新しいカテキョ先
ピンポーン、耳障りのいい音にインターフォンまでお洒落なんだと思った。
白い柵に囲まれた手入れされた色とりどりの花が咲く庭とその真ん中に建つ白亜の家は、THEお金持ちって感じ。
どんな人が出てくるんだろうか? とドキドキする。
『はい、どちら様ですか?』
カメラ付きのインターフォンから聞こえたのは上品な声。
「家庭教師の神宮寺千尋です」
『お待ちしておりました。門をお開けしますので中へお入りください』
その声か聞こえたあと、カチャリと鍵の外れる音がした。
「失礼します」
誰もいないのにそう言ってしまうのは、小心者だからだろうか。
門を押し開けて、敷地内へと入った。
「いらっしゃい、ようこそ」
白いドアが開いて、上品な格好をした若い奥様が顔を覗かせた。
「初めまして。今日からお世話になります。神宮寺千尋です」
慌てて頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。北本鏡花です。娘がお世話になります。とても愛らしいお嬢さんが来てくれて嬉しいわ。さぁ、どうぞ入って」
「失礼します」
「ええ。涼華、先生がお見えになったわよ」
私に向かって微笑んでから、室内へと声をかけた鏡花さん。
スリッパの鳴る音がして、廊下をこちらへ向かってくる女の子が見えた。
案内された玄関は、これまたお洒落な作りだった。
正面の壁に掛けられてる絵画は有名な画家ぽいし、本物? と驚いてしまいそうな鹿の剥製が壁からこちらを見て出迎えてくれてる。
上流階級だな。
うちの実家にあるのは、せいぜい信楽焼の狸ぐらいだ。
「先生、初めまして。北本涼香です」
髪の長い可愛らしい女の子が笑顔で挨拶してくれる。
「初めまして、涼香ちゃん。神宮寺千尋です。今日からよろしくね」
自然と笑みが浮かんだ。
こんな可愛くて、素直そうな女の子なら教えやすいかも。
「美人な先生で嬉しい」
涼香ちゃんは、私の腕にしがみつく。
「こら、涼香。先生はまだ靴を履いたままでしょ。神宮寺先生、こちらをどうぞ」
メッと涼香ちゃんを叱った後、鏡花さんは近くの靴箱からスリッパを取り出して私の前に置いてくれた。
「ありがとうございます。本日は涼香ちゃんの実力を知りたいので簡単なテストをやろうと思っています。それを見て今後の勉強の仕方を相談したいです」
「ええ、神宮寺先生の方針で進めてくださいな」
「分かりました」
「よろしくおねがいします。涼香、先生をお部屋に案内して差し上げて」
「は~い。先生がこっちに涼香の部屋があるんだよ」
涼香ちゃんは再び私の腕に抱きつくと、案内するように引っ張りながら歩き出す。
「じゃじゃ~ん、ここで~す」
涼香ちゃんが開けてくれたのは階段を上がって2階の突き当たりの部屋。
女の子らしいピンクを基調とした可愛い室内だった。
「お邪魔します」
そう言いながら部屋へと足を踏み入れる。
「先生の椅子はここです」
勉強机の隣にセッティングされた椅子。
「ありがとう。じゃあ、今日は涼香ちゃんの実力を知るために簡単なテストを受けてもらうね」
椅子に座って鞄の中から今日のために用意したプリントを二枚取り出した。
「は~い」
素直に返事をして勉強机の前の椅子に座った涼香ちゃんにプリントを手渡す。
「私が教えるのは国語と算数だから、この二枚をやってみて。時間は今から30分、出来るかな?」
「頑張ります」
頷いて机に向かった涼香ちゃんは鉛筆を持つ。
「じゃ。よ~いスタート」
腕時計の時間を確認して号令をかけた。
真剣な表情でプリントに取り組み始めた涼香ちゃんは、思っていたよりもすらすらと問題を解いていく。
伸び悩んでるとは言え、塾に通ってるだけあって基礎はできてるみたい。
素直だし、教えればしっかりと学んでくれそうだな。
基礎ができてる子は応用や引っかけ問題の見分けたかさえ分かれば、ぐんぐん伸びるはず。
自分が教えてる子供の学力が上がるのはやっぱり嬉しいし。
お金を頂いてるだけの働きはしたいもんね。
問題を解き進める涼香ちゃんの横顔を見つめながら、ふっと思い出す。
そう言えば、この家も北本さんなんだよね。
まさか、北本先輩の家とかじゃないよね?
本屋の近くに住んでるとか言ってたけど・・・。
青葉学院大学に通ってるお兄さんがいるなら、わざわざ家庭教師を雇うこともないよね。
うん、違う。
北本先輩に取り付かれてる場合じゃないわ。
バイトバイト、と首を左右に振って余計な詮索を止めた。
「出来ました」
30分に5分を余らせて、涼香ちゃんは顔を上げる。
やり終えた後見直しもやっていたようだから、学習の仕方に問題は無さそうだね。
「はい。じゃあ、採点するので少し休憩していてね」
「は~い」
彼女はほっとした表情で立ち上がると、窓際のベットへ向かう。
涼香ちゃんから受け取ったプリントを赤ペンで採点していく。
算数も国語も基礎はできてる。
やっぱり引っかけ問題が不得意のようだな。
これからの重点は応用と引っかけ問題だね。
丸をつけながら、今後の学習方法を考えていく。
効率よく学んでもらう為にはどうすればいいか。
不意にドアがノックされた。
「涼香、紅茶を持ってきたの。入っても良いかしら」
「ママだ」
涼香ちゃんはドアの向こうから聞こえた声に立ち上がると、ドアを開けに行く。
涼香ちゃんの開けたドアから、ティーセットとお茶請けを乗せたトレーを持って鏡花さんが入ってくる。
「神宮寺先生。紅茶をお入れしたのでよろしければ休憩なさって」
鏡花さんは敷かれたラグの上にある丸いテーブルに紅茶とお茶請けのマフィンをセットしていく。
「ありがとうございます。採点が終わったらいただきます」
振り返って頭を下げてから、採点に戻る。
「先生、早く早く」
嬉しそうに言う涼香ちゃんに、
「冷めちゃうと勿体ないから、先にお茶してていいよ」
と告げる。
「は~い。ここのマフィン美味しいんだよね」
涼香ちゃんはラグの上にちょこんと座ると、マフィンを食べ始める。
「こら、涼香。はしたない。そんな大口開けて食べないの」
困った顔で涼香ちゃんを諌める鏡花さん。
「ごめんなさい」
しゅんとした姿も可愛いな。
二人が並んでると美人姉妹に見えるから不思議。
「鏡花さん、少しお話良いですか?」
私は採点を終えたプリントを持って丸いテーブルの前に座る。
「はい」
「さきほどやったテストで分かったことを簡単に説明しますね」
二枚のプリントを見せながら、要点を伝えていく。
「涼香ちゃんは基礎はきっちり出来ているようなので、伸び悩みの原因は応用と引っかけ問題だと思います。なので、自宅での学習はその辺を重点的にやっていこうと思います」
「分かりました。神宮寺先生の指導方法でお願いします」
「はい。一先ずは3か月後の統一模試を目指して頑張りましょう」
3ヶ月で涼香ちゃんの伸びを見る。
それから、彼女が受験に向かって万全の体制を取れるようにカリキュラムを組もう。