ニアミス
倫太郎side
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎながら、見覚えのない靴が置かれていないかを確認する。
無いな。
涼香のカテキョはもう居ないみたいだ。
残念な気持ちと、もしかしたらさっきすれ違った子じゃないかな? と言う気持ちが沸く。
パタパタと足音が聞こえてきて、
「お帰り、お兄ちゃん」
と涼香が出迎えてくれる。
「ああ。もう勉強は終わったのか?」
「うん。先生はもう居ないよ、残念でした~」
ふにゃりと笑う涼香は、俺をカテキョに会わせたくないらしい。
ま、良いけど。
女なんて、有り余るほど寄ってくるし。
みんな、俺の見た目に惹かれて媚を売ってくるだけの、バカな女たちだけどな。
「お帰りなさい、倫太郎さん。涼香が無理を言ってごめんなさいね」
「うん、大丈夫」
なんてことはないと言うように鏡花さんに返事する。
涼香がカテキョの日は、俺に家に居て欲しくないって素振りを見せてることに引け目を感じる事はないよ。
俺の素行の悪さが、涼香にそう思わせちゃってるんだしね。
「晩御飯、すぐ食べる?」
「うん、そうする」
「じゃ、直ぐに用意するわね。涼香、手伝って」
鏡花さんは綺麗に微笑むと、涼香を引き連れて奥へと戻っていく。
俺の母親が家を出て、一年もしない間にこの家にやって来たのが、鏡花さん。
綺麗なお姉さんが、おやじ臭いうちの父親の嫁になるなんて、初めは胡散臭いと思ったけど。
彼女はとてもいい人だった。
俺の事も家の事も手を抜か無かったし、俺を大切にしてくれた。
だけど、7歳で母親に捨てられた俺は素直になれずに鏡花さんとの間に壁を作ってそのまま来てしまった。
彼女が嫌いな訳じゃないけど。
どうしても、心を開くことが出来ない。
本当のところはどうか分からないけど、親類が集まった時に大人が噂していた話が未だに俺の中に残ってる。
『離婚して、一年も経たない間に若い後妻だなんて、ダブル不倫してたんじゃないの?』
『両親とも不倫とか、倫太郎君が不憫よね』
『ホントホント、母親は男と逃げて父親は若い女をはべらせるなんてね』
口さがない大人達の言葉に、8歳の俺は深く心を傷つけられた。
21歳になってまで、そんな事でウジウジしてる訳じゃないけど。
どうにも、割りきれないとこはある。
もちろん年の離れた妹は可愛い。
片方しか血が繋がってなくても、涼香は可愛いんだよな。
女遊びする俺に厳しいところはあるけど、それ以外はお兄ちゃんって慕ってくれるしね。
手を洗ってダイニングテーブルにつくと、涼香が少し危なっかしそうに料理の乗ったプレートを運んできてくれた。
「今日はエビフライだよ」
「お、旨そうだな」
「ママの料理は美味しいに決まってるじゃん」
自分が作ったんじゃないのに、自信満々に胸を張る辺りが幼くて可愛いね。
「そうだったな。お、涼香、可愛いバレッタだな」
「うん。先生がご褒美にくれたの」
嬉しそうに話す涼香にほのぼのする。
へぇ、お洒落だけど派手すぎないデザインで趣味がいいな。
それに涼香に似合うものを選んでる。
「良かったな」
ポンポンとバレッタを避けて頭を撫でる。
「うん。それに先生、教え方がすっごい上手なの」
「へぇ。じゃあ、今度の統一模試は良い点が取れるかもな」
「絶対とるよ。それで、先生に遊びにつれていってもらうんだぁ」
「お、いいな」
カテキョも、涼香に振り回されてるんだろうな。
「また涼香は勝手な事を言ってるの? 先生にまだ聞いてないんでしょ?」
スープとご飯を持ってきてくれた鏡花さんは呆れた顔で、涼香を諫める。
「大丈夫だよ。先生は優しいし」
「そう言う問題じゃないわ。先生はまだ大学生なのよ。色々とお忙しいかも知れないでしょ」
まったく、と溜め息を吐いた鏡花さん。
「だって、先生とお出掛けしたいもん」
アヒル口になった涼香。
こんなにも涼香になつかれてるカテキョに、興味が沸く。
「そんなに素敵な先生なら俺も会ってみたいなぁ」
