第05話 一日目:引退宣言してMMO辞めた奴は大抵戻ってくる
ゴボタはこの世界は夢であると仮説を立てた。
そしてその能力者はゲーム部の七人の中にいると仮説を立てた。
その時、使い道が不明だった携帯電話に着信が入る。
トライからの着信があったところだが、ここで俺達ゲーム部について少し詳しく語らせてほしい。
つまり謎の異世界ではなく現代日本の話だ。
一年半前、俺と中学からの親友だった大和斗頼は同じ高校に進学した。
斗頼とは性格は違うが、不思議と馬があうというか、色々と趣味があった。
あいつは部活をどうするか悩んでいたが、俺は3DCGに興味があったから電脳情報処理部を見学することにした。
この部に入部すれば、学校のパソコンを放課後に使えると聞いていたからだ。
「一人じゃ不安だから来てくれよ」
俺は斗頼を部活見学に誘った。
「しょうがねえなあ。まあいいけど、暇だし」
「斗頼は部活はしないの?」
「んー、バイトでもいいんだよなあ」
斗頼はあくまでただの付き添いで一緒に来てもらっただけだった。
情報処理部の扉をノックし中に入る。
そこにいたのは既に卒業した三年生と、当時二年生だったユキノコさんとヌヌハさんとヨヨミさんだった。
突然だけど、一目惚れってあると思う?
俺はあると思う。ソースは俺、そして友人から。
パソコンが並ぶ教室に入った俺らに振り返ったヌヌハさん。そんな彼女を見た瞬間、俺は雷に撃たれたようなショックを受けた。
春のうららかな陽射しを浴びていた彼女を見た瞬間――俺は一目で恋に落ちた。
彼女の丸みを帯びた頬から顎のカーブ、優しそうな垂れた両眼、控えめな薄い唇。全てが好みだった。
ふと隣の斗頼を見ると俺と同じ顔をしていた。
恋に落ちた男の顔だ。
そう、こいつとは昔から気があったが、女性の趣味も一緒だったようだ。
斗頼もヌヌハさんに一目惚れをしていたのだ。
その場で二人とも入部を決意した。
友人と一人の女性を取り合うのは、どうしたらいいのかと少し悩んだが、そんな悩みはすぐに終わった。
二人は惹かれ会うように、夏前には交際をスタートさせたからだ。
表面的には友人として素直に祝福した。
彼女に俺の気持ちを伝えることは諦めた。そんなことをしても迷惑なだけだ。
誰かの恋人であっても彼女の美しさが変わるわけではない。俺は遠くから彼女を見ているだけでいい。
俺の気持ちを斗頼にも伝えることはしなかった。彼らが無駄に悩むこともない。
二人はそれから一年以上ラブラブに過ごしてる。
これが俺とヌヌハさんの関係。要はただのお友だちってこと。やだ泣きそう。
そしてゲーム部とワールドエンドについて。
ゲーム部というのは通称で、本当は電脳情報処理部。プログラム言語とかHTMLとか3DCGを習得できるというのが本来の姿なのだが、俺たちが入部して以降というものずっと学校のパソコンでゲームしかしていない。
なので部員間ではゲーム部と呼んでいるってわけ。
顧問の千草先生が緩い人で助かった。
最初にワールドエンドをやろうと言い出したのは誰だろう。
ヌヌハさんだったろうか。
一年だった俺らが部活にもなれて、先輩とも親しく話せるようになってきた頃だと思う。
「ねえねえねえねえ、みんなで『ワールドエンド』ってMMOやってみない?私そういうのやったことないからさ~、興味があるんだよねえ。部員みんなでやってみようよ~。ね~やろうよ!や・ろ・う・よ」
ヌヌハさんのそんなお気楽な一言が最初だったはずだ。
副部長のユキノコさんはちょっと渋っていた。まあ仮にも副部長だし学校のパソコンでゲームなんて……と反対姿勢だった。
「ユキも一緒にやろうよ!せっかくだしさ」
ヌヌハさんはユキノコさんをユキと呼ぶ。これは昔から今も変わらない。
二人は高校より前からの友人らしい。
厳しいユキノコさんだが彼女はヌヌハさんには甘い。彼女に頼まれたら断れない。
「う~~~ん、まあ、いいか。でも私にあわないなと思ったらやめるからな」
「もちろんだよ。誘ったのは私だけど、つまんかったらすぐやめるよ。それはもう金返せってぶち切れるよ」
「はい、はい。わかった。わかった。面白いといいね」
なんていっていたが、結局全員がドハマりした……
むしろ最初は渋っていたユキノコさんのほうがヌヌハさんよりずっと嵌まっていたな。
しかし始めてやるMMOは楽しかった。
