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覚えていますように  作者: ザリガニ
5/7

第5話 それを一体誰のためにやってんだい

 1月だ。

 いくらおれが決意の鉄人と化しているったって、そりゃあ寒いよ。痩せ我慢したって仕方ないから、言っちゃうけどさ。世界最後の日なんだから、気温が10度くらい上がるような異常気象のひとつやふたつ、起こしてくれたっていいのに。まったく、とことん気の利かない神様だ。

 「千佳、寒くない?」

 「え、なに!」

 自転車が風を切る音で、声が聞こえない。

 「さ、む、く、な、い!」

 「さむい!」

 信号で止まるたびに、千佳はおれの背中を手のひらで洗うみたいにして、ごしごしこすった。

 「千佳、こぐ?」

 「え、やだよ!」

 たとえば、真冬に外で寝たとしたら、人間っていうのはすぐに死んでしまうらしい。そういう話を聞いたことがある。いまおれは身体動かして一生懸命重たい荷物を運んでるからいいとしてさ、その重たい荷物のほうは、このままいくと、ひょっとすると凍えて死んでしまうんじゃないか。

 千佳はそういうおれの心配もまったく知らずに、おれの脇腹をくすぐった。その手がかじかんで動かなくなっているのを抜きにしたって、コートを着込んでるんだから、ちっともくすぐったくなかった。

 それでもやめろとは言っとこうと思って振り返ると、千佳は慌てた顔で、

 「前、まえ!」

 「えっ」

 前を向くが早いか、反射的にギュッとブレーキを握る。目の前には、ひよこが火を噴いたのを見たような顔をしたじいさんが突っ立っていた。

 「あ」

 浅い呼吸を挟む。

 「あぶないだろ! 気を付けろ!」

 「す、すみません、不注意で」

 「不注意って、おまえ、ばかやろう! もしぶつかってたらな、死んでたぞ、おれは! 年寄りだぞ!」

 「ええ……、はい……」

 千佳が自転車から下りる。おれも下りた。

 「このよ、暗い道をよ、そんなスピードでよ!」

 なんだかおれ、今日は叱られてばっかりだ。こればっかりは、まったくもって、おれの不注意のせいだけど。

 「すみません……」

 「ねえ、じいちゃん」

 ほわっ! という感じの声が、思わず口から出そうになった。みぞおちの辺りが冷えた。千佳は空気を読まない声で続ける。

 「これ、お風呂? 銭湯だよね」

 「ああ?」

 「じいちゃんのお店?」

 おれはじいさんの顔が見られなくて俯いてたけど、思いのほかトゲのない声で、そうだと言った。

 「じゃあ、入ってもいい? 寒くってさあ、死にそうなんだ」

 「お、おい、千佳」

 さすがにそれは傍若無人ってやつだろう。おれが腕を握ると、千佳は一瞬きょとんとした顔をしたあと、にこっと笑った。

 「だめだ」

 じいさんが静かに言った。それはそうだ。もう電気消えてるし、そうじゃなくてもさ、この流れでそれはないって。おれが「そうですよね、ほんとにすみません」って言いながら千佳を自転車に乗せようと引っ張ると、その手を振り払われた。

