第08話 一日目:初めての戦闘
夢を見ているのは部員だけではなかった。
街一帯を呑みこむほどの範囲であるとわかり、ゴボタ達は目覚めへの決意を固める。
『話はよくわかった』
トライのよく通る声が電話口から聞こえてくる。
『俺達六人だけじゃなく、大勢の人間が巻き込まれている可能性ってのは、確かにありえそうだ』
さきほどの俺の仮説を、トライたちに電話で伝えたところだ。物凄く驚くかと思っていたが、トライの反応は思ったよりずっと淡白だった。
『それで?』
と、トライ。
「それで、ってそれだけだよ」
『より深刻な事態だっていうのはわかったよ。ゴボタのいう通りかもしれない。でも、それで何か対策はあるのか?』
トライは痛いところをついてきた。
「う……それはない。すまん」
『いや、それを責めてるわけじゃないが、結局新しい目覚める手段が見つからないなら、俺からはこのゲームを楽しんで進めていくべきっていうスタンスは変わらないかな』
「まあ、そうかなあ」
『そうだよ。思い悩んでいても暗くなるだけで、主催者はきっと満足しないよ。どうもそちらのチームは、明るいようでついつい深刻になってしまうみたいだな』
「うるへー。こっちはA型多いんだよ。根がまじめなの」
O型のヌヌハさんを除けば、こちらは全員A型のはずだ。
『俺だってAだよ』
『うちはABっすけどね~』
おどけるヨヨミさんに、ユキノコさんがするどく答えた。
「黙れヨヨミ。誰もお前の血液型は聞いていない」
『ユキノンひどい。もしかして私がタケノコ派なのを怒っているの~?』
「なんと、ヨヨミはタケノコ派か。名前が名前だけに秘密にしていたが、実は私は隠れタケノコ派なのだ。よかったなヨヨミ。もしキノコ派だったら、戦争だったぞ。というかそれはいいんだよ。私らは今、世にもおぞましい物を見てきたばかりで荒くれているのだ」
『あら~。どうしたっすか?』
「あれは酷かったです……まあ、私はキノコですけど」
と、ナンディ。それにあわせるヌヌハさん。
「夢にでてきてうなされそう……というか私もタケノコだけど」
ヌヌハさんはタケノコなのか!俺はキノコだが、それを言ったものかどうか……
『本当どうかしたんですか?やはり僕はキノコかな』
「巨大な芋虫とミミズがいたのよ……うわあ、思い出したくない!」
ヌヌハさんが小さく叫ぶ。
『ああ、なるほど』
トライ達が笑っている
『確かにあの虫シリーズがリアルにいたら気持ち悪いですよね。てことは、まだ戦闘もしてないのかな?』
「してねーよ。何?もしかしてトライ達は戦闘したのか?」
俺はトライに聞いた。
『ああ、実は今ちょうど倒した所だったんだよ。こっちはほら、気持ち悪い敵いないからね。葉っぱとか球根のお化けとか可愛らしいやつばかりさ。アイテムも落としたよ』
「おお、何々?何落としたんですか?」
ナンディが目を輝かせてトライに聞いた。
『大したアイテムじゃないよ。マンドラゴラの根って奴だと思う。倒すとモンスターの体がすーっと消えて、そこにこの根っこが落ちてた』
「なんと、死体は消えるのか。ゲームっぽいな」
と、ユキノコさん。
『みたいですね。戦闘はかなりゲームっぽくて、敵の攻撃も一定リズムで仕掛けてくる感じです。最初それに気づかなくて、少し攻撃くらって、お腹とか超痛かったですけどね。でもわかれば避けるのは簡単でしたけど』
「ええ!?トライ君大丈夫?」
ヌヌハさんが心配そうに声をかけた。
『ぐふふふ、私の回復魔法があるから大丈夫っすよ~。こう私の手で男の子が元気になるのはなかなか快感っすね~』
「え~!ヨヨミちゃんずるいっ!あ~ん、私もそっちいきたいなあ!」
『来てもいいけど、ヌーは格闘家だからねえ。やっぱり私に治療されちゃうけどね~』
「それはそれでOK!ヨヨミになら癒されてみたい」
