第2話
シバは一通り居残り訓練を終えると訓練室を出て自分の家に帰宅した。家の前まで来ると部屋には明かりがついていた。シバはその明かりに気が付くと急いで玄関のドアを開けた。
(姉さんが帰って来たのか!?)
「姉さん!いつ帰ってきたの!」
シバは自分の姉が帰ってきたと思い満面の笑みを浮かべ勢いよく部屋に入った。
しかし、部屋には誰の姿も見られなかった。誰かがいた形跡もない。
「なんだ、電気消し忘れただけか、、」
自嘲の笑みがこぼれた。シバは自分で自分をあざ笑うことで平静を保とうとした。シバは姉と二人で写った写真に目を向けた。
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『シバ、どうしたの?』
シバの姉は泣きじゃくる幼いシバに駆け寄った。
『僕だけ、皆と違って魔法が上手くできないの、だから仲間外れにされるの、、』
シバの姉はシバをそっと優しく抱きしめた。
『いつかシバにもできるようになるわよ、最初から上手にできる人なんていないもの、』
『でも、、』
『男の子がうじうじしないの、そうね、じゃあ魔法じゃなくて体術を教えてあげる、』
『たいじゅつ?』
幼いシバは首を傾げた。
『そう、魔法が使えなくても誰でも出来るものよ、』
『へぇー、僕やってみたいかも、』
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元々両親の記憶がないシバはずっと姉と二人で生活してきた。たった一人の家族である姉の存在はシバにとってかけがえのないものなのだ。いつになっても一向に魔法が使えないシバを支えてくれたのは姉だった。しかしシバが幼い頃まで一緒に過ごした姉はいつの日からか家を出て行ってしまった。
「姉さん、結局俺は今でも魔法はそんなにできないよ、」
次の日これまでの自分の不甲斐なさを嘆くようにシバは重い足取りで登校していた。
「俺はいったい何なんだよ。なんで俺だけ、、」
そしてとうとう自分の中の葛藤を吐き出した。
「なんだ、お前はお前だろ。何をおかしなことを言っているんだ、シバ。」
校門の端に寄りかかっていたパレク教官は煙草に火をつけ言った。
「教官、おはようございます。なんで教官がこんなところにいるんですか。生活指導は教官の仕事ではないでしょう。」
「いや、自分の担当するクラスの生徒が一時間も遅刻したら心配にもなるだろう。」
パレクは淡々と言ったがかなりご立腹のようだった。
「信じてもらえないかと思うんですがなぜ自分が一時間も遅刻しているかわからないんですよ。家の時計も目覚ましのアラームもいつも通りでしたし。」
シバもパレクの様子からここはまじめに本当のことを言った。
「ほぉ、面白い言い訳を期待したが全く面白くないな。規則を守れない者と面白い遅刻の言い訳のできない者にはそれなりの罰が必要だな。シバ、お前には放課後図書館の整理で勘弁してやろう。本来は私の仕事ではなかったのだが頼まれてしまってな。よろしく頼む。」
そう言って教官は校舎へと戻っていった。
「ったく、面白い言い訳ってなんだよ。それも込みで罰っておかしいだろ。にしても本当に遅刻した感覚がないんだが。疲れてんのかな。大体教官がめんどくさいこと押し付けてるだけじゃないか。」
そう言いながら一時間遅刻でシバは登校するのであった。廊下を歩いて教室に向かう最中に周りからひそひそと声が聞こえた。
「ねえ、あれ、例の生徒よね?」
「あー、無能魔法士ね、才能のかけらもないって話よ、」
「無能のくせに遅刻とかないよね、」
どれもシバに対する非難、嘲笑だった。だがシバにとってこれはいつものことだった。幼い頃から変わらない、周りから馬鹿にされてきた。
教室に着くと休み時間で皆好きなように過ごしていたがシバが教室に入るや否や視線は一気にシバに集まった。新しい話のネタができたのか再びひそひそと口々にシバを横目に見ながら嘲笑した。そんな中三人組の男子生徒がシバに近寄った。
「おい、無能、遅刻とはいい御身分だな、」
「御身分って、ウケる、」
腹を抱えて一人が笑い出した。
「なんでそんなに笑ってんだよ、」
もう一人も笑いながら言った。
「御身分、まさにゴミと身分が合わさってっから、」
笑いをこらえながら答えた。
「「「ギャハハハハハッ!」」」
三人は腹を抱えて大笑いした。それを見て周りの生徒達もクスクス笑っている。
(面白くねーし、大してうまくもねーよ、)
その時、休み時間の終了と次の講義を告げる鐘が鳴り皆席に戻った。舌打ちをしながら三人もシバを睨みつけて各自席に戻った。若干呆れ気味でシバも自分の席に着いた。
その日の放課後、シバは教官に言われたように図書館で本の整理をしていた。
「お、無能魔法士じゃねーか、」
昼に絡んできた三人組が図書館で作業をしていたシバに目をつけた。
(うわっ、めんどくさ、、)
「おいおい、何無視してんだよ、この無能!」
一人がシバに手を向けた。その手の先には魔法陣が展開されていた。魔法陣からは鎖が飛び出しシバの手足を拘束し身動きをとれなくした。
「遅刻したゴミには罰が必要だよな、なーに俺らは優しくしてやるよ、」
拘束されシバが何もできないことをいいことに三人は殴る蹴るの暴行を加えた。
「お前もちっとは上達したらどうなんだよっ!」
シバを殴りながら一人が言った。
「おい、司書が来たぞっ!」
もう一人が伝え三人は逃げるようにその場を後にした。鎖から解放されたシバはその場に崩れ落ちた。無能とはいえ低位の治癒魔法は使えるので治癒魔法で傷口を癒す。
(図書館の中だからあいつらもそんなに強力な魔法は使わなかったが地味に痛かった。人を痛めつけることに関しては本当に感心するよ。)
その後本の整理を開始してから1時間ほどが経過した。その際以前途中まで読んでいた魔導書を見つけた。
「お、これ途中までしか読めなかったやつだ、ん?でもこの魔導書ここの棚じゃなかったような、、」
シバは魔導書を手に取りパラパラとページをめくった。ページをめくっていると魔導書のほぼ真ん中のページに魔法陣が描かれているのを見つけた。
「魔法陣か?この前はこんなものあったっけか?さすがに魔法陣に気づかないなんてことはないと思うけど、」
不思議に思ってシバが魔法陣に触れると魔法陣が反応したのか魔法陣が紫色に光った。その光が人の形に変形しながら弱くなっていき光の中から若い女性が姿を現した。
(え!?ええええええええ!?やばいやばいやばい!絶対これはやばい!どうする?)
