噴水広場というらしい。
「ふむ、とても良い心地だ」
木陰。ベンチに座り休憩している我の元を吹き抜けていく風がとても気持ちよく感じ、我は思うがまま口にしていた。
神殿より東に位置する大きな公園。そこは中央に巨大な噴水があるだけの公園だが、シンプルで個人的に好きになりそうな場所である。
そこでは人間や亜人の子供達が追いかけっこをしていたり、大道芸人が芸を披露したりと遊具が無いなりに様々な者が様々な利用をしていた。
何と言うか平和な午前中というような感じがし、とても良い。
空も快晴。この様な日は外でうたた寝をしてしまいそうだ。
「今思ったけど、誰もウェルがいるのに気付いて怖がったり逃げたりしてないね?」
そんな事を思っていた我の隣で白闇が突然首を傾げそう呟いた。
何を言っておるのか……。
「白闇よ、決まっておろう。力のほぼ全てを封印され弱体化した者を誰が怖がるか。今を好機と見て攻め込む者はいるにせよ、怖がる者など普通はおらぬぞ」
「そうだね。ウェルは今、アレでかなり弱体化してるんだったね」
「……そうね。弱体化してるんだったわね」
我は自信満々に回答したのだが、一部の者達は何故か遠い目をしている。
一体どうしたのであろうか……?
「……まあ、言ってしまえば今の人達は伝承で伝わってる全盛期の頃のウェルの姿しか知らないから。今の姿だと誰も分からないのは当然」
遠い目をしていたミノリが一息つきそう返答した。ふむ。
「確かにそうですね。伝承で残っているウェルナンデさん、今の姿からだと到底想像できませんから。私も教科書に乗っていた全盛期のウェルナンデさんしか知らなかったので、昨日初めてお会いした時、想像していたような見た目の人物では無かったので少し混乱してしまいましたし」
それに連なりエルニスもそう言ったが、我自身は今と昔でそこまで違っておるのかと思ってしまう。
まあ、感覚としては昔は視線はもう少し高く、身長は今よりも高かったとは思う。それに髪も長かった点は今とは違うと言えよう。だが、それくらいの変化しか無いと思うのだが。
まあ、我以外がそう言うからそうなのかもしれぬが。
「……んー。なんか冷たいもの食べたくなってきた」
そう考えているとミノリがそう呟いた。いや、呟いたというより聞こえるように言ったというのが正しいのかもしれないが。
「あ、丁度あそこにアイス屋さんがいるので買ってきますか?」
「……エルニス気が利く。よろしく」
「はい」
その様なやり取りをしエルニスは公園の端に停まっていたアイス販売の車の元へと駆けて行った。
全く、そのくらい自分の足で行けば良いというのに。この女神は。む?女神?そういえば―――
と、その時、我はふと思った事があり口を開いた。
「そういえばミノリも周りから神として見られておらんのではないか?誰も祈る者ような態度を取る者おらんし」
我はその思った事を当の本人に投げかける。
「……皆、知ってる。だけど私から神殿内と祭りの日以外。つまり何もない日の外では普通の人と接するように扱って欲しいって言ってるから」
その事に関しミノリは返答した。
なるほどのう。
「……悔しい?」
我が関心しているとミノリが少しイタズラっぽい表情をし我に対し発言した。
「む?何がだ?」
しかし、何に対してそう言ったのか分からず我は首を傾げそう返す。
するとミノリは「……なんでもない」と言いそっぽを向いてしまった。
何であろうか?我は何か気に障るようなことを申してしまったのであろうか?
「のう、白闇よ。ミノリはどうしたのだ?我は何かやらかしてしまったか?」
「ウェル、気にするだけ損だよ」
我は隣で鯛焼きを食べておる我が友へ耳打ちをするとその一言が返ってきた。
気にするだけ損、か。
我の問いに白闇がそう言う時は、大体そうであるがその様に濁されるとかえって気になるというもの。
一体我は何をしでかしてしまったのであろうか?
折角、我が外に出れるように配慮し規則を作り上げてくれたと言うのに仇で返す形になってしまうとは。
これは謝罪せねばならぬな。どうしてこうなったのか分からぬが。
「なんか、良く分からぬが。ミノリよ。すま―――っ」
そう思い言いかけた最中、唐突に何かの気配を感じた。
公園であるから野良モンスターやその他の生き物であると思うものもいるかも知れぬが違う。
その気配は本当に唐突に感じた。我の後方、ベンチの茂みの向こう側から。
我は視線をミノリからその方へと向けた。案の定、茂みのせいで全く向こうが見えないが。
「ウェル、どうかした?」
そんな我に白闇が尋ねてきた。今までとは違い真剣な声色で。
その切り替えに流石は共に旅をしてきた友だ。と、少し感心してしまう。
「……何かいる」
感心しておる間に台詞を取られてしまったが。
「ミノリも気付いたか」
「……無論。守護神だもの。この世界に何かが転移してくれば嫌でも分かる」
我の言葉に真剣に淡々と返すミノリ。
その言葉から異世界から来た何かである事が分かる。流石は守護神だ。
「ふむ。という事はこの先に居るのは異世界から来たものという事か」
「……さあ?」
我は確認の為にそう言ったのだが、そんな返答をされ肩透かしを食らった気分になる。
「さあって、お主。分かったのでは無いのか?」
我はミノリへそう問うと、
「……ちょっとウェルの反応に便乗してみただけ」
ミノリは肩をすくめ、淡々とそう言った。
こ、こやつ……。
「……でも、良く分からない力は感じる」
「ふむ。そうか」
全くこやつは。抜けておるのかしっかりしておるのかどちらかにして欲しいな。
「それで、二人ともどうするのさ」
そう思う我に、というか我とミノリへ白闇が聞いてくる。
ふむ、そうであるな……。
「まず、確認せねばならぬであろう」
「……私もそれに賛成」
我の言葉にミノリも同意する。
なればする事は一つだ。
「行くぞ」
我が立ち上がり言い放った言葉と共に白闇、ミノリもベンチから立ち上がり、ベンチに対し今度は逆向きになり膝立ちの状態で座り、我は茂みに両手を入れ開くように掻き分けた。
その際に両端におる二人も見ようと近づくものだから少し窮屈ではあるが。
そして、茂みを開いたその先には黒い箱が落ちていた。しかも大きめの段ボール程はあるようなサイズの物が。
そんな箱の蓋の隙間から闇の力のようなものが漏れていた。
これは一体……?
