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俺のセカンドライフ  作者: 朝戸とくし
第一章 そこそこ満たされた日常 
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4話 人生最大の大勝負

 目が覚めて、いつも通りの場所に手を伸ばし、置いてある時計を持ち上げ時間を確認する。


「十二時前か、いつも通りだな」


 そう呟いて、昼の十二時にセットされたアラームを解除し、しばらくベッドの上でボケーっと天井の染みを眺めるのがいつものパターンだ。

 最初の頃は、少し不気味に感じていたこの染みも、ずっと見続けているうちに、何か愛着みたいなものが沸いてくるのが不思議だ。昔流行ったカエルのキャラクターに似ていなくもない。


「それにしても寒いな……」


 こんな寒い日は、ベッドから出るのに数十分程の心の準備をする時間が必要になる。

 にしても、一度起きてからベッドの中でもぞもぞしている時間ほど幸せを感じるひと時は無いと俺は思う。恐ろしい事に、寒い日であればある程にその幸福度は跳ね上がっていくという、意志の弱い人間であればきっと一生布団の中に縛り付けられるかもしれないという中毒性さえ感じられる。世の中の半数以上が俺の意見に賛同してくれるはずだ。ビバお布団! ビバ二度寝!

 心の中で叫びつつ、ベッドの中から手を伸ばし、テーブルに置かれていたリモコンを取りテレビをつけた。

 広さにして六畳の俺の小さな城は、必要な物をベッドのそばに集中させた、利便性抜群の最高の快適空間に仕上がっていると自負している。


『本日も関東広範囲にわたり、雪が続くでしょう。外にお出かけになる際には、足元に注意してください』


「なるほど、この寒さは雪の影響か。今日もチャリは無理そうだから歩きだな」


 ふと、昨日の夜の事を思い出した。同窓会の事、そして、決意の事を。


「ダラダラして何も行動しないでこれ以上後悔を重ねるのはやめだ! 西園寺さんに告白しよう!」


 そう言いながら、西園寺さんの笑顔を思い出し、ついニヤけてしまう俺。

 正直言うと、告白してオッケーをもらえる自信なんて微塵もない。そのくらい、自分自身に自信がない。そうゆう人生を送ってきたのだから、自信を持てと言われても正直無理だ。

 だから、頑張って成功してる同級生の事を考えると、どんどん自分の事がみじめで嫌になり、後悔に押し潰されそうになる。

 そんな俺が、もし西園寺さんに告白して、万が一でもオッケーがもらえたら、少しくらいは自分に自信が持てるかもしれない。いや、オッケーがもらえなかったとしても……きっと前に進める気がする。

 もちろん、告白する一番の理由は、単純に好きだという気持ちが大きいからだが。


「まぁでも、フラれた時の心の準備はしておかないとな……」


 改めて考えてみても勝算がほとんど無いであろう戦いに苦笑いし、どのタイミングなら告白できるかを色々と考えてみた。

 まず、バイト中以外で西園寺さんと会う機会なんて無い。だから、バイト中に……となると、受付カウンターだと邪魔がいる。そうなると、部屋に案内した時くらいしか無いか……シチュエーションとしては相当微妙な感じはするが、これ以外に無いよな? もしくはどこか遊びにとか誘って……いや、それも相当勇気がいるし、そこで断られたらもはや立ち直れそうにない。やっぱりカラオケの部屋に案内した時だな。

 あとは……。


「何て告白するかな」


 とはいえ、そんな事は考える必要もないか。俺には回りくどい方法なんて考えつかないし、やったって失敗するのが目に見えている。だから、潔くストレート真っ向勝負でいこう! 好きだって想いを伝えるだけだ!

