第13話 二日目:透明化すると人は大胆になる
俺たちは指輪を売って得た大金で、二つの薬品を出来るだけ買い集めた。
ひとつが、スライムというゼリー状の生物を集めて精製したスライム油。
揮発性が高く密封していない状態では、どんどん気化していってしまう。その最大の特徴は、摩擦を極度に減らすことのできる潤滑性。
この特性で足音や物音を消すことができ、敵に音によって発見されることを防ぐ。
もうひとつがインビジブルパウダー。自分の姿を相手から見えなくさせる薬で、簡単に言えば透明人間になる魔法の薬である。大きな衝撃がない限り長時間持続できる。
どちらも必要な為、結構な量になった。四人で手分けしても随分と重い。まあ疲れたらヒーリングすればいいかと、鞄限界一杯まで買いこんだのだ。
それと、ナンディの『歌』を購入した。炎への耐性を上げる『歌』である。
実際に魔法を使用したユキノコさんを見て、自分もどうしても使いたいと言い、購入してみた。炎に対する耐性を上げる効果が、今後必要かどうかはわからないが、使ってみたいという気持ちは分かるし、俺たちも効果を見てみたいとは思った。
楽譜を買い、巻物同様にそれを使用すると、派手なエフェクトが発生し、ナンディも歌という名の魔法を習得できたようだ。
試しに街中でナンディが、ゲーム中のメロディを口ずさむと、俺たち全員に体を覆うような水の柱が一瞬涌き上がった。しかし濡れることはなく、次の瞬間には水は消えていた。
「おおお、何か格好いいな!」
「歌は魔法と違ってMP消費がないですからねえ。歌いたい放題ですよ。水湧かせたい放題ですよ」
そういってナンディは何度何度も水を沸かせると、俺たちはそれでげらげらと笑い転げた。文字通り地面に転がった。転がりながら水を沸かせると、水も一緒に回転するのだ。それを見てさらに笑いが止まらなかった。これから街を出るという興奮と恐れが俺たちをハイテンションにしていた。
スライム油とインビジブルパウダーも実験用に、一つずつ使用してみた。
油の効果は凄まじく、靴に塗るとまるで地面が一気に氷のリンクにでもなったようだった。革靴のまま俺は地面を”滑った。”
さながらフィギュア選手のように、道を滑走できたのだ。
「うおおおおお!これ気持ちいいっすよおおおお」
ゲームでも使用すると、氷の上を歩いているような、慣性のついた動きをしていたが、それ以上の効果があるように思えた。
これを見た三人も使ってみたいと、全員で道を滑り始める。これの良いところは、転んでも手や膝にも油を塗っておくと、あまり痛くないところだろう。多少痛くても、ヒーリングをすればすぐに治るのだ。
油を一通り試してみたあとは、インビジブルパウダーを使用してみた。まずはユキノコさんが粉を頭からかけてみる。すると彼女の姿があっという間に消えた。粉がかかったところだけというわけではないようだった。粉は彼女の体に均等にかかったわけではないし、また地面に落ちたものは地面を透明にはしていない。これは粉を使用としたという、概念が大きいようだった。粉を使用した人間の衣服や持ち物が消えるのである。持ち物もその時に、所持しているかどうかが大事らしい。彼女は自分の鞄を道に置いていたが、それは透明になっていない。
「わあ、すごい!消えた!」
「すごい、私たちからは何も見えないよ!ユキ」
ナンディとヌヌハさんが歓声をあげる。
「それが困ったことに私自身も、自分の体見えんのだ。これは始めての体験だが、けっこう怖いぞ。下を見ても自分の足がないんだ。もちろん立っている地面の感触は足に伝わってくるが、ちゃんと立っているのかどうかすごく不安になる。これはちょっと慣れが必要かもな……」
何もない空間からユキノコさんの心配そうな声だけが聞こえてきた。
「なるほど、しかし数はそこまでないですからねえ。テストで全員分使うのはちょっと止めておきたいですね」
早速使おうとしているナンディを止める意味も兼ねて、俺が注意を促した。
「これどうすれば元に戻れるんでしたっけ?」
ナンディは取り出した粉の瓶を戻す。そのナンディの疑問にはヌヌハさんが答えた。
「何かダメージとかあれば戻れるんじゃない?」
「ふむ、ダメージか……痛いのはちょっと……やさしくしてね」
ユキノコさんがダメージと聞いてすこし狼狽えているようだった。
「実験しますか。どれくらいのダメージで戻るのか。みんなで少しずつ殴ってみるとか」
俺の提案はユキノコさんのお気に召さなかったようだ。
「おいおい、何だその嫌な実験は。嫌だぞ。そんなの」