『あらあ、いいっすね~。将来の夢、専業主婦やめて、整体士でも目指してみようかねえ』
楽しそうに語るヨヨミさん。トライの言うとおり、なんだかそっちのチームは楽しそうだ。
『一度ゴボタたちもやってみなよ。地下水道のほうなら、黒い綿毛みたいな奴いただろう。名前なんだっけ?』
トライの疑問に、サイが答えた。
『ケサランパサランですわ。それと僕はキノコ派やね』
その話は終わったと言うのに、きっとキノコ派だって言いたかったんだな。
「ああ、ケサランパサランってやつだっけ」
俺はキノコの話をスルーして敵の名前を復唱した。
ケサランパサラン。通称綿毛。このゲームのマスコット的なキャラで、たわしのような黒いボディにフラミンゴみたいな細長い脚がついているモンスターだ。確かにあれなら気持ち悪くはない。ナンディもいけると思ったのか、
「あれならいけそうじゃないですか?」いつもの元気な声で「じゃあ、こっちでも頑張って戦闘とかしてみますねー」
と言って携帯を切った。
「そういえば、ゴボタ先輩だけ宗派を言ってませんね」
「え?ああうん」
ナンディの言葉に曖昧に答えると、ユキノコさんが一瞬蛙を見つめる蛇のような顔になった。そしてにやにや笑いながら俺に向かって言った。
「ふ~ん、どれ私が当ててやろう。そうだな、ゴボタはタケノコだと見た!」
ぐぬぬ……俺がどちらの派を言わなかったのは、ヌヌハさんの意見と反するからだと、彼女は見抜いたのだ。しかしここで彼女の答えにYESと答えると、まるで操り人形だ。俺は反抗することにした。
「い、いや~。僕は先輩の頭みたいなキノコが好きですね」
「おいおい、ヌヌハ!奴はキノコ派だぞ。こりゃタケノコ派とは相容れないな」
く、どちらに答えてもユキノコさんは楽しめることになっていたらしい。このドエスキノコめ。
「え~。信じられない。まったくゴボタ君残念だよ」
ヌヌハさんは軽い冗談なんだろうが、軽くショックだ。
「でも私と一緒ですよ!良かったですね!それに総数でみれば4対3でキノコ有利ですよ」
ナンディが明るく言った。いい子や。
「さて、じゃあいくか」
一通り楽しんだユキノコさんが伸びをしながら言った。
賛成だ。
とにかく戦闘のコツみたいなものを掴んでおきたいし、とりあえず地下水道へ行ってみますか……
大橋の下に階段を使って降りると、すぐそこに地下水道への入り口がある。ゲーム中では、街からすぐ行けるちょっとした初心者用ダンジョンという扱いで、レベル1でも対応できるようなモンスターが徘徊していた。
入り口は鉄製の扉で閉ざされているが、特に施錠されているわけではないので、自由に出入りできた。(普通だったらあり得ないとは思うが)
特に躊躇うことなく、ユキノコさんは扉を押し開ける。開けた途端にひんやりとした冷気とカビの臭いが漏れ出てきた。
中は細い廊下が奥へと直線に続いている。途中壁に転々と置かれている蝋燭の燭台があるだけで、すぐに日の光が届かない闇の世界が続いていた。さすがにみんなこの中に入るのは躊躇われた。
「おい、どうする?蝋燭があるとはいえ、結構中は暗いぞ」
と、ユキノコさん。俺はいいとこ見せようと勇気を出していった。
「目がなれればそれなりに見えそうですけどね。とりあえず扉は閉めないでおきましょうよ。俺が先行して進みますから」
「そうだな。何事もチャレンジだ。よし、ゴボタ!男らしくゴーだ」
「りょ、了解」
俺を先頭に四人は恐る恐る、暗くて狭い廊下に入っていった。遠くで水の流れが反響して聞こえてくる。廊下は自分たちの足音と息づかいが聞こえるばかりで、あたりには静寂が充満していた。
「うわあ、何か怖いなあ。中学の時の肝試しを思い出しますよお」
小声で話すナンディの声もエコーがかかっている。俺、ナンディ、ユキノコさん、ヌヌハさんが一列でぞろぞろと進んでいく。
