変わり始めた気持ち
大翔と別れてから、北本先輩と涼香ちゃんの元に戻った後、何故か3人で買い物をすることになった。
北本先輩に大翔がまた来ないとも限らないからと押しきられたからだ。
私が連れ出された事で涼香ちゃんに動揺させてしまってたのもあるし、大人しくその言葉に従った。
不安にさせてしまった涼香ちゃんには改めて、お詫びを考えてる。
あの日、大翔にさよならが言えたことで私の気持ちは随分と軽くなった。
大翔を思い出しても、もう胸が苦しくならなくなったし、悲しい気持ちにもならない。
悔しいけど、北本先輩のおかげだと思うの。
あの人が軽い女ったらしだって認識は変わらないけどね。
夕方になって、自宅に戻って紀伊ちゃんにその日の事を報告した時は泣いて心配された。
いつも気丈な彼女の涙に、私まで泣けてきて。
二人で抱き合って泣いたんだ。
「でも、北本先輩も役に立つよね」
紀伊ちゃんはそう言って複雑そうに笑う。
その気持ち分からなくもない。
私達の天敵だった北本先輩が、私の背中を押してくれたことは何となく認めたくないんだよね。
「まぁ、助けられたのは間違いないけどね」
と肩を竦めた私に、
「それがムカつくのよねぇ」
紀伊ちゃんが不服そうに眉間にシワを寄せる。
「北本先輩に助けられるのは二度目だから、今度こそお礼しなきゃ」
人としての常識だよね。
「はぁ・・・仕方ないわよね。このままって訳にはいかないでしょうね」
紀伊ちゃんもしぶしぶながらも納得する。
実のところ、北本先輩にはまだあの日以来会ってない。
学部が違うし学年が違うと、あんまり会わないんだよね。
夏休みに入る前には会いに行こうと思ってる。
大学で話しかけるのは、少し抵抗があるけど、そんなの言ってられないし。
カテキョの日に会えればそれでいいんだけど、北本先輩のバイトの日と重なっていて、それも出来ないんだよね。
「私もついていくわ」
「ありがとう」
紀伊ちゃんならそう言ってくれると思ってた。
女の子達に囲まれてる北本先輩に、声をかけるのは中々勇気が居るんだよね。
「そう言えば、最近、北本先輩って女の子を連れてないって話よ」
紀伊ちゃんは思い出したように言う。
「へぇ、そうなんだ」
どんな心境の変化だろうか。
「まぁ、今だけ大人しいのかも知れないけどね。声をかけるなら好都合かもよ」
「うん。じゃあ明日、声をかけるよ」
「了解」
「紀伊ちゃん、面倒なことお願いしてごめんね。いつもありがと」
「バカね、なに言ってんのよ」
照れ臭そうに笑う紀伊ちゃん。
美人な紀伊ちゃんは、隠れツンデレで可愛いんだよね。
「北本先輩には私も感謝してるしね。千尋がお盆に安心して実家に帰ることが出来るんだもの」
「そうだね」
この間、お母さんにお盆に帰るよって連絡したら、電話口で泣かれた。
その時、ずっと親不孝してたんだなって知った。
「お盆に帰ったら、中学の友達みんなで心置きなく遊ぼ」
「うん、遊ぶ」
今まで出来なかった分まで遊ぶよ。
大翔と遭遇するのを怖れて、地元じゃあまりウロウロしていなかったもん。
「茂樹だけは一回絞めるけどね」
紀伊ちゃんが黒い笑みを浮かべた。
「アハハ、お手柔らかにね」
肩を竦めた。
茂樹君は、今回大翔に私達の住む街を教えちゃった男の子。
大翔と共通の友達だったんだけど。
遊んでる時に、ポロリと私達の大学の名前を出しちゃったらしい。
それで、大翔が大学の住所を調べて、この街に来ちゃったの。
家の場所は流石に分からなかったらしくて、行き当たりばったりで繁華街をふらついていた所に、運悪く私が登場してしまったらしい。
事の顛末はこんな感じ。
茂樹君、前からうっかりさんなんだよね。
まぁ、今回は災い転じて・・・って感じだけど。
「あいつのうっかりに千尋が苦しめられたのは間違いないからね。しっかりと償わせるわ」
そう言った紀伊ちゃんの瞳がギラリと光る。
茂樹君、ご愁傷さま。
紀伊ちゃんは相当おかんむりだよ。
茂樹君をどんな目に遇わせようかと、悪戯っ子みたいな顔で画策する紀伊ちゃんを見つめながら苦笑いした。
大学は今日も大勢の生徒達で賑わってる。
講義を終えた教室から出てくる人の波を、紀伊ちゃんと逆行する。
北本先輩の受けてる講義は廊下の突き当たりのはずだ。
朝、学校に来た時に調べておいたんだよね。
「女連れじゃないといいんだけど」
「うん、だよね」
「面倒な事は極力させたいものね」
紀伊ちゃんの言葉に頷く。
女の子がいたら厄介だもんね。
変な嫉妬を向けられたくもないし。
ぞろぞろ歩く生徒達の向こうに、目的の人物が見えてくる。
彼の高い身長は、目印にちょうどいい。
渋沢先輩と並んでるから更に目立ってる。
「北本先輩は、女の子連れてないわね。渋沢先輩は相変わらず両手に花だけど」
皮肉って笑う紀伊ちゃん。
「両腕に女の子をぶら下げて歩きにくくないのかな?」
渋沢先輩の隣でキャッキャと騒いでる女の子達に目を向けた。
「確かにね。歩きにくいに決まってるわ」
呆れ顔の紀伊ちゃん。
「でも、渋沢先輩っていつも楽しそう」
「それはどうかな?」
「えっ?」
紀伊ちゃんの意味深な言葉に目を丸くする。
「だって、あいつの目、いつだって本気で笑ってないのよね」
渋沢先輩をちらりと見る紀伊ちゃん。
相変わらず辛辣だな。
へぇ・・・そうなんだ。
紀伊ちゃんて、人間観察上手だよね。
「そっか・・・」
「ほら見て、あの笑い方、気味悪い」
サクッと毒を吐く紀伊ちゃんに苦笑いする。
「渋沢先輩の笑ってない目を分かってるのは紀伊ちゃんぐらいだよ」
「そうね。あの胡散臭い笑いで騙されてる女の子も見る目がないわね」
「私も分かんなかったよ」
フフフと笑って肩を竦めた。
「千景は渋沢先輩に興味がないだけじゃないよ」
「まぁ、それは言えてる」
渋沢先輩がどうであれ、私には関係ないし。
注意して見てないもんね。




