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第09話 一日目:長い下積み期間を耐えて堪えて花開くんだよ人生は

初の戦闘を終えたゴボタたち。敵は敵対心のままに行動するというゲームの仕様そのものだった。

そして次なる戦いの為準備をしようとするが……

さきほどの市場を抜けた先に、楽器と歌の巻物を扱う店があった。


俺たちはそこを目指して歩いている。もちろん目的はナンディの巻物である。他にも使えそうな武器防具などがあれば見てみるつもりだった。


「そうだ!ヌヌハ先輩やゴボタ先輩はアタッカーなんだから、何かアビリティは使えないんですか?」


だしぬけにナンディが言った。

魔法とは別に、各職業にはアビリティといった職業固有の必殺技が用意されている。レベルが上がれば多数持てるが、lv1だとシーフは一度だけ攻撃を無効化できる『影身』。格闘家は確か、一定時間初撃のダメージがあがる。だけだったと思う。


「そういえばそっちは試してなかったな。電話で聞いてみるか」


そう言うとユキノコさんはすぐにトライ達に電話を掛けた。戦闘中ではないのかすぐに出た。


「トライチームは今大丈夫か?」


『大丈夫ですよ。どうかしましたか?』


多少、声を荒げながらトライが返事をする。戦闘直後だろうか。


「いや、何、アビリティの検証ってそっちはしたか?」


『ええ、ちょうど今さっき使ってみたところです』


「おお!どうだった?」


『とりあえず騎士の誉れ(使用者の防御力が上がる)を使ってみたけど、ゲームと一緒で何か水晶みたいなエフェクトが発生しました』


「それで、効果は?」


俺は期待を込めて聞いた。トライが出来るなら、俺にも使えるはずだ。


『驚いたことにあったよ。不思議な感じだね。わざと攻撃を喰らってみたんだけど、ビフォアアフターで全然痛みが違うんだよ』


「ほえ~。そりゃいいな。というか出来るってことか」


『ああ……技名叫べば出来たよ。ってあぶねええ!』


「お、おい?どうした?大丈夫か?」


『ハア、ハア、な、なんとか。実は今……戦闘中でしてっ!』


「おいおい、無茶すんなよ!じゃあ電話はいいよ!またあとでな」


戦闘中に電話が出来るくらいの余裕が既にトライ達にはあるらしい。なんだか心配すると同時に、自分が随分情けない感じになってしまう。


『ええ、それじゃまた!』


トライが切り、俺たちも通話を切った。


「何だか向こうのチームは余裕ありますねえ。こっちとは大違いです」


ナンディが呆れたように言った。


「こっちの誰かさんと違って、トライの奴が運動神経いいんだろ。あと毛虫とかミミズとかじゃないしな。その点こっちは不利だな」


ユキノコさんが残念そうに言った。


「確かになあ、こっちは魔法ができない魔法使いがいますしね」


俺も軽い仕返しにそう返すと、ユキノコさんの目が妖しく光る。


「ほほう、ゴボタ言うじゃないか。ナンディの歌の成果が本当にあるのかどうか、後で改めて検証する必要があるな。火ダメージへの耐性はどこまで上がるのか。とりあえず歌の効果がない状態を試しておくか。多少の火傷はあっさり治ると判明したからな」


ゆっくりと杖を取りだす彼女。俺も身構える。


「ふふふ、どうぞどうぞ、俺も影身の術が使えるとわかりましたからね。例え炎が出ても避けて見せますよ」


「面白い。実験するか」


向かい合う二人。


「二人とも気をつけてねー」


ヌヌハさんとナンディは、またかと言う感じで安全な距離まで離れる。そして俺たちは同時に叫んだ。


「ファイヤボール!」


「影身!」


 ………………。

 やはり何も起きなかった。

 ユキノコさんの魔法はともかく俺のアビリティも何も反応しない。

 格好よくポーズまでつけたのに。やだ死にたい。

 そんな路上で大声をあげる俺たちを、可哀想な目で見る二人。


「やっぱり使えませんねえ。ユキノコ先輩、才能がないのかしら……」


 ナンディがため息をつく。


「才能ないとかいうな!傷つくだろ」


「私もやってみようっと。剛力!」


 ユキノコさんが大の字みたいなポーズで、小さく叫ぶがこちらも同じく何も起こらなかった。


「ありゃあ、ヌヌハ先輩も駄目ですか~。これはラストワンの私に期待が高まりますね。残された最後の希望、ナンディというわけですね」


 胸を張るナンディにユキノコさんが冷たくつっこんだ。


「出来ようが出来まいが、ぶっちゃけお前の耐火の歌にはあまり期待していない」


「ひ、ひどい!私も薄々気づいていたのに!詩人の序盤のいらない子っぶりはすごいってあえて口には出さなかったのに!」


「早く、剛力の歌とか、金剛の歌を覚えろ!」


「あれはlv10とかだからまだまだなんですよ~」


「しかしあれだな。レベルがあがればどんどん魔法も覚えるわけだが、例えばlv2になれば、私は次は風の攻撃魔法を覚えるわけだが」


「私は耐風の歌覚えますよ!」


「また微妙な……」


「この後も耐水、耐土、耐雷、耐光、耐闇と、耐えるのは属性ではなく、詩人を続ける心かってくらい、耐え続けます。耐えて堪えてやっと花開くんです!詩人は。現実のミュージシャンと一緒です。今は長い下積み期間なんですよ」


