繋がる思い
「今日はボーリング行こう」
私の手を引く北本先輩がボーリング場の看板を指差す。
「私、やったこと無いですよ」
「えっ? マジで」
「はい」
「楽しいからやってみよう。俺、千尋ちゃんの色んな初めてもらえて嬉しい」
北本先輩は嬉しそうに笑う。
「はぁ、まぁ。良いですけど」
大袈裟に喜ぶ北本先輩に、少し嬉しくなったのに、私は可愛くない反応をしてしまう。
「じゃ、決定」
そう言って笑う北本先輩に、大人しくついていく。
今日は土曜日、珍しく休みの日に遊びに行こうと誘われて繁華街へとやって来た。
大勢の人で賑わっている。
はぐれないようにと繋いだ手は温かい。
北本先輩と居ると色んな視線を受けるけど、最近では結構慣れた。
前の私じゃこんなの考えられなかったかも。
受付を済ませて、割り振られたレーンへと向かう。
若い人達が楽しそうにボーリングをしている姿を見て、ワクワクした。
ボールがピンを弾く音があちこちで響いている。
各レーンのモニターに表示されたスコアーを物珍しげに見ながら、北本先輩に手を引かれていた。
「楽しそうでしょ?」
「あ、はい」
「自分でピンを倒せたら、もっと楽しくなるよ」
北本先輩の言葉に胸がドキドキした。
初めてのボーリングに、テンションの上がってる私がいる。
「靴を履き替えたら、ボールを探しにいこうね」
貸し靴に履き替えながら、隣に座る私を見た北本先輩。
「はい」
私も急いで靴を履き替える。
隣のレーンには楽しそうにハイタッチするカップルがいて、もしかしたら私達もあんな風に見られてるのかな? なんて思った。
「千尋ちゃん、履けた?」
「あ。はい」
「じゃあ、行こう」
北本先輩はそう言うと私の手を掴んで立ち上がる。
彼は何時だって然り気無く手を繋ぐから、いつしか私も抵抗を感じなくなっていた。
視線を繋いだ手に向けた。
私よりも随分と大きな手が、私の小さな手を包み込んでる。
頼りになる彼の手を、今の私は振りほどいたりしない。
「どうかした?」
繋いだ手を見つめていた私を不思議そうに覗き込む。
「あ・・・いえ」
なんでもないと、誤魔化すように首を左右に振る。
北本先輩の手の温もりに安心していただなんて、恥ずかしくて言えないよ。
ボールは北本先輩が私に合う重さの物を選んでくれた。
三つの穴の空いたグリーンのボールは私の手にしっくり来た。
北本先輩は、かなり重いボールを選んでいて、片手でそれを持つと腕の筋肉が綺麗に浮き出た。
「俺からやってみるね」
こちらを振り返って、前髪をかき揚げて前髪をかきあげる仕草にドキッとした。
「はい」
「こんな風に持って、レーンのギリギリの所で真っ直ぐ押し出すように、勢いよくボールを転がすんだ。こんな風に」
北本先輩が説明しながら、ボールを投げると音を立てながら10本並んだピンの中央へと勢いよく転がっていった。
派手な音を立てて、ピンが弾かれる。
ストライク! とモニターに派手な表示が現れた。
「わぁ、凄いですね」
手を叩いてはしゃいだ私に、北本先輩はヘラりと笑って両手を上げた。
これって、ハイタッチするって、事かな?
