魔王、女神への攻撃。
食堂。そこは我が聖地にて、我が戦場。
「……いただきます」
「いただきまーす」
「え?あの、大丈夫なんですか?」
「……?何が?」
「その、魔王の作った料理ですよ?何か盛られているかもしれませんし」
「……大丈夫。いつも食べてるけどそんな事は一度も無かったから。それに、美味しいよ」
「へ?いつも?」
「エルニス、そんなに心配ならそのハンバーグは僕が貰うよ」
「え?いえ、いらない訳では無いですよ!?ただ、その」
「……えるひふ、ほんはいひんはいひはふへおはひほうう」
「ミノリ、口のもの飲み込んでから喋ろうよ。というか頬張り過ぎ……」
「……ほひひのはわふい」
「だから、飲み込んでから喋ってよ!」
我は使用した用具を洗いつつ、テーブルに着き我が料理を前にした三人の会話を聞いていた。
流石エルニスといったところか。警戒を怠らないその姿勢に感服する。
それとあの神にはまた今度、礼儀作法と言うものを教えねばならぬな。皆の上に立つ者として。
「……ウェル」
そう考えていた我へ声がかかり顔を上げると、口の端にトマトケチャップを付けたミノリが食堂のカウンターから顔を覗かせていた。
「どうした?」
「……食後のデザートを所望」
ミノリは淡々とそう口にする。いつも通りに。まずその前に口の端に付いたケチャップは指摘しておいてやるか。
「ふむ、そうか。その前に口の周りを拭いたらどうだ?」
「……その前に注文」
我はそう指摘するが、少しムスッとした表情になり言うミノリ。
全くこやつは……。
「それで、何を所望なのだ?」
「……アイs―――」
そこまで言い、珍しくハッとした表情になった女神に一瞬どうした?と思ったが、その表情から察した。
……こやつ。
「じゃなくて、パフェでもなくて、えっと、プリン、を所望」
我が嫌な予想を思いついてる間、注文をしどろもどろに言ってくるミノリ。
その目線は先程から食材の入った冷凍庫の方へ向かっている。どうしてもアイスクリームを使用しない料理をオーダーし、何かを隠しておきたいようだ。
それでもデザートは食したいミノリの態度に溜め息一つ。
「ふむ、そうか。では、豪華にプリンの横にアイスも乗せておくとしよう」
我のその言葉にビクッと体を震わせるミノリ。
まあ、この者の事だ。どうせここに入っている業務用のアイスを食べたとかそういう事なのであろう。だが業務用であるため相当な大きさだ。そして、ふたつもある。ちょっと叱る程度で許してやろう。
「……あ、あいすはいらない」
「まあまあ、そう言わずに。我からのサービスだ」
我は少し意地悪しつつそう言い、冷凍庫を開ける。
全く、素直に謝罪すればよいものを。
そんな事を思う我の視界に空になった業務用のアイスクリームボックスが二つ入った。
ふむ、なるほどのう。
「……お主?」
我はゆっくり振り返るが、そこにはミノリの姿は無かった。
ただ、食堂のドアが勢い良く開いた音が聞こえてくる。
どうやら逃げたようだ。
だが、そのまま放置する我ではない。ふっふっふ、ミノリ。悪魔の恐ろしさ思い知るがいい!
「あの、ウェルナンデさん?ミノリ様が凄い勢いで走って行ったんですけど、何かしたんですか!?」
そんな我の元へエルニスがやって来る。だが、今は構っている時間は無い!
「ミノリの奴め。悪魔の恐ろしさ思い知らせてくれるっ!」
我はその言葉と共に転移魔法を発動。闇が我を包み込み食堂を後にする。
その時、エルニスの息を呑むような呆然としたような声が聞こえた気がしたが、まあ、良しとしよう。
☆★☆
我が転移した場所。そこは神殿の中庭。
そこは花壇に花が咲き乱れ、整えられた植木が並ぶ場所。
その中央では噴水が聖水を噴き出している。
「おや、珍しいですね。貴方がここに来るなんて」
その噴水付近にて白い丸テーブルに着き紅茶を嗜んでいる光の使徒が声をかけてきた。
「まあ、所用でな」
我はその者にそう返すと、察したような表情を浮かべる。
「また、我が主が何か致しましたか?」
「ああ、やってはいけぬ事をやらかしおってな」
その言葉にその天使は溜め息一つ。
「そうですか。まあ、多分ここへ来るでしょうし、待っている間手持ち無沙汰でしょうから、貴方も一杯ほどいかがですか?」
彼はそう言うとカップを一つテーブルへ置き、慣れた手つきで紅茶を注いでいく。
本来であれば頂くところだが、今は断るしかあるまい。
何故なら。
「ふむ、お心遣い感謝するがお主の主がもうここへ到着したようだ」
そう、もうミノリはここに到着したようだ。我がミノリの気配のする方を見ると、そこでは息を切らし小柄な女神が中庭に設置された自身の誇張の激しい彫像に手をつき「……ここまで来れば」と言葉を漏らしていた。
それを見たあとお互いに顔を見合わせ溜め息をつく我と光の使徒。
そして立ち上がりミノリの傍まで歩いていき、
「どうなさいました?ミノリ様」
声をかけた。
その言葉に安心しきったミノリは俯いたままふうと一息。
「……ノウィール、助けて。魔王に追われてる―――」
そして顔を上げたミノリは少し青ざめた表情で固まった。
ノウィールとミノリの間にて、自身を見下ろす我を見て。
「ほう。このような姿の魔王にか?」
「……っ!」
我の言葉にビクリと体を震わせたミノリ。