「夢から醒める前に花開くといいなお前の音楽活動。とにかく私らは初期費用の50モリガン銅貨しかないからな。増やす手立ても考えないとな。巻物も徐々に値上がるはずだ。次あたりから200とか300くらいしたよな。確か」


ユキノコさんが言う。現実でも夢でもお金のことで悩むのは変わらないらしい。


「お金の増やし方かあ。とりあえず普通は弱い敵を乱獲して、ドロップ品を集めるところからですかねえ」


 最も定番、ある意味安直であって一番堅実な方法を提案する。何ごとも小さいことからコツコツだ。しかしその方法は、芋虫やミミズを多数倒すことのわけだから、今だけは何か一攫千金を狙いたい。ユキノコさんもそう思っているのだろう、あまり乗り気な返事はしない。


「う~ん、まあそうなんだが……虫はちょっとなあ……とはいえ、それしかないかあ」


「あとはクエストをクリアすれば結構いい報酬もらえる奴もありますよね」


 俺はもう一つの定番方法を提案する。といっても結局クエストの大半は戦闘が絡むのばかりだし、また戦闘をしなくてもクリアできる系は報酬も安かったりするのが大半だが。


「そういえばこの街ならあれがいいんじゃないですか!」


 ナンディが何かを思いついたようだ。


「トカゲ倒す奴!あれの報酬だけちょっとバランス間違ってるのかなってくらい報酬いいじゃないですか」


「ああ、あれか。確か魚か何かを餌に呼び出すんだよな」


 ユキノコさんが答える。


「モンスターも特別製だし、序盤の中ボスみたいな奴か」


「そうです。そうです。あいつを一回でも倒せれば……」


「でも確か一人で倒すならlv10は必要じゃないっけ?」


 俺も思い出したが、そこそこ強かった記憶がある。


「う~そうだったかも。綿毛であんな苦戦するんじゃちょっと無理かあ」


 ナンディが残念そうに言った。ヌヌハさんもそれに同意する。


「確かにいい値段だったと思うけど、普通に挑んだら危険だよね」


「普通に……か。何かいいアイデアないかなあ」


 俺は何とかあのトカゲを倒せないか考えた。こちらは一撃も食らわないで、あいつにダメージだけを与え続けることができれば……


「あ~あ、お金ほしいなあ。夢の中でもお金のことで悩むんですね。というか私らもトライ先輩たちのいるとこに行きたいよ~!ここは雑魚が気持ち悪すぎますよ。これじゃ雑魚狩りできないもん!」


 ナンディが憤慨した。俺は向こうのチームのメンバーを思い出しながらぼそりと言った。


「トライのところ……か。そういえば何で俺たち一緒の街じゃないんでしょうね……」


 それともそこに何か意味があるのか?

 何かひっかかる。直感だが、そこに意味がある気がする。


「改めて考えると、何でこのチーム編成なんだろう。実際に僕たちがゲームを始めたときと完全に一緒じゃないですよね?」


 俺が言うと、ナンディが大きくうなずく。


「そうなんですよ。私はメアリパレスがスタートの街だから、ここタクトルじゃないんですよ。そこはちょっと気になってはいたんですけど」


「そう言われてみればそうか、私はゲームでもタクトルスタートだから違和感なくて気づかなかったが」


 ユキノコさんが言うと、ヌヌハさんもそれに答える。


「私もタクトル~。私、ユキ、ゴボタ君とトライ君の初期四人は一緒にタクトルで始めたんだよね。確か」


 そうなると、トライだけが違っている。


「ヨヨミだけ他の街でやりたいと言って、別の街だったな。ヨヨミは確かルーセントリアだったからあっているのか。サイもルーセントリアだよな」


「そうです。一緒にやろうよ!って言ったのに、魔法騎士はルーセントリアが有利だからとかいって別だったんですよ」


 ナンディとサイは、俺たちより遅れて始めているから、スタートする時にあえて街をあわせていない。

話をまとめるとトライとナンディの二人が違っているわけだ。

 ナンディの街が違うのはみんなに合わせたからだろう。一人だけじゃどうしたって寂しすぎるし。しかし、それならルーセントリアにすれば人数はちょうど今と同じ4・3に別れる。トライだけがルーセントリアになったことに違和感があった。

 いや、そもそも何で別れた。街が違うことを許容するなら、もっと変わったっていいはずだ。例えば全員で同じ街とか。

 主催者はゲームを楽しみたくて、この夢を創造したはず。なのに何で全員一緒じゃないんだろう。全員でやったほうが楽しいはずなのに……

 思考は暗闇の虚空を飛び回る。何かが掴めそうなそんな気がしていた。


――街に意味が?いや違う。この夢は主催者の願望だ。偽りのない本音のはず。だからこのメンバーの組み合わせに意味があるはずだ。何だ?このメンバーの振り分けの意味って……あっ!


