第07話 一日目:目覚めへの決意
魔法少女になったと思ったがまだ魔法の使えないユキノコ。
しかし魔法は存在するらしく、物理法則の効かないこの世界は夢であると一行は仮定する。
夢ならば果たして目覚めるのか?
しんと静まり返った。
皆その話題にはできるだけ触れないようにはしていたのだ。『目が覚める』、といった具体的なことまでは考えなかったとしても、自分達は元の世界に戻れるのか。
家族の元に何事もなかったように戻れるのか?
というのはみんな考えていたはずだ。いくら大好きなゲームの世界だからといって、ここで一生生きていくのは、絶対に避けたいところである。
それは明るく振る舞っているナンディやヨヨミさんだって、大きな不安だったはずだ。
だから、誰もそれには答えようとしなかった。沈黙の時間が少し流れたあと、再びユキノコさんが切り出した。
「とはいえそのことを話す前に、問題点の整理をするため、話を最初に戻そうか。ゴボタの説では私たちゲーム部の人間は、みんなで夢を見ている。今喋っている私の体や、この携帯電話含め全てが仮初めで、現実の私たちはベッドの上にいるということだ」
「納得できます」
「私も」
ヌヌハさんやナンディが大きくうなずく。夢説に同意するらしい。
「ちなみに私は、完全には同意できない。それは老人がいないことの説明を上手くできないからだ。夢ならそこだって自由自在だろ。彼らは一体何なんだ?」
「まだわかりません」
俺は素直にそう言った。あの店番の女の子。知らない顔だ。彼女は俺たち誰かの妄想なのか?
「そうか。それもあるので完全には同意できないが、それでも夢説で話を進めよう。ゲーム部の仲間同士で同じ夢を見る。それもすごくリアルな。どうしてそんなことが出来るのかはわからないけど、きっと出来てしまったんだろうな。その人物は。
以後、その人物を主催者と呼ぶ。主催者はそういう力を持っていたんだ。科学的根拠も何もないむちゃくちゃではあるが、とにかくそう推測するしかない。そして、彼もしくは彼女は私たちに危害を加えるつもりはないらしい。むしろ、もてなして楽しませようとしてくれている。ゲームには存在しない、清潔なトイレが設置されているのは、主催者のもてなしだとは思う。ここまではそう仮定していいかな?」
『いいと思います。僕もそう思っています』
トライが答えた。
「では、次は誰がこの主催者なのか?一応聞くけど、この中で私がやってますって人いる?」
誰も挙手する人物はいなかった。
「まあ、いないよな。これは全部ゴボタの仮説なんだが、ゴボタは私たちの誰かが無意識に行っていると言った」
『無意識か……なるほど』
「リアルの私たちはヨヨミのウェディングドレスを取ったことで、三年の三人は部活を引退した。このことは私はすごく寂しいと思っていたし、きっとこの中にいるであろう主催者も、私と同じかそれ以上の気持ちだったんだろうな。それで不思議な能力を持っていた能力者は、まだゲームを終わらせたくない。そう強く願い。無意識に能力をつかって今回の事態を引き起こした。というんだがみんなはどうかな?納得する?」
『はあ~なっるほどね~。そうやって上手にまとめられると、なんかそんな気がしてくるっすね~。それで最初の、いつ目覚めるか?に繋がるってわけっすか』
「そっか。主催者がこの状況を望んでるってことは、もしかしたらずっと目を覚まさないで、この世界が続くかもってことですか?」
「そうなるな」
『ふうむ。ここまでは納得しました。夢の世界である。主催者は無意識でやっている。そこで僕に二つ考えがあります
僕たちがこの夢を見はじめてから、二時間くらいはたったと思います。あと五、六時間もすれば普通なら目が覚めるはず。それを単純に待つ。それにプラスしてもう一つ、とりあえずその限られた数時間、僕らはこの世界を、このゲームを楽しむんです。遊び尽くすんです』
トライが自信満々に言った。
「ほう、どうして?」
『言ってしまえば、主催者は遊び足りないのでしょう?主催者の能力発動の動機が楽しむだとしたら、十分楽しめば、満足して自然と僕らも解放されるはずです』
「そうだといいが……問題を先送りにしてるだけのようにも思えるが」
「でも、正直ここが夢だってわかったら、私ちょっと安心しちゃった。そうとわかれば、トライ先輩の言う通り、もう少し色々見たいな。街の外にもいってみたいし、私も魔法使ってみたいです!」
ナンディが重くなりがちな空気を、軽やかにするように言った。
『とりあえずここで話し合っていても、前に進まないのは確かです。もう少しこの世界を知るためにも、再度探索に行きませんか?』
