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第03話 一日目:老人のいない街

謎の異世界に召喚されたゲーム部員たち。

7人中4人は合流できたので、残り三人の安否が気になる。


 噴水広場にはトライたちの姿はなかった。

 ここで彼らを待つか、それともどこかに探しに行くか。


「はい!私市場を見てみたいです」


 ナンディが元気に答える。既に探したいじゃなくこの世界を見てみたいに、頭が切り替わっているようだ。

 でも俺も見てみたい。この世界がどれだけゲームを再現しているのか、そして再現しているならそれは見てみたい。


「遊びじゃないぞ」


ユキノコさんが呆れた顔をする。


「もちろん遊びじゃないですよ。私思い出したんです。市場にはインク売ってたなって」


「インク?」


「そうですよ。インクです。錬金術の素材で使うんですけど。あのですね、私メモを残したらいいと思ったんですよ。例えばゴボタ先輩の部屋と私の部屋はすぐ近くでした。ユキノコさんたちの部屋もこの辺ですよね」


「ああ」


「ならトライ先輩たちもこの辺じゃないですか。だから扉の前に噴水広場にいるよってメモを貼っておけばいいかなって」


「なるほど。冴えてるなナンディ」


「でもペンがないんですよね。それで何かないかなと思ったら、市場で鳥の羽とインクが売ってるの思い出しまして」


「ああ、あったなあそういや。よく覚えてたな」


 俺は感心してナンディを見る。


「私錬金術のスキルを上げてましたからね。ここタクトルは錬金術の町ですから。市場にはスキル上げに必要な素材が売ってたからよく通っていたんです」


 ワールドエンドは戦闘以外にも生産というスキルがあった。鍛冶、料理、木工、彫金、骨細工など色々だ。その中に錬金術があった。

 錬金術は回復薬から毒薬まで、様々な薬を作れるスキルだ。


「紙ならトイレットペーパーがありますけど、ペンがないですからねそれでインクと鳥の羽を買ってこようかと」


「なるほどな、だが買う必要はないぞ。よしゴボタ。そのナイフで指先を切って血で書くんだ」


 ユキノコさんが真面目な顔で言った。


「怖いことさらっと言わないでくださいよ!」


 俺は軽くぞっとした。


「結構痛いんですよ!さっきのちょっと血が出るくらいでも痛いんですからね。文字書けるほど切りたくないです!それにトライたちも血でかかれた書き置きがあったら嫌でしょ!軽いホラーですよ!」


「むう仕方ない、じゃあ市場に行くか」


 反論されたのが予想外という顔のユキノコさん。怖いよこの人。



 俺たちは噴水右手の広場で行われている市場に入っていった。


 ゲーム中でもここは食材や薬品などが買える場所なのだが、それをとてもリアルに再現していた。テントだけの露店がいくつも並び、そこに色とりどりの野菜や果実がならんでいる店。そんな店もあれば、武器や防具、赤や茶色の香辛料がたっぷり入った袋がいくつも積まれている店もある。

 それらを見ているだけでも十分楽しかった。

 しかし、楽しんでいるだけでは、この不可思議な状況は打破できない。市場に来たのは、インクを買うという目的があったが、この世界の謎をとくという意味もあるのだ。

 その為には店員と会話をしてみようと道すがら決まっていた。


「ねえ、そこのお姉さんたち!錬金術はやらないの?ちょっと見ていきなよ。おまけするよ」


 声の方に振り向くと、そこには自分より若そうな中学生くらいの女子が露店のテントから声をかけてきていた。日焼けした肌と三つ編みにした黒い髪がかわいらしい子だった。

 幸いにも向こうから話しかけてきてくれた。この子で少し調べてみよう。

 何故かナンディとユキノコさんは不思議そうな顔をしてその子を見つめている。

 その子の前には、彩度の高い液体や粉末が小瓶や缶や袋などに入れられ、所狭しと積まれている。どうやらこの店は目的の一つである錬金術の素材を売っている店のようだ。


「いいもの揃いだよ~。スライムを溶かして煮詰めたスライム油なんかおすすめ。好きな子をこっそり追いかける時なんか特にね」


 彼女はそういって大きな缶に入った紫色の液体を指差した。どろりとしたゼリー状のそれは、マスカットゼリーのようで、おいしそうでもあったがスライム油といわれると一気に気持ち悪くなった。

 俺たちは全員緊張した顔でその女子店員をみつめた。

 彼女は果たして、時給制のバイトで演技しているのか、それとも本当にここで生活している売り子なのか。もしくはそう思いこんでいるだけなのか。俺たちはそれが知りたかった。


