プロローグ
トトン、トトン、とサーカストレインの車輪が、レールの継ぎ目を越える定期的な、心地良い振動がカエデとヒイラギを、照明を落とした2人の部屋を揺らしている。
二段ベットの下段で寝転がっていたカエデは、ベッド脇の時計を確認し、車窓に掛けてある、締めたカーテンの裾に手を伸ばし、それをめくった。
微かな明かりがカエデの白いおでこを照らす。線路の先。遥か向こうに街の灯が見えた。
カエデは上段のヒイラギに、囁くように話しかけた。
「ねえ、ヒイラギ。まだ起きてる?」
平板な声が答えた。
「ああ。なんだ?」
「ヒイラギ、次の町が見えたよ。あそこにはどんなものがあるかな」
「きっと、今までの町と、そう代わり映えのしないものしかないさ」
カエデは頰を膨らました。
「なにその答え。相変わらずヒイラギは、サーカス以外のことに興味がないんだね」
「俺たちがサーカス以外のことに興味をもってどうするんだよ」
「どうもしないよ。ただ……楽しみじゃないか」
「楽しみ……か?」
カエデの声が弾む。
「うん。あー、楽しみだなあ。あの町にはどんなものがあって、どんな人がいて、どんな暮らしをしてるんだろう」
「……そうか。まあ、いいよ。それよりカーテンを閉めてくれ、寝る。明日はサーカスの設営があるから、朝早いぞ」
「そうだね」
カエデはカーテンから手を離し、掛け布団を引き上げた。
「おやすみ、ヒイラギ」
「おやすみ、カエデ」