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背高のっぽの令嬢は恋に臆病です

改心した悪役令嬢の恋物語

作者:

短編「背高のっぽの令嬢は恋に臆病です」の後日譚です。

「後ひと月で卒業とはねえ」


 レベッカ・オースティンは生徒会室のソファに深々と座りながら優雅にお茶を飲んだ。


「本当に早いわね。ついこの間入学したかと思ったら」


 生徒会長のデスクで書き物をしながらアビゲイル・ウエストは答えた。


「卒業パーティーにはユージーン様、来れそうなの?」


「ええ、仕事の予定は空けてあるって言ってたわ」


「ふん、相変わらず仲の良いこと」


 レベッカは濃い金色の縦ロールをブンっと揺らしてしかめっ面をして見せた。


「また、ベッキーったら。そんなにツンツンしてたら鼻が上向いてしまうわよ」


「何言ってるのよアビー。私のこの綺麗な鼻の形が、このくらいで崩れる訳ないでしょ」


 アビーは笑いながら書き物の手を止めてお茶を飲んだ。


「ん、美味しい。やっぱりベッキーの淹れたお茶は最高ね」


「大したことないわよ。茶葉が最高級だからだわ」


 すました顔をしているが、嬉しそうなのはバレバレだ。


「ところで私、そのパーティーでエスコートしてくれる人が決まってないのよ」


「ああ……まだなのね?」


「そう。どうしても、去年のアレが響いてしまって」


 去年のアレとは、レベッカの取り巻きの一人の策略で、ローレンス王子の婚約者パトリシアが校内で襲われた事件のことである。


 この事件で一人が退園し、レベッカを含む七人が厳重注意となった。もちろん校内での処分であり、世間に公にはしていないのだが、人の口に戸は立てられないものだ。噂は広がり、特にレベッカは公爵令嬢なので名前が一人歩きしてしまった。


『王子の婚約者を襲わせた悪い令嬢』として有名になってしまい、卒業間近になっても縁談がまとまらないのである。


 卒業パーティーのエスコートは婚約者でなくとも兄弟や親戚、友人に頼んでも別に問題はない。だが出来ることなら恋人をお披露目したいと思うのが乙女心だろう。


「ベッキーは、他の子のお世話ばかりして、自分を後回しにしちゃったんだものね」


 レベッカは、自分のせいで元取り巻き達が処分を受け縁遠くなってしまったことに責任を感じていた。それで、親に頼んで貴族の子息を紹介してもらい、取り巻き達に出会いの場を提供していたのである。


