3話 焦り、苛立ち、そして決意
佐倉の事は考えるだけ無駄だと判断し、雪の降る夜道を一人歩いていた。
バイト先からの帰り道は一応住宅街ではあるが、俺の帰る22時過ぎ頃には人通りもほとんどなく、街灯の光がポツンポツンと申し訳程度に道を照らしている。雪が降っているせいか、いつもと違って見えた。幻想的というか、何かこの世では無い不思議な感覚……きっとアニメや漫画ならここからストーリーが始まっていくのかなと、そんな非日常が待ち受けていそうな、そんな感覚……
「ふっ、俺は何を考えてんだ。そんな訳あるかーってな」
一瞬、脳裏をよぎった『この世では無い』という考えで、少しだけ背筋が寒くなるのを感じた俺は言葉に出して否定し、自分自身を安心させつつ、いる訳が無い俺の周囲の何かに『俺は何も見えないし信じてないぞ』アピールをした。
「まぁ、でもいきなり綺麗なお姉さんとかに『助けて下さい』なんて言われて、異世界に召喚されてからの、俺TUEEEE系ストーリー的な流れだったらアリか……」
別に怖いからって、好きな小説の展開を思い出して紛らわしてる訳ではない。俺は全くもって怖がってなんかない。大人だからね! 怖くなんか……
俺は自然と早歩きになり、帰り道の途中にある公園を何の問題もなく通り過ぎる。
はずだった……だけど、通り過ぎる途中で目の端に何かうっすらと映ったような気がした。正確には、小さい……大きさ的には子供? の影のようなものが……
「えっと……そんな訳ないよな? こんな時間に子供が公園で遊んでるはずは……」
自分自身にそう言い聞かせながら、バクバクとうるさく鳴り響く俺の情けない部分を無理くり落ち着ける。
きっと、本当なら無視してさっさと家に帰るべきなのだろうが、それでも俺はなぜか確認せずにはいられず……一度通り過ぎた公園に恐る恐る近づいていった。
すると、ブランコの辺りに見えた気がした影は無く、いつも通りの無人の公園だった。
「ほらなー俺はいつからこんなビビりになったんだ? だからいる訳ねーんだぬぉっ!?」
『デビ〇アロー!!』
聴きなれた音のはずなのに……急にしかもこのタイミングで鳴られると心臓が止まりそうになる。
そう、某デビル系主人公の必殺技……着信音。
「バカヤロー! なんてタイミングで電話してくんだよ! 俺を殺す気か!!」
『いきなり何言ってんだよー相変わらずノリは面白いな』
聞こえてきたのは、俺が結構マジで怒ってるのに微塵も悪い事をした風には思ってない爽やかな笑い声まじりの声だった。
今、一人の罪もない人間の命を奪おうとした人間とはとても思えん……あ、別に本気でビビってたって訳じゃないけどねっ!
「こっちは笑いごとじゃねーんだよ! とりあえず、もうちょいで家つくから、そしたら折り返すわ」
『あいよー。それじゃー待ってるぜい』
俺が昔からの付き合いで連絡を取り合っている数少ない友人である武田将司だった。いや親友と言っても良い存在だな。俺と違って真っ当な会社で営業マンとしてバリバリ働いている。短髪黒髪で身長は高く体型はいわゆる細マッチョというやつだ。外回りで日に焼けた顔から惜しげも無く晒す真っ白い歯、人懐っこい笑顔、まさに爽やか青年とは将司の為にある言葉であろうと思う。
少し歩くと、白い見た目から明らかに築数十年数は経ってるだろうと想像がつくアパートが見えてきた。
そのアパートの横の部分についてる古い階段をカンカン鳴らしながら上がって二階の突き当りが俺の部屋だ。外観はあれだが、部屋の中は天井に小さな染みがあるくらいで割と綺麗で俺は気に入っている。何より、家賃が安いのが良い。
俺は部屋に入るとさっさと着替えてベッドに寝転がり、携帯を取り出し将司に電話した。
「お待たせ。そんで、どうした?」
『お疲れー! いや、ノリにも来てるだろ? 同窓会の案内のやつ』
「ああ~……その事か」
そう言って立ち上がり、俺はテレビの上に乱雑に置かれてあった数枚のハガキから一枚を手に取って見た。
多分アイツも来るだろうしな……
「ん~あんま乗り気じゃないな。てか、多分いかねーかな」
『なんでだよーノリがいないと俺が盛り上がらないからさ、一緒に行こうぜい!』
「お前の盛り上がりの為かよ!」
『ははは! まー冗談はさておき、どうせ木下に会いたくないんだろ? ノリと木下って昔からそりが合わないって言うか、何かと因縁つけられてたもんな? それに木下と言えば今や社長だろ?』
「いや、アイツは関係ないから。にしても、そんな昔の事、よく覚えていたな」
将司は本当するどいな。実際、俺が行きたくないのはアイツ……木下が原因だ。俺はフリーター、木下は社長、ある時を境に全く話もしなくなったが、俺の母親が亡くなって、色々投げ出してしまった時期とかはやたらしつこく喧嘩ふっかけられていたっけな。
『でも、木下は来ないんじゃないか? 海外にいるって前に誰かが言ってた気が』
「海外か……」
俺は一度も行った事ないけどな……
「ってか、だから関係ねーって!」
木下との差になんだか無性に情けない気持ちになってしまいそうになるのを、必死に振り切る。
『ノリ、真剣な話、周りなんて気にしなくて良いと思うぞ? ノリはノリだし、自分のペースで生きてけば良いんだって! 俺はノリの味方だからな!』
「なんだよそれ、気持ち悪いなー」
俺は茶化しながら答えた。
それにしても、将司は小さい頃から全然変わらないな。裏表がなく真っ直ぐで、恥ずかしくなるようなセリフだって平然と言ってのける。将司本人には恥ずかしくて言った事は無いが、将司と友達になれたって事が俺の人生において唯一の幸運だったといえるかもしれない。正直言って将司の言葉に何度も救われてきた気がする。
『まーまだ同窓会まで時間はあるからさ、前向きに考えてみてくれよな』
「そうだな。もしかしたら、あのアイドルになった……本名出てこないな。今は女優だっけ? ん~……如月紫苑だ! にも会えるかもしれないしなー」
『あー坂田だろ? 途中で転向したからなー。でも、さすがに来れないんじゃないかな? 有名人だし忙しいだろうし』
「そりゃそうだよな。まぁとりあえず、同窓会の件は考えておくよ」
『おう! 良い返事を期待してるぜい! 相棒! それじゃなー』
将司との騒がしかった電話が終わり、急に部屋に一人でいる事に寂しさを感じる。
自然と『ふぅ』とため息をつく。
「同窓会か……」
そう呟きながら使い古された布団がぺらっぺら状態のベッドに寝転がった。自然と天井の染みに目が行く。
俺は俺のペースで生きていけば良いか……そう言われてもどうしても考えてしまう。他のやつらと比べて、俺はいったい何をして生きてきたのか。ただ、ダラダラダラダラと何の目標もなく……だから自分に自信が持てない。だから、西園寺さんにも……
「ああああああああ! くそっ! このままじゃダメだよな……これ以上後悔したくないからな……」
思えば俺はいつだって後悔してきた……後悔だらけの人生だった。
だからもうこれ以上は後悔なんてしたくない……そう思いながら俺はある事を決意した。