少し進むと、急にある程度天井が広くなり、道幅も三倍以上に大きくなった。
しかし、道が大きくなれば、それだけ蝋燭の明かりが届かない世界も広がり、本格的に暗くなってきた。
「しっかしこの蝋燭、いつから火がついているんでしょう?燃えつきることないんですかね?」
俺は気になっていたことを言った。
「それは私も不思議に思っていたが、実際のゲームがこうだから、こう再現せざる得ないんだろうな。リアルな見た目ではあるが、よくよく見ていけば、いかにもゲーム世界っていう物が見えてくる感じだな」
取っ手のついた小さい皿に、蝋燭が乗っている簡易的な燭台で、俺は近くの燭台に近づきそれをひとつ取り上げた。革の手袋をしているので、すこし掴みにくい。どうやら普通に動かせるようなので、これを懐中電灯がわりに先に進むことにした。
ちなみにこの蝋燭は燃え尽きることはないようだった。蝋が溶けて短くなることもなかったし、またいくら振っても炎が消えることはなかったのである。どうやらこれも地味に物理法則を越えた不思議炎のようだった。といっても炎としての機能は正常のようで、手を近づければ熱く、触れば確実に火傷するのは間違いないようだったが。
こうして暗がりの中をさらに進むと、目的のモンスターがそこにいた。
バスケットボールくらいの大きさで、黒い綿毛のようにふわふわと漂う怪物。ケセランパサランだ。最初に見つけたのはユキノコさんだった。
「お、おい。いたぞ」
ユキノコさんは天井のほうを指差しながら、小声で言った。
「え、どこですか?どこです?」
暗がりの中での、黒い綿毛なので、ナンディと俺はすぐに見つけられず、迂闊にもずかずかと二人で先に歩いていってしまった。
「お、おい。あまり近づくな。今思い出したけど、こいつアクティブだったはずだぞ」
後ろからユキノコさんが言った。しかし、その時には遅かった。俺達はケセランパサランに発見されてしまったようだ。
アクティブ型のモンスター!それはプレイヤーを見つけると自ら攻撃を仕掛けてくるタイプのモンスターである。さきほどの芋虫やミミズは、こちらから攻撃をしない限り襲ってくることはないが、このケセランパサランは、人を敵とみなしており、近づけば襲ってくるのだ。
黒い綿毛がすっと地上付近まで下がると、迷いのない動きで、まっすぐこちらに向かってきていた。
「せ、先輩こっちにきますよ!」
ナンディがビックリしたように言った。
「ナンディ下がってろ!」
俺は燭台を床に落とし、格好よくナイフを抜こうとした。しかし、そんな練習をしてきたわけでもないし、慌てているので、ゲームのようにとっさにナイフを抜くことなどできなかった。ナイフを抜くことに懸命になりすぎて、目を離した隙に、綿毛はもう目の前まで来ていた。
「うあ」
軽く悲鳴が出る。自分の格好悪さに泣けてくる。
「ゴボタ来てるぞ!」
「先輩も下がって!」
ユキノコさんとナンディが叫ぶ。ナンディはユキノコさんのところまで戻ったようだ。
綿毛は俺の前で一瞬だけ空中に静止すると、一体どういう力学で動いているのか謎だが、その場から、俺に向かって全身でパンチをするように突進してきた。綿毛が俺の腹に思いっきりぶつかった。
「ふぐうっ!」
呻き声が口からもれる。
表面こそ綿毛だが、中身はそれこそバスケットボールのように堅い。それがキラーパスのような速度で腹にぶつかったのだ。痛みと衝撃でその場で尻餅をついた。
痛ってええええええええええええええ。
こみあげる吐き気と、するどい腹の痛みでうずくまる。綿毛は再び先ほど静止した位置に戻り滞空している。
やばい!また攻撃がくる。と思わず腕で顔をかばおうとするが、綿毛はそんな俺を無視するように、さっと横を通りすぎていった。
!?