 その際も、自分が前面に出ると良くないからと裏方に徹し、見事全員の縁をまとめた。そして自分一人だけ、残ってしまったのだ。


「別に、兄にエスコートしてもらうからいいわ。あとひと月でどうにかなるものでもないし」


「同学年の男子にも、婚約者がいない人は何人かいるわよ?」


「やめてよ、アビー。校内の男子なんて私の悪評をよく知ってるんだから一番無理じゃない」


「そうかなあ。ベッキーは生徒会役員としても頑張ってきたし、もうあの時とは違うってみんなわかっていると思うけど」


「一度ついた悪評がなかなか消えないのは、この一年で身を持って知ったわ。いいのよ、私はもうずっと実家に居続けて嫌味な小姑になってやる」


「うわぁ、お兄さん可哀想……」


 アビーはレベッカの兄の将来のお嫁さんに同情した。レベッカはいい子だが、憎まれ口を叩くのが玉にキズだ。そこが魅力的でもあるのだが。


 レベッカはチラリと時計を見た。


「じゃあそろそろ帰ろうかしら。アビーはまだやっていくの?」


「ええ、もう少しだから。それに今日はジーンが仕事終わりで迎えに来てくれると言ってたし」


「そう、じゃあお先に。カップは洗っておくわ」


「ありがとう、ベッキー。また明日ね」


 レベッカはトレイに二人分の茶器を乗せ、洗い場に持って行った。手際良く洗い物を済ませると、アビーに手を振って部屋を出て行った。


 渡り廊下を歩きながら、ふと去年の事件の事を思い出していた。

 あの頃の自分は本当に嫌なヤツだった。トリシャを蹴落とそうと悪口ばかり言い、権力を振りかざして取り巻き達を思い通りに動かそうとして。

 今思うと何であんな事してたんだろうと不思議になる。


 あの事件がなかったら、自分は今もあのまま、裸の王様でい続けたのだろうか? アビーやトリシャとも仲良くなれないままで。

 そう思うと、事件があったのもそれはそれで良かったのかもしれない。


「結婚出来ないくらい別に何でもないわ。幸い実家は余裕があるし、友達がいれば寂しくないし」


 そう考えながら歩いていると、どこからか良い匂いが漂っているのに気がついた。


「何かしら。ベーコンの焼けるような匂い……」


 鼻をクンクンさせながら匂いを辿って行く。すると、普段滅多に行くことのない北校舎の科学室に着いた。


 気になって、入り口の引き戸をほんの少し開けて中を覗き見る。すると男子生徒が一人、簡易コンロの上にフライパンを乗せてベーコンエッグを焼いているところだった。


 するとレベッカの意思に反してお腹がグーっと鳴ってしまった。


「誰?」


 男子は顔を上げてレベッカを見た。レベッカはお腹を鳴らしてしまったことが恥ずかしく、それを誤魔化すためについ強い口調で言ってしまった。


「あ、あなたこそ! ここで何してるの? こんな所で火を使ったりして危ないじゃないの! ちゃんと許可は取っているのかしら?」


 すると男子はニッと笑って言った。


「許可? 取ってないよ。見つかるといけないから早く入って」


 そう言われて思わずレベッカは部屋の中に入り、後ろ手で引き戸を閉めた。


 男子はレベッカに構わずベーコンエッグの様子を見ている。そして慣れた手つきで皿に移すと、もう一つ焼き始めた。


「はい、どうぞ。口止め料ね」


 フォークを添えてレベッカに皿を勧めてきた。


「ど、どうも。せっかくだから頂こうかしら」


 レベッカは近寄って行き、男子の正面の椅子に腰掛けた。


「塩胡椒ならあるよ」


 彼は小箱をガシャガシャと探すと、小瓶を出してきた。


「俺の分は今焼いてるから、温かいうちに食べなよ」


「そう? じゃあ、頂くわ」


 ナプキンもナイフも無いままでこんな所で食事は初めてだったが、空腹にこの匂いは堪らない。誰も見てないしいいやと、レベッカは頂くことにした。


「美味しい」


 お世辞ではなく本当に美味しかった。空腹がスパイスになっていたのかもしれないが。


「だろ? その卵、俺が育てた鶏の産んだ卵なんだ」


「そうなの? どこで育てたの?」


「裏庭に飼育小屋あるでしょ? あそこ」


 そういえばそんなものあったような、無かったような。全く関心が無かったから記憶に残っていない。


「ベーコンは、うちで育てた豚を俺が加工したの。全部自家製」


「へえぇ。何か、凄いわね」


 もう一つのベーコンエッグが焼け、コンロから下ろすと彼はフライパンのまま食べ始めた。


「お皿に出さないの?」


「皿は一枚きりだもん。フォークは二本あって良かった」


 そうか、私に皿を提供したからか。レベッカは自分が予期せぬ訪問者だったことを思い出した。


「いつもこんな事やってるの?」


「うん、まあね。放課後居残りしてると腹が減るんだ。だから家からいろいろ持ってきて、こうやって食べてる」


「居残りってどうして? 」


「大学に行くための勉強だよ。家じゃ集中出来ないから」


 そういえば、毎年二年生の中から一人か二人、大学を目指す者が出る。大学というより王立の研究所のようなもので、各専門分野の研究をするために本当に優秀な者だけが行くことが出来るのだ。大学には卒業は無く、一生を研究に捧げる。給料は国から支給されるので生活の心配はないが、その分狭き門で、合格率はすごく低い。