考えることおよそ三秒。
(うん、俺は何も触ってないし魔法陣なんて見てないしそこから女の人が出てきたとかも知らない。深呼吸だ、そしたら何も知らない、スゥー、ハァー、よし、逃げよう。)
「、、、待って、どこに行くの?やっと会えたのに。」
シバを呼び止める女性の声が聞こえた。恐らく魔法陣から姿を現した女性のものだろう。しかしシバが止まるわけもなくその場を離れようとする。
(今話しかけてこなかったか?いや、昼間の寝坊といいきっと疲れてるんだ。)
「、、、待ってと言っている。拒否権はない。」
ショートカットの女性は覇気のない目のまま手を伸ばした。
彼女の指先が紫というよりは黒に近い光を放った。するとシバの体は空中を浮き彼女の目の前に落とされた。同時にシバとその女性の周囲が結界のようなもので取り囲まれた。外にいる者には知覚されないようだ。
「は!?ちょっ、え!?」
「、、、シバ、何がどうなっているか理解できないと思うけれど最初に言いたいことがある。、、、聞いてくれる?」
覇気のない目つきで彼女はシバに言った。
(ほんとに何が何だかわからないけどとりあえず聞くだけ聞いてみるか。)
シバはまた何をされるかもわからないので応じることにした。
「うん、わかった、何だい?」
彼女は少し俯き頬を染め上目遣いに言った。
「、、、あの、会いたかった、」
先程の感情のない無機質な表情ではあったがほんの少し恥じらいと尊敬の意が感じられた。しかし当然生まれてこの方一度もこういったことに巡り合わなかったシバにとって今までの状況に加えて理解が追いつくはずもなかった。
(はあああああああああ!?!?君が!?俺に!?こんな無能を!?てか初めて会ったよね?絶対何か罠だろ!?えっ?えええええええええ!?もう意味わからない、)
シバはとりあえず話を聞いてみることにした。
「まず君は何者なの?どうして本の中から出てきたの?見た感じ魔法陣もあったから封印魔法か何かではあると思うけど、」
シバが尋ねると彼女は感情の読み取れない表情でシバを見つめて言った。
「、、、名前はない、私はあなたを守る、それにあの本には封印ではなくて隠蔽魔法の依り代として隠れていただけ。」
「名前がないってどういうことだよ、自分自身を隠蔽したっていうのももう少し説明してくれよ。」
「、、、隠蔽と言ってもそれほど大げさなものでもない。まず、あなたを催眠魔法で遅刻させ放課後にここの整理をさせられるように仕向けた。あとは見た通り。、、、そんなことよりあなたの実技について見た。どうして正の魔法しか使おうとしないの?」
シバが質問したことに対してきちんと応答しているが全くシバには分からなかった。
「ちょっと待て、説明になってないだろ、そもそもなんで俺のこと知ってるんだよ。」
彼女はほんの少し俯き頬を赤らめて呟いた。
「、、、昔、私はあなたと会っている。」
(えっ?昔?幼馴染なんていないし誰かと一緒に遊んだこともなく姉さんとしか関わってこなかったはずだけど?)
「、、、あなたにはお姉さんがいる、けれどそれは昔のこと、今は会えていない。」
「なんで俺に姉さんがいること知ってんだよ。それに会えないことも。」
「、、、シバ、今から言うことは信じられないようだけれど真実なの。だから聞いてほしい。、、、あなたに本当のお姉さんはいない。」
シバは目の前の女性が訳の分からないことを次々と言い、さらに今は会えない姉の話が出てだんだんとイライラしてきた。その気持ちが言葉の激しさとして表れる。
「は?な、なに言ってんだよ。変なこと言ってんじゃねーよ!姉さんはいない?そんなはずないだろ。第一俺には姉さんとの記憶がある、それとも、俺の思い込みか?答えろよ!」
シバの声が図書室、正確には結界内に響きわたり一時の静寂に包まれた。
「、、、あなたにお姉さんはいない、嘘ではない。そもそもあなたは今は人間ではない。人間と魔族のハーフ。」
「は?」
しかし彼女の口がわずかに動き彼女の口から発せられた言葉にシバは絶句した。