『それはうちも賛成っす~。ここが夢だと確定したわけじゃないし、まず生きていく為にも、少しでも情報は必要っすよ~』
「お前に正論言われると、なんかちょっとびっくりするな。とはいえそうだな、とりあえず、携帯で定期的に連絡するようにして、お互い外の世界を見てみようか」
「賛成!!」
「私も!」
こちらの女子二人が元気よく手をあげる。
「わかってると思うが、グループで行動するようにして、単独行動は控えるようにな。何があるかわからんからな」
部長らしく振る舞うユキノコさん。
『もちろんっすよ~。トライ君にサイ君。イケメン二人に囲まれて、私は両手に花っすからね。うひひ、逆ハーレムっすよ』
ヨヨミさんの冗談のような本気のような発言に、ヌヌハさんが黙ってはいられないと、
「ちょっとヨヨミ。トライ君、浮気したら許さないからね!」
とトライに釘を刺した。
『やだな、もちろんそんなことしませんよ』
トライは余裕で笑っている。まあこっちは男は俺しかいないからな。そら余裕でしょうな。
『そっちはゴボタハーレムだねえ。両手に花どころか。口も使わないとね~。ただね、一本、トゲのある花がいるからね、気をつけるんだよ。お姉さんちょっと心配』
「おいおい、トゲとは誰のことだ?」
『誰だろうねえ。ただ綺麗な花ほどトゲがあるもんだよ~』
「そうか、私のことだったか。うむ仕方がないな。私は薔薇の定めに産まれたからな」
ユキノコさんが胸に手をやりうなずいた。
『あいかわらずすごい自信だねえ。薔薇以外にもトゲがあるのはいっぱいあるっすけどね~。例えばボケの花とか~。ぐふふ。ぴったりだよ』
「はっはっは。バカをいうな。わたしがボケとかないだろう。この事件が夢落ちで終わるくらいないだろう」
『今のはチョイボケくらいっすね。でもやっぱりキノコンはボケ役だから安心していいっすよ~』
「なん……だと……ば、ばかな、わたしはいつもクールな突っ込み役だと思っていたが……」
ユキノコさんが驚愕していた。どうやら本気で驚いている。ナチュラルにボケている。
「いえ、先輩は立派なボケですよ」
「うん、私もそう思う」
ナンディとヌヌハさんのきれいなつっこみがはいる。
「ノーコメントで」
俺はそうつっこみを控えたつもりだったが、ユキノコさんに頭を叩かれた。
とりあえずそれで雑談も落ち着いたようなので、俺たちは一度通話を切り、街の外まで出ることとなった。
正直この時の俺たちはあまりに愚かで、浅はかだった。マカロンみたいに甘ちゃんだった。俺たちは、これから街の外で、世にも恐ろしい、名状しがたい物を見ることになる。
ああ、今思い出しても背筋に蛙を入れられたような、ぞっとする気持ちと吐き気が催される。しかし、この時はまだそんなことを思いもしなかったのだ。
「ぎゃあああああああああああ」
無人の荒野に、四人の男女の叫び声が響き渡る。
それは恐怖。身の毛もよだつような恐怖に、俺たちは叫び声をあげたのだ。
ほんの数分前、意気揚々と、門を抜け街の外へと飛び出した俺たちは、これまでにない恐怖と遭遇していた。
街の外はゲームの通り、乾いた大地が広がっていた。
周囲は灰色の岩石の山に囲まれ、乾燥に強い背の低い植物だけが、まばらに点在しているだけの武骨な風景である。雨の少ない乾燥地帯だが、雪溶け水による山からの川と、点在する湧き水のスポットが、そんな厳しい自然環境の中でも、多様な生物の共存を許していた。
風景も実にゲームを忠実に再現していると思われた。
地面の段差などもその通りだった。
しかし、その時にでも気づくべきだったのだ。
地形を忠実に再現しているのであれば、そこに生息している生物たちも忠実に再現されているであろうことに。いや、薄々気づいてはいたのだ。
だが、まさかそこまで気持ち悪くないだろうと高を括っていたのだ。
街からある程度離れた岩影から、そいつはのそりと顔を見せた。
大きさは、立てば大人と同じくらいはあろうか。しかし横たわっている今、高さは腰くらいまでだ。だが幅は人の倍以上はあり、圧倒的に巨大であった。
その巨大な全身は緑色にぬらぬらと光る外骨格に覆われ、いくつもの節が連なっている。節と節のあいだには関節があり、それぞれがうごうごと蠢いている。さらに奇妙な赤やオレンジの紋様がうっすらと浮かび上がっており、頭部にはうっすら乳白色に光っている触角が、ゆらゆら淫猥な物のように揺れている。
一言で言ってしまえば、超超巨大な芋虫が、そこにいたのである。
俺たちは叫び声をあげた。恐怖で。
想像してほしい、自分の目の前に超巨大なリアルな芋虫がいることを。動物園のように動物と自分を、自然と文明を、隔てる檻も高圧ガラスもない状態でだ。