 飛び回る思考が、突然現れた壁に衝突した。さもそんな衝撃が脳を走る。


――じゃあ、もしかすると主催者の正体は…………。


 でもどうする。どうやって証明する。いや分かってもある意味どうしようもないか。主催者が目が覚ましたいと思わなければ、いくら証明したってどうしようもないんだ。この世界が主催者の願望の世界であるかぎりは……いや、そうか。逆だ。逆なんだ。逆にすればばいい。

 わかったぞ。この世界から目覚める方法が……でもどうする。なんて説明すればいい。

 みんなが歩いて市場に向かって歩く中、俺は立ち止まりしばらくうつむき考えていた。そんな俺を見て不思議に思ったナンディたちが声をかけた。


「先輩どうかしたんですか?」


「あの……トライたちのところにいきませんか?」


 俺はおそるおそる答えた。


「え?そりゃ行きたいな~って話はしてましたけど、徒歩で行くには相当遠くないですか?」


 ナンディ含め全員が呆れ顔だった。冗談と思っているのかもしれない。しかし俺は本気だ。本気で行く必要がある。


「確かにそう。どれくらいかかるか検討もつかない、一日歩いてもたどり着かないかもしれない。ただ現実と違って俺らは疲れることはない。疲れても息が切れても、ヒーリングすれば短時間で回復できるから。検証不足だけど、空腹というパラメーターはなかったから、空腹も感じないかもしれない。だから時間さえかければ到達できると思うんだ」


 俺の真剣な訴えに、ユキノコさんも真面目に答えた。


「障害は距離だけじゃないだろう。道中にはアクティブモンスターがわんさかいるぞ。むしろそっちのほうが問題だ。そいつらと遭遇したらlv1の私達じゃ、一撃で倒されるぞ。その時どうなるのかは誰にもわからない。命の保証はないはずだ」


 そうさきほどの戦闘を経て、一つの疑問が生まれた。倒されたらどうなるのか?という疑問だ。そこには死か、それとも――


「主催者は無慈悲なデスゲームは望んでいないです。きっと本当に死んだりはしないと思います。ゲーム同様セーブポイントにまで戻されるだけじゃないでしょうか」


「しかし、それでも危険なことには……」


「よく考えてください。今大変な事態が起きているんです。リアルでは街中が眠りについている。僕らは絶対に目覚めなきゃいけないんだ。その為に出来ることはなんでもすべきです。主催者が満足すれば目が覚めるというなら、合流してみんなでプレイしたほうがきっと満足すると思う」


 半分は本当。半分は嘘だ。主催者が満足したら起きる。なんてトライの意見には納得できない。人間はそんな前向きな奴ばかりじゃない。この世界に満足してしまったら、それこそいつまでも目が覚めないはずだ。人は楽な方に流されるもの。だから俺はその逆をしてやろうと思った。

 主催者に絶望を与える。

 現実から逃げ出して、この夢の世界にひきこもっている主催者の目をさませるのは、この世界で希望を見せることじゃない、逃げた先にも絶望しかないと教えてやることだ。

 どうすれば絶望を与えられるのか、鍵はこのチーム編成だ。

 このチーム編成こそが主催者の願った世界。

 ワールドエンドとゲーム部がいつまでも続く世界。

 その一方で矛盾ともいえる、恋人同士であるトライとヌヌハさんが会うことのできない距離にいる世界。

 この二人を離しておき、なおかつ主催者が一緒に同行する世界。

 それがきっと主催者の心からの願い。

 そんな願いをするのは、俺は一人しか思いつかない……


「確かに最大限の努力を払うべきだろうというのはその通りだろう。しかしあまりにも危険だ。本当に死ななかったとしても、死ぬような痛みをみんなが負う危険が高すぎる」


 ユキノコさんが至極真っ当な意見をだした。


「大丈夫です。そもそも敵に見つからなければいい。このゲームにはそういう手段が色々用意されているじゃないですか」


 俺はそういうと市場のある一店舗を指差した。


「錬金術の店……薬品か」


「姿を消すインビジブルパウダーと、音を消すスライム油を使えば、敵に見つかることなく港町のサルベジンまでいけます。そこから船に乗れば、ルーセントリアまではもうちょっとです。どうでしょうか」


「そりゃインビジブルパウダーがあればいけるが、話が最初に戻るけどお金が足りないぞ。ルーセントリアまでの距離を計算すると、相当な数を用意しないといけない気がするが」


「もちろんそうです。だからお金を稼ぎましょう。さっきのトカゲ退治です。あれって一人一回しか受けられないけど、四人いるから四回分はいけますよね。四人分の報酬と考えたら、けっこういい金額になると思いませんか」


 反論しようとするユキノコさんを俺は手で制する。反論内容はわかりきっている。どうやって倒すんだ?だ。


「大丈夫です。あのトカゲを倒す秘策は今思いつきました」


 俺はキメ顔でそう言った。


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