そんな彼女はゆっくりと振り返り、再度逃げようとする。が、小柄な女神は肩を掴み制止させられてしまう。そして我が手の力により振り向かされる。
「……お主、言う事は?」
「……ご、ごちそうさまでし、た?」
いつも食べ終えると無言で立ち去るミノリからそのような言葉が聞こえた。
少しは成長したようだ。だが、聞きたいのはそれではない。
「ふむ、そうか。お粗末さまであった。それで、他に言う事は?」
「……特に、無い」
ふいっとそっぽを向くミノリ。
ふむ。そうかそうか。
「ふんっ!」
「……い、いはいいはい。ほへんなはい。はっへにたへへほへんなはい。あはあ、ううひへ」
我は両頬をつねり上げる。その痛みに耐えられず、ミノリは涙目で淡々とした口調で許しを請う。傍から見れば痛がっているように見えず、反省もしているのか怪しいがこれでもちゃんと痛がってはいる。反省しておるかは知らぬが。
「今更懺悔しても遅いわ!それよりも、今回で何度目だと思っているのだお主は!それに全部食べるとは何事だ!神であってもして良いことと悪いことがあると何度言えば分かるのだ!」
「……ほへんははい、ほういはへんはは。ははひへ」
「はあ、ようやく見つけっ―――……って何やってるんですか!?」
そんな我の元へ監視役の天使が現れたかと思うと、驚愕な表情を浮かべた。
「説教だ」
我がそれに答えると、
「……はふへへ、えふひふ」
我の目の前で我に続くように女神が天使へ声を発した。天使に助けを求めて。
だが、エルニスはミノリが何を言いたいのか分からないらしく首を傾げる。
「―――何と仰ってるか分かりませんが、ミノリ様から手を離してください!」
とりあえず主から手を離すように言うエルニス。
本当に真面目な天使だ。こやつにも見習わせたいくらいだ。
我はそんなエルニスへ返答する。
「ああ、分かっておる。安心しろ。用が済んだら離す」
「あ、そうなんですね。なら用が済んだら……って、違う!ウェルナンデさん、今すぐ離して下さい!」
「まあまあ、エルニスさん。良い紅茶が入ったので貴方もどうですか?」
必死に解くよう説得するエルニスへ、ノウィールがテーブルから声をかけた。
優雅に穏やかに、自身の肩で小鳥を遊ばせ紅茶を啜りながら。
「え!?いや、あの。ノウィール大天使長様、そんな事をしている場合じゃないですよ!?魔王がミノリ様に危害を加えているんですよ!?」
そんなノウィールへ慌てた様に言うエルニス。
そんな事よりもだ。
「ミノリよ。何時、何で、あのアイスを食べたのだ!言え!」
我は目の前のこやつに尋問せねばならぬ。もしかしたら何か大事な事があり使用したのかもしれないからな。
「……ひんは、へははへへ、ほはははふひへ」
まあ、そのような事は微塵も無いな。うむ。
「全く、お主は!」
「……いはいいはい。ははひ、ひっははらひへ」
「反省せよ!それに面倒くさがり屋のお主の事だ。ちゃんとその後歯は磨いたのか?!」
「……」
我の言葉に顔を背けようと視線を逸らすミノリ。
全くこやつは……!
「あれ程、食後には歯を磨けと言っていたであろうがぁあ!!」
「……いはい。はへへ、ほひふほひふ」
「よくそれで会話成立してるね」
そのような声がかけられ、そのほうを見ると白闇が苦笑いを浮かべ、このやり取りを見ていた。
「まあな。こやつとは五百年以上の付き合いだ。この状態でも何を言ってるか位は分かる」
「僕もそうだけど、全然分かんないよ?」
「む?そうか?」
我は白闇にそう言いつつミノリを開放する。いくら柔らかい頬とはいえ長時間つねっていると流石に指が疲れるからな。
開放されたミノリは涙目で両頬を撫でていた。
「……ウェル、酷い。凄く痛い」
そしてムスッとした表情でミノリは言う。
反省しておらぬなこやつ……。
「ふむ、そうか。ならばその痛みを飛ばすような事をしてやろうではないか」
我はそう告げ、掌を上に向けそこに転移魔法を発動する。
すると、掌の上に黒い霧のようなものが出現。その霧は時間と共に晴れていき、我が手の上に箱が一つ姿を現した。
「……―――っ!?」
その箱を見て一瞬首をかしげたミノリだったが、変化は少ないが徐々に青ざめていった。
スイートエデンと店名の書かれたこの箱を見て。
「これが何か分かるであろう?」
我はそのような表情をしているミノリへ最高の笑みを浮かべ問いかけた。
それに対しミノリは小さく首を横に振った。やめて欲しいというその動作。気持ちが伝わってくる。
その様子を見ると少し可哀想だが、ここは心を鬼にせねばならぬ!
「さて、今度は分かっておるな?もう一度聞く。他に言う事はあるか?」
我は言葉に威圧を込めた。
不本意だが人質?を取った状態で。
「……誠に申し訳ございませんでした」
ミノリはそれはそれは綺麗な土下座を敢行した。
我は謝罪の言葉が聞きたいだけで、そこまでは求めておらんのだが……。
我の隣にいる白闇も「そこまでする?」と少し引き気味に見ていた。
まあ、幸いノウィールがエルニスの注意を引き付けていたためミノリの土下座は見られずに済んだ。
魔王に土下座する最高神など、もし見られていたらミノリの株は激減していたであろう。もう少し考えて行動して欲しいものだ。
「もう良いぞ。お主の心は伝わった。ほれ、これは返そう」
我はそう言いミノリへその箱を渡した。