神崎愛②
「え?学校通えるの?」
神崎愛は拍子抜けしたような顔で聞き返した。
「送り迎えはあるがな。学校までは奴らも手を出してこない。どうせ帰り道に攫いに来る。その間は護衛が二人、ないし俺がつく。ただし家には帰れない。二人がここを突き止めて会いに来た場合は敷地の外と二階の窓から話をするぐらいはできる…まあ電話やメールでやり取りする分には構わない。あとは学校に二人が来て合うのもかまわない。」
龍からすればわかりやすい区別ではあったが、神崎愛からすれば訳が分からないだろう。そして視線はちらちらと龍だけではなく、もう一人の異様な人物にも向かっていた。
その視線に当然向けられた人間は気づく。
「私か?私はセシル・ユーゴー。ここの教官だ。」
「…はぁ。」
身長190cm以上の筋骨隆々な体に胸も尻もそれなりにある大女。
真っ白に脱色した髪はチョコレートのような肌とコントラストがはっきりとしており神崎愛の色白に黒のロングヘアとはまた違った白と黒の印象を与える。日本人ばかりの日本において外国人を見る機会は神崎愛の中でも年々増えてはいたが、この手のタイプは初めてだったろう。
ただ流暢な日本語は一定の安心感を抱かせたのか、神崎愛は龍の方を見た。
「なにが狙いなの?お母さんが出した刀もそうだけど、変なことしてたし。あのよくわからない…ウネウネとか。」
コレ?とばかりにグリーンバインドが巻き付いたのはセシルの体だった。密着感のつよい黒のアンダーシャツに緑の縄がツタのように這う。
「オイ。」
「ただ出すより芸術的だろ?」
「…………。」
セシルは褒め言葉のニュアンスを感じてか割合機嫌よく黙る。ちょろい女だ。
「これはグリーンバインド、好きな場所に何本でも生やせる縄だ。ちぎれないしそれ自体が好きな形に変化させられる。結んだり締め付けたり、緩めたり…まあそんなことはどうでもいい。愛…君に使えるわけじゃないからな。…使いたくなったら使えるようにすることもできるが、その前にいろいろとクリアしなきゃいけない課題がある。…それはまあ、今はどうでもいい。狙いが知りたい…そうだろ?」
神崎愛は少し理解に時間がかかっているようで、頷きは遅くぎこちないものだった。
「前提知識がないが教えるのは俺の仕事じゃないからよく覚えておけ。俺は吸血種の女を集めている。その中でさらに上位種であるお前を手に入れたかった…神崎家の家宝である神裂剣とセットでな。ただ天界が邪魔で先を越される可能性が高かったから攫ってきた。最終的には俺の手足になって動く女になってもらう。そのための訓練と能力の開放それが当面のお前の役割であり、俺がここに連れてきた目的だ。」
聞いている途中から神崎愛の顔が少しずつ力んでいく。それは怒りだ。分不相応な…いやそれすらもわからないからこそ怒るのだろう。
「そんな言い方されて協力するとでも?剣……お母さんが出してたあれなんでしょ?お母さんが簡単に渡すわけないわ。」
「剣のことについて俺と、お前の親とのやり取りをちゃんと覚えていたのは評価しよう。だがまだまだ浅いな。俺がお前に頼まなきゃいけない立場だったらもっと優しくアプローチするか、お前を殺している。この状況はお前にとって最もメリットがある状況だから俺に向かって口を開くときは言葉遣いに気を付けるんだな。お前に残された別の選択肢はもっと過酷だぞ。邪影相手に殺し合いの領地拡大をさせられるんだからな。」
さらりと口に出された殺しという単語に開いた目の中で瞳がぶれる。気おされないようにしているようだったが龍を前に隠し通せるものではなく、むしろそういった反応によって龍は口元を吊り上げた。
「よく考えろ、神崎愛。お前は見知らぬ相手に拉致監禁されている。脱出経路もわからない。どうやっても俺には勝てない。これが本当の目上の相手だ。お前の会ってきた、手口を変えて覚悟を決めればやり過ごせるしょうもない大人とは違う。ここにいるセシルは片手でお前の首をへし折れるぞ?そしてそのセシルをして俺にはどうやっても勝てない。」
龍は神崎愛の額を指差した。そしてその指をテーブルに突き立てる。鈍い音がして、神崎愛はそちらを見る。そして龍は指を“引き抜い”た。
「!」
「人間の頭蓋骨のほうがこのテーブルより柔らかい。」
そこには指によってテーブルに穴が開いていた。その分厚さが穴から見ればわかるだろう。
龍はその手でセシルの肩を軽くたたいた。あとは任せた。セシルがうなずいて椅子を引く。
「じゃあ、常識の授業から始めようか…我々の常識。本来の世界の話を。」
神崎愛は直観と本能だけで生唾を飲み込んでいた。