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第二王子のため息



 この国ははっきり言って腐っている。突然腐ったわけではない。ゆっくりと気がつかれないほど小さく腐っていたのだが、ここ十数年ではっきりとわかるくらい加速した。早い話が、加速させた原因は国王の無能さだ。現国王が王位を継いでから、一度も立て直される事なく国は急速に衰退していた。


 まだ国王として公私を分けることができたのならよかったのだが、最悪なことに父上は分けることができない典型的な無能な国王だった。国王の寵姫が贅沢を好み、それを許容する風潮が出来上がっていた。寵姫の口利きのある貴族が重用され、政が正しく行われない。衰退するのも仕方がない状況である。


 いつ倒れてもおかしくないこの国を何とか回しているのは宰相家と騎士団を統括する侯爵家だ。この二つの家があるから、国としてやっていけている。


 寵姫によって育てられた異母兄上は王族としての教育がまともにされておらず、変な選民意識と特権階級の持つ傲慢さを併せ持った性格になってしまった。


 寵姫は下位貴族の妾の娘で、こちらも貴族としての常識を持っていなかったから当然と言えば当然だ。甘言を繰り返す者たちしか周りに置かず、いやなことは聞こえなくなる特異体質。


 寵姫の息子であるが、第一王子という事だけで王太子の地位を得ており、宰相や公爵が何とか廃王太子にしようと画策していたのだが。甘い汁を吸っている貴族が多く、なかなか実現できずにいた。何年もやきもきしていたのにもかかわらず、異母兄上は自ら墓穴を掘り、王族から外れた。


 下級貴族の庶子を抱きしめ真実の愛だと叫び、婚約者でもなんでもない公爵家の令嬢に冤罪を吹っ掛けたのだ。

 冤罪をかけられた公爵家の令嬢は母上の兄の娘で、僕の従姉だ。僕とは血が近いため婚約者にはならないけれど、公爵家の娘であるので後ろ盾としてはとても有用だ。後ろ盾の弱い第一王子陣営は従姉を婚約者にしたかったようだ。周囲から聞かされていたことを中途半端に理解していた異母兄上は従姉を自分の婚約者と勘違いをしたのだった。


 突然、国王の主催する夜会で婚約破棄を告げ、アリもしない罪をでっち上げた時には流石に唖然とした。気の強い従姉は笑顔を浮かべ続けていたが、握りしめた扇の手を見てどれほど我慢しているのかがうかがえた。みしりと音が鳴ったのを聞いた時には、異母兄上の冥福を祈ったほどだ。


 この国の法により、王族が下位貴族との婚姻を望む場合、王族としての籍を離れ王位継承権を剥奪されることが決まっていた。どんなにも国王が庇っても、覆すことができないのだ。きちんと王族としての教育を成されていたら知っていて当然の知識であるが、異母兄上は勉強が嫌いで全く知らなかったようだ。


 宰相によりそのことを告げられて、理解が追いつかず茫然としていたのが印象的だ。寵姫もよくわからないことを喚いていたが、あれはあくまで愛人だ。国王とは婚姻で結ばれておらず、王妃がいたことで許されていた地位であった。


 誰にも取り消せない失態を犯した異母兄上は王妃派によって速やかに排除された。それに伴い、僕が王太子に繰り上がった。

 立太子の儀が早々に執り行われ、祝いの夜会が開かれた。僕の正妃になろうと、必死に食らいついてくる。どの令嬢も、少し前まで異母兄上の取り巻きをしていた。中には異母兄上のお手つきになっていると噂されている令嬢もいた。


