闇の中
闇の中
ある日の夜の 扉の影に
生きたものの気配を感じる時
そこには 目をこらすと 灰色のやわらかそうななスカートをはいた
ちいさな たばこをふかした老婆がいるだろう
じっときみを みているはずだ
きっと気づくと確信しているにちがいない
てまねきする 足をふみならす
みてはいけない
きいてもならない
しらぬふりをして いつものようにふるまうこと
みないふりをしてあかるい方へ歩くこと
万が一 ふりかえってみてしまったなら
かわききった老婆の深い瞳にとらわれてしまったら
きみは光を見うしなうだろう
そして はじめからそこへ行くはずだったように 歩きだすだろう
老婆はやわらかなスカートをたくしあげ
たばこからは ぷかぷかと煙がたちのぼるだろう
ごきげんに 君も せきをしながら かたわらにすわりこみ
長い間話しこむだろう
鳥が空を鳴き 車が音をだして道をとおり
猫が道ばたで げっぷをしても
君は話をやめない
老婆はにたにたと笑い 最後の煙をはくと
ゆっくりとたばこをふみつけて たちあがる
君の時間をたらふくたべて 意気揚々と
闇にもどる
君は二度と光をみつけられない
二度と闇と話すこともない
やせほそった魂は漂うように煙となる