一瞬意味不明だったが、すぐにわかった。後方にいる女子三人のところ、おそらくナンディのところへ向かったのだ。
――しまった!!今のでヘイトが抜けた。
ヘイト。敵対心。色々言葉はあるが、この敵対心を採用しているネトゲは多数ある。ワールドエンドもその一つだ。モンスターはプレイヤーキャラクターそれぞれに敵対心の数値を持っており、敵対心が一番高いプレイヤーキャラクターを攻撃する。敵対心は敵にとってより不都合な行動をすると上がっていく。高いダメージを与えたり、誰かの傷を治したり。
盾役はできるだけ敵対心を稼ぎ、他のメンバーは盾が稼いでいる敵対心をできるだけ越さないようにする。
パーティが一丸となってこの敵対心をコントロールするところが、ネトゲの戦闘の面白いところでもあった。
またこの敵対心は増えるだけではなく、敵からのダメージ量によって減少もする。
最初に見つかったのは俺とナンディ。この二人が敵のヘイトリストに乗ったはず。といってもこちらはまだ攻撃も仕掛けていないから、敵対心はまだまだ高くない。そこへ俺だけが攻撃を受け、俺の敵対心が下がった。だから相対的にナンディのほうが高くなってしまったのだ。
「ナンディ……逃げろ!」
やっとのことで声を出す。俺から五メートルは後ろにいるが、動かなければすぐにでも攻撃されるはずだ。しかしナンディたち女子三人は、判断が遅れてまだ動けないでいた。追いかけなければと思うが、腹部のダメージでまだ立ち上がることすらできないでいた。綿毛はもうナンディのすぐそばまで迫っている。何発かくらったって死ぬようなダメージでもないけど、女子にこんな痛い思いはさせられない。なんとかしないと……!
焦る俺の視界に、ある物が目にはいる。
これだ!俺はとっさに手を伸ばす。さきほど落とした燭台だ。それを拾い上げると、綿毛に向かって下から放り投げるように投げた。当たらなくても攻撃の意志を示せば、敵対心はおそらく再び俺が一番になるはずである。
しかし意外にも、もしくは幸運にも、いや不幸だろうか、燭台は綿毛にぶつかった。
軽くコンとぶつかっただけで、ダメージなどはないだろうが、初の攻撃。
俺が敵対心再びトップになった。
綿毛は方向を180度変換し、こちらに元気いっぱいで向かってきた。
「みんな逃げて!とりあえず離れて!」
俺は出来るだけ大声で叫んだ。ユキノコさんと目が合う。お互い一瞬見つめ合う。俺はうなずいた。アイコンタクトというのか、彼女と気持ちが通じた気がする。ユキノコさんお願いします。
「わかった!ゴボタありがとう!みんないくぞ!」
きびすを返すユキノコさんを、ナンディが止める。
「でも先輩が!」
「大丈夫だ!いいから!ゴボタの作戦通りだから!」
ユキノコさんはナンディを引っ張るように、元来た道をかけ足で戻りだした。さすがはユキノコさん。俺の目論みを瞬時に理解してくれたようだ。
綿毛が俺の目の前にまで戻ってきた。俺はまだ座りこんでいるので、文字通り目前にまで近づいている。
こ、こえええ。しかし、やるしか……やるしかない。すべては作戦どおり!俺は覚悟を決めた。
俺の作戦――それは――
ノーガードで綿毛の攻撃をくらうこと!
さきほどと同じ綿毛の鋭い攻撃が俺の顔面、右ほほに命中した!