「何かみんな怖い顔してるけど、私何か変なこと言ったかな?」


 少女は戸惑った顔をする。うん、変なことは言っていた気はする。


「あ、いやすみません。そういうわけでは。え~っとインクってあります?」


「インク?ああ、あるよ。どれくらい欲しいの?」


「いやちょっと待ってほしい。わたしたちは錬金術のことが良くわかっていない。インクも欲しいものの一つだが、予算にも上限がある。そこでまずこの店では何を扱っているのか教えてほしいのだ」


 ユキノコさんが頼りなげな俺に代わって、探りを入れるような質問をした。


「ふ~ん、いいよ。えっとね、端からいくけどこれが、カモミールとセージ。回復薬に使えるよ。こっちがゼラチン。動物の骨とか皮を煮込んだもので接着剤になる。こっちは色々な毒きのこを粉末にしたもの。色々あるよ。神経系に効くキノコを粉末にした、マヒ毒素と、少量でも死んじゃう強力な猛毒素。こっちは魔法が使えなくなる静毒素。あと水銀っていう液体金属。これも猛毒だから取り扱い要注意ね」


 少女は一つ一つ瓶を指したり持ったりしながら教えてくれた。


「インクに岩塩にスライム油に、マンドラゴラの根にイモリの黒焼き。貴重で高価なのが、飛竜の鱗とか、ユニコーンの角の粉末とかかな。素材はこれくらいで、他は完成品の薬品だよ。毒薬、猛毒薬、発火薬に目薬。止血剤に傷薬とかかな。姿を消すインビジブルパウダー。細かい素材ならまだあるけど、初心者さんならだいたいこれくらいかな。賢者の石とかはまだまだ早いしね」


 現実世界にありそうなものと、いかにもファンタジーっぽい素材が同列に扱われていた。


「ありがとう。とても助かった。ところでインクっていくらかな?」


「ひとつ50モリガン銅貨、ダースで580モリガン銅貨だよ。買ってくれるの?」


「どうします?買うんですか?チェストにあったお金って一人50モリガン銅貨ですよね?全員でも200ですよ。この先何があるかわからないし、結構高くないですか?」


 俺はそっとユキノコさんに耳打ちする。彼女も俺のほうを見て囁いた。


「わかっている。今はお金を増やすあてもないし、ここはやめておこう」


ユキノコさんは顔を店員のほうに向きなおす。


「申し訳ないが、今あまり持ち合わせがないんだ。ひやかしみたいですまないが、また今度寄らせてもらうよ」


「あれえ、そうなの?残念。いいよ。また来てね」


「最後にもう一つだけ聞きたいんだが、君かなり若そうだけど、何中?学校はいいの?」


 いきなり現実の質問をぶつけてみる。


「はへ?何中ってどういうこと?割れ厨とかそういうこと?あと学校はいってないよ。学校なんて貴族か金持ちだけしかいけないよ」


 会話の途中に物凄い違和感のある単語があったことに、俺もユキノコさんも少し固まってしまう。


「割れ厨……。いや、いいんだ。変なこと言ってすまなかったな」


「あいよ。じゃあね。次は買ってね」


 割れ厨と貴族。現代の生きた言葉と象徴でしかなくなった古めかしい言葉のコラボレーション。違和感はんぱないな。

 しかしこれは馬脚を現したと言っていいのか?彼女はパソコンのある現代に生きている少女ではあることは確かのようだ。

 俺たちは店を離れた。


「妙だな」


 歩きながらユキノコさんがつぶやいた。


「いや、本当ですね。ついうっかり現代語が出ちゃったんですかね。とりあえずバイトか何かで、演技しているってことでいいんですかね?それとも彼女も転移してきたんでしょうか?」


 俺は思ったことを言った。


「演技をしている可能性はありそうだが、私が感じた違和感はそうじゃないんだ」


「……?。じゃあ、店の品揃えとかおかしかった感じですか?」


「いや、完璧だったよ。当然値段も同じだったしな。ゲームのポリゴンモデルをとっても本物っぽく再現してると思う。ただそれだけ力を入れているのに、店番の人間がおかしい」


「あの若い子がですか?」


「ああ、若い少女っていうのが妙なんだ。ナンディも気づいただろう?」


 ユキノコさんはナンディに話をふった。


「はい、私も気になっていました」


 ナンディはゆっくりうなずいた。


「どういうことなの?ユキ」


 ヌヌハさんの質問に、ユキノコさんは少し間をおいて答えた。


「実際のゲームだと、店番は老女なんだ」


 予想外のことで俺は少し肩透かしをくらった感じで質問した。


「まあ、違うと言えば違いますけど、それって何か問題ですかね?」


「いや、別に問題はないよ。ただ他は気合い入れてゲームを再現しようとしているのに、一番融通利きそうな人の配置が違うってのが気になるのだ」


 ユキノコさんは顎に手を当てて考え込む。


「もしかしたらだが、老女を、いや老人を配置できない理由があるのかもしれない。そこが気になる」


 喋りながら市場を抜けると、ユキノコさんは広場の先にある橋を指差した。


「散策ついでに老人を探してみよう。確か向こうの大橋のところにお爺さんのNPCがいたはずだ。珍しいキノコをとってこいとか、そんなクエストを出したはずだ。彼がいるかどうか調べてみよう」