な、なんだよ。

「こうちゃん、寒いんだよ、わたし」

「おれだってそうだよ、だけど」

「お風呂なんて入れるの、今日が最後かもしれないんでしょ!」

この表情。こういうときだけ都合のいい言い方をするんだ、こいつは。信じてるわけじゃない。そう言われたらおれが反論できないって、わかってるんだ。

こしゃくだ。コノヤロウ。

 おれにはそうやって心の奥が見透かせていたから、こいつのこの言葉はちっとも響かなかった。だけど、

 「ふうん、変なこと言うな、ぼくちゃん」

 「え、なに」

じいさんには存外そうでもなかったようで、

 「ちょっとだけよ、手伝ってくれりゃ、入れてやるよ。来てみろ」

 そう言って店に入っていくじいさんの後をしばらく目で追って、千佳がこっちを向いた。

 「ねえ、ぼくちゃんってさ、わたしのことかな」

 ばばんばばんばんばん。


 じゃばじゃばと水音の響く浴室。巨大な湯船に湯が張られていくのを見るのは、たぶん壮観でさえあっただろうな。だけど、そんな暇、おれにはなかった。残念ながらね。

 「ぼくちゃんって」

 ひとつはうるさい千佳の話を聞き流さなきゃならなかったのと、

 「どういう目して生きて来てるわけ、あのじいちゃん」

 もうひとつは、黄色い布を渡されて、これで蛇口や鏡をピカピカにせよとの命が下ったのと。ふたつとも地味な作業だけど、けっこう重労働だった。

 「普通さ、じいちゃんとこうちゃんが男湯で、わたしは女湯だと思うんだよね」

 「タシカニ」

 男湯はおれと千佳に任せきりで、じいさんが女湯から様子を見に来ることは一度もない。いよいよ掴みどころのないじいさんだなって思った。だってさ、これじゃちっともわかんないじゃんか。どういう狙いがあって、おれたちに手伝わせてるのか。

 それよりさ、と千佳がまた唸る。

 「ねえ、そんなにあれかな、わたし」

 「ワカル、そういうのある」

 「そんなにさ、女の子っぽさっていうか、うーん、ないかな、そういうの」

 「その気持ちワカル」

 どちらかというと、蛇口を磨く作業の方が楽しかった。たまに取れない水アカがあったりすると、おやおやと思って、少しだけ燃える。世界がまだ続くんだったら、こういう仕事が向いてたのかもしれないな。あんまり給料良さそうじゃないけどさ。

 「ねえ」

 白い手がおれの手を捕まえたので、水アカが見えなくなってしまった。おや。

 「えっ、なに!」

 びっくりして大声を上げたから、それが浴室にほわほわと反響した。そのほっそりした手が冷たいのでびっくりしたんじゃなくて、千佳に手を取られてることに気が付くのに2秒くらいかかったのにびっくりしたんだ。おれってやつは、どれだけ水アカに集中してたんだよって……、えーと、いや、それも嘘だ。

 「わたし、女の子っぽくない? ぼくちゃんに見える?」

 「え、ええっと……」

 なんだよ、わかってるくせに。

ぼくちゃんには見えないんだよ、普通は。昔からずうっと一緒にいるおれだって、千佳のことをぼくちゃん扱いするのには無理があるくらいだし、クラスのやつに聞いたって、この子がぼくちゃんっぽいだなんて誰が言うもんか。女子の言う「カワイイ」こそ信用出来ないけど、同じこと言ってる男子だって、いることにはいるんだ。それも、けっこうたくさん。

 「やっぱりそうなの、こうちゃんにもそう見える?」

 だからさ、見えない、って言えばいいんだ。おれにとっても本心だし、千佳もそれだけで安心する。わかってるさ。でも口がうまく動かないのと、息がうまく吐けないのと、歯の根が合わないのと、それだけじゃなくて、よくわからないけど、とにかく咄嗟にそう言えなかった。

 「ソ、そんなことない……、かな」

 「本当?」

 「うん」

 千佳は困った顔でおれの顔をどのくらいか見つめてから、ようやく手を放した。ほお、と思わず息を吐いた。

 それから「そっか」とか「それならよかった」とか言ってから、可笑しそうな様子で「やばいな、何聞いてんだ、わたし」と言って、おれと同じ作業に没頭した。


 おれと千佳がようやくそれぞれ風呂に入ると、じいさんも入った。うちにはじいちゃんいないから、年寄りの裸ってけっこう新鮮だった。いや、もちろんアンティークで、新鮮ではないんだけど。