「ふぐっ!」
分かっている分さっきよりも耐えられるが、それでもわずかな一瞬、ダメージで意識が飛んだ気がする。殴られた場所が熱く燃えるように痛い。まじな殴りあいのケンカとか、これまでの人生で一度もしたことないんだぞ、俺は!
人生で初めて殴られたようなもんだ。父親にだって殴られたことないのに!しかも二度もだ。
綿毛はまた俺の目前まで戻る。そして一呼吸おくと、今度はくるりと助走をつけるように後方へ1回転し、そのまま三度俺に突撃してきた。すべての攻撃をノーガードで受けるつもりだったが、最初の攻撃があまりにも痛かったので、恐怖でとっさに腕で防いでしまった。防いだといっても、腕も十分に痛かったが。
――くそ!まだだめか!
そう思ったが、どうやら今の攻撃でなんとか目標は達成したようだ。
綿毛はくるりと後ろを向いて俺から遠ざかっていく。
――やれやれ、助かった。
遠ざかる綿毛を見ながら、俺はやっと立ち上がることができた。とはいえゆっくりはしていられない。俺は痛みを堪えてすぐに綿毛を追いかけ始めた。
敵対心の高い者を最優先で攻撃する。
敵のこの共通する思考ルーチンを逆手にとった作戦がいくつか存在する。
そのうちの一つがこの、俗にマラソン戦法と呼ばれるものだ。
敵対心が一番高い人間が、自分を囮にして、いうなれば馬の前にぶら下げられた人参になり、敵と追いかけっこをするのだ。
俺は綿毛に燭台を投げたことで、敵対心トップになった。だがもう一度殴られれば敵対心が抜け、ナンディが再びトップになる。だがナンディはあらかじめ遠くに離れているので、あとは綿毛に追いつかれないような位置をキープすれば攻撃を受けることはない。足が早かったり巨大な敵だとすぐに追いつかれるので、万能ではないが、有効な場面は多い作戦である。
まあ息切れすることのないゲームキャラだから出来ることだけどね。
ともかく俺はわざと二回殴られることで、綿毛を、遠く前方を走るナンディたちに向かわせたのだ。予定では殴られるのは一回のつもりだったが、燭台が不幸にも当たってしまったので、二回も殴られることになったのは誤算だったが。
綿毛の移動速度はそこまで早くないので、俺も後ろからすぐに追いついた。あとはこのままみんなが外に出るまでついていけばいい。追い抜かしてもよかったが、狭い廊下では体が接触して、敵対心をあげてしまう可能性があるので、後ろにぴったりくっついていくことにした。三人が外にでるタイミングで無理矢理追い越せばよかった。
だがおかげで、綿毛を近場でじっくり見ることができた。見れば見るほど不思議な生き物だった。丸い体をびっしりと覆う黒い毛が上下に揺れている。毛といっても髪よりはずっと水分少なそうな綿のような繊維の集合体である。よく観察してみると、毛先が一部が黒こげしているところがあった。
「あれ?こいつ毛先が一部、燃えて……る?もしかして……」
ある思いつきが頭をよぎる。試してみる価値はありそうだ。給水ポイントで水をとるマラソンランナーのように、廊下の壁に置かれている燭台を、走りながら無造作に取った。素手だったら熱いかもしれないが、革の手袋のおかげで火傷せずに取ることができた。
それを後ろからぶつからないようにそっと綿毛に近づける。
この燭台の炎で綿毛に火をつけることができるのか?一部毛先が焦げているのは、さっき投げた燭台の火でついたのか?それを知りたかった。
走りながらだし、綿毛自身も上下運動しているので、なかなか火を当てることも難しかったが、うまく炙ることができると、綿毛の毛は乾燥しているのか、思ったよりも簡単に火がついた。燃え移ったのを確認すると、後方へ距離をとる。
「ゴボタ!私たちは出口まで来たぞ!外に出るが大丈夫か!?」