「あなた、優秀なのね。確か、二年の、名前はえーと……」


「バートン・フェイン。バートでいいよ」


「バートね、覚えておくわ。私のことは知ってる?」


 バートはレベッカの顔をじっと見たが、


「ごめん、わかんないや。ていうか女子クラスの人を誰も知らないんだ」


「そうなの? 私はね、レベッカ・オースティン。ベッキーと呼んでいいわよ」


 そう言ってからレベッカはバートの様子を伺っていた。あの事件のことを知っていれば、レベッカの名前を聞いた途端に思い出すだろう。目の前にいるのが悪役令嬢だと。

 だがバートは何も気づかぬ様子で、


「ベッキーか。よろしく」


 なんて呑気に言っていた。


「試験はいつあるの?」


「来週」


「ええっ! もうすぐじゃない。私、邪魔しちゃったわね」


「別に大丈夫さ。試験には自信がある。それより、提出する論文の仕上げがなかなか難航しているんだ。それで、図書館もあるし学園で勉強してるんだよ」


「ふうん。じゃあ、試験までは毎日放課後ここにいるってこと?」


「そうだなあ、そうなるな」


「じゃあ、ベーコンエッグのお礼に明日差し入れを持ってきてあげるわ。手軽に食べられるようなものを」


「別にいいよ、お礼なんて」


「それじゃあ私が気持ち悪いのよ。何かお返ししないと。とにかく、明日また来ます。じゃあ」


 そう言ってレベッカは立ち上がり、スタスタと部屋を出て行った。あまり長居すると邪魔だろうと思ったのだ。


 差し入れって何がいいだろう。女子ならば有名店のお菓子で間違いないのだが、男子となるとわからない。やはりガッツリとした食事に近いものがいいだろうか?


 あれこれ考えるうちにあっという間に馬車が家に着いてしまった。


 翌日の放課後、レベッカは馬車止めで公爵家の馬車を待っていた。迎えの時に差し入れを作って持って来るように頼んでいたのである。


 バスケットにはチキンと野菜を挟んだパンとカットフルーツが入っていた。これならいいだろうと得意気に科学室の引き戸をノックした。


「どうぞ」


 中に入ると、バートはノートを広げて勉強中だった。机の上にはリンゴが二個、置いてあった。


「どう? 頑張ってるの?」


「まあね。だいぶ考えがまとまってきたよ」


 そう言いながらバートは伸びをした。


「約束通り、差し入れを持ってきてあげたわよ」


 レベッカはバスケットからパンとフルーツを取り出した。


「すごい豪華だなぁ」


「味もいいわよ。うちのシェフは最高なの」


「それじゃあ遠慮なく」


 バートは美味しそうに頬張った。


「ベッキーは食べないの?」


「私は、お腹空いてないから」


 と言ったものの、何故かまたこのタイミングでお腹がグーっと鳴った。


「なんだ、腹減ってるじゃん」


「ち、違うわよ! これは、ただの消化の音!」


 レベッカは顔を赤くしながら口を尖らせた。


「一緒に食べればいいじゃないか」


 バートは勧めてきたが、ボリュームのあるパンは断り、ピックに刺したフルーツを食べることにした。これなら、お上品に見えるだろう。


「じゃあそのフルーツ全部食べなよ。俺はこれがあるから」


 そう言ってバートは置いてあったリンゴを皮のままかぶりついた。


「ええ? そのまま食べるの?」


「皮ごと食べると栄養が取れるんだぜ。俺はいつもこうだよ」


 驚いて見つめているレベッカに、バートはもう一個のリンゴを勧めてきた。


「食べてみる?」


 レベッカはリンゴを手に取ると、恐る恐るかじってみた。


「なんだか硬いわね」


「そりゃ皮だからね。でも美味しいだろ?」


 確かに、なんだか味が濃く感じる。皮ごと食べるのが初めてだからだろうか?というより、バートが食べていると何でも美味しそうに感じるのだ。


「これはうちの領地で育てているリンゴなんだ」


「あらそう。とっても甘いし食感もいいわ。今度うちでも仕入れて貰おうかしら」


 そう言うとバートはニコッと笑った。ニッと笑うのは見たことがあったが、こんなにあどけなく笑ったのはこれが初めてだった。


 レベッカはなぜかドキっとしたが、気のせいだと思うことにした。


 それから毎日、レベッカはバートに会いに行った。

 勉強の邪魔にならぬよう、差し入れを食べてちょっと話すとすぐに退室するようにした。


 そしてバートの試験日が来て、彼は学園を二日休んだ。試験は筆記と論文の発表で二日間行われるのだ。たった二日だがバートに会えないことをレベッカは寂しく感じていた。


「バート! 試験どうだった?」


 試験が終わった翌日、レベッカは男子クラスを覗き込んでバートを手招きして廊下に呼び出した。もう試験が終わったので科学室で居残り勉強はしないだろうから、教室に会いに来たのだ。


「やあベッキー、自分ではかなり出来たと思ってるよ」


 バートは頭を掻きながら言った。


「合格発表はいつ?」


「来週だ。学園に連絡が来ることになってる」


「楽しみねえ。きっと合格してるわよ」


「だといいけど。あっ、そうだベッキー。差し入れをたくさんしてくれたお礼がしたいんだ。今度の休日にうちに来ないか?」


「えっ、バートのおうちに?」


 レベッカはまた胸がドキっとした。


「ああ。両親が、ぜひ来てくれって言ってるんだ」


 ご両親のお誘いか……レベッカは嬉しいような残念なような複雑な気持ちになった。バートの気持ちはどうなんだろう?