 吹っ切れた俺は、少し早いがバイトに行く準備を始める事にした。いつもより入念に髪型をセットしたり、とりあえず今できる事はやっておきたかったからだ。


 準備が終わり外を見ると、まだ雪は降っていた。


「さて、人生最大の大勝負だ!」


 そして、俺はバイト先へと向かった。


 外は雪が結構な勢いで降っていて、靴が埋まるくらいに積もっていた。

 そんな雪道を告白の事を考えながら歩いてると、あっという間に『カラオケハウス ENJOY』の文字が書かれた看板が見えてきた。


「おはようございまーす」

「おーおはよう相沢君、雪の中お疲れだったね」


 店に入ると、受付カウンターで座っているたぬ吉が出迎えてくれた。


「店長こそ一日中働いてお疲れさまっすね。ちゃんと休んでるんすか?」

「本当お疲れだよ~、そのくせそんなに儲からないし! 何か良い儲け話ないかな?」

「いやいや、そんなの知っていたらカラオケ屋でバイトなんてしてないっすよ」

「はっはっは、たしかにそうだね」


 たぬ吉といつもと同じようなやりとりをしつつ更衣室へ向かおうとする。


「それにしても、その頭どうしたの? 随分気合い入ってるようだけど?」

「そ、そんな事は無いっすよーいつも通りじゃないっすか? はは……そしたら着替えてきまーっす!」


 まったく、よく見てやがるぜ……

 そう思いながら小走りして、一番突き当りの部屋の前で止まった。

 うん。ここなら受付カウンターからも死角になってるし、他の客に見られる心配もないよな……この部屋に案内しよう。


「プランはバッチリ、気持ちの準備も出来ている。あとはその瞬間を待つだけだ!」


 着替えながら、気合いをいれなおしていると、ある致命的な事に気付いてしまった。


「西園寺さん、今日来てくれるとは限らないんだよな……」


 せっかく入れなおした気合いが急激に抜けていくのを感じた。

 でもまぁ、西園寺さんは最近よく利用してくれるし、今日とか明日には来てくれるはずだ! そしてきっと西園寺さんは俺の想いを受け入れてくれる! はず! きっと……多分……まぁ現実的には無理か。


「そもそもダメ元で告白するんだから、今から結果の事を考えて落ち込んでいてもしゃーないか」


 そして、きっと告白(これ)は俺が前に進む為に必要な事だから……

 俺は不安過ぎる結果の事は考えないようにして、今はバイトに集中する事にした。


「それにしても、今日は暇だね~やっぱり雪だからかな? こんなに積もって、雪かきが大変だよ」

「そっすね。って雪かきするのってどうせ俺っすよね?」

「ピンポーン! 正解! よく分かったね? あっはっは」

「あっはっはじゃないっすよ。本当、雪が積もる度に筋肉痛になってるんすからね? 雪かき手当ほしいくらいっすよ」

「まぁまぁ。とりあえず、もう雪はやんでるみたいだし、時間空いたら入口と駐車場をお願いできるかな」

「はぁ……わかりました」


 俺は渋々了解した。特にやる事も無いし、面倒な事はさっさと済ませる事にした。


「じゃあ、さっそく行ってきます」

「おー頼んだよ! 道具は裏のとこにあるから、勝手に使ってね」


 上着を羽織って裏から雪かき用スコップを取ると、おそるおそる雪が積もる外へ出た。


「うぉー! 寒い……たぬ吉め」


 いつも面倒事を押し付けるたぬ吉へ小声で恨みの言葉を投げつつ、まずは入口の雪を無心でかき続けた。

 半分程終わったところで、ふと空を見上げると、とっくに日は落ちていた。

 あたりの適度に積もった雪に、無駄に派手なカラオケ屋の看板からの光が反射し、天然のイルミネーションとなり眩いばかりの光を放っていた。


「これは……」


 これまで何度も雪かきをしてきたけど……ヤバイな。

 今まで気づかなかった目の前にある意外な絶景スポットに感動を覚えた。

 きっとこれは寒い中、雪かきを頑張ってる俺への神様からのご褒美だな。

 そこから俺はますます張り切って、ここまでかかった半分の時間で入口の雪をすべて端へと寄せた。


「さて、次は駐車場か」


 この調子なら1時間もしないうちに終われるか……にしても、全然客来ないな。って事は、西園寺さんも今日は来ないかな……


「これじゃ西園寺さんへの告白も延期か……」


 そう呟いて、前を向くと……遠くから歩いてくる人影が見える。

 コートを着た上からでもわかる程、スラッとした体型にロングストレートの髪が風でサラサラと揺れている。このシルエットを見間違えるはずがない……俺がこの半年間ずっと見続けていた西園寺さんだ! 

 少しづつ近づいてくるにつれ、なんとなく表情まで見えてきた。西園寺さんも俺に気付いたようで、笑ってペコっと可愛らしく会釈してみせた。


 なんだこれ? 天然のイルミネーションに囲まれて、俺と西園寺さん以外の人影は全く見えない……告白するのにこれ以上ないというくらいのシチュエーションじゃないか!

