第06話 一日目:魔法少女誕生
この世界を夢の世界であると仮定したゴボタ達。
そしてはぐれていたトライたちと連絡がつくが、彼らは遠くの街にいることを知る。
俺、ヌヌハさん、ユキノコさん、ナンディの四人は最初に目が覚めた自室に、再び戻ってきていた。
さきほどかかってきたトライたちからの突然の電話。そこで俺たちは別々の街にいるという衝撃の事実を知った。
色々話し合いたいことはいっぱいある。
だが路上で大声を出しあうのも目立つし、またトライたちから聞いた新情報を確かめるため、ある買い物を済ませた後改めて話し合おうとなった。
そして先程買ってきたこのブツ。これを机に置くと、ゆきのこさんは携帯を開き、ギルド名「ゲーム部」を打ち込む。
みんなの携帯に一斉に着信が入った。
ピッ。通話ボタンを押す。
「では、第一回ゲーム部緊急ミーティングを始めよう。とりあえず進行は部長である私がする」
ユキノコさんが携帯に向かって喋る。その声が俺の携帯のスピーカーとすぐ右隣から直接聞こえてくる。
『了解です。こちら全員揃ってます』
電話からはトライの声が聞こえてくる。
「こっちも全員いま~す」
ナンディが片手をあげて元気に答える。
「さて、何から話そうか」
『例のあれ、買ってきましたか?』
「ああ、買ってきたぞ」
ユキノコさんは机の上の『あれ』をみた。それはA4サイズくらいの羊皮紙を筒状に丸めた物である。
「魔法の巻物。これはファイヤボールの魔法だな」
ユキノコさんが言った。
買ってきたのは、魔法を覚えることができるという魔法の巻物である。大橋近くにある魔法屋から購入したもので、お値段50モリガン銅貨。これひとつでユキノコさんの全財産はパーである。
ワールドエンドではレベルが上がるだけでは、魔法を使えるようにはならない。使いたい魔法の巻物を手に入れる必要があった。
なのでユキノコさんは職業『魔法使い』ではあったが、魔法をまだ覚えていない状態だと、トライたちは言うのだ。
今のままではただの棒をもった人なのである。でくの棒で、でくの坊なのである。実際のゲームでもまず店で購入するのだ。
余談ではあるが、巻物は序盤は安く店から入手できるが、中盤以降は、クエストの報酬であったり、モンスターからのドロップ品であったり、入手すること自体が困難になってくる。ユーザー同士で売買も行われるが、そうなると必然的に高くなる。その為魔法をメインにする職業を選ぶと、常に金欠状態になることが多いのだ。
さて、そんな豆知識はともかく、ゲームではその魔法が封印されているという巻物を使うことで、魔法を身につけることになる。
『百聞は一見にしかず。早速使ってみてください。そうすれば分かりますよ』
トライが楽しそうに言う。反面ユキノコさんは緊張気味だ。
「使うって、どうすればいいんだ?」
『うちんときは、巻物開くだけでできたっすよ~。はやく~はやく~。ユキノン早くやってみてよ~。絶対驚くっすよ~』
ヨヨミさんもとても楽しそうだ。この人の場合いつでも楽しそうではあるが。
「そ、そうか。ではやってみる。ちょっと携帯を離すぞ」
俺たちは固唾をのんで見守っている。ユキノコさんが紐をほどき巻物をゆっくりと開いた。巻物の表面には魔方陣のような絵が書いてあるのがみえる。一見何の仕掛けも見当たらない。だが、みるみるその絵が青白く光り始めた。最初はぼんやりとした光りだったが、すぐに懐中電灯以上の光量で部屋を照らすほどになった。
「うおおおおおおお。ひ、光った!」
「わあ、何これ!!」
みんな驚いて大声をだした。ユキノコさんはびっくりして固まっている。
拡散するように放出されていた光りは、だんだんと羊皮紙中央に集束いていき、突然、打ち上げ花火のように巻物から飛び出した。火の玉のような光は、巨大なネズミ花火のように天井付近を勢いよく飛びまわったかと思うと、ユキノコさん目掛けて向かっていった。