モニタの向こうで誰かが同時刻に同じようにゲームをしてるっての言うのは、本当に新鮮だった。
ゲームと言えど仮想世界にはマナーやモラルがある。それだけではない、そこに売り買いできるシステムがあれば、小さいながらも経済活動ができあがる。
ひとつの社会だ。
そうなるとここでの仮想マネーは、俺含めて、嵌まっている人間にとっては現金と等価値になる。
金は命よりも重い。
そんな言葉もあるが、そうなるともうこの世界が、このアバターが本当のおれだ。と言い出す一歩手前さ。
程度の差はあれど、部員全員がそうなった。放課後はひたすらワールドエンドでの冒険、学校帰りの話題もひたすらゲームのことについて。
ちなみに俺らが呼びあっているには、ゲーム中のアバターの名前だ。
五坪正太→ゴボタ。
泉初雪→ユキノコ
二ノ宮双葉→ヌヌハ
大和斗頼→トライ
新居千代子→ヨーデルヨーグルトミックス(略してヨヨミ)
府本早衣→サイ
新倉幸果→ナンディ
キャラ名で呼びあってる時点で相当倒錯してるのが伝わると思う。
ちなみに本名の方は覚えてもらう必要は一切ないので気にするな。
MMOはできるだけ長く遊んでもらえるよう、色々なコンテンツが用意されているし、それらも安易にはクリアできないようになっている。難易度もそうだがとにかく時間がかかる。1レベルをあげるのだって、けっこう大変なのだ。
しかしその困難さが逆に絆を深めたりもするんだから、ゲーム性って難しい。ミッションをクリアした時、ボスを倒した時、レアアイテムをゲットした時の達成感。至福の瞬間。もう脳汁でまくりで、これにハマるのだ。
ネトゲにはものすごい中毒性がある。と散々言われてきたけど本当にその通りで、実際に嵌まってみて身に染みる。
MMOは危険なゲームだ!
端から見たらどう思われるか微妙だが、俺はとても充実した高校生活を送ってきたと思う。リア充ってやつ?
だって、彼氏持ちではあるけど大好きな女の子と、毎日放課後にゲームして遊べるんだぜ?満点じゃないがなかなか高得点だろ。
俺はこの生活をとても気に入っていた。
ずっとこのまま過ごせたらいいのにと思っていた。
でも何事にも終わりはくる。夢から覚めるときが来る。
入学から一年半、俺らはまだ二年生だが、ヌヌハさんとユキノコさんとヨヨミさんは三年生だ。半年後には卒業する受験生なのだ。
そう、受験生なのだ。
受験生が秋も深まるこの時期に、まだ部活動をしてるなんてかなり大問題だ。
ティアマトの攻撃!
トライは348のダメージ。
ヌヌハの攻撃!
ティアマトに28のダメージ。
ヨーデルヨーグルトミックスはトライにリカバーの魔法を唱えた。
ゲームのログが、勢いよく次々と下から上に流れていく。
モニタの中では巨大なドラゴンと俺たち七人のアバターが戦闘中である。
船で渡った先にある島のダンジョンの奥深くに棲息し、挑めるのは一日一回。 ここ二週間、このドラゴンを毎日のように狩っている。このドラゴンで何匹目かもわからない。
倒すと数%の確率でドロップする女性キャラ専用のウェディングドレスが目的だ。
このドレスを、俺の席から少し離れた所に座っているヨヨミさんが欲しがっていた。
ヌヌハさんと違って、可愛い装備に興味ないヨヨミさんだが、これだけは着てみたいと言いだした。ヨヨミさんがこんなこと言うなんて珍しいとみんなで協力している。(これまではヌヌハさんのあれ欲しいこれ欲しいは一杯あった)
彼女にリアルもしくはゲーム内で付き合っている彼氏がいるとは聞いていない。ただこのドレスを着てみたいらしい。
ティアマトは強敵ではあるが、既に何度も倒している相手だけに、全員余裕の表情で談笑しながら操作している。
「おーし、このまま事故んなきゃ、いけそうですね。今度こそ出るといいっすね。ヨヨミ先輩!」
声を出したのは、ティアマトの眼前に立ちはだかり、攻撃を一手に引き受ける盾役のトライ。
「ねー、本当に出て欲しいですね」
それにナンディがあわせる。
ナンディはああ言ったが、正直なことを言えば俺は出て欲しくなかった。
最初に口火を切ったトライだって、半分は本心じゃないはずだ。残り半分は出て欲しくないと思っているはず。みんながみんな出て欲しい気持ちと、出てほしくない気持ちの半分こづつだ。
その証拠に、当人のヨヨミ先輩も半端な相槌をうっている。
