素直になれなくて
千尋side
元の自分に戻ってから、視線がやたらと痛い。
前は占いババとか呼ばれてたのに、今では知らない人からも千尋ちゃんって呼ばれるようになった。
みんな、どんな心境の変化だろうね。
私の中身は前とちっとも変わってないって言うのに。
それと、北本先輩がやたらと構ってくるようになった。
前は声をかけられたりしたら面倒臭いと思ってたのに、今はまぁいいか、って思えたりもする。
北本先輩が前を向く切っ掛けをくれたからかも知れない。
現金だけどね。
「千尋ちゃん」
ほら、今日もやって来た。
北本先輩と共に女の子の嫉妬に満ちた視線もやって来るんだけど。
人間はそんな凄い目付き出来るんだなぁと思う。
「なんですか、北本先輩」
「倫太郎って呼んでよ」
「呼びませんよ」
「相変わらずのツンだな」
自棄に嬉しそうな北本先輩。
別にツンとしてる訳じゃないけど、北本先輩が相手になるとこんな風に返してしまう。
「北本先輩もよく飽きませんね」
隣で紀伊ちゃんが冷たい目を北本先輩に向ける。
「飽きるわけないし。どんどん好きになる」
惜しげもなく恥ずかしい言葉をよく言える。
ここのところ、会う度に好きだと言われる。
何かが吹っ切れたのか、北本先輩の告白擬きは潔い。
本気の好きじゃないのは分かってる。
だから、冷たく返してしまうんだ。
遊び人の北本先輩なら、好きって言葉も軽く言えちゃうような気がするし。
「千尋ちゃん、今日も可愛い。好きだよ」
「・・・っ・・」
人前で恥ずかし過ぎる。
社交辞令だとしても、胸がドキッとしちゃうんですよ。
「今からお昼だろ? 一緒に食べようよ」
「ダメだと言っても来るんでしょ?」
紀伊ちゃんは呆れ顔で言う。
「もちろんだよ」
付いてくるの決定なんですね。
「北本先輩は、私達とじゃなくても他の女の子のいるんじゃないですか?」
ほら、チクチクと刺さる視線を向けてくるそこの女の子達とか。
チラッと彼女達を見たら、バサバサした睫毛で威嚇された。
あれって、付け睫かな?
全然関係ない事が思い浮かぶ。
目が重たくないのだろうかと、要らぬ心配までしてしまう。
「千尋ちゃんとしか食べたくないし」
そんな事を言う北本先輩は、1か月前まで他の女の子と食べてたと思う。
「じゃあ、俺も参加!」
何処かから現れた渋沢先輩に、紀伊ちゃんは大袈裟な溜め息をつく。
「渋沢先輩は迷惑です。引き連れてる女の子達とどうぞ」
紀伊ちゃんの目線の先は、渋沢先輩が連れてる女の子達。
「あ、みんな、ごめんね。今日は紀伊ちゃん達と食べるから」
あっさりと女の子達に向かって言う渋沢先輩。
ちょっと、そんな言い方をしたら、紀伊ちゃんが悪者になるじゃん。
女の嫉妬は女に向かうんだよ。
「えぇ~!」
「慧君、さっき一緒に食べようって言ったのに」
「私達と食べようよ」
ほら、女の子達からブーイング起こってますよ。
「ごめんね? 気が変わったから」
渋沢先輩は笑ってない瞳でにっこり笑う。
冷たい空気を纏ったそれに、女の子達は悔しそうに顔を歪める。
そして、みんな紀伊ちゃんを睨み付ける。
紀伊ちゃんのせいじゃないのに。
「ちょっと、渋沢先輩」
「なに? 紀伊ちゃん」
「迷惑なんですよ。こう言うの。逆恨みされても困るし」
紀伊ちゃんは無表情で渋沢先輩を見る。
「ハハハ、逆恨みって。そんな事になったら俺が守るよ」
その言葉はどこまで本気なんだろう。
冗談めかして吐く渋沢先輩の言葉は信憑性がない。
「結構よ。護身術なら習ってるから。向かってくる相手をねじ伏せるぐらいの力は持ち合わせてます」
そう紀伊ちゃんは、小さい頃からやってた合気道の腕前が師範レベルだ。
紀伊ちゃんの言葉に渋沢先輩の連れてきた女の子達は青ざめる。
力じゃ勝てないからって、姑息な手段に出たら、占いで不幸に導いちゃうからね。
私だって紀伊ちゃんを守る。
「千尋ちゃん、行こう。席が無くなるし」
北本先輩は、私の手を引いて歩き出す。
「ちょっと、北本先輩、離してください」
自然に手とか繋がないで欲しい。
「ダメだよ。千尋ちゃんが誰のものか教えとかないとね」
ウインクされたから、
「北本先輩のものでもないですけど」
唇を尖らせて抗議した。
「まぁまぁ、それは追い追いね」
「何いってるんですか」
白い目で見ても、北本先輩は楽しそうに笑ってる。
「あぁ、ちょっと待ちなさいよ」
紀伊ちゃんも追い掛けてくる。
もちろん、その後ろを渋沢先輩もついてきた。
カフェの席についても、私達の座る席は注目の的だった。
北本先輩と渋沢先輩、紀伊ちゃんと言う美形が集まったら、視線も集めるとは思うけど、かなり居心地が悪い。
最近、私もチラチラ見られて物好きが居るもんだと思ってしまう。
「しっかし、変われば変わるもんだよな」
北本先輩の隣に座る渋沢先輩がまじまじと見てくる。
「不躾なことすんなよ」
北本先輩が不機嫌に渋沢先輩の顔を掌で押す。
「ひょ、ひょっと、やめろ」
「煩いよ。とにかく見るな、減る」
睨み付けたまま、渋沢先輩の顔から手を離す。
「お前って、結構、心狭いのな」
「どうとでも言えば。さぁ、バカは放っておいて食べようね」
北本先輩は私に向かって微笑んだ。
「倫がそう来るなら、紀伊ちゃんは、俺と食べようぜ」
「巻き込まないでくれる」
悲しそうな振りをした渋沢先輩は、紀伊ちゃんに袖にされる。
うん、仕方ないよね。
そんなバタバタ劇を繰り返した後、食事を開始する。
「午後からは講義は一つだけ?」
そう聞いてきたのは北本先輩。
「あ、そうですね」
どうして知ってるの?
「ある意味ストーカーね」
紀伊ちゃんは呆れ顔で北本先輩を見ながら海老フライをかじる。
「人聞き悪いなぁ。情報通って言ってよ」
と言いつつもなぜだか嬉しそう北本先輩。
「人って変われるのな、色んな意味で」
渋沢先輩にそう言われた北本先輩は、
「良い方に変わるなら問題ないし」
と胸を張る。
「まぁ、頑張れば。一人に絞るなんて俺は到底出来ないけどね」
「お前にもいつか分かる日が来るさ」
二人のやり取りに、紀伊ちゃんは、
「この前まで、五十歩百歩だったのにね」
と嫌みを言う。
「話を戻すけど、今日は涼香のカテキョの日でしょ?」
「あ、はい、そうですね」
「だったらさ、カテキョの時間までデートしようよ」
「へっ?」
突然の申し出に目を丸める。
「だから、デート。一緒に家に帰れるし一石二鳥だよ」
「・・・・・」
そう言うのは一石二鳥とは言わない気がする。
「千尋ちゃんを夕方に一人で歩かせるより、俺と一緒の方が安心だしね」
「今までもそうだったし、別に問題はないかと」
危ない事なんて無かったし。
道を聞かれたり、誰かと間違われて声をかけられたことは何度かあるけど。