 そう思った瞬間、俺の心臓はこれでもかと高速ビートを刻み始めた。


「雪かきですか? ご苦労様です」


 そう言いながら、西園寺さんはいつもの笑顔を向けてくれた……いや、シチュエーションも相まっていつも以上の破壊力だった。


「………………ハッ!?」


 危ない! 一瞬頭の中が真っ白になっていた……西園寺さんスマイル恐るべし。

 そんな事を考えてる場合じゃない! 今しかない……このチャンスを逃してなるものか!

 気付けばすでに俺の横を通り過ぎて行こうとしていた。


「あの! さ、さ……西園寺さんに話したい事があるんです」


 慌てて後ろに振り向きながら言うと、振り向いた西園寺さんは一瞬驚いたような顔をしていた。

 そりゃ驚くよな……考えてみると、西園寺さんなんて呼んだのは初めてだし、お店の前でいきなり止められるなんて思ってもいなかっただろう。


「どうしたんですか?」


 それでも西園寺さんは再度笑顔で俺の話を聞いてくれた。

 やはり天使か……それとも相手が俺だから……とか?

 その対応に、もしかしたら……という甘い考えが脳裏をよぎる。


「あの……西園寺さんが店に来てくれるようになってから、俺、本当バイトに来るのが楽しくなって。特に西園寺さんの笑顔を見る度に、本当心の底から幸せを感じるっていうか……つまり……その……」


 そこまで聞いて、西園寺さんは俺の言おうとしてる事を察したのか、今までに見た事の無い困ったような顔をして答えた。


「西園寺さん! お待たせっ!」


 いつの間に来てたのか、駐車場に見慣れた高級車……ド派手な金持ちアピール男、田中太郎が来ていた。

 いや、問題はそこじゃない……なぜ西園寺さんを呼んだ? ってかお待たせ? ん?


「田中さん。全然待ってないですよ。私も今来たところです」


 そう言いながら俺の横を通り過ぎていく西園寺さんは、俺が今までに見てきた笑顔の何倍も眩しい程の笑顔をして田中太郎の元へとかけていく。

 どういう事だ……!?

 いや、薄々感づいてはいるが……どうしても認めたくない……


「雪が積もってるのに、こんなとこまで迎えに来てもらってすみません。二人とも知っている場所ってここしか思いつかなくて、迎えに来てもらってありがとうございます」

「いえいえ、西園寺さんに会えるならどこにだって行くよ」

「田中さんってお上手ですね。でも……嬉しいです」


 西園寺さんの声は本当に嬉しそうな声だ……これはやっぱり……

 頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。きっと、今の顔は恐ろしい程まぬけな顔をしてるに違いない……自分で制御ができないのだから……

 すると田中太郎の方を向いていた西園寺さんが振り返り、俺の元へと駆け寄ってきた。


「あの……ごめんなさい。さっき言おうとしてくれたのって多分……でも、もう遊びで恋愛とかしてるような歳じゃないし……将来を考えられるちゃんとした相手じゃないと……だから、店員(・・)さんはそうゆう相手として見る事は出来ないです。本当にごめんなさい」


 西園寺さんはそう言いながら俺に頭を下げた。

 何を言われているのか理解出来なかった……ただ、西園寺さんに頭を下げられているという状況はとてつもなく嫌だ。


「西園寺さんが謝る事なんて無いっすよ! そうっすよね。俺みたいなしがないフリーターと西園寺さんとじゃ釣り合わないっていうか、とにかく俺の方こそ困らせちゃってごめ――――」

「それじゃ、また今度遊びに来ます」


 西園寺さんに罪悪感を感じさせちゃいけないって下手くそなフォローをしようとした俺の言葉を、西園寺さんは最後まで聞く事なく、田中太郎への笑顔のワンランク……いや、スリーランクくらい下の、愛想笑いだと今なら分かるくらいの笑顔でそう言うと、後ろを向き足早に田中太郎の車の助手席に乗り込んでいった。


 俺は西園寺さんと田中太郎が乗る車が見えなくなるまで、身動きする事が出来ずに、雪の中で一人立ち尽くしていた。

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