「……これは」
その我の横でミノリが声を出した。何か知っているような声を。
「知っておるのか?ミノリ」
我はすかさずミノリへ問う。
それに対しミノリもすぐに返答する。
「……私の知り合いの異世界の神が創った収納ボックス」
な、なんと……!
「お主の知り合いの神はあのような禍々しき魔力を放つ物を収納用の箱にしておるのか」
「……違う。入れた物が何だったか分かる様になってるの。でも」
ミノリは何か気になったのか首を傾げた。何かおかしなところでもあったのであろうか?
ふむ、それよりも中に何が入っておるのか気になるな。
そんな事を思っていた我の横。ミノリの着ておるワンピースのポケットからこの世界のミノリを称えた聖歌が流れた。
「……魔導通話?」
ミノリはそう言うとポケットから携帯型の魔導通話機を取り出し操作すると、それを耳へと当てる。
『あ、ミノリ?元気ー?』
その魔導通話機から少しお気楽な感じの女性の声が聞こえてくる。
どうやら知り合いのようだ。
「……元気よ。メノウリス」
それに対し淡々とミノリはそう返した。
『それは良かったわ。それにしても貴女の世界で作られたこの魔導通話機って言うの?これ、便利ね』
「……そう」
『あ、そうそう。その事を話したかった訳じゃなくて、ちょっと緊急の用事があってかけたんだけど今、大丈夫?』
「……何?まさか、私の国で今普及してる時空間対応の立体映像通信機器が欲しいとか?」
そういえばその様な機器の宣伝、テレビでしておったな。
『何それ』
「……起動した時に浮き出た画面をタッチすると操作が出来て、メールっていうのも出来るし、通話の時に向こうの相手と顔を見て話せる。どこでも起動できる様に小型化もされてる私の世界、最新の魔導通話機」
『何それ、ちょっと欲しいかも……。』
話し相手はそれを聞き興味津々のようだ。
「……今度来た時、渡す?」
『え!?良いの!?』
「……お金は貰うけど」
『えー。ケチー……って、違う違う。その事じゃなくて、ちょっとやばい事があって』
話し相手は急に真面目な声色になり、ミノリもその雰囲気を感じてか雰囲気が真面目な感じへと変わった。
「……何?」
『まあ、その、そっちに間違ってこっちの世界で悪さしてた魔王を封印した私の自慢の収納ボックスをね。その、私の手違いで送っちゃったのよ。回収しに行くけどその間、見つけておいて貰える?』
どうやら魔導通話機先の相手がこの箱を創り、こちらの世界へ送ってきた張本人であるらしい。
全く自界に居った悪しき者を手違いで送るとか、本来であれば宣戦布告とみなされるぞ。
「……それらしい物なら、もう見つけた」
呆れておる我の隣でミノリは淡々と相手へそう告げた。
『本当!?良かったぁ。』
相手も安堵の溜め息を漏らす。
「……今、丁度それの近くにいる」
ミノリは淡々とそう告げた。ふむ、見つけたから後は神殿に持ち帰り魔導通話機先の相手を待つ事になるであろう。
『あ、そうなのね。あ、そうだ。―――ミノリ、絶対に開けないでね。封印解けちゃうから。ウェルナンデなんていう規格外の化物を封印した女神様には虫けらのような存在に感じるかもしれないけど、貴女、ウェルナンデの封印維持で本来の力の百分の一も出せないんだから絶対に開けないで。私が行くまで開けないでよ?ふりじゃないからね?』
別にそこまで言わなくとも、と言うくらい相手はミノリへ釘を刺した。
まあ、それほど心配なのであろう。ミノリも良き友を持っておるではないか。
『―――え?……い、今、なんて?』
感動しておった我の耳に魔導通話機から引きつった様な声が聞こえた。
我が思っておった事が相手に伝わったのかと一瞬思ったがそれは違く、どうやらミノリが何かを言っておったらしい。が、感動して聞いておらんかった。一生の不覚……!
「……だから、魔力漏れてる」
それに対しミノリはそう返した。
ふむ。そうか魔力が漏れておるのか。む?
『嘘でしょっ!?み、ミノリ。今行くから、そこから―――』
魔導通話機からそう聞こえた瞬間。黒い箱が震えたかと思うと、爆発した。
自界……神々が守護する自分の世界の事。