
辺りを見渡すが、そこには何も無い。神様が出てくる気配もないので、仕方が無く歩く事にした。辺り一面真っ白の世界。平衡感覚が失われる。俺はどこに向かっているのだろう。でも、怖くはない。もう死んでいるのだから怖いものなんてないのだ。
しばらく歩いていると、真っ黒く塗られた四角い何かが目に入った。近づいてみると、そこには黒い紙が落ちていた。手に取ると真っ黒な紙に映えるように真っ白な異国の文字、いや、そもそも文字と言っていいのかすら怪しい何かが書かれていた。雰囲気的には契約書の類。アンケートに近いのかもしれない。分からないけど。
全ての物体を引きずり込んでしまいそうなほど黒いその紙。ただ、いくら指先で擦ってもインクの跡すらつかない。上質な紙なのだろうか。
何か書かれているか分からない紙を眺め、ふと、気がつく。この文章の並び方と紙の下の方に印刷されている、横棒。何となく、この横棒の上に名前を書きそうな雰囲気がある。日本の承諾書の類もそのような形をしている物が沢山あるし、何となくピンと来ただけなのだが。そして、今気が付いたが、黒い紙が落ちていたその傍にボールペンがあった。先程まで無かった気がしたが、見落としていたのだろう。それを元に推理するとやはり承諾書の類なのだろう。
俺はその場に座り込み、ペンを握る。
何が書かれているかも分からない紙。それに名前を書こうと思ったのは、自分はもう死んでいるからどうにでもなれ、という気持ちと、名前を書いたところで何も起こらないという気持ちと、そして、ほんの少しだけ憧れてた、異世界転生して最強の主人公になれる。みたいな、そんな事もあるんじゃないかって。厨二病チックな気持ちを胸にして、ペンを滑らせる。
漆間 涼 ( ウルマ リョウ )
名前を書き終わったその瞬間、瞬く間に光り出す紙。神々しいまでのそれは俺の目の前に1人の人物を映し出した。顕現したのはこの世の人とは思えぬ程の美貌を持った女性。揺れる長い髪は黄金を纏い、透き通って見える程の滑らかさを醸し出している。ワンピース型の白い服を身にまとっており、どこから吹いているのか分からない風がスカートを靡かせている。
呆気に取られ、声を出せない。
そんな静まり返る中、第一声はその人からだった。
「契約書にサインをしたのは貴方ですね」
「え、あ…、ああ。やっぱりあれは契約書だったのか」
「?あれの文を読んでいないのですか?契約書だと大々的に書いてあるでしょう」
「いや、読めないだろあんな文字!?」
「おかしな事を言う人ですね。私はちゃんと日本語で……」
「…」
女性が俺から契約書と言われた紙を取り上げ見つめてから数秒。お互いの間に、変な間が生まれる。
それに耐えきれなかったのか、女神と思わしき人物は視線を逸らしながら何もなかったかのような態度を取った。
「…まあそれはさておき」
「何なの今の間!?」
「うるさいです!静かにしてください!!」
「俺が怒られるの!?」
理不尽な怒りをぶつけられ腑に落ちないが、話が一向に進まないのでぐっと堪えることにする。
「はぁ…。それで、貴女は人ではない、ですよね?女神様?天使?」
「私は神です。名をルキナ。気軽にルキナとお呼びください」
「は、はぁ…。えと、それでルキナ、さんは、どしてここへ?というか、ここはどこですか?死後の世界ですか?」
神だという人を呼び捨てにはできず、さん付けさせてもらって、ここに来てからずっと疑問に思っていたことを伝える。
ルキナさんはほほ笑みを浮かべて、言葉を紡いでいく。
「私は、あなたに呼ばれてここに来ました。そしてここは、死後の世界。ですが、この空間は特別な人の為のものです。よくある例え話で言うと砂漠の中にある特定の砂1粒見つけるよりも低確率な事は確かです。何故あなたが選ばれたのかと言うと、ただの偶然です。偶然が重なり合った結果、あなたは特別な人となったのです。そして、そんなあなたは契約書のサインの元、世界最強の魔王に転生します!おめでとうございます!」
「…」
ん?なんて言ったこの女神。え?魔王?魔王って、あれだよな。なんか、ごつくて、…悪の親玉みたいな。うん、そんな感じのあれ。待て待て待ておかしいだろなんで俺が魔王に!?
「何も言わないとは物分りがいいですね。さすがは魔王になる…」
「ちょっっっ、待って!!待ってください女神様!!!!え、は?どういうことですか?なんで俺が魔王に…?」
そう言うと女神様はあからさまにめんどくさそうに眉間に皺を寄せた。美人が台無し。言ったら怒られるから絶対に言わないけど。
「はぁ…。仕方が無いから説明してあげます。」
女神様からの説明を一通り受ける。
つまり、俺は偶然に偶然を重ねて特別な人となった。その時点で俺が復活して生き返る事には変わりないらしいんだが、問題はその次。俺は知らなかったんだが、この空間には様々な職種が書かれている紙が落ちていたらしい。俺が見つけた真っ黒いもの以外に無数の紙が。そして、俺はそれらを選択できる権利があったとの事。本来、日本語で書かれているはずだったが、女神様のミスで異国の言葉になっており、俺は契約書の文を読めなかったのだが、この黒い紙には
契約書
1.ここにたどり着いた者には転生の権利が与えられる。
2.この空間にの散らばる書類に書かれている職に転生してもらう。
3.サイン前であれば何度でも変更可能だが、1度契約書にサインをしたら二度と変更は不可能。
職 異世界の大魔王
名前 ___________
と言った具合だ。
「いやいやいや、無理ですって!!?」
「無理も何も、もう変更不可能です」
「何か方法は…」
「無いです」
「んぐ、…」
キッパリと言われた。
正直、実感なんて湧くはずがない。そもそも魔王になって何するんだよって話だし。世界征服でもすんのかよって。俺最強みたいな?…ま、まあ、悪くなさそうだけど、…いやいや、厨二病発揮すんなよ俺!!!
「厨二病なあなたなら魔王くらいが丁度いいんじゃないですか?」
「心読まれてる!?」
「ついでに最強にしておいてあげます。そろそろ疲れてきましたし、話はこのくらいにしておいて転生の準備に移りますね」
「ちょっ、まっ…」
俺の話なんて聞きもせず、そう言って女神様は片手を上げ俺を指さした。
その瞬間から眩い光に包み込まれ、脳内に声が響いた。
【転生の儀を始めます。】
俺は暗闇に身を任せた。