素直になれなくて
千尋side
北本先輩は、宣言通りに迎えに来た。
バイトへと向かった紀伊ちゃんは、ついていこうとする渋沢先輩を牽制しながら反対方向へと走り去っていった。
面倒だと思いつつも、北本先輩に連れられて遊びに来たのはいいけど、あちこちから突き刺さる視線が痛い。
どこにいても、モテるんだなぁ。
彼氏連れの女の子でさえ、見惚れてるんだから凄いよ。
確かに北本先輩は、かなりのイケメン。
顔が整ってて、色気もある。
どこに行っても女の子の視線を独り占めして、注目されるこんな人が私を好きだとか、やっぱり分かんないよ。
自分に靡かない私が物珍しいだけなんじゃないかと思えてくる。
北本先輩が嫌い? と聞かれればそうでもない。
かといって好きなのかは分かんない。
でも、北本先輩には恩は感じてる。
三回も助けてもらったんだもん。
今の自分に戻れたのは、北本先輩のお陰なのは間違いないし。
「プリクラ撮ろうよ」
私の手を引いてゲームセンターへと入っていく。
北本先輩、女子ですか?
「写真は嫌ですよ」
「えぇ~」
そんな顔しても、嫌です。
「魂抜かれます」
なんて冗談めかして言ってみる。
「ククク、いつの時代の話」
北本先輩は楽しそうに笑った。
「まぁ、それは冗談ですけど。プリクラはダメです」
カップルでもないのに。
「そう言わずに、一枚だけお願い」
プリクラ機の前で、両手を合わせて拝まないでくださいよ。
ほら、周囲の人が凄く見てますって。
「ちょ、ちょっと止めてください」
「じゃあ、お願い」
そんなキラキラした瞳を向けないで。
北本先輩は今までもこんな風に女の子と接した来たんだろうか。
ちょっとだけ、胸の奥がモヤモヤした。
「ほら、入ろう」
再び私の手を取って、プリクラ機の中へと進む北本先輩にしぶしぶながらも従ってしまう私がいた。
変なの、どうして北本先輩の手を振り払えないんだろう。
北本先輩に好きだと言われることも、嫌じゃない。
あんなに女ったらしで、毛嫌いしていた北本先輩の側が今は楽だと思えてしまう。
「どうかした?」
「えっ・・・何でもないです」
プリクラ機を操作する北本先輩の横顔をぼんやり眺めていたら、顔を覗かれたので慌てて首を左右に振った。
「そう? ほら、はいチーズ」
北本先輩に肩を抱かれて正面を向かされた。
画面には撮影のカウントダウンが表示されていて、あ! と思ってるうちにシャッター音が鳴る。
それから連続で何枚か撮影されて、画面に表示された。
そこに写ってるのは驚いた顔、少し笑った顔、ちょっとだけ困惑してる顔をしてる私がいた。
隣には満面の笑みで、北本先輩が写ってた。
顔を寄せあってカップルみたいな二人に、なんだか気恥ずかしい気持ちになった。
「フレームはどれにしようかな。千尋ちゃんも選ぼ」
「分かんないんで、お願いします」
「了解」
手慣れた操作で色々決めていく北本先輩。
凄く楽しそうな彼。
私はプリクラなんて撮った事が無かったので、色々と新鮮に思えた。
「落書きは外でするんだよ」
機械の指示にしたがって二人で外に出て、今度はタッチペンで装飾していく。
「へぇ、こんな風にするんですね」
感心したように言った私に、
「もしかして、プリクラ初めて?」
と驚いたように聞いた北本先輩。
「はぁ、ま・・・そうですね」
大翔とはこんなのする前に別れちゃったし、紀伊ちゃんはプリクラなんて撮る子じゃないし。
プリクラをする機会は無かった。
「やった。千尋ちゃんの初めてゲットだな」
大きな声でそんな事を言うから、周囲にいた人達が驚いたようにこちらを見た。
