表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺のセカンドライフ  作者: 朝戸とくし
第一章 そこそこ満たされた日常 
3/39

2話 冬の帰り道

 外に出た瞬間、冷たい風が容赦なく俺の体を突き刺す。


「さむっ!」


 少しでもこの痛い程の寒さから身を守るべく、鼻から下をマフラーに埋めてダウンのポケットに手を突っ込み、防寒体勢を整える。


 たしか今夜は予報では雪が降るって言ってたな……と、朝見た天気予報を思い出して空を見上げた。


「また予報は外れか。本当予報なんてあてにならないな」


 まぁ、雪は好きじゃないし、降らないにこした事は無いのだが。とりあえず、コンビニの鍋のやつとビールでも買って、冷えた体を労いつつ祝杯だな。

 俺の頭に西園寺さんの『相沢さん』が蘇り、マフラーの下で全力のニヤニヤを解放する。


「ちょっと待ってよー! 相沢センパーーーイ!」


 そんな事を考えながら歩いていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 当然、俺は聞こえないフリをして、そのまま歩き続ける。


「ちょっとー! なんで無視するのー!」


 そう叫びながら俺の背中へタックル……こいつの親は挨拶代わりにとりあえずタックルしろーなんて教育をしていたのか? そんな不安さえ感じる程に、こいつは俺を見ればタックルをぶちかましてくる……


「俺は親の仇か何かか!? 毎度会うたびにタックルしやがって! てか、俺はお前より年上なの! 敬語使え! 敬語!」

「えー、敬語は尊敬してる相手に使うから敬語じゃない? ウチ、別に相沢センパイの事を尊敬してないしー」


 何を当然の事をと言いたげに答えてからの、バカにするような笑顔……くっそ憎たらしい。

 くせ毛の茶髪から除くぱっちりとした目で俺を見上げる。ギャルメイクで完全武装された顔だが、武装を解いても整った顔である事は容易に想像できる。

 そう! 黙ってりゃそこそこ可愛らしいのだ! きっと何人もの男がこいつの見てくれに騙されたに違いない……そう言う俺も、最初はこの見た目に騙されそうになったものだ。

 なんだかんだ佐倉と再会して二年。再会と言ったのは、佐倉とは子供の頃によく遊びに行った近所のおばあちゃんの家で知り合った。俺に懐いていたあの『いーちゃん』と同一人物とは全く気付かなかった。正直、相当昔の事だから薄っすらとしか覚えてないが……とにかく可愛かったって事だけは記憶に残っている。

 そんな事より今は……


「ってかなんだよ? 俺はこれからなー大切な用事があるんだ。酒買って幸せな思い出を肴に家で晩酌すんだよ」


 そうだ、佐倉なんかに構ってたらせっかくの幸せな記憶が、不快しか残らないこいつとの会話で上書きされてしまう。さっさと要件を聞いて済ませてしまおう。


「相沢センパイって本当気持ち悪い人だねー? そんなしまりの無い緩みきった顔の変態センパイを一人で帰らせると絶対捕まっちゃうから付き合ってあげよーってね。ウチってチョー優しいでしょ? ホレちゃダメだぞー?」


 しまった……ニヤニヤを解放しながらマフラーを取ってしまった……ってか気持ち悪いってなんだよ! そんで佐倉にホレるって……うん、ありえないな。俺は西園寺さん一筋だしな!


「はっ! ホレるとか、お前の本性を知ってるまともな人間ならまずありえないだろ? ちんちくりんだし、生意気だし、暴力的だし、タックルは無駄に上手いし、すっぱい食べ物好きだし」

「ありえないって……って、すっぱい食べ物好きって、それは関係ないでしょ!」

「いいや、関係あるね。お前はちっちゃい頃から梅干しを口に放り込んだたら、どんな号泣してても

すぐ泣き止んだもんな? つまりは今でも成長してないお子ちゃまって事だ。身長も小さいしな~」


 そう言いながら佐倉の頭に手を乗せる。フワッとした感触にほんのちょっとだけドキドキしつつ、どこか懐かしさを覚える。

 子供の頃はこうやってよく撫でてたな……


「ちょっ! ちょっと! 気安くウチの頭を撫でないでよねっ!」


 俺の手を払いのけると警戒するように少し距離を取られた。

 ……たとえ相手が佐倉とはいえ、異性に触れる事を拒絶されると……うん、別に傷ついてなんていないんだからねっ!


「……ってか、お前の家って逆じゃね? 一人暮らしで良いとこ住んでるんだろ? 自慢の我が家にさっさと帰れよ」

「まぁ~ね~。完璧なセキュリティ完備のタワーマンションで窓からの景色だってバッチリ。相沢センパイがどうしてもって言うなら遊びに来ても良いけど?」


 解せぬ。なぜ同じカラオケ屋バイトで、しかも俺のが全然長い時間働いているってのに……そういえば、詳しくは知らないけど実家が金持ちなんだっけか?


「親のすねかじって良い家に住める人は羨ましいな~? 俺なんてボロアパートで、窓から見えるのは隣のアパートのおっちゃんのパンツくらいだからな……」


 あれ? 攻撃バカにするつもりが、なぜかすごく悲しくなってきた……これがせめて隣のアパートに住んでるのが綺麗なお姉さんとかだったら、むしろ優越感を……いやいやいやいや! 俺には西園寺さんが!!