ユキノコさんの声が前方から聞こえたので、俺も大声で答える。
「大丈夫です!出てください!」
彼女たちが廊下の外に出たからなのか、燃えている火が敵対行動とカウントされたのかは、ほぼ同時の出来事なので不明だが、綿毛はその場で停止しくるりと反対を向いた。
そして少し距離をとっていた俺に向かってくる。
俺も両手を突きだしながら前に駆け出す。
綿毛が静止する。
攻撃を仕掛ける予兆だ。
俺はとまらずそのまま突っ込む。綿毛の上部を両手で掴み、跳び箱のように綿毛の上を飛び越えた。飛び越すと同時に綿毛が鋭い体当たりを繰り出す。股の間を風が通りすぎていく。とっさに飛び越すことを考えたが、もしあれが股間に当たっていたら……と考えるとぞっとした。ちょっと迂闊だったかも。
とにかく出口までそのまま猛ダッシュをする。しかし出口まであと一歩というところで俺は立ち止まった。
「ゴボタ!何してるんだ。早く外に出ろ!きっとやつは外まで追ってこない」
廊下の外、街の中からユキノコさんが叫ぶ。しかし俺はそれに反抗するように後ろを振り返った。
「いえ、俺あいつに三発も殴られているんで、一発くらいお見舞いしないと、ムカッ腹が立ってしょうがないんです」
俺はこちらに向かってくる綿毛をにらみつけた。冷静になってくれば、どんどん腹が立ってきた。それにトライは敵を倒したと言う。それなのに俺はボコボコに殴られて終わりだなんて悔しすぎる。ちょっとはヌヌハさんの前でいいとこ見せたいという気持ちもあった。
さきほどの火が一気に燃え広がり、さながら火の玉みたいな綿毛がこちらに向かってきた。
「何あれ?燃えてるよ。ゴボタ君じゃ危ないよ」
ヌヌハさんが後ろから言ってくれた。しかしその気づかいに、逆に男のプライドが傷つけられた。何としても格好いいところ見せてやる。
俺は拳を構えた。呼吸を整える。落ち着け、勝負は一瞬のタイミングが命だ。
綿毛が静止した。
俺は見よう見まねの正拳づきをくりだす!
さて、突然だがここでクイズだ。さながらレーザービームのように飛んでくるバスケットボールに、パンチをあてるとどうなるか?皆さんわかりますか?俺は知ってるよ。正解は――
手首がグキッってなって超痛い。だよ。突き指ならぬ突き手って感じ?まあ捻挫だよね。
「いってええええええええええ」
今度は声が出た。正直イメージしていた格好いい姿とは全然違う結果になった。だが、効果はそれなりにあったようだ。綿毛にしてもカウンターのようにパンチを食らったことで、壁にぶつかりながら、後ろに吹っ飛んでいった。しかしまだ倒すほどのダメージにはなっていないようだ。俄然元気いっぱいにこちらに向かってくる。
拳がダメなら次は蹴りだ。飛び蹴りを食らわしてやる。そう腰をしずめたときだった。急に後ろから襟元をつかまれ、グイッと後方にひっぱられた。
「ぐえっ」
喉をつぶされながら、ユキノコさんに強引に扉の外に連れ出される。俺が出るとすぐにナンディが扉をいきおいよく閉めた。
「な、あとちょいだったのに!」
正直悔しさが先にたった。もう少し続ければ勝てると思ったのだ。綿毛につけた炎もどんどん大きくなっていたところだったのだ。殴る蹴るのダメージでは無理でもあの炎なら焼き殺せたと思う。
「もういい!だいたいわかった。それに一発はやり返したんだからそれでいいじゃないか」
ユキノコさんが襟を放した。冷たい口調だが、俺を心配してくれての行動だというのはわかる。
「あ~あ」
俺は大きく息をはいた。
「いや、わかりました。一度戦闘してみてなんかコツはわかった気がします。次があればもうちょい何とかできそうですけどね。それにしてもあ~痛かった」
俺は気が抜けて地面に座り込んだ。