「公爵家のような素晴らしい屋敷ではないんだけど出来る限りのおもてなしはするって言ってるから、良かったら」


「まあ、そこまで言って下さってるのなら行ってあげてもよくてよ。楽しみにしてるわ」


 レベッカは浮かれ気分で女子クラスに戻って来た。するとアビーとトリシャに両側からガッチリと腕を掴まれ、教室の隅に連れて行かれた。


「やだー、ツインタワーに捕らえられたー」


「ふっふっふ。逃がさないわよ、ベッキー」


 アビーが不敵な笑みを浮かべる。いつも天使のようなトリシャでさえもだ。


「何のことかしら?」


「いつの間にバートンと仲良くなっていたのかしらね〜?」


「そうよぉ。近頃、私はお妃教育のため王宮に行っていたしアビーは生徒会引継ぎの仕事をしていたから、ベッキーを一人にして悪いと思っていたのだけれど」


「まさかあの天才バートンと距離を縮めていたとはね〜」


 そしてベッキーは洗いざらい喋らされた。ベーコンエッグから始まって毎日放課後会っていたこと、今度おうちに誘われたことなど。


「そうなの〜? 意外だわ」


「意外ってどういうこと?」


「彼はとびきり優秀な頭脳を持っていて、授業中はキレッキレなんですって。教師とも意見をガンガン戦わせているみたい。そのくせ、休み時間は誰とも交流しないでどこかにふらっと行ってしまうので、男子クラスでも謎多き存在らしいわよ」


「そうなの? 話してるとのほほ〜んとしていて、すごく穏やかな人だけど。飼育小屋で鶏育ててたり、自分でベーコン作ったり」


「ということは、ベッキーには素顔を見せていたってことね」


 二人はウフフと嬉しそうに笑っていた。


「で、ベッキーは彼のことが好きなの?」


 彼のことが好き???


 レベッカはそう言われて顔が赤くなっていくのを感じた。


「ばっ、ばか言わないでよ!! そんなんじゃないってば!」


 必死で否定しているのに、二人は代わる代わる頭を撫でてきた。


「もう〜、可愛いんだからベッキーは〜」


「子供扱いしないでっていつも言ってるでしょ!」


 レベッカは、大きな二人に抱き締められて全く身動きが取れないまま文句を言っていた。


 その時、男子クラスの方から大きな声と物音が聞こえてきた。


 女子クラスのみんなも廊下に出て、男子クラスを遠巻きに見ていた。レベッカ達も廊下に出たが、小さいレベッカには何も見えなかった。


「何? どうしたの? 何があったの?」


「わからないけど、誰か喧嘩しているみたい。たぶん、一人は……バートンだわ」


「えっ? バートなの?」


 何か大声で叫びながら二人は殴り合っている。レベッカは人波をくぐり抜けて前へ出ようとしていた。


 すぐに、教師が二人やって来た。誰かが知らせたのだろう。バートともう一人の同級生は、教師に羽交い締めにされてようやく喧嘩をやめた。


 そのまま彼らは教師に職員室へ連れて行かれた。いったい、何があったんだろう?レベッカは不安になっていた。

 するとアビーが男子クラスに乗り込んで行き、情報を仕入れてきてくれた。さすが、やることが早い。


「同級生がバートンをからかって、それに怒ったバートンが殴りかかったらしいわ」


「ええっ、バートが先に手を出したの?」


「そうみたいよ」


「そんな。それじゃあバートだけが処分されるかもしれないわ」


 心配で焦っているレベッカに、トリシャが落ち着いた声で話し掛けた。


「うーん、でも相手が酷いことを言ったのなら、また違ってくるんじゃないかしら?」


 アビーも頷いた。


「ベッキー、落ち着いて聞いてね。相手は、あなたのことを持ち出してからかったらしいの」


「私のことですって?」


「ええ。あなたとバートンが仲良く話しているのを見て、『根暗博士と悪役令嬢ならお似合いだな』って言ったらしいの」


「根暗博士と悪役令嬢……」


「彼はいつも成績が二番止まりで、成績優秀なバートンに反感を持っていたみたい。それで、去年の事件のことを知らなかった彼にあなたのことを面白おかしく説明してから『あんな悪役令嬢と付き合う奴の気がしれない』って言ったの。その途端、バートンが一発お見舞いしたそうよ」