「別にパパにお金出してもらってなんか無いよ? 自分で……って、そんな事はどうだっていいの……あのさ、聞いても良い?」

「な、なんだよ? いつもならそんな事いちいち断らずにズケズケ聞いてくるくせにな?」


 なんとなく無理矢理話題を変えられたようにも感じたが、急に真剣な顔になった佐倉を見てちょっとだけ戸惑いつつ、なんとなく茶化すように答えた。正直、こんな真剣な顔になった佐倉を見るのは初めてかもしれない……いつもバカにするように笑ってるか、タックルしてるかだからな。あ、タックルに表情は関係ないか。実はタックルする時はいつもこんな真剣な表情をして……


「ウチは真剣なの! やっぱさ、相沢センパイってあの女の人が好きなの? あのお姉さん系っていうか……相沢センパイってちょっと遊んでる系の子がタイプだと思ってたんだけど……」


 真剣な顔をそのままに全く予想してなかった佐倉の質問に、思考が完全に脱線しつつあった俺は少しだけ驚いてしまった。

 にしても、ちょっと遊んでる系の子がタイプってどこ情報だ? そんな事実は無いし、多分だが言った事だって無いはずだ。たしかに今まで付き合った子は大体ギャル系だったし、中には遊んでる子もいたが……


「いきなり何言ってんだよ。そんな事聞かなくたってわかるだろ? お前の前でも何度も言ったと思うけど? ってか、遊んでる系の子がタイプってなんだよ」


 俺の答えを聞くと、佐倉は小さくため息をついた。なんとなくだが、少しだけ悲しそうに顔をしかめた気がしたが……流れ的に気のせいだと思う事にした。


 その時、頬に何か冷たいものが触れるのを感じ、俺は空を見上げた。そんな俺につられるように、佐倉も空を見上げた。


「あ、雪ふってきたね。そう言えば天気予報でそんな事いってたかも」


 そんな佐倉の声に、さっきまでの雰囲気が無かった事に少しホッとした。


「そうだな~また予報外れたかなって思ったけど無事当たったな。まぁ俺は雪は好きじゃないから外れてくれた方が良かったけどな」

「そうなんだ? ウチは好きだけどなぁ。だってさ……」


 佐倉は何かを言いかけ、少し困ったような悲しいような顔をしているように見えた。


「まぁでも、そっかぁ……冗談じゃなかったんだね~……ホントたぬ吉のいう通りだよ。無謀すぎ! あんな美人は諦めてもっと身近なとこで手を打っとくべきじゃないかな? 傷つく前にさ! うん」


 先に歩きだして、前を向いたままそんな勝手な事を言い出す佐倉に少しイラッとする。

 たぬ吉にも言われたし、正直、俺だって無謀かもしれないとは思ってる……けど、それを人に言われると納得できない、というか、したくない!


「だから、なんでフラれる前提なんだよ! そんなのぶつかってみなきゃわかんねーだろ? てか身近なとこで手を打つってなんだよ? 俺の身近にそんなめぼしい女なんて全く見当たらないんだが? お前なんて論外だしな」


 俺がお返しとばかりに全力でバカにした声で、笑いながらそう言ってやった! とたん衝撃とともに目の前が真っ暗になった。


「――っ!? お前、そんなでかいバッグで顔面攻撃は無いだろ? 少しは西園寺さんを見習って、おしとやかな大人な女になっ……」


 すべてを言いきる前に、今度は得意のタックル攻撃により地面に転がされた。タックルは腰から下、基本に忠実な良いタックルだ。って違う!

 俺が頭の中で会心のノリツッコミを炸裂させていると、佐倉は俺の上にまたがってきた。

 雪で塗れた冷えたアスファルトは、ダウンの上からでも冷たさを感じる。


「マジでなんなんだよ! お前はさ~。俺は大人だから笑って許してやるけど、俺じゃなかったら……えっ?」


 またしても俺はすべてを言いきる前に言葉をとぎらせる。俺に馬乗り状態の佐倉から何かしら追撃が来るんじゃないかとに目を向けたら、佐倉の目に何か光るものが見えたからだ。

 でも、なぜ……?


「佐倉……泣いてるのか?」


 いや、きっと雪がたまたま目に入って、それで泣いてるように見えてるだけだ! そうに違いない……だよな? だって、そうじゃないと流れ的に……


「ばーーーーか! なんでウチが泣くのよ! 本当信じらんない! この変態むっつり鈍感変態匂いフェチ!」


 そう言いながら立ち上がると、そのまま走り去ってしまった。

 今までに無いくらい真剣な雰囲気を出していた佐倉から解放された事で少しホッとした。

 とりあえずまぁ……うん。元気そうでなによりだ。そんな事より、なんで俺が匂いフェチだって知ってんだ!? いつバレた……それにさりげなく変態って二度も入ってたし……


「はぁ~……あいつ本当意味わかんね。本当なんなんだよ……」


 そう呟き、佐倉の事を考えるのをやめた。さっきの佐倉の顔を思い出して、会話の流れからして色々と引っかかるものはあるが……どうせ考えたところで俺に佐倉の気持ちなんてわかる訳がない。


「少し雪が強くなってきたな……」


 すでにお酒を飲もうという気分では無くなり、真っ直ぐに家に向かう事にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