「先輩、顔赤くなってますけど大丈夫ですか?」
ナンディがかがみこんで俺の顔をまじまじと見つめてきた。ちょっと顔が近くて緊張する。
「う~ん、別に大丈夫だけど、あとでちょっと腫れるかもなあ。氷とかあるといいんだけど」
「あの、先輩ごめんなさい。私が逃げるの遅かったから、先輩が無駄に殴られちゃって……」
「いや、全然気にするなよ。ナンディが殴られなくて良かったよ」
「だって……」
「平気だって!それにほらこれゲームだよ。そんな顔をするなよ。トライもこっちは暗いっていってたじゃん。言っておくけど俺は楽しかったよ。もうちょい戦いたかったくらいなんだから」
「でもっ、でもっ……」
目に涙を浮かべているナンディを安心させようと、俺は彼女の頭をなでた。
「本当に平気だからさ。もう全然痛くな……あれ?本当に痛くない?」
「え?」
「あれ?顔も腹も痛くないし、手首もなんともないぞ!」
俺は顔を触ったり手首を捻ったりしてみる。
「言われてみれば、顔の赤いのもすっかり消えてますね」
ナンディが俺の顔を見ていった。
「ヒーリングか」
と、ユキノコさんが言う。
「あ、なるほど」
このゲームでは、ヒーリングといって、一定時間その場で座りこんで動かないでいると、HPやMPが回復するようになっていた。おそらくその効果で俺のHPが、痛みが回復したのだ。
「うわあ、なんか変な感じ。自分の肉体だけど、自分のじゃないって感じです」
俺は軽くホラーな感じで身震いするが、ヌヌハさんは素直に喜んでくれている。
「ゴボタ君よかったね~。あ~、でもびっくりした~。怖かったよ~」
「ふうむ、こうも簡単にダメージが消えるなら、もっと無茶してもよさそうだなあ」
と、俺が言うと
「先輩あんまり無茶したら危険ですよ!そういう残酷なセリフはユキノコさんのセリフです」
と、ナンディが俺を気遣ってくれた。ユキノコさんのことは気遣ってないが。
「私の好感度って一体どうなってるんだ……」
「心配しないで!次こそは勝ちます!だからもう一度綿毛にチャレンジしませんか?」
と、俺はみんなに提案した。とにかくリベンジしたい気持ちでいっぱいだったのだ。
「え~私もうここは暗くてやだよう」
しかしヌヌハさんは反対し、ナンディもそれに合わせる。
「私も今はあまり気乗りしないです……」
「だよね、だよね」
ヌヌハさんは嬉しそうに相づちをうつ。
「だって今のままじゃ私ただの人です。吟遊詩人として活躍できるよう、歌を覚えてからにしたいです!バトルはそれからにしましょう!」
拳を握りナンディが力強く言った。
「え~、意外とやる気だ!」
「ふむ、私もまだ綿毛にファイヤの魔法を試してはいない」
ユキノコさんが杖を取りだし言った。
「こっちもやる気だ!」
「ヌヌハさんも格闘家として頑張りましょう!素手でパンチしましょう。大丈夫、ヌヌハさんが狙われるようなことはさせません!」
俺もヌヌハさんに親指をたてる。
「ひ~格闘家なんて選ぶんじゃなかった~~」
ヌヌハさんが頭を抱えて大声をあげた。
「ところで、吟遊詩人がLv1で覚える歌ってなんだっけ?攻撃力アップとか防御力アップとかだと嬉しいんだが」
俺がナンディに聞くと、ナンディは誇らしげに
「はい!火属性の攻撃に対して耐性があがる歌です!」
と、元気よく言うのだった。
「………………」
全員蝋人形のように固まる。なるほど、なるほど、火を使うような相手には良さようだね。いい歌だと思う。ただ今はちょっと無意味じゃね……
とりあえず一回目は敗走となったが、俺たちは初めての戦闘を経験した。エネミーの思考はだいぶゲームっぽく出来ている、ということだけがわかっただけでもだいぶ収穫はあったと思う。次は勝つ!