とっさに両腕で防ぐ。
ユキノコさんにぶつかった光は、地面に落下した線香花火のように一瞬で掻き消された。
しばらく全員無言で立ちすくんでいた。ユキノコさんは目をつぶって固まっている。
「だ、大丈夫ですか?ユキノコさん」
「う、うん。特に痛いとかは何もない」
彼女はおっかなびっくりしながら、やっと目を開ける。
『どうですか?びっくりしたでしょ?僕たちもすごくびっくりしましたよ』
この光景をさも見ているかのような、トライの楽しそうな声が電話口から聞こえる。
「何だったんだ今の」
ユキノコさんの質問にヨヨミさんが答える。
『いや~、すごかったでしょ~。おめでとうユキノン。これで君も今日から立派な魔法使いっすよ!噂じゃ純潔の男性しかなれないと聞いていたっすけどね。処女でもなれるらしいね』
「うるさい、だまれ!この恥知らず!」
ユキノコさんは顔を真っ赤にしながら言った。
『うひひ、怒らないでよ~。大丈夫。一人じゃないっすよ。私もそうっすよ~』
「何を電話口でいらん告白しとるんだお前は」
『いやだなあ。変な誤解っすよ。私も魔法が使える魔法使いって意味っすよ~。まあ正確には神官だけどね~。ただ私は処女ではないっすけどね~』
「お前が喋ると話が脱線するわ。というか初耳だぞ。ずっと彼氏なしだと思ってたのに!一体いつの間に誰とつき合ってるんだ?」
男性陣は何と言っていいのかわからず突っ込めない。
『ユキノン、ユキノン、脱線しちゃってるよ。話、ちゃんと戻そう。ね?いい娘だから』
「お前が外したんだろうが!」
『はい!リバース!おうえええ』
「もどすな!」
『ふうすっきり。さてさて今のでユキノンはファイヤボールの魔法を覚えたっすよ~。私もさっき覚えたんだよ~。回復の魔法キュアル~』
『魔法を覚えるエフェクトが見事に再現されてますよね』
トライが脱線しかけた話を戻すように話に入ってきた。よかった話が戻ってきた。間違ってもヌヌハさんの処女裁判が始まったら傍聴席で聞いてなんていられないからな。
『とても現実での出来事とは思えないですね』
「ねえ、ねえ、魔法は?魔法は本当に使えるの?」
ナンディが待ちきれないように言った。
『うひひ、すっごいよ~。まじで傷が、一瞬で、ぶわーって治っちゃったよ~』
「ええ、すっごい」
「おい、それ本当か」
みんなの目が期待に輝く。
『今この場で見せることが出来なくて残念だよ~。このうちの勇姿を。すごいぜえ、うちの全身が何か光ってたっすよ~』
『本当に魔法が使えるかどうか、実験として僕の指先にちょいとナイフで傷つけたんですよ。それを治してもらおうと思ったんですが、ヨヨミさんの言う通りすごかったです。ヨヨミさんがキュアル!と叫ぶと、みるみるうちに傷が治っていって、一秒くらいで完全に傷はなくなってました』
トライの説明に、こちらの全員が「お~」と感嘆の言葉が出た。俺の傷も治して欲しい。
『街を作ることは、お金をかければ現実世界でも再現はできます。でも今見た不思議な現象や、一瞬で傷を治すことをリアルでやるのはちょっと無理でしょう。これを見て疑惑は確信に変わりましたよ。ここは現実世界の理では動いていないって。僕たちは脳が見せる幻を見てるんだってね』
トライも俺と同じ夢説を考え、検証をしていたようだ。
「でも、こんなにリアルな夢と言うか幻なんて見れるものなの?このテーブルとか木目までしっかりあるよ」
ヌヌハさんが当然の疑問を投げかける。夢にしてはあらゆる物が五感に訴えてくるのだ。
『眼球はあくまでレンズ。レンズから入ってきた情報を認識しているのは、僕たちの脳なんです。普段僕たちが見ている世界は、脳が作っている映像なんです。僕たちは脳で世界を見てるといっても過言じゃないです。だから夢や幻をリアルな物のように認識はできるはずなんです』
「う~ん、やっぱり夢なのかなあ」