何て言えば、
「ぜ~ったい嫌。純情な先生をお兄ちゃんの毒牙にはかけさせない」
と涼香の猛抗議を受けた。
涼香にとっての俺の位置付けは、あんまりよくないらしいな。
「こら、涼香。倫太郎さんに失礼なこと言わないの」
メッと涼香を睨む鏡花さん。
「だってぇ・・・」
唇を尖らせた涼香はいじけ顔になる。
「ククク、仕方ないよな。俺の普段の行いが悪いからだし」
涼香にそう笑いかけたら、
「分かってるなら。一途なお兄ちゃんになってよ」
と返された。
最近の小学生はしっかりしてるよなぁ。
可愛い涼香の頼みでも、こればっかりは変えらんないんだよね。
「ほら、涼香。もう倫太郎さんの邪魔しないの。お料理が冷めないうちに召し上がって」
「は~い」
聞き分けのいい返事をして離れていく涼香を横目に、
「いただきます」
と手を合わせた。
鏡花さんの料理は相変わらず美味しかった。
愛情も手間もかかってるそれを、俺は箸を動かして口へと運び続けた。
4コマの講義がある教室へ向かうために、生徒で賑わう廊下を歩いていく。
「よ、倫」
ポンと肩を叩かれて振り返る。
「慧、今来たの?」
明らかに寝起きの顔をしてる慧を白い目で見る。
「朝まで二人の相手してたら、起きられなくてな」
ニシシと笑った慧。
あの後、二人の女の子を相手してたのかよ。
体力バカか。
俺にすり寄ってた女の子も、結局顔がよけりゃ慧でもいいってことか。
まぁ、あの子になんの感情もないのは、お互い様だけどね。
女なんて所詮、どれも同じだな。
俺達の顔に寄ってきて、快楽だけを欲する。
あわよくば彼女の地位に収まろうと画策してやがるし。
俺の母親と同じようなやつらばっかだな。
「お、紀伊ちゃんと占いババじゃん」
慧の視線の先には、千景ちゃん達がいた。
俺達との距離はまだ遠い。
ほんと、不思議なコンビだよな。
楽しそうに会話してる二人をまじまじと見る。
「声かけてこようかなぁ」
と言う慧に、
「首筋にキスマーク付けて行ったら、更に軽蔑されるぞ」
注意しておく。
はだけた襟元から、くっきりとキスマークが見えてんだよ。
「マジかぁ。付けんなって言ったのにぁ」
「キスマーク付けた子は注意した方がいいぞ」
独占欲がある子は、遊びだと割りきれないことが多い。
そう言う子は、後々面倒な事になる。
「多分、千佐だよなぁ。あいつ、やたらと電話したがるんだよな」
慧の腕にしがみついてたスタイルのいい女の子のこと。
「彼女は軽いふりしてそうじゃないのかもね」
「マジかぁ。着拒しとくかなぁ」
軽い口調でそう言いながら、スマホを操作する慧は鬼だな。
俺も人の事は言えないけど。
相手の子がマジになったら、さりげなくフェードアウトする。
面倒なのはごめんだからね。
彼女面とかされて、世話をやかれるとか冗談じゃない。
千尋ちゃん達は、俺たちの方には来る様子はない。どうやら少し手前の角を曲がるみたいだ。
「あ~向こうに行っちゃうのか?」
残念そうに言う慧。
本当、綺麗な子に目がないよな、こいつ。
「今の俺達じゃ、どのみち煙たがられるだけだろうな」
「確かに」
「いつも俺たちを見る目がゴミでも見てるみたいな感じだしね」
クククと笑う慧。
分かってるなら生活態度を変えりゃいいのに。
まぁ、俺も人のことは言えないけどね。
「紀伊ちゃんと付き合えるなら、俺、真人間になる」
よく分からない宣言をするから、
「それは無理だろ」
苦笑いで交わしておく。
俺と一緒で、こいつも、一人に収まるようなたまじゃない。
初めはよくても、直ぐに浮気して紀伊ちゃんに振られるのが落ちだな。
「分かんないぜ。純愛しちゃうかも」
ヒヒヒッと笑った慧。
純愛ってなんだよ。
そんなもの持ち合わせてたのかよ。
「純愛ねぇ。俺には無理だろうな」
鼻で笑った。
本当にこの時はそう思ってたんだ。
そんな俺が、大切すぎて触れられないとか、目が合うだけでドキドキするとか。
そんな日が近い未来に来るなんて、俺本人にも分かるはず無かったんだ。