この名状しがたい芋虫のようなものから、一目散に逃げ出す俺たちを、へたれと笑えるものはいるだろうか。いや、いない。
急いで芋虫から離れる途中、さらに追い打ちをかけるような事が起きる。
突如俺たちの目の前に地中から、立派な大根くらいの太さがあるロープのようなものが飛び出した。棒状ではなく、何故ロープのようなものと感じたかと言えば、それは飛び出した慣性で、ゆらゆらと弧を描くように揺れていたからだ。
ぬらりと茶色い光沢を持つ表面……細かい描写はもうやめよう。最初から簡単に言おう。
今度は超超巨大なミミズがいたのだ。
リアルならば、土の中にいる細くてもぞもぞ動いているミミズ。たまに晴れの日に、地面から出て、アスファルトの上で乾燥して干からびているミミズ。
あのミミズだ。
あのミミズが超巨大になって目の前にいたら、人はどんな声をだすか、俺は知っている。
「う……う、うぎゃあああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁひゃああああ」
四人とも大体こんな感じだ。俺たちはほとんど半泣きになきながら、街に逃げ帰った。
こうして俺たちの初陣は、たったの数分で半べそかきながら帰るという惨憺たる結果に終わった。
街の近くのモンスターはほとんどがノンアクティブ。つまりこちらから攻撃を仕掛けない限り、襲ってくることはない設定だった。だからどちらもただ近くにいたというだけで、襲われることはなかったのだが、心が圧倒的にダメージを負った感じだった。正直あれと戦うのは今後もごめんこうむりたい。
俺たちは門を越えて街の中に入ると、すぐ近くに座りこんだ。いや、膝から崩れ落ちた。
「ハア、ハア、ハア。ゲームがリアルを追求してもあまりいいことはないと……今日頭ではなく心で理解したよ……」
ユキノコさんが現実から目を背けるように、うろんな目で喋っている。
全員生気の無い目で見つめあって、一通り笑って静かになった後、四つん這い状態から上半身を起こしたユキノコさんが大声で叫んだ。
「……虫気持ち悪い!!!!!」
その叫びを皮切りに、
「ぎゃああああああああ。キモイキモイキモイ!」
「ひいいいいい。グロい、ヤバイ!俺のSAN値がヤバイ!」
ヌヌハさんも俺も堰を切ったようにそれに続く。
「うっ……思い出したら……わ、私吐き気が……」
ナンディが手を口に抑える。頼むこらえてくれ。今ゲロをみたら確実に全員もらいゲロしてしまう。
その後も俺たちは、忌まわしい記憶を振り払うように狂ったように大声をあげた。どうせここは夢の中なんだと、みんな確信したのだ。あのようなあり得ない生物を見れば、ここが現実世界だとは到底思えない。
だから大声を上げる俺たちを、好奇な目で見ている門番や、行き交う人々全員、その全員が俺たちの幻想なんだと思えば、その視線もあまり気にならなかった。
一通り叫び声をあげ続けると、俺は地面に大の字に寝転んだ。他の三人も疲れはて、ぐったりとしている。
俺は空を見た。
輝く太陽が浮かぶ空はどこまでも広く青い。
その青いキャンバスを切り抜いたような白い雲は、風に流されゆっくりとその形を変化させている。地面に寝転ぶ背中がじんわりと暖かい。大地が太陽の熱で温められているのが、背中から伝わってくる。
どこまでもリアルに作られている幻想だ。
そう思った。
ふとある考えがよぎる。果たしてそんなことまで、俺たちの七人の脳で情報を処理できるのだろうか?あまりにも処理する量が多い気がする。
俺はこの考えの先に、何か嫌な予感を感じた。何か恐ろしいことを思いつきそうな、そんな予感がした。
だがそこまで考えたところで思考は中断された。近くにいた門番に話しかけられたのだ。彼は鎧をカチャカチャと鳴らしながらこちらに近づいてきた。
「おい、さっきからうるさいが、大丈夫か?モンスターに襲われたのか?」
そうだった。錬金術の娘がそうだったが、この世界のNPCは自我を持ち自分から話しかけることもあるのだった。
俺は最初ユキノコさんが答えるかなと思い、気にせず仰向けのままになっていたが、ユキノコさん含めて三人とも石化魔法でもかけられたのか、固まって動かなくなっていた。
「どうしたんです?」
気になって門番の方を見たところで、俺も女子三人同様、その場で固まってしまった。
その門番の顔がよく知る顔だったので、驚いて固まってしまったのだ。
「あ、あれ千草先生?」
俺はなんとか声をだした。
その門番は俺たちゲーム部の顧問である千草先生に間違いなかった。
長身痩躯、ハーフのような特徴的な鷲鼻、間違うはずがなかった。
先生も召喚されていたのか。ゲーム部繋がりだし、そこまで変ではないか?
