新しいカテキョ先
「涼香、神宮寺先生の言うことをしっかり聞くのよ」
「は~い」
「涼香ちゃん、一緒に頑張ろうね」
にっこり微笑んだ私に、涼香ちゃんは愛らしくに頷いた。
妹ってこんな感じなのかなぁ。
可愛いな。
「さぁ、神宮寺先生も冷めないうちに紅茶をどうぞ」
「いただきます」
鏡花さんの言葉に甘えて、紅茶を頂く。
高級品と思われるそれは、味も香りも凄く良いものだった。
お茶請けのマフィンもしっとりふんわりで、文句なし。
「先生、すっごい美少女だよね」
涼香ちゃんが食い気味に話し掛けてくる。
いやいや、貴方の方が美少女だからね。
「涼香ちゃんの方が100倍可愛い」
人懐こくていい子だし。
こんな子のカテキョ出来るなんてラッキーかも。
「えへへ、そうかな。涼香、可愛い先生で良かった。ね? ママ」
「本当。こんなに素敵な人に来てもらえるとは思ってなかったものね」
「うん。がり勉のお姉さんかと思ってたもん」
普段は、そのがり勉のお姉さんなんですけどね。
今は擬態中です。
「先生は恋人いるんですかぁ?」
無邪気に聞いてくる涼香ちゃん。
「こら、涼香。先生のプライベートに踏み込まないの」
涼香ちゃんを困った顔で睨み付けた鏡花さん。
「だってぇ~こんなに可愛い先生なんだもん。気になっちゃう」
唇を尖らせてアヒル顔になる涼香ちゃんの方が可愛い。
このぐらいの年頃は、恋とかに興味出るのかな?
微笑ましく涼香ちゃんを見てしまう。
「神宮寺先生ごめんなさいね」
申し訳なさそうに言う鏡花さんに、
「いいえ、大丈夫ですよ。思春期は、色んなことに興味が湧いてきますよね」
と笑った。
「そうなのよ。今、色々と難しい年頃で」
「私もそんな頃ありました」
「そう言っていただけると助かるわ」
鏡花さんはほっとしたように目を細めた。
「先生、凄く可愛いからお兄ちゃんには内緒にしてね。ママ」
「あらあら、どうして?」
「お兄ちゃんの毒牙にかけたくないもん」
涼香ちゃん、毒牙って・・・。
妹に警戒されるお兄さんてどんな人なの。
「涼香ちゃんはお兄さんいるの?」
「うん。無茶苦茶イケメンだけど女ったらしなの」
少し怒って言う涼香ちゃん。
どこかで聞いたことがあるような話ね。
「これ涼香、そんなことを言わないの。倫太郎さんは涼香の事を可愛がってくれるでしょ」
鏡花さんの言葉にピクッと眉が反応する。
私の嫌な予感、当たってるんですけど。
まさか・・・本当にここ北本先輩の家?
嫌な汗が額に滲んでくる。
北本倫太郎なんて、同姓同名の人間がいるはずないもんね。
絶対、北本先輩とはこの家で会わないようにしないと。
見つかったら、ろくなことになんない。
だいたい、北本先輩、妹に女ったらしって言われてるの、どうかと思いますよ。
「だってお兄ちゃん、女の人コロコロ変えてるじゃん」
思春期の女の子には、そう言うの不潔に思えるんだろうなぁ。
「もう涼香、神宮寺先生の前でそんな話しないの。先生、申し訳ありません」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
こう言うしかないよね。
「先生の事は絶対に秘密ね、ママ」
うん、私もぜひそうしてほしい。
「はいはい、分かりました。倫太郎さんには言わないわ」
困ったように眉を下げながらも頷いた鏡花さんに、涼香ちゃんは満足そうに微笑んだ。
「涼香ちゃんが心配しちゃうから、私も出来るだけお兄さんに会わないようにするね。カテキョの日にお兄さんが居たら時間をずらすから連絡してね」
涼香ちゃんに、ウインクした。
「うん、もちろんだよぉ」
涼香ちゃん、ナイス。
彼女の働きによって私は救われるかもしれない。
「神宮寺先生、変なことに付き合わせてごめんなさいね」
「良いんです。私、涼香ちゃんの先生ですし」
フフフと笑う。
よっしゃ~作戦成功。
涼香ちゃんに、便乗しておけば、北本先輩と会わなくて済みそうだ。
連携プレイで、北本先輩を避けまくる。
もうそれしかない。
「あら、すっかり長居をしてしまいましたね。私はそろそろ失礼します」
鏡花さんが空になったティーカップを片付け始める。
「ごちそうさまでした」
「いいえ。何かご用がありましたら呼んでください」
「はい。よし、涼香ちゃん勉強再開しようか」
「は~い、先生」
涼香ちゃんは立ち上がった私の後ろにピコピコとついてくる。
鏡花さんはそんな私たちを微笑ましそうに見た後、静かにドアを閉めて部屋を後にした。
「わ~ん、どうしよう、紀伊ちゃん」
翌日、講義室で出会った紀伊ちゃんに泣きついた。
