新しいカテキョ先
千尋side
今日から新しい家庭教師先に行くことになってた。
小学6年生の女の子だって聞いてる。
なんでも中学受験をするらしい。
塾の成績が伸び悩んでると資料にあった。
今時の小学生も大変なのね。
小学生かぁ、どんなテキストがいいなかぁ。
向かう途中で訪れた本屋さんで、資料を物色中。
あ、これかな、少し高い棚に手を伸ばす。
パラパラと捲って、確認する。
「千尋ちゃん」
耳の側で聞こえた声と、肩を叩かれた弾みでビックリして前のめりになった。
「きゃっ」
あと少しで本棚に突っ込む所を、後ろからお腹に回ってきた腕が抱き止めてくれた。
ふわっと匂った柑橘系の香りに眉を寄せる。
「驚かせてごめん」
聞き覚えのあるその声に、振り返って睨み付けた。
「離して貰えますか」
自分で思ったよりも低い声が出た。
「ごめんごめん。離すよ」
そう言いながら私を立たせてくれた北本先輩は、私から手を離して両手を上に上げた。
「なんなんですか?」
距離をとって、怪しむ様に彼を見た。
「見かけたから思わず声をかけちゃった」
シニカルに笑う北本先輩に胡散臭さを感じる。
この人に構ってると、イライラするし。
周囲に居た女の子達がピンクの視線を向ける中、北本先輩は私を見て微笑んでる。
なにがしたいんだろ。
「急に話しかけないでください」
「ごめんね、こんなに驚くと思わなくて」
「・・・・・」
ダメだ、軽すぎてイラッとする。
「小学生のテキスト探してたの?」
私の手に持ってるテキストを見ながら聞いてくる。
「そうですけど」
ぶっきらぼうに返した。
「小さな兄弟がいるの?」
「いえ。家庭教師先で使うだけです」
にこやかに話してくる北本先輩は苦手だ。
この人を見てると大翔を思い出す。
「へぇ、カテキョやってるんだ?」
「・・・はい」
「千尋ちゃんて、トップ合格だったもんね。カテキョに向いてそう」
どうしてそんな事を知ってるの。
「・・・・・」
「そんな警戒しないでよ。情報を悪用したりしないから」
アハハと笑う北本先輩はやっぱり胡散臭い。
信用度ゼロですよ。
「北本先輩は何をしに来たんですか?」
「お、俺に興味湧いた?」
嬉しそうに言うから、
「いえ、別に。言わなくてもいいです」
と返す。
「冗談だって。エロ本買いに来た」
「なっ!」
ムカつくけど、オーバーな反応をしてしまった。
そんなことわざわざ言わずに買って帰ってください。
「な~んちゃって。家がこの近くで暇潰し」
クククと笑う北本先輩を無表情で見据える。
「・・・・・」
この人やだ、凄く疲れる。
チラチラ見てくる女の子達も増えてきたし、そろそろ退散しよう。
ゆっくりと後ずさっていく。
「もう行くの?」
なんてことはないって顔で聞いてくる。
「はい、さようなら」
頭を下げて、そのまま背を向けて走った。
背中越しに聞こえてきた楽しげな笑い声に、ムカムカしながらレジへと向かう。
なんなのよ、あの人。
本当にやだ。
「870円です」
「これで」
1000円を渡して清算する。
「130円のお返しです」
お釣りとテキストの入った袋を持って、足早に本屋を後にした。
ここの本屋はもう使わない。
北本先輩に会うリスクはなるべく減らしたいから。
あの人と話してると、神経がすり減っていく気がするもん。
それに、女の子達から余計な嫉妬なんて買いたくないよ。
貰った地図を片手に、カテキョ先へと向かう。
閑静な住宅街は、お洒落な作りの家が多くて。
小型犬を散歩させてる上品はおばさまや、通りすがる高級自動車とすれ違う。
大きな家が多いなぁ。
高級感たっぷりの街並みに、ちょっと臆してしまうのは、私が田舎者だからだろうか。
カテキョ先も、立派なお家なのかな?
もっと綺麗な格好をしてきた方が良かっただろうか。
あ、そろそろ訪問先だから、眼鏡外さなきゃ。
カテキョ先には普段の格好はしていかないように言われてるんだよね。
ちょっと怪しい感じに見えるから清潔感のある格好でと。
だから、今日はコンタクトも付けてきたし、髪をほどいて普通の人に変身する。
なんだか、このフォルムは落ち着かないんだけどね。
眼鏡を鞄にしまって、目の前の白亜のお宅のインターフォンを押した。