0話(7.5話) 俺のセカンドライフ
クソッ……なぜだ!? どうして神は俺にこんな過酷な試練を……!?
俺は今、どうしようもない程の大きな問題に直面している。
俺という人間の理性を試されている……いや、そんな生易しいものではなく、オスとしての本能に抗わなくてはならないという過酷な試練を拒否権もなく、しかも唐突に投げつけられたのだ。
世の中にはヌーディストビーチという夢のような楽園があるそうだが、そこで目を閉じていられる男がいるだろうか? 断言してもいい。そんな賢者は存在しない!
俺は見た目は小学三年生の子供だが、二十六年という長い年月を生き抜いてきた立派(?)な大人だ。断っておくがロリコンでは無い。しかし……
本能の強力な力によって目の前に座る少女達に視線が戻ると、無防備すぎる足元からは惜しげもなく可愛らしいパンツ達が顔を覗かせていた。
「たしかあのクマさんパンツは……中学の時同じクラスだった……明るくてクラスの男子から結構人気があった子だな。今はまだ幼すぎてよく分からんが数年もすればめちゃくちゃ可愛くなるんだよなぁ。いや待て……隣の地味な子はたしか将来国民的アイドル集団のトップの座に座る、日本中の男の夢ともいえる存在。心の目で見るんだ。あのアイドルの顔を想像しながら……うふふ、やっぱり純白やぁ」
数秒前まで全力で抵抗していた事を忘れ、俺は目の前に広がる光景を小声の実況中継付きで堪能していた。
なにより、心眼を駆使した俺には、彼女達の未来の姿が透けて見えている(気がする)のだから、この光景はまさにパラダイス! 桃源郷! きっと今この瞬間、世界中の誰よりも眼福という言葉を体現しているという自信がある!
いやいやいやいや……俺は何のためにもう一度人生をやり直しているんだ? あのみじめで後悔だらけの人生を繰り返さないために、あの人に認めてもらえる立派な男になるために、俺はこの二度目の人生を全力で生きるって決めたんだろ? 断じて小学生のパンツを見て喜ぶためにではない!!
俺は、煩悩の海へと旅立つ寸前のところで、あの人への想いで立ち止まる事が出来た。
ふっ……勝った。とりあえずこの学年朝会が終わるまで目を閉じてやり過ごそう。
「先生! 相沢君が寝てまーす!」
……っ!? クソガキが!!! 俺のすぐ隣に座っていた丸坊主のお調子者、たしか名前は……忘れたが、俺の大事なセカンドライフに早速傷をつけやがって!!
そもそも俺が学年全員の前という特等席で正座させられているのは、すべてこの丸坊主のせいなのに。
慌てて目を開けて、隣の丸坊主を睨みつけた。
「おい、俺は寝てねぇよ。先生の話を集中して聞きたいから、目を閉じてただけだっつぅの。ウメルゾ……」
先生に聞こえないよう小声で、最後の一言は精一杯ドスをきかせ、顔は眉毛の真ん中あたりを上へあげ(ヤンキー漫画とかで相手を睨みつける時の『あーん』のイメージ)俺なりの鋭い目つきで言った。
さすがに小学三年生のガキんちょに二十六年分の重みが乗っかった俺の睨みは厳しすぎたか? と思っていたが、丸坊主は急に口を抑えてプルプルと震え始めた。
やべっ! 泣かせてしまったか……?
「先生! 今度は相沢君が面白い顔をして笑わせようとしまーす!」
うぉい! 笑い堪えてただけかよ! 俺の二十六年間の重みは迫力がないどころか笑いたくなるような面白い顔ってか!?
もうこれ以上悪目立ちはしたく無い俺は、この隣で爆笑しているクソ坊主に心の中だけで全力のツッコミをいれた。
それにしても……自分が怖いだろうと思っていた渾身の表情が、相手を全力で笑わせてしまったという事実は多少なり傷つくもんだな。いや、今の俺は小学三年生か……迫力なんてある訳ないよな。
この丸坊主と絡んでいてもきっと俺のセカンドライフにおいてプラスになるような事は何一つないはずだし、可能な限り絡まないでおこう。
そう誓いつつ、なんとなく自分自身の顔の作りを確認するように、顔をこねくり回してみた。
「相沢君も小林君もマジメに話を聞きなさい」
先生……俺が大人じゃなかったらグレてるぞ? どう考えても俺は被害者でしょうが!