「そんな……」


 レベッカは青ざめた。過去の自分のやった愚かな行為が、バートにまで迷惑をかけることになるなんて。


「私、職員室に行ってくるわ! 私とバートは何の関係もないって言ってくる!」


 立ち上がったレベッカの両腕を、二人がそれぞれ掴んでまた座らせた。


「こらこら、ベッキー。早まるんじゃない」


「そうよ。関係ないなんて言ったらそれこそバートンは悲しむわ」


「何でよ?! 私のせいでバートは喧嘩なんかしちゃったのよ?」


「とにかく、バートンが戻ってくるのを待ちなさい。それからでも遅くないわ」


 二人に押し留められ、やがて授業が始まってしまったのでレベッカは仕方なく諦めた。


 ほぼ上の空で授業をやり過ごすと、レベッカは廊下に出た。男子クラスの前に行く勇気はなかった。


(私が顔を出したせいでバートはからかわれてしまったんだもの。もう向こうへ行くことは出来ないわ)


 すると、職員室の方からバートと同級生が帰ってきた。レベッカを見つけると、バートは手招きをした。


 恐る恐るレベッカが近寄って行くと、バートは同級生を肘でつついて促し、同級生が頭を下げた。


「つまらないことを言って悪かった」


 バートの肘がさらに相手の脇腹に刺さった。


「うっ……悪かった、です」


「私、何も気にしていないわ。本当のことですもの」


「何言ってるんだ、ベッキー。よく知りもしないで人の悪口を言うようなことは許されない。昔何かあったのかもしれないが、今のベッキーを見る限り悪口を言われる筋合いはないんだ」


「本当に、反省しています。すみませんでした」


 同級生はもう一度頭を下げ、立ち去った。残されたレベッカとバートはしばらく黙っていたが、


「じゃあ次の休みに、迎えに行くから」


 と言って教室に戻って行った。レベッカは、バートにお礼を言い損ねたことを内心で悔やんでいた。


(せっかく私の為に怒ってくれたというのに。何で私は肝心なところでダメなんだろう)


 大きくため息をついてバートを見送っていた。


 休日、約束通りバートは馬車で迎えに来てくれた。公爵家に比べて乗り心地のあまり良くない馬車に揺られて、フェイン伯爵家に到着した。


「まあぁ、よくいらして下さいました。バートの言う通り、とても綺麗な方ね」


 着くなり、バートの母に大歓迎された。


「ちょっと変わった家ですけれど、ゆっくり寛いで下さいね。バートが精一杯おもてなしいたしますから」


 変わった家? 見たところ、特に変わった様子はないんだけれど。


「ベッキー、庭へ行こうか」


 庭へ出ると、確かに変わっていた。小屋がたくさんあり、それぞれにいろんな動物が飼われている。鶏、ウサギ、犬、ヤギ、向こうには豚や牛もいるらしい。畑もあり、たくさんの作物が育てられている。


「俺が改造してしまったんだ。小さい頃から生き物や植物が大好きで、いつの間にかこんなことになってた。好きな事をやらせてくれた両親には感謝してるよ」


 好きな事を突き詰めているうちに、研究の道に進むことを決めたのだという。作物や家畜の品種改良を主に研究したいと。


「もっと丈夫で育てやすい品種を増やしたいんだ。そして領地を豊かにしていきたい」


 バートは次男なので伯爵家は兄が継ぐことになっている。だから給料を貰いながら研究が出来る王立大学に、絶対に入りたかったのだそうだ。


「素敵ねえ。あなたにピッタリだわ」


 レベッカは心から感心して言った。


「俺が入る予定の大学は、生物学だから王都から離れた郊外の町に住むことになる」


「え……そうなの?」


「うん。研究に没頭するから王都に帰ってくることはほぼないだろうな」


「そうなんだ……じゃあ、あまり会えなくなるのね……」


 あまり、どころか全然会えないだろう。研究に忙しいだろうし。だったら……


「さ、寂しいんだったら、私がしょっちゅう会いに行ってあげてもいいわよ?」


 言ってしまってから、レベッカは悔やんだ。


(ああ、また高飛車な言い方をしてしまった……私の馬鹿)


