近付く距離
倫太郎side
妹の涼香の牽制が凄い。
大好きなカテキョを取られると思ってるのか、俺が千尋ちゃんにアタックしてると、凄く冷たい目で見てくるんだよ。
涼香は可愛いけど、今は俺の一番の障壁かも知れないな。
紀伊ちゃんは、千尋ちゃんが嫌がらない限りは様子見と言った感じだしね。
ほら、今も目の前の小さな涼香が腰に両手を当てて俺を睨んでる。
「お兄ちゃん、聞いてるの?」
口調も荒い。
「えっと・・・ごめん、なんだっけ」
ぼんやりしてて聞き漏らしてしまった。
「もう! だから、先生を今までの遊び相手みたいに扱ったら承知しないからね」
涼香にも、俺の今までの悪行が知られてるらしい。
まぁ、何も考えず自宅に女の子を呼んでた俺が悪いんだけどね。
「分かってるよ。千尋ちゃんは絶対に大切にする」
今までの遊びなんかとは違うし。
「本気なんだよね、先生に?」
小学6年の妹にこんなことを言わせてる自分が今更ながらに情けないな。
本当、千尋ちゃんに会うまでの俺を消してやりたい。
ま、それは無理だから、これからは誠意を見せていかなきゃな。
「うん、それは間違いない」
「だ、だったら、先生に無理強いとかしないでよね」
「もちろん」
「先生を泣かせたら承知しないからね」
目をつり上げた涼香に、
「肝に命じておくよ」
とウインクした。
「軽い、ノリが軽い」
涼香はどうもお気にめなさかったらしい。
「ごめん。本気だから許して」
眉を下げて謝った俺に、涼香は仕方ない顔で溜め息をつくと去っていった。
12歳の妹に叱責される21歳って・・・と思わなくもない。
「ごめんなさいね、倫太郎さん。あの子、神宮寺先生が大好きなのよ」
鏡花さんが申し訳なさそうに眉を下げてる。
「あ・・・いえ、自業自得なんで」
自嘲的に笑って頭をかいた。
「まぁ、涼香の気持ちも分からなくは無いので、神宮寺先生は大切に扱って差し上げてね」
鏡花さんの目が本気だ。
それもこれも、今までの俺の悪行が災いしてる。
「ええ。俺も彼女は大切にしたいですからね。じゃあ、バイト行ってきます」
本気の笑みを浮かべてから、玄関を出た。
「気を付けて行ってらっしゃい」
ドアが閉まる前、鏡花さんの優しい声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
今日もバーは仕事帰りの人で賑わってる。
カウンターには、常連の二人組の女性客と、カップルが三組。
慧はテーブル席に注文を聞きに行ってる。
俺達以外に店長と男性スタッフが3名、それぞれが仕事をこなしてる。
雰囲気のある薄暗い照明に、今時の曲の掛かった有線放送。
大人がこの場所に出会いと安らぎを求めて集まってくる。
「ねぇねぇ、倫君」
「はい。なんですか」
カウンターで飲んでた南ちゃんに笑顔で振り返る。
彼女はバーの近くのビルに勤めてるOLで、一度だけ遊んだ事がある。
お互いにその場かぎりの関係だと割り切ったはずなのに、その後もやたらと誘ってくるんだよね。
「仕事終わりに遊びにいかない?」
美味しいものおごるわよと妖艶に微笑む彼女に、
「すみません。もうそう言うの止めたんですよね」
と眉を下げた。
その途端に、彼女の顔色が変わる。
「えっ?」
千尋ちゃんに出会うまでは、のらりくらりと交わしていたけど、今はハッキリと伝えさせてもらう。
「えぇ~ご飯ぐらい良いじゃない」
彼女の隣にいた同僚の望絵さんが言う。
「気もないのに、そう言うのダメだって気付いたんですよね」
ハハハと笑ったら、
「・・・まさか、本命の彼女でも出来たんじゃないの?」
と南ちゃんが冗談ぽく聞いてきた。
目が笑ってなくて怖いんだけど。
「まだ彼女じゃないですけどね。本命なのは確かです」
そう言いながら千尋ちゃんの顔を思い出す。
あぁ、癒される。
会いたいなぁ。
「フフフ、良い恋してるのね」
望絵さんはニヤニヤ俺を見た。
「そうですね。大切な思いを知りました」
頷いて微笑んだ。
「そ、そんな事お店で言っても良いの?」
明らかに声を震わせた南ちゃんにそう聞かれ、
「別に問題ないですよ。うちはホストクラブでも無いですし」
と返す。
「そうそう。うちはただのバーだからね、恋愛自由」
いつのまにか俺の隣にやって来た店長が俺の肩を組んで言う。
「店長、肩重いですよ」
店長の腕を肩から退けながら言う。
「良いじゃねぇか、この色男。聞いたぞ、思い人はかなりの美少女だってな」
ヒヒヒと笑った店長。
誰だ、店長のそんなこと言ったのは。
店内を見渡して慧と目が合った、ニヤリと笑った慧に、やっぱりお前かよと思った。
まったく、余計なことを。
「で、本当に美少女か」
店長、しつこい。
まぁ、南ちゃんには俺を諦めて貰わないといけないから、ちょうど良いや。
「そうですね。かなりの美少女ですよ」
中々お目にかかれないぐらいのね。
「うわ、こいつノロけてやがる」
「自分で聞いといてその言いぐさですか」
店長の言い種に呆れて溜め息が出た。
「なんだか、青春ですよね。大学生に戻りた~い。ね、南」
望絵さんは笑って南ちゃんに同意を求める。
「そ、そうね。羨ましい」
南ちゃんは必死に動揺を隠そうとしてる。
ごめんね、同意の一回だと思ってたんだけど・・・。
千尋ちゃんと出会った俺は変わったんだ。
昔のようにバカをしないって誓ってるんだよね。
「そんな美少女なら一回連れてこいよ」
「嫌ですよ。店長なんかに会わせたくない」
千尋ちゃんが穢れる。
「おま、店長に向かってそんなこと言うのかよ」
店長が爆笑する。
「無理無理店長。こいつ、千尋ちゃんが相手だと心狭男になるんだよ」
注文を取り終えた慧が戻ってきて参戦する。
面倒なやつが増えた。
心狭男ってなんだよ。
「煩い慧。黙ってて」
キッと睨んだ俺を無視して慧は続ける。
「美少女の親友がこれまた美女。二人はそこに居るだけで絵になりますよ」と。
本当、マジでウザい、慧。
「マジか! 本気で連れてこいよ」
興味津々な40歳の店長。
「あ~それは難しいかも。前に一回誘ったけど、未成年だからってけんもほろろに断られました」
シュンとした振りをする慧。
「慧君、可哀想。だったらお姉さんが付き合ってあげる。今日は呑も。一杯奢る」
望絵さんが大袈裟に嘆いた振りをしてグラスを掲げた。
「さっすが、望絵さん。アザース」
慧はニシシと笑って、自分の分のグラスを用意し始める。
「望絵ちゃん、俺は」
店長も乗っかってく。
「店長は私が奢るわよ」
俺に挑戦的に微笑みながらそう言う南ちゃん。
そんな事しても、俺はヤキモチなんて妬かないのにね。
「お、南ちゃん、サンキュ。慧、俺にもジントニック」
「了解」
店長と慧のやり取りを見ながら、俺は作り終えたお酒を隣のカップルへと差し出した。
「お待たせしました。モスコミュールです」
4人のやり取りは全く気にかけない様子で。
俺の頭の中は、明日会える千尋ちゃんの事で一杯だからね。