みんなわかっているのだ。このアイテムが出たら、ちょうどいい区切りになる。
そしたら三年生はこのゲームを、部活を引退するべきだって。
高校球児の甲子園のように、分かりやすい引退時期というのが文系の部活には少ない。特にこんなゲーム部ではなおさら。
だからといって受験生が、放課後をゲームして過ごすなんてありえない話だ。
本当は今すぐ引退すべきだけど、みんなでゲームをやるのが楽しすぎていつまでも引っ張ってしまっている。
でもそろそろ終わりにすべきだ。
ゲームを始める前にユキノコさんに、
「ゴボタって女みたいな顔してるし化粧とか似合いそうだよな」
なんて言われて、女性陣に化粧をされるという悪ふざけをされたりもしたのだが、そんなおふざけも今日で終わりかもしれないからだ。最後に記念にってことなんだと思う。
それをわかっているから俺も女装をOKしたのだ。
俺はふとヌヌハさんの横顔を見る。
彼女は真剣にモニターを見つめている。きりっとした顔もまたかわいい。
―ユキノコ>>ゴボタ:気づいてないのかもしれないけど、お前ヌヌハの事見つめすぎだぞ。
ゲームのログに俺とユキノコさんだけが見れるダイレクトメッセージが流れる。
俺は思わず吹き出しそうになるのを、ぐっとこらえておそるおそる後ろを振り返る。俺の後方に位置する彼女は、こちらをみてにっこりと笑っている。やだ何?笑顔って人をハッピーにするだけじゃなくて、恐怖に落としこむ効果もあったんだ。
まったく人の事良く見てんな。俺の事好きなのかな、と一瞬妄想するがまあそんなことはありえないな。
「おい、ゴボタ!タゲ取ってくれよ。どうしたんだ」
トライが声を荒げながら言った。しまった。あまりのことで画面を見るのを忘れていた。俺は慌ててモニタを見る。画面上では、トライの体力ゲージが十分の一を切っている。
通常のMMORPGの多くは、敵との戦闘において体力や防御力の高いキャラクターが敵の攻撃を引き受ける盾役と、攻撃を担当するアタッカー、そして回復を担当するヒーラーに別れるのが一般的だ。
トライのキャラクターは盾役で、ドラゴンの攻撃を一手に引き受け耐えていた。しかしドラゴンから手痛い攻撃をくらったのか、そのトライが瀕死の状態だった。
あわてて俺は自分が使える魔法やスキルを駆使し、ドラゴンの攻撃目標をトライから自分へと移す。
俺のキャラクターは防御力が高いわけではない。本来であればあまり盾役に向かないのだが、ひとつ便利なスキルがある。「影身」という一度だけ敵の攻撃を無効化するスキルがあった。
これを使ってドラゴンの猛攻撃を、トライが復活するまでしのぐ。
俺は攻撃担当兼、緊急時の盾役といったポジションだ。
ヨヨミさんの回復魔法で何とかトライが復活し、再びターゲットがトライに移される。何とか体勢が整えられた。みんな、ふうと安堵のため息をつく。
「ふう、あぶなかった。おいおい、ゴボタ。しっかりしてくれ。慣れてきてるからって、ぼーっとしないでくれ。もうちょいなんだから」
「ああ、わりい。わりい。気をつける」
俺は慌ててモニタに視線を戻す。ユキノコさんが笑っているのが見なくてもよくわかった。
まあ、そんなこんなでもティアマトは倒すことができたし、ずっと欲しかったウェディングドレスも落とした。
この為に長い間狩り続けてきたのだ。努力が報われた瞬間。MMOの楽しい瞬間の一つである。
でも、こんなに嬉しくないアイテムドロップは初めてだった。
ヨヨミさんがゲットし、その場でドレス姿に衣装チェンジする。
女性陣はかわいいかわいいと言っている。
ドレス姿のヨヨミさんを中心に全員で記念撮影をする。(スクリーンショットを撮るだけだが)
これが俺たち全員で撮った最後のスクリーンショットになった。
その日、ユキノコさん達は引退宣言をした。
明日からは部活にはこない。そうはっきり言った。
俺たち下級生達は黙って頷くしかできない。
ナンディは少し泣いていた。
帰り際、珍しく顧問の千草先生が顔を出したので、
ユキノコさん達は引退を先生に告げた。
特に先生からありがたい激励のようなものはなく、ただいつものように
「早く帰れよ」
と言われただけだった。
そして暗くなった駅までの道のりを全員で一緒に帰宅したのだ。
その日の夜。眠りについた俺たちは、この謎のワールドエンドの世界に放り出されることになるのだった。