『僕たちはそう結論づけてます。このあと街の外に出てモンスターの姿を確認してみようかなと思います。そうすればよりはっきりする』
「それはいいアイデアだな」
ユキノコさんがうなずいた。俺もさっき同じ提案をしましたけど。
『ねえねえユキノン。そんなことよりもさあ~、くふふ。撃ってみてよ~。魔法~。ヨヨミさんは魔法が出るのかどうか知りたいっす~』
「わあ、私も見たいと思ってました」
ナンディ含め、俺とヌヌハさんも期待の目を新米魔法使いに向けた。
「う、うむ。実は私も早く試し撃ちをしたいと思っていた」
わくわくしたような、ちょっと照れて恥じらうような顔でユキノコさんがこちらを向いた。そして俺の顔を見て、はにかんだ笑顔を見える。その瞬間、背中にかき氷をぶちまけられたような悪寒が走る。
「でぇ!ちょ、ちょっと何でこっち見るんですかぁぁ!」
俺は慌ててナンディの背後に隠れるように移動した。実に格好悪い。それを見たユキノコさんは、ごますり棒のようなものを取り出しこちらに向けた。
「ナンディどいて!そいつ殺せない!」
「ヤンデレか!」
「失礼だな。ゴボタに対してデレの部分はないからヤンデルよ!」
「それただの狂人だよ!!」
「ヤンデルアルヨ!」
「それもうただの中国人だよ!」
「中国人はアルヨとは言わない。これ豆な」
「知ってるよ!」
「はいはい、二人ともバカな真似はそれくらいにして~」
ヌヌハさんが呆れたように手を叩く。
「ユキも早く魔法唱えてみてよ。こっちの暖炉がちょうどいいんじゃない?」
「うむ、無駄な時間を使ってしまった。じゃあさっそくいくぞ……」
ユキノコさんは精神集中するように、目をつむり息を整えると、火のついていない暖炉に向かって、杖をいっきに振りかざしこう叫んだ。
「ファイヤボール!」
……………………。
しかし何も起こらなかった。
「あ、あれ?何も起こらないぞ」
電話の向こうもあわせて、全員がどよっとした。
『あれ?魔法でませんか?』
「おかしい、出ないぞ。ヨヨミはどうやってキュアル唱えたんだ?何かコツでもあるのか?」
ユキノコさんが怒ったように言うと、ヨヨミさんは珍しく真剣に考えて答えた。
『コツっすか?う~ん、そうっすね。痛いの痛いのとんでけ~みたいな気持ちで、キュアル~って言ったくらいっすかね~。あとなんかうわあ、痛そう~、なんかかわいそうだな。みたいな慈愛の気持ちっすかね~』
「何か、脳内イメージが大事なのかな。こう燃える炎をイメージするとか。対象が熱さで悶え苦しむところとか」
そういうと、彼女は杖を顔の前に立て目をつぶった。おそらく炎のイメージをしているのだろう。そのイメージが俺が熱がっているものじゃないことを祈るばかりだ。そしてたっぷり十秒以上は気をためてから、もしくは溜めたふりをしながら、
「ファイヤアボォォル!!」
と叫び杖を暖炉に向けた。しかし杖からは何も出ず、何も起こらなかった。
「なんで!?何で出ない!」
叫ぶユキノコさん。その後何回も試すが炎は一度も出なかった。最後は怒りにまかせて杖を投げ捨てた。
「ええい、魔法はとにかく出ない!」
ユキノコさんは勢いよく椅子に座りこんでそう結論づけた。
「とはいえ、確かにさっきの光が不思議な現象と言うのはわかった。キュアルで傷が一瞬で回復したと言うのも、見てはいないが信じようじゃないか。ゴボタやトライの言う通り、夢説も信憑性がだいぶあると思う」
ユキノコさんは冷静さを取り戻すためか、大きく息を吐いた。
「では、そこでだ。一つ大きな問題がある」
ユキノコさんの問いに、ナンディがすぐに答えた。
「誰がこの夢を見せているのか?ですか?」
「違う。それも問題だけど、それはおいおい考えるとして、一番の問題はだな」
彼女はそこで小さく咳払いした。
「私たちは朝になったら目が覚めるのか?だな」
一同はシンと静まりかえった。