と、口から出そうになった言葉をなんとか体の中に引き戻し、心を落ち着かせるために……そう、心を落ち着かせるという大義名分を得て、再び前方の禁断の花園へと目を向けた。もちろん心眼(妄想)を解放する事も忘れずに。
あっ、あの子のパンツにペンギンさん発見! ん? あんな大人しそうな子が色付きなんてお・ま・せ・さ・ん! ウフフフフフ……
「先生! 相沢君が女子のパンツ見てまーす!」
隣から聞こえてきたその言葉に、一瞬俺は固まってしまった。体育座りの体勢で、両手で自分の目線が周りにバレないように隠しながら緩みきった顔をしていた俺は、そのままの体勢と顔で固まってしまっていた……そして、そのまま注目されてしまっていた……
「ウフフフフフフ……」
自然と俺の口からこぼれだした笑い声に、周りが『何事!?』と驚いてるのを感じる。
そんな周りの反応を無視し、俺は腹の奥底から煮えたぎった熱い何かを感じていた……生まれて初めて、本気で殺意というものを覚えていた。
この丸坊主の名前はさっきの先生からの呼びかけで覚えた……小林、その名前二度と忘れねぇぜ……
頭の中は煮えまくって噴火直前の状態ながら、疑惑の目を向けられているこの状況で怒り出すのは愚の骨頂。焦らずクールに対処する事が疑いをかけられない唯一の道だ。
とにかく落ち着いて……焦らずに、クールな一言で流すんだ! クールな一言……よしっ!
とりあえずクソ憎たらしい小林に目を向けて、落ち着いて焦らずゆっくりと……
「ナニヲイッテルンダイ? コバヤシクン、ボクハペンギンサンヲミテタダケダケド?」
ふっ、ちょっとカタコトになってしまったが、クールな一言だぜ。パンツじゃない、ペンギンを見てただけ。ふふん、我ながら完璧な対応だったんじゃないだろうか……ん? なんであの子はスカートを抑えて泣きそうな顔を? せっかくのペンギンさんが隠れちゃってるじゃないか全く。
「見られた……」
泣きそうな消え入るような声……でも、静まり返ったこの場では十分すぎる程に響きわたり、しっかりと俺の耳にも届いてきた。
あれ? なぜ気付かれた……待てよ……今、俺……ペンギン(パンツ)を見ていた事を全力で肯定していなかったか? うん……どう思い返しても言った気がする……やっちまった! 全くもって冷静じゃなかった!
前方から何か冷たい視線のようなものを感じる……いや、視線なんて生温いものじゃない。体の芯から凍らせるかのようなこの空気は……あぁ、きっと雪山で吹雪の中を遭難するとこんな感じなのかなぁ? あれ、不思議と視界が真っ白に……なんだ……これは夢だったのか? すると、もう目が覚め……る訳もなく、現実逃避を一旦保留して、恐る恐る視線を前方の女子群の方へ向けてみると、ペンギンちゃん以外の子も、視界に入る全ての女の子が下半身部分をガッチリガードしながら、俺に対し全力で軽蔑の射殺す程の熱い……いや、寒い視線を返してくれた。
ちなみに、隣の丸坊主を含めた男性諸君らは人の気も知らずに爆笑だった。
「相沢君、カッコイイよ」
目に涙を浮かべる程に爆笑していたはずの隣に座っているクソ丸坊主(小林)が、真剣な表情で嫌味なのかよく分からない称賛をしてきたのを聞き流し、ゆっくりと目を閉じて体育座り状態の膝に頭を押し付けながら、ゴチャゴチャになっている頭の中をなんとか整理し、落ち着いて今の状況を把握する事が出来た。
「ふふふ……終わっちまった……」
俺のセカンドライフ、晴れて変態キャラとして定着した瞬間だった。