 老人のいない街か……今の日本じゃ考えられない。そんな歪で不自然な街はきっと作り物しかありえないな……

 しかしユキノコさんが老人の件に気を取られて助かった。インクを入手できなかったから、やっぱり血文字でと言われないかと内心びびっていた。

 俺は前を歩くユキノコさんの後をついていきながら、そんなことに想いを馳せつつ、この世界についてあるひとつの仮説を立てた。



 やはり、というべきなのか。

 ユキノコさんの予感通り、クエストをくれる目的の老人男性はいなかった。

 しかし誰もいないわけではない。

 その老人の代わりに髪が薄くなってきている中年男性が立っていた。

 いないのはその人だけではない、どうやらこの街には老境に入った人は、一人もいないようだった。

 どれだけ探してもお年寄りには出会えなかったのだ。もう少し視野を広げて、年齢層に着目して人々を調べると、壮年の人間も相当少ないかわりに十代の若者が目立ち、全体的に若者の多い街と言えた。男女比も男性が多いようだった。

 この現象に対してユキノコさんが仮説を立てる。


「おそらくはワールドエンドのプレイヤー分布に良く似たものになるんじゃないかな」


「人材の募集要項にゲーム経験者のみと条件があったのかもしれない」


 俺は冗談のつもりで言ったが、皆意外とそれに納得したようだ。



 老人探しの名目で街中をそれなりに歩いたのだが、未だにトライ達とは出会えない。


 歩き疲れた俺たちは、この街の名所でもある大橋の欄干に寄りかかり、流れる川を見たり、地面に座り込んだりしていた。


「さて、それでどうします?老人はこの街にいないってことはわかりましたけど。そこから何が推測できますかね」


 俺は腕を組み、橋の先にある大きな城門を見た。


「理由は変わらず不明だ」


 ユキノコさんは歩き疲れたのか、少しぐったりしている。


「理由はゴボタ先輩がいった通りじゃないんですか?」


 ナンディは地面に座りこんでいた。


「そうなんだが、何故そんな条件をつけたのかが謎だな。別に未経験者じゃつとまらないことでもないと思うが」


「う~ん、でも考えたところで、今回の謎の主催者の思惑なんてわかりっこないんじゃないですか~?」


「そうなんだが……なんかひっかかるんだよなあ」


 ユキノコさんは難しい顔で空を見つめている。


「え?主催者の思惑は、わかる……よ?」


 ヌヌハさんが言った。


「ええ!?何ですか?」


 ナンディは驚きながらヌヌハさんを見つめる。


「みんなわかってるのかと思ってた。決まってるじゃない。私たちにリアルゲームをやらせたいのよ!」


 ヌヌハさんが胸をはって言った。


「だってどう考えてもそうでしょ?わざわざ初期装備の服を配って、お金だってそう。とにかくニューゲームを選らんだ状態なわけでしょ?私たち。それでみんなを一ヶ所に集めてさ。これはみんなでリアルワールドエンドをやりなさいってことだよ」


「いや、それは何となくはわかっているが……そうする理由が不明じゃないか?」


「まあ何でそう思ったのかはわからないけどさあ」


 ユキノコさんの軽い追求に、ヌヌハさんは口をとがらせた。


「俺、理由もわかる気がします……」


 俺は先ほどから考えていたことを伝えることにした。皆の視線が俺に集まる。


「このことに関しては確信を持てます……ユキノコさん達が引退して、ゲーム部でのワールドエンドは事実上終わりを告げました。でもそれが嫌で、ゲームをまだ続けたい。もうちょっとみんなで遊びたいっていうのが理由じゃないかな。そういう願望がこの状況を作っているんじゃないかと思うんです」


「ん?どういうことだ?」


「ちょっと俺の考えを聞いてもらってもいいですか?このよくわからない状況含めて、さっきから思っている仮説が一つあるんです」


「何かあるなら早く言えばいいのに」


 ユキノコさんの言葉に俺は曖昧にうなずく。俺がこの仮説をすぐに言えなかったのは、仮説の結論があまり楽しいものではないから。

 それは俺たち七人の中に犯人がいると言わなくてはいけないから。

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