「遠くて大変だから、会いに来なくていいよ」


「え……そうなの……」


 レベッカはかなりのショックを受けていたが、それを出さないように必死だった。やっぱり、バートには何とも想われていなかったんだ。


「会いに来るんじゃなくて、一緒に来てくれないかな」


「え?」


「この前、同級生にベッキーの悪口を言われた時、もの凄く腹が立ったんだ。喧嘩なんて一度もしたことなかったのに、気がつけば殴ってた。その時、ああ俺ベッキーのこと好きなんだ、って気がついたんだよ」


「バート……」


 レベッカはバートの顔を見上げてじっと見つめた。


「田舎に住むことになるし、贅沢は全然させてあげられないし、気の利いたことも言えないけど。でも手作りの美味しい物を食べさせてあげることは出来るよ。君さえ良かったら、僕と結婚してくれないかな」


 バートの言葉の途中から、レベッカはもう涙目になっていた。でも、こぼさないように我慢しながらいつものように言った。


「そうね、それも楽しそうな生活だわ? あなたがどうしてもって言うなら結婚してあげる」


 バートはレベッカの頭をヨシヨシすると抱き締めた。顔が隠れたことに安心したレベッカは涙を大いに流し、バートの服を濡らした。


 その後、フェイン家でバート手作りのベーコンやヤギのチーズ、畑で取れた野菜などが振る舞われ、レベッカはその美味しさに感嘆した。


 勉強一筋の次男の結婚を諦めていたらしい両親は二人の婚約を大層喜び、すぐにでもオースティン家に挨拶に向かうと言っていた。レベッカの父も娘の結婚は諦めていたのできっと手放しで喜んでくれるだろう。


「ねえバート、卒業パーティーにはエスコートしてくれても良くってよ?」


「もちろん、ベッキー。喜んでエスコートさせてもらうよ。ただし、大学に受かってたらね」


「あ! そうね、そうよね……。もし落ちてたらどうなるの?」


「来年もう一度受験することになるかな」


「ええー、そしたらエスコートしてもらえないの?」


 明らかにガッカリしているレベッカをバートは可笑しそうに見ていた。


「いいわ、それなら誰かにエスコートしてもらうんだから! 他の人に誘惑されても知らないわよ?!」


「はいはい、わかりました」


 全く心配している様子がない。失礼しちゃう、と怒っていたレベッカだが、バートには絶対合格している自信があったのだ。


 そして翌週、バートは見事に大学に合格していた。それを待って二人は正式に婚約し、卒業パーティーが終わったらすぐに大学のある町へ移ることになった。



「まさかベッキーが一番に結婚することになるなんてね」


 卒業パーティーの当日、アビーはしみじみと言った。


「本当に。私が三ヶ月後、アビーが半年後って決まってるけど、レベッカは披露パーティーもしないのね?」


「ええ、どうせ悪役令嬢だしね、披露する必要もないでしょ? 届だけ明日出して、そのまま出発するわ」


「遠くに行っても私達ずっと友達でいましょうね」


「絶対に会いに行くわ」


「もちろん遊びに来てね。美味しいご馳走用意しておくわ」


 レベッカの元取り巻き達も全員集まって来た。


「ベッキー、結婚おめでとう! 私達みんな、あなたが大好きよ!」


 次々とハグされ、お祝いの花束を貰ったレベッカは


「な、何なのよあなたたち、もう、鬱陶しいわね!」


 そんなことを言いながら、涙目になっていた。


 面倒見が良くて天邪鬼で可愛いレベッカ。アビーとトリシャも泣き笑いをしていた。


 その時、楽団が演奏を始めた。歓談をしていた卒業生達はみな、ダンスを踊るためにパートナーのところへ戻って行った。


 ローレンス殿下とトリシャがファーストダンスを踊り、それから踊りの輪が広がっていった。


「レベッカ、私と踊って頂けますか?」


 バートがかしこまって尋ねた。レベッカは鼻をツンとさせながら


「そうね、踊ってあげても良くってよ?」


 二人は手を取り合い、微笑み合ってフロアの中央に出て行った。







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― 新着の感想 ―
[良い点] レベッカ、、、どうして昨年は暴走したwまぁ、彼女は大したことやってないけど。 ほのぼのしていてあっという間に読み終えました!スッキリ無駄のない内容で良かったです。
2020/12/20 21:56 退会済み
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