見えないがどんな顔をしているのが目に浮かぶ。
「というか私を殴ることが出来るかな?ふふふ」
彼女はそう言うと、ぷっつりと何も言わなくなった。ナンディがさきほどまでユキノコさんがいたあたりに手を伸ばすが、空を掴むばかりでユキノコさんはいなかった。どうやら移動しているらしい。
「スライム油を使っているから、足音もない……すごいな。確かにこれなら誰にも気づかれずに潜入できる」
俺が感心していると、
「きゃあ!」
ナンディが突然びっくりした声を上げた。
「どうした!?ナンディ?」
「い、今お尻触られました」
「え?ユキノコさんか!?」
慌ててあたりを見渡す。当然だが彼女の姿は見えない。
「すごい、本当に後ろにいたの気づかなかった……」
「ふふふふ。透明人間はなかなか楽しいものだな」
今度は俺の背後から声が聞こえる。
「そこかああ!」
俺は声のした方に手を伸ばすが、すでにそこにはいないようだった。どうやら道を音もなく滑っているようだ。
「きゃあああ!」
今度はヌヌハさんが叫び声をあげた。またセクハラしているらしい。
「後ろから胸揉まないで!」
ヌヌハさんは、後ろにいるユキノコさんの頭を叩いた。すると突然、ヌヌハさんの胸を後ろから鷲掴みにしているユキノコさんが現れた。何てうらやましいことを……そしてそしてありがとうユキノコさん。素晴らしい光景をありがとう。
「ヌヌ……ずいぶんと成長したな……」
「何言ってるの!早く離しなさい!」
「ふむ、簡単な衝撃で切れちゃうみたいだな。移動は慎重にいかないとな」
ヌヌハさんから離れたユキノコさんは、たった今のセクハラなどなかったように、毅然と振る舞った。
「もう、やめてよね」
「いや、すまんすまん。テンションが上がりすぎたな。しかしなんだな、体を透明化できるというのは、人をこんなにも大胆にするのだな。貴重な体験だ」
「簡単な衝撃で透明化は解けるってことですね。それで、どうします?早速出発しますか?」
「もちろんだよ。時間はない」
ナンディの質問にユキノコさんが答えた。
「この世界の移動時間はゲームにくらべてだいたい15から20倍くらいかかるようだ。ゲームで港町のサルベジンまで徒歩でだいたい50分くらいかかっていたから、こっちだとだいたい1000分ということで、換算するとえ~と、え~と、16時間半ぐらいか。どのみち明日の朝出ても、夜までには間に合わないから、どこかで一泊しなきゃいけなくなる。それなら少しでも早いほうがいいしな」
「そっかあ。野宿があるんですね」
ナンディが憂鬱そうな顔をする。
「うむ。野宿なんて始めての経験だが、仕方がない。やるしかないみたいだろう。それに港町に近づけば近づくほど、アクティブな敵が増えて危険は増してくる。敵のいない都合のいい場所を確保するためにも、早めに出発するに限る」
ユキノコさんは即出発を訴えているが、俺は何か忘れている気がしていた。まだ何かが足りていないような……
「全員異論はないよな?」
異論はある。しかし何か漠然と不安が残る。では危機迫ったこの状況を止めることはできない。特に自分がこの件の発案者なのだ。そんな矛盾もないだろう。
そんな気持ちもあり、ヌヌハさんとナンディが力強くうなずくのを見て、俺もつられて軽くうなずいた。
出発前にトライたちに、自分達の計画を伝えた。
トライとヌヌハさんを引き合わせる、という真意はもちろん秘密にして。
「いいアイデアだと思う。合流すれば目覚める……か。なら、いそいで合流すべきだろう。俺たちもすぐに出発する」
俺の思惑とは別に、トライはトライでやはりヌヌハさんに会いたくて仕方ないのだろう。トライは自分達も港町に向かうと強く主張した。彼らの方から近づいてくれれば、合流するのに一日早くなるので、願ってもないことだ。是非来て欲しい。しかし、薬品を調達するのに問題があった。俺らは毒薬を使うといった、裏技のような幸運で大金を得ることができたが、彼らの街にそんな都合の良いクエストはなかったはずだ。薬品なしの遠征はあまりに危険すぎる。
薬品なしで突っ込むというのは、トライ以外全員が反対した。
「わかったよ。薬品なしではいかない。ミイラ取りがミイラになっちゃ意味がないもんな。でも薬品を調達できないか、僕らでも考えてみる。なんとか都合がつけば、こちらも急いで出発する」
トライたちはそういうと通話を切り、何か作戦を練ることにしたようだった。
俺たちも急いで出発しなくてはならない。正確な時刻はわからないが、すっかり午後の陽射しになってきたのだから。