しかし何故俺たちと同じ初期装備じゃないのか。
「千草先生じゃないですか!先生もこっちに来ていたんですか?」
俺は慌てて立ち上がり、先生の前に立った。
「誰だ?お前は。あと千草?誰だそれは。私の名前はチョコラブだぞ」
「はあ!?チョコラブ~?こんな時に何冗談言ってるんですか?それより先生何してるんですか?門番みたいなことしてたけど」
「だから先生ではない。千草なんて名前でもない。チョコラブ。それが俺の名前だ。あと俺はみたいなじゃなくて門番だよ。ここでモンスターやお前らみたいな不審者が入ってこないよう番をしているんだよ」
「え?門番?なんで?」
俺は訳がわからず、ただ聞き返すだけだ。
「なんで?それが俺の仕事だ。たっく変な奴等だな」
「あ、あの門番さん。私たちのことわかりませんか?私、一角初雪です。こっちは二ノ宮双葉に七倉幸果。そこの彼は五坪正己です」
「いや、全然知らないな。まあ無事ならそれでいいがな。家があるなら早く帰れよ」
学校で聞きなれた、早く帰れよ。という先生のいつもの口癖を残して、チョコラブと名乗る門番は定位置に戻っていった。
「な、何今の?どういうこと?先生そっくりの幻ってこと?名前も変だったけど」
ぽかんとした顔でナンディが言った。
「ネカマみたいな名前だったね。チョコ好きな女子アピールかな?」
ヌヌハさんが何気なく言った言葉で、頭の中で電流が走る。
先ほどの幽霊のようなふわふわしたアイデアをしっかり捉えたと思った。
「まずいなこれ……あの、俺たちのリアルの家って、どれくらい離れてましたっけ?」
俺は考えをまとめながら、ボソリと言った。
「え?先輩、今、それ何か関係あるんですか?」
不思議そうなナンディに俺はできるだけ真剣に答えた。
「あるよ。とても大事なことだ。一番離れてるのは誰と誰だ?」
「多分、私とサイって電車方向逆だし、一番遠いはずかなあ。二十キロは離れていると思いますよ」
高校まで自転車だったり、電車を利用したとしても数駅だったり、皆それなりに高校から近いところに住んでいるとはいえ、端と端で考えればそれくらいは優にありそうだった。
「それが何なの?ゴボタ君」
ヌヌハさんも怪訝そうな顔をしている。
「誰かの能力で、俺たちが共通の夢を見てるという仮説ですけど、その仮説通りだとしたら、その有効範囲というか、射程距離って物凄く広範囲に及ぶってことですよね?」
「まあ、そうだねえ。仮に二人のどちらかなら、二十キロは届くってことだね」
「その範囲内に先生の家はありますかね?」
「確か高校のすぐ近くに住んでいたはずだ」
さすが部長というべきか、ユキノコさんが教えてくれた。
「もしかしたら、ですけど。主催者がこの夢に招待したのは、俺たちだけじゃないのかも。範囲内に及ぶ人間すべてに影響があってもおかしくない」
みんなはまだ俺の考えが飲み込めないのか不思議そうな顔をしている。
「この世界のNPCってなんかみんな生々しいと思いません?それとゲーム中とはまったくあっていない人選。そうだよ。これなんだ」
「どういうこと?」
「つまり俺達同様、範囲内にいるゲーム経験者は主催者に召喚されたんですよ。ただし俺達と違って、NPCとして、役割と仮の名前を与えられて」
「仮の名前?」
「きっとゲーム中での自分のキャラ名だと思う。きっと先生はワールドエンドをチョコラブって名前で遊んだことがあるか、遊んでいるんだと思う。若者が多く、高齢者が少ないっていう人口分布の偏りもこれで説明がつきます。お年寄りはさすがにネトゲはやらないでしょうからね」
「ちょっと待ってください!じゃあ、じゃあ……先生は、ネカマプレイをしていたっていうですか?」
ナンディが驚きの声をあげた。そこはどうでもいい部分なんだが……
「え?ああ……うん、そうなるかな……」
