仕組まれた偶然
「お疲れさまでした」
夜勤の人と交代で、バイトを上がってコンビニを出る。
はぁ、今日も疲れた。
暗くなった通りを、街灯を頼りに歩いていく。
紀伊ちゃんはもう帰ってるかな。
晩御飯もう食べたかな。
クゥッと鳴ったお腹を押さえた。
バイト前にパンを食べたけど、10時も過ぎたらお腹が減ってくる。
大きな通りを選んでマンションへと向かいながら、涼香ちゃんとした約束を思い出す。
全国模試の結果がよかったら一緒にお出掛けする事になったんだよね。
小学生って何をしたら喜ぶのかな。
ご褒美として遊びにいくのなら、楽しませてあげたいしなぁ。
女の子だし、雑貨屋とか喜ぶだろうか。
涼香ちゃんが無理を言ったのだから、費用は全て持つと鏡花さんから言われてるけど。
他所様の子供をあんまり遠くまで連れていくわけにはいかないもんね。
近くて、気楽に遊べる場所がいいよね。
う~ん、小さな兄弟がいないから、よく分からないなぁ。
今時の小学生は何をしたら喜ぶかな。
紀伊ちゃんに、聞いたら遊園地や水族館って行ってたけど。
人混みに連れていって、迷子とかになっても嫌だしな。
「勉強よりも難しいな」
ポツリと漏らす。
急に視界が眩しくなって俯いていた顔を上げる。
「えっ!」
眩しいライトが急速に迫っていて、あまりの事態に避けることも出来ないでその場に釘付けられた。
「危ない!」
そんな切迫した声がして、私は誰かに抱き込まれるようにして道の端へと弾かれた。
衝撃で眼鏡が飛んでいく。
見えなくなった視界。
キキーッと直ぐ側でけたたましいブレーキ音がして、バイクらしきモノが側をすれすれに通りすぎていく。
バクバクと跳ねる心臓。
膝を道路に打ち付けた事よりも、引かれかけた衝撃が私を支配していた。
「大丈夫?」
凄く近くで聞き覚えのある声がして、顔を埋めた胸元からは柑橘系の香りがした。
「・・・だ、大丈夫です」
悪い視界で、私を抱き締める人のシャツの色を確認する。
その色は、さきほどコンビニで見かけたもの。
・・・・・不味い。
眼鏡ないのに、すっごく不味い。
急いで眼鏡を探さなきゃと、うつ向いたまま目を細めて眼鏡の所在を確かめる。
「危なかったな」
北本先輩はそう言いながら、私を腕の中から解放してくれた。
いつまでも、二人で道路に座り込んでる場合じゃないよね。
「あ、ありがとうございます」
失礼だけど、俯いたままお礼を言う。
だって、眼鏡無いんだもん。
あ~もう、見つかんない。
どんなに目を細めても眼鏡を確認できないよ。
「いいよ。あのバイク、逆行してたよな、危ないやつだ」
北本先輩の声に怒りが滲んでる。
「そうですね。反対斜線を走ってくるなんてあり得ない」
あいつのせいで、眼鏡が吹き飛んだ。
どうしてくれるんだ。
「立てる?」
先に立ち上がった北本先輩が俯いてる私の前に手を差し伸べてくれた。
「・・・・・」
この手を取ったら顔を見られちゃうよ。
どうしよう。
「どこか怪我した? 痛いの?」
心配そうな北本先輩の声に申し訳ない気持ちになる。
打ち付けた膝は痛いけど、立てないほどじゃない。
暗いから俯いてたら大丈夫かな?
いい加減、手を取らないと失礼すぎるよね。
「だ、大丈夫です・・・っ」
意を決して顔を上げずに北本先輩の手を取って立ち上がると、膝がズキンと痛んだ。
「・・・あ、膝、血が出てる」
北本先輩は私の膝を覗き込む。
あ~止めて、顔バレする。
「・・・・・」
「・・・あれ? 千尋ちゃん、眼鏡無くした?」
き、気づかれたぁ。
不味い・・・不味い。
紀伊ちゃん、私、大ピンチです。
お願い顔を覗き込まないで。
「ちょっと待ってて」
北本先輩はそう言うと私の手を離して、周辺の道路をキョロキョロしだした。
どうやら、眼鏡を探してくれるつもりらしい。
ここが今、街灯の下じゃないことを神様に感謝する。
俯いてたら顔、暗くて分かりずらいよね。
「あ、あったあった」
北本先輩は、私の眼鏡を見つけたらしい。
「・・・色々とすみません」
眼鏡が見つかったことにホッとする。
「はい、どうぞ。割れてなくてよかったね」
「ありがとうございます」
拾い上げて差し出してくれた眼鏡を、俯いたまま受け取って顔にかける。
やっとホッと安心して、顔を上げて先輩を見た。
私を助けた時に、擦りむいたのか北本先輩の腕から血が出てる。
「北本先輩、これで血を拭いてください。腕から血が出てます」
慌てて袈裟懸けしていた鞄からハンカチを取り出して彼に差し出した。