「ちょっと、北本先輩、何言ってるんですか!」
「だって、嬉しかったから」
しゅんとした表情はムカつくぐらいカッコ可愛かった。
く、くそぉ、イケメンはどんな顔をしても様になる。
「凄い美形のカップル」
「なんか良いよね」
「私もあんなカッコいい彼氏欲しい」
近くにいた女子高生達がこちらを見て、キャッキャと騒いでる。
恥ずかしすぎる。
本当、どうしたらいいのよ、これ。
赤くなる頬を止められ無かった。
北本先輩は、見られなれてるのかこれと言って表情は変わらない。
「はい、出来たよ。こっちは千尋ちゃんの」
北本先輩は出来上がったプリクラを、近くにあったハサミで二つに切って手渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。さ、次いこ」
満足そうな顔でそう言った北本先輩は、プリクラ片手に移動を始める。
もちろん私の手を引くことは忘れない。
さりげなくやってのける北本先輩に、こっちはドキドキしてくると言うのに。
「ここのアイスクリームが美味しいんだ」
次に北本先輩が連れてきてくれたのは、移動販売の可愛らしいアイスクリーム屋。
女の子達が沢山並んでる列に、私の手を引いて並んだ。
「アイスクリームですか?」
「そ、食べようね」
私に向かって微笑んだ北本先輩に、並んでいた女の子達が色めき立つ。
ここでも、モテモテだ。
「まぁ、良いですけど」
素っ気なく返してしまうのは、素直になれないからなのかも知れない。
北本先輩は、女の子の喜ぶことを沢山知っていて、今までもこんな風にデートしてきたのかな。
モヤモヤした気持ちを隠すように、すぐ側に展示されていたアイスクリーム屋のメニューに目を向ける。
「千尋ちゃんの髪って綺麗だよね」
おもむろに私の髪を一房手に取った北本先輩に、むず痒くなる。
「・・・そ、そうですか」
「うん。天使の輪も綺麗に出てるし。手触りも気持ちいい」
「・・・・・」
天使の輪って。
しかも、ちょっと変態っぽいです。
キャッと女の子の声が側で漏れ出る。
チラリと見たそこには、頬を赤く染めた女の子。
羨ましそうにこちらを見てるその子達に、小さく溜め息をつく。
晒し者だ。
完全に・・・晒し者だ。
お願い、早く髪から手を離してぇ。
「何か、手入れしてるの?」
「あ、はい」
紀伊ちゃんが言う通りに、美容院でお手入れしてもらったり、家でも髪が痛まないように気を付けてる。
「そっか。綺麗な髪の女の子っていいよね」
北本先輩がそう言った途端に、こっちを見ていた女の子達が自分の髪を気にし始めた。
凄いな北本先輩。
「そう言う北本先輩も綺麗な色ですよね」
北本先輩の髪は少しブルーがかった焦げ茶色。
長めの前髪がさらさらと揺れてる。
「そう? 俺は特になにもしてないけどね。髪を洗って乾かすぐらいだし」
上目使いに自分の前髪に触れた北本先輩は、やけに色気があった。
ますます女の子達がざわめく。
何もしてなくてそんなにサラサラなんて、ちょっと狡いと思った。
イケメンは色々お得にできてるのかもなぁ。
「アイスクリーム食べたらどうしようか?」
「えっ?」
まだこの後、どこかに行くつもりですか?
「だって、涼香のカテキョまで、まだまだ時間があるでしょ?」
「まぁ、そうですけど」
ちょっと疲れてきたし、一回家に帰りたい。
女の子達から突き刺さる視線も居心地悪くて仕方ないし。
「だったら、まだ楽しまなきゃ」
「・・・・・」
この顔は、きっと何を言っても譲らないんだと思った。
カテキョの時間まで、北本先輩の思う場所を連れ回されたのは言うまでもない。