「そんな!どうしよう何か気持ち悪いかも!ううん、キモイ!これから私どういう目で先生を見ればいいの!」
頭を抱えるナンディにユキノコさんがそっと肩に手をやって、
「あまり人のプライベートを踏み込んではいけないわ。ナンディ。三十歳独身の高校教師が、チョコラブなんて名前でネカマプレイをしていて、「え~私、そんなことできないですし~おすし~」なんてチャットしてるなんて、誰にも知られたくないことのはずよ」
フォローするようでさらに傷に塩をぬるような事を言った。
「これが大人の哀愁なんでしょうか」
ナンディは肩に乗ったユキノコさんの手に、自分を手をそっと乗せた。
「嫌な哀愁だけど、まあそうね。これもさびしい大人の一面かもね……」
「これが大人……怖い……私、大人になるのが怖い!」
「大丈夫よ。ナンディあなたはずっと今のままでいていいのよ」
「ユキノコお姉さま!」
最終的には手を取り合い見つめあう二人。
「言っときますけど、つっこみませんよ!こっちは真剣な話をしているんですからね!多くの人間が巻き込まれている可能性があるっていってるんです!」
「ちぇっ、わかりましたよ~」
二人はブーブー言いながら、こっちを向いた。
「確かに、半径二十キロの範囲で円形に検索をかけたときに、ワールドエンドをプレイしている人数はけっこうな人数になりそうだよね」
ヌヌハさんが、話を戻してくれた。
「俺はそれだけじゃない気がします……もっともっと、多くの人間が巻き込まれている可能性があると思います」
「え?」
「風もある温度もある臭いもある。こんなリアルな幻覚を、俺たちの脳だけで作れるでしょうか?」
俺は三人を見る。
「膨大な計算量だ。七人じゃ大変だ。ただし無関係な人間も巻き込んでいると考えるなら話は別です。CG用語なんですけど、分散レンダリングって知っていますか?」
「いや、知らんな」
「先輩ってCGやってたんですか?」
「中学の時ちょっとだけ……それもあって最初、電脳情報処理部に来たんだけどね。まあ要は3DCGのレンダリングって、光源計算とかあって1枚だけでもすごく時間がかかるんですよ。映像にしようとしたら尚更です。その計算をパソコン一台でやると、いつまでたっても終わらないので、パソコンをネットワークで繋げて何台も使って計算するんです。そうすることでレンダリング時間が大幅に圧縮できる。それが分散レンダリングっていうんです。もちろんレンダリング以外にも、色々適用できます。要は何台もパソコンを使えば、複雑な計算も、短時間でできるって言いたいんです」
「まさか……それが……」
ここにきて全員が理解してきたようだ。
「そのまさかだと思います。主催者の能力の射程距離内にいる人間はみな、この世界に召喚されている……ゲーム経験者であれば、NPCに。そうでない人間は、この世界を計算する一台のパソコンとして」
全員の顔つきが変わる。俺は話を続けた。
「風で揺れる木々、川の流れ、モンスターの動き、店で売られているスライムオイル。それら全ての複雑怪奇な計算を、俺らの街一帯で寝ている大多数の人間の脳で計算している、と思う」
「ちょっと、それって……一体何人眠ってるの?町の人口って何万人ってレベルだよね?」
ヌヌハさんとナンディが青ざめている。
「まじやばいですね」
「正確なことはわからない……もしかしたら大した人数が必要ないかもしれないし、NPC要員だけで事足りているのかも……」
「まあNPCだけだとしても、大人数には違いない。チョコラブ先生、じゃなかった千草先生の件もある。なんとかしなくちゃいけないな」
ユキノコさんがうなずいた。
「ええ、俺達はこの夢から是が非でも覚めなきゃいけません。脱出するんです、この夢から」
俺は自分に言い聞かせるように強く言った。