 綺麗な容姿にどす黒い気持ちを隠して、自己を売り込む。その笑みが醜く歪んでいることに気がついていないようだ。

 ややうんざりしながら、令嬢たちの売り込みを捌いていると、涼やかな声がかけられた。待ち望んだエメリーの登場に表情が緩む。

 エメリーは僕が送ったドレスをきちんと着てくれていた。ドレスの色が僕の瞳の色と同じく冬の氷のような薄い青で、髪に飾られた花は僕の胸元にも飾られている。


「おめでとうございます」


 おっとりとした口調で祝いの言葉を紡ぐエメリーに柔らかく笑みを見せる。周囲からうっとりとしたため息が聞こえるが、無視した。


 左手で彼女の手を握りしめ、右手は頬に触れた。滑らかな白い頬が微かに赤くなる。


「エメリー、言葉だけ?」

「ここでは……」

「ここでなければいいんだ?」


 恥ずかしげに俯くエメリーの耳にそっと囁いた。エメリーはぱって顔を上げた。顔を赤くして、困った表情を浮かべる。


 流石、エメリー。

 照れている顔などどこから見ても令嬢にしか見えない。ちょっと悪戯をしてやろうと、エメリーの手を強く自分の方へと引いた。


「ヴィクトル殿下」


 バランスを崩してこちらに倒れこんでくるエメリーを抱き寄せ、そっとこめかみにキスをした。驚きにエメリーの体が固まる。その様子に悪戯が成功したと気分がよくなった。


「ふふ、かわいい」

「これは話になかった」


 小さな声で抗議されて、にやにやと笑う。このくらいの憂さ晴らしには付き合ってほしい。そのまま耳元に唇を寄せたまま、囁いた。


「ほら、見て見ろよ。まわりの引きつった顔!」

「悪趣味」

「いい加減うんざりだ。大体、異母兄上の取り巻きだった令嬢なんて僕よりも年上だよ?」


 僕はエメリーに毒を吐き出しながら、気分が徐々に良くなっていった。もっと見せつけてやろうと、もう一度キスしようとしたら、邪魔が入る。視線を向ければ、エメリーの兄であるエドワードが苦々しい顔で立っていた。


「節度ある態度でお願いします。評判を落とすのはエメリーですから」

「わかっている。いいじゃないか。エメリーは婚約者候補なんだから」


 にこやかに告げれば、周囲がざわめいた。


「今、なんとおっしゃいました?」


 どこからか甲高い女の問う声がした。若干、声が震えている。僕はエメリーの腰を抱いたまま、ぐるりと周囲を見回した。羨望の目を向ける者、憎々し気にエメリーを睨みつける者、純粋に祝おうとしている者。様々な思惑が一目でわかる。


 僕はにこりと笑みを向けた。


「エメリーとは幼馴染でお互いよく知っている。エメリーは侯爵家の第三子で身分も申し分ない。筆頭婚約者候補としても不思議はないだろう?」


 一瞬の静まりの後、ざわめきが一気に広がった。その様子に気をよくしながら、エメリーをダンスホールへと誘う。エメリーをリードしながら、軽やかに踊る。くるくるくると所狭しとホールを移動していると、徐々に楽しくなってきた。


「ふふ、まだ婚約者候補だと言うのに面白い反応だった」

「悪趣味。ねえ、キス、いらなかったよね?」


 エメリーが上目遣いで睨みつけてきた。どうやらキスはしてほしくなかったようだ。僕としては幼馴染だし、ほんの少しこめかみにキスしただけなのでちっとも気にしないのだが。


 エメリーは違ったのだろうか?


 首を傾げ、思わず言ってしまう。


「減るものじゃないし、いいじゃないか」

「そうだけど、なんか見世物っぽくて嫌だ」

「ふうん。じゃあこれからはしない。でも、必要だったら人前で見せつけるから」


 エメリーは困ったようなため息を付いた。


「ヴィクトルに男色の噂が立つよ?」

「別にエメリーだったらいいかな。僕はまだ14歳なんだ。変な女に付きまとわれるのは嫌だ。特に異母兄上の取り巻きだった令嬢は僕よりも3、4歳年上だよ。僕に活路を見出してほしくない」

「本当にいいの?」


 エメリーが呆れたように確認した。僕は頷く。


 だってエメリーよりも綺麗で、エメリーよりも優先できるほどの性格の相手なんて早々にいない。

 数年もすれば正式な縁談が決まるだろうから、それまでは自由でいたい。


「エメリーも楽しめよ」

「そのつもりだよ。こんなこと滅多にできないしね」


 にこりとほほ笑まれて、ああ、やっぱり僕の親友だなと笑った。




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