遠慮がちに両手を伸ばして、北本先輩の掌にタッチする。
「カッコいいところ見せられて良かった」
ほっとしたように言う北本先輩に、
「自分で言っちゃうんですね」
と笑う。
確かにカッコいいけど、自分で言っちゃう辺りが北本先輩だ。
「うん。千尋ちゃんにはカッコいいところ沢山見せたいし」
ウインクした北本先輩に、こちらを見ていた女の子たちがキャッキャと騒いでる。
本当、どこにいてもモテモテですね。
モヤモヤした何かが、胸の中で湧いた。
「北本先輩って、ブレませんね」
肩を竦めて笑った私に、
「それが俺だからね」
と笑う。
「次は千尋ちゃんね。ボールを持って、よく狙うんだよ」
北本先輩に急かされるようにしてボールを掴むと、これが以外に重くて。
もう片方の手でしっかりと支えながらレーンの前に立った。
北本先輩の見よう見まねで、腕を振りかぶってボールを投げるも、ボトッと鈍い音がしてスピードも乗らずにボールは転がっていった。
溝ギリギリを通り、ピンの横すれすれに投げたボールは奥へと吸い込まれていく。
一本も倒れないなんて、ショックだ。
「難しいですね。上手く転がらないし」
北本先輩みたいに勢いよく転がらなかったことに、落胆して振り返った。
「初めてだから仕方ないよ。やってるうちに慣れてくるよ」
少し落ち込んだ私の頭を北本先輩はポンポンと撫でた。
北本先輩は、私と入れ替わるようにして自分のボールを持つと、綺麗なフォームでボールを投げる。
再びボールは中央へと勢いよく向かい全てのピンを弾き飛ばした。
ボールを片手で持って、支えて真っ直ぐに投げる。
ゴロゴロとゆっくり転がる玉は少し左寄りになったけど、ガーターにはならずに三本ほどピンを倒した。
やった! ピンが倒せた。
たったの三本でもテンションがかなり上がった。
「上手くなってきたね」
北本先輩がボールを投げて戻ってきた私に言う。
初めの一本を倒して以来、ガーターと言うに溝掃除に徹していた私だけど、ここに来て真っ直ぐに進むようになっていた。
ボテ・・・ゴロゴロゴロ・・・と言うスタイルは変わってないけど。
ピンを倒せるようにはなった。
北本先輩は、順調にストライクやスペアーを取りまくってたけどね。
「なんとか、真っ直ぐに投げられる用になりました」
そう返して、ほっと息をつく。
ボールを放り投げ慣れてないせいなのか、少し右腕に違和感はあるものの、楽しめている。
「もう一試合する?」
と聞かれ、
「やります」
直ぐに頷いた。
せっかくコツを掴んだから、もう少しやってみたいんだもん。
「よし。じゃあ、水分補給して再開しよ。飲み物買ってくるから待っててね」
北本先輩はパネルを操作し終えると立ち上がった。
「私、行ってきますよ」
「いいのいいの、座ってて」
立ち上がろうとした私の肩を押し戻して笑った北本先輩。
何から何まで北本先輩に任せてしまってる事に申し訳ない気持ちになりながらも、颯爽と去っていく北本先輩の背中を見送った。
ほっと息をついて、楽しそうにボーリングをする周囲へと目を向ける。
かなり賑やかなそこは、若者で溢れてる。
思い思いにゲームをする人達。
青春てこう言うのをいうのかな、なんて思いながらぼんやりとしていた私に聞き覚えのない声がかかった。
「ちょっと、貴女」
見上げたそこには、派手な化粧の女性がいて、私に向かって嫌悪を露にしていた。
だ、誰?
見覚えのないその人に首をかしげる。
大学生には見えないから、年上なのだろうと思うけど、私の記憶の中にはこんな人いない。
長い黒髪に口元に塗られた赤いルージュ。
目尻のつり上がった彼女は、多分美人。
「・・・だれ?」
この質問で間違いないと思う。
「倫太郎と一緒にいたけど、どういう関係よ」
「・・・・・」
面倒臭い、北本先輩関係だ。
辟易したように溜め息を漏らす。
「最近、連絡しても通じないと思ったら、こんなお子様と遊んでたのね」
バカにしたように私を見下ろすその人に、感情のない瞳を向ける。
見知らぬ人にバカにされるのは、いい加減ムカつくもん。
瓶底眼鏡で武装していた時は、バカにされてもなんとも思わなかったけど、今はそうじゃないから。