紀伊ちゃんは昨日の夜帰りが遅かったので話せなかったし、朝は私の方が一コマ多かったから早く家を出たんだよね。
「ど、どうしたのよ」
驚いて目を丸める紀伊ちゃんに昨日のあらましを話して聞かせる。
「北本先輩が~」
本屋で脅かされた事と、カテキョ先が北本先輩の自宅だったことを続けざまに話す。
「あの男、本当。油断ならないわね」
「そうなの、本当そう」
うんうんと頷いた。
「カテキョ先が北本先輩ん家って最悪よね」
「うん。でも。妹さんとお母さんはすっごくいい人だった。今さら断ることも出来ないし」
半泣きで言う。
だけど、北本先輩に会うリスクが大き過ぎて怖いよ。
「確かにね。訪問前なら断れたのにね。とにかく家で出会わないようにするしかないわね」
紀伊ちゃんは難しい顔で腕組みをする。
「うん。それは涼香ちゃんが細かく連絡くれる事になってるから、なんとかなりそうだけど」
昨日帰り際に、携帯の番号を交換しておいた。
そこは抜かりない。
「でも週2なんでしょ? 気を付けなさいよ」
「うん」
「それに、今の格好じゃなくて普通の姿なんだから、余計に警戒してよ」
普通の姿って・・・紀伊ちゃん、今が私の普通なんだけど。
あれは擬態だしと思いつつ、ちょっと不服そうに見上げたら、
「瓶底眼鏡外して、髪を下ろしてる姿が千尋の本当の姿なんだよ」
と叱られた。
だって、占いは地味に生きろってなってるんだもん。
目立つ格好したくない。
「いっそ、瓶底眼鏡で行こうかな」
「今さらそんなので行ったら、不審者に間違われるわよ」
更に怒られた。
だって・・・・だって、目立ちたくない。
「いい加減、占いから離れなさいよ。まったく」
呆れ顔の紀伊ちゃん。
「無理だよ。占いないと生きていけない」
「バカ言ってんじゃないの! 自分を占っても当たらないでしょ」
「そ、それは・・・」
紀伊ちゃんは痛い所をついてくるなぁ。
あ~、今日は帰ったらタロット占いしよ。
「ちょっと、ぼんやりしてないで聞きなさい」
「紀伊ちゃん、痛いよぉ」
頭をパシリと叩かれて、涙目になった。
放課後になり、紀伊ちゃんと校門へと向かう。
今日は珍しく二人ともバイトのない日、久しぶりに一緒に帰れる。
「晩御飯、なんにする?」
「そうね。焼き肉でもやっちゃう?」
紀伊ちゃんはニカッと笑う。
「うん、いいね」
帰りに商店街の肉屋に寄ろう。
二人揃う日じゃないと焼き肉や鍋は出来ないもんね。
焼き肉って言葉に、朝からモヤモヤしてた気持ちはすっかり晴れる。
「よう! 凸凹コンビ」
「げっ、渋沢先輩」
声のした方に顔を向けた紀伊ちゃんが、物凄く嫌そうに顔を歪める。
「そんな顔すんなって。美人が台無し」
「煩いです。千尋、早くいこ」
私の手を引いて足早に進み始めた紀伊ちゃん。
「まぁ、そう慌てんなって」
余裕の顔でついてくる渋沢先輩は、今日は一人らしい。
北本先輩が居ないことにほっとする。
「ついてこないで」
紀伊ちゃんは渋沢先輩を振り返って睨み付ける。
渋沢先輩がついてくるから、女の子達の視線が集まってきた。
うわぁ~迷惑。
この人一人でも、女の子がこんなに集まってくるんだ。
イケメンの力って凄いな、他人事のように感心する。
「今日は焼き肉パーティーなんだろ? 俺も仲間に入れてよ。もちろん材料費、俺持ちで」
「はぁ?」
ああ、紀伊ちゃん美人が台無しなほど顔歪めすぎ。
と言うか、渋沢先輩はどこから私達の話聞いてたの。
「な、な、いいだろ?」
「いい訳けない」
紀伊ちゃんの言う通りだ。
いい訳けない。
私達の幸せな時間を邪魔されちゃ困る。
「眼鏡ちゃんも紀伊ちゃんに言ってやってよ」
私を見る渋沢先輩。
眼鏡ちゃんて、なんだ。
そもそも、私がどうして言わなきゃなんないのよ。
「嫌ですよ。私は紀伊ちゃんと二人が良いし」
渋沢先輩を誘わなきゃいけない義理はない。
「そうよね。私も千尋と二人がいいわ」
「「ねぇ」」
顔を見合わせて頷き合う。
「二人とも冷たい」
寂しそうな顔をした渋沢先輩に、ちっとも心が痛まないのはなぜだろう。
「私達じゃなくても、ほら、向こうのお姉さん達が遊んでくれますよ」
紀伊ちゃんはこちらを睨んでる先輩達を指差した。
彼女達は、渋沢先輩の視線が向くや否や、醜く歪めた顔を笑顔に変える。
ヒラヒラと手まで振って愛想を振り撒いてる。
なんて早変わり。
「はぁ・・・仕方ない。今日はあれで我慢するか」
なんて言いながら女の子達に、手を振った渋沢先輩。
キャーキャー騒ぐ女の子達。
渋沢先輩、ちゃっかり遊ぶんじゃん。
そして、誰でもいいみたいね。
紀伊ちゃんと目を合わせて、更に速度を上げて大学を後にした。
今のうちに急いで逃げよう。




