変わり始めた気持ち
「お、紀伊ちゃんじゃん」
私達を見つけた渋沢先輩がへらりと笑う。
彼の両隣の女の子達が凄い顔で睨んでくるんですけど。
別に渋沢先輩には用なんてないのに。
そんな風に睨まれたら、気分悪いよね。
「渋沢先輩に用はないので、話しかけないでください。隣の女の子達から凄い顔で睨まれてるんで」
わぉ、紀伊ちゃん、いきなり飛ばすなぁ。
「・・・なっ」
「なんなのこの子」
二人の女の子は真っ赤な顔で怒りだす。
「普通の四大生ですけど」
わ~笑ってない目で微笑んでるよ。
紀伊ちゃん強者だよぉ。
「ちょ、ちょっと私達先輩よ。口の聞き方がなってないんじゃないの?」
そんなこと言ったら、倍返しされるのになぁ。
「先輩って言っても2歳年上ってだけですよね?」
紀伊ちゃんは負けない子なんだよ。
そして、口では紀伊ちゃんに勝てないと思う。
「な、なんなのこの子。渋沢くぅ~ん」
渋沢先輩に助けを求める女の子。
もうあからさまな甘え方に笑えてくる。
「まぁまぁ落ち着いて」
笑顔の渋沢先輩の瞳を観察してみると、紀伊ちゃんの言うように笑ってなかった。
なんだか、女の子を見下してるというか、軽く見てると言うか、そんな感じ。
「千景、さっさと済ましちゃお」
「あ、うん、そうだね」
渋沢先輩の観察とかしてる場合じゃなかった。
北本先輩に視線を向ける。
「千尋ちゃん、俺に用かな?」
北本先輩は優しく微笑んでくれる。
「あ、はい。少しお時間良いですか?」
こんな人目のある所は早く退散しないと。
「うん、千尋ちゃんの為ならいくらでも時間あるよ」
「あ、じゃあ、空いてる講義室でお話ししたいです」
北本先輩の言葉を軽く流して用件を伝える。
「講義室より良いところ知ってるから、ついてきて」
ね? と言われて、こちらがお願いしてるんだし、北本先輩に従った方がいいよね。
「・・・はい」
紀伊ちゃんをチラッと見たら頷いてくれたので、返事した。
「慧、今日はここでばいばい」
行こ、っと私達に声をかけて歩き出した北本先輩。
「えっ! 俺も行きたい」
やっぱり言うと思ってました、渋沢先輩。
「慧はその子達と遊ぶ約束してたでしょ? だからダメ」
渋沢先輩を振り返った北本先輩は悪戯っ子みたいに笑った。
「そ、そんなぁ~」
情けない声を出した渋沢先輩を放置して私達は先へと進んだ。
北本先輩に案内されてやって来たのは、大学近くの可愛いケーキ屋。
店内にイートインスペースがあって、大学帰りの女子生徒達がちらほらお茶をしていた。
「ここのケーキ美味しいから、好きなのどうぞ」
差し出されたメニュー。
「あ、でも・・・」
話をしたいだけだしなぁ。
「バイト代入ったばっかりだから奢るよ」
お礼を言いに来たのに奢って貰うのは心苦しい。
「そんなわけには・・・」
店内に入るときにチラッと見たショーウィンドの中に、凄く美味しそうなケーキがあったので、食べたいのは山々だけど。
「遠慮しないで。紀伊ちゃんも好きなの食べて」
私の隣に座る紀伊ちゃんにも声をかけた北本先輩。
「分かったわ。千尋、せっかくだから食べよう」
「・・・うん」
紀伊ちゃんがそう言うなら。
「良かった。遠慮しなくていいからね」
どうして、北本先輩がそんなに嬉しそうなのか分からない。
三人とも午後のケーキセットを頼むことにした。
飲み物もケーキも選べるのでお得だ。
注文を終えて、改めて北本先輩を見る。
「あの、この間はありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
「別にお礼を言われるようなことはしてないよ」
「いえ。バイクの時も大翔の時も、北本先輩が居なかったら大変なことになってました。本当にありがとうございました」
本当に助かったから。
「たいした事してないって」
北本先輩は苦笑いする。
「千尋を二度も助けてくれたこと、感謝してるわ。私からもお礼を言わせて。ありがとう」
紀伊ちゃんも私の隣で頭を下げてくれた。
「ちょ、ちょっと二人とも頭を上げて。俺は俺のしたいようにしただけだよ。そんなにお礼を言われると照れ臭い」
頭をポリポリかいた北本先輩は、照れ笑いを浮かべる。
「それで、お礼をしたいんですけど、北本先輩は今欲しいものとかありますか?」
本題に入る。
私が選んでプレゼントすることも考えたけど。
北本先輩に聞いた方がいいんじゃないかと思ったんだよね。
「本当、いいんだって」
珍しく北本先輩が焦ってる。
「二回も助けられたから、何かしないとこの子の気が収まらないんですよ」
紀伊ちゃんが援護してくれる。
「う~ん、困ったなぁ。欲しい物って言ってもね」
北本先輩は困り顔で腕組みをして首を傾げた。
イケメンはそんな仕草も様になる。
「何か思い付きませんか?」
精一杯の感謝を伝えたい。
私が前を向いて進めるようになったから。
「そうだな・・・物じゃなくちゃダメかな?」
上目使いで聞いてきた北本先輩は、
「千尋の体とか言ったら、首絞めるから!」
と紀伊ちゃんに脅される。
「ククク、そんな事言わないよ」
口を開けて笑った北本先輩。
「千尋の恩人でも女ったらしには違いないもの」
「俺って信用ないんだね」
「ええ、聞くまでもないわ」
紀伊ちゃん、お礼を言いに来たのに好戦的にならないでぇ。
「おかしいなぁ。最近女の子とは遊んでないんだけど」
「飽きただけじゃないんですか?」
冷たい目を向ける紀伊ちゃんに、
「そんなんじゃなくて。信用してもらうために一途になろうと思ったんだよねぇ」
とへらりと笑った北本先輩。
どうやら、北本先輩は好きな人が出来たらしい。
「それはいいかも知れませんね」
女の子は一途に愛されたいと思うものだし。
「でしょ? 俺、信用してもらえるように頑張るね」
「はい。影ながら応援してます」
相手の人は知らないけど、ぜひ頑張って欲しい。
「あ~そうきたかぁ・・・」
への字に眉を下げた北本先輩。
えっ? 応援要らなかったのかな。
「北本先輩・・・まさか。本気になったの?」
紀伊ちゃんが、私をちらりと見た後、嫌そうに北本先輩を見る。
「あ、うん。そのまさかだね」
飾りのない笑顔を浮かべた北本先輩と、
「うわ・・・最悪。嫌な予感してたのよ」
大袈裟なほどに落胆した紀伊ちゃん。
二人はなんの話をしてるんだろうか。
私はすっかり茅の外だ。
「北本先輩が本気なら・・・私にとやかくいう権利はないけど・・・強引な事はしないでくださいね」
「分かってるよ。マイナスからのスタートだし、じっくりと時間をかけるつもりでいるよ」
「その言葉信じていいんでしょうね」
「ああ。神に誓うよ」
「それが一番胡散臭い」
紀伊ちゃんが眉間にシワを寄せた。
「今までとは違うから。俺も本気なんだ」
真っ直ぐな北本先輩の瞳は真剣だ。
「そう・・・分かったわ」
紀伊ちゃんは項垂れたように溜め息を一つついた。