 「あの子、彼女か」じいさんが言った。

 「違いますって。見ればわかるでしょ」

 「見て言ってんだよ。彼女だろ」

 「だから、違いますよ」

 「長いのか。長いよなあ、見りゃあわかる」

 じいさんは、おれの話を聞くつもりなんかさらさらないみたいだった。こういう扱いにはもう慣れっこだったから、無理に否定したって大して意味がないってことも、よくわかってた。千佳だってそうだろう。

 「小さい頃から一緒だから、そう見えるのかも」

 「へえ、そりゃいいね」

 いいね、なんて言いながら、ちっとも関心がない声だった。

 「年食うとな、堪えるねえ、こういう稼業ってのはよ。肉体労働でよ」

 「でしょうね」

 アンティークの身体をいたわるようにして、右手で左手を撫でたり、肩を撫でたりする。

 「おいくつなんですか」

 「もう73」

 「はあ、でもやめる気はないんですか」

 「やめねえよ」

 誇るでも自嘲するでもなく、ひょいと即答して顔を洗った。そのときじいさんがまるで鼻を噛むようなことをするから、おれはバレないように3歩分遠ざかった。

 「まあ、身体が動くうちはな」

 ふうんと頷いて、

 「あ、でも、じいさん」

 「ああ」

 「あの、今日で世界が終わるって、知ってますか」

 じいさんは、天井の水滴が2つ、浴槽の中に還ってくる音を聞いてから、「はあ?」と眉を八の字にした。また顔を両手で拭って、

 「なんの話だよ、そりゃあ」

 「この世界ですよ。言っておきますけど、本当ですからね」

 「はあ?」

 もう一度顔をざぱっと洗うと、はあとため息を吐いて、ちっと舌打ちした。

 「おれがよ」

 タイルで覆われた浴槽のヘリに乗ったタオルを枕にして、じいさんは天井を見つめた。その鼻の穴がやけに大きかったから、鼻くそなんか見えたらやだなって思って、おれはじいさんの足ばっかり見てた。

 「大学んときだわ。かみさんと会ってよ。ふじっつって、これが綺麗でな、一発で惚れっちまってさ」

 「はあ」

 相槌を打つおれの声が怪訝なのも気にしないで、「ふじ。なあ、いい名前だろ、なあ」と続けた。脈絡がないってもんだ。ひょっとすると、客にはみんなにこの手の話をしないと気の済まない性質なんだろうか。まったく、はた迷惑な話だね。

 「つってもそんときは意気地がなくってよ、願掛けみてえなのを考えたわけよ」

 「はあ」

「あのー、グラバー……なんとかっていう、ええと、九州のよ、名所があんじゃねえかよ」

 「さあ」

 「さあって、おまえ、ちっとは勉強しろよな、学生だろうがよ」

 まったく理不尽な叱責だ。

 「でよ、そこにハート型の石があってな、聞けばよ、それが縁結びにご利益があるっつってよ」

 右手で頭をさするようにして撫でる。そんな話、おれは聞いたこともなかった。

 「ああ、こりゃいいって思って、で、願掛けっつうかよ、石をたくさん削ってよ、ハート型にな。で、大学に置いたのよ」

 「はあ」

 このいかめしいじいさんが、せこせことハート型の石を生産しているところなんて、ちっとも想像したくなかった。そもそも、こんなにハートって言葉の似合わない人間も珍しい。

 「かみさんがその石を見つけて、その話をおれにしてきたら、そのとき愛の告白をしようってな」

 「うへえ、そりゃまた」

 「おう、気の長い話だろ」

 そうじゃなくて、あんたがそんなに乙女チックなことをするってのが気持ち悪くって、おれは「うへえ、そりゃまた」って言ったんだ。そりゃまたひどくミスマッチな話だな、ってね。

 そこでじいさんが鬱陶しい間を入れてきたから、

「……それで、見つかったんですね」

と素直に聞いた。

 「いや」

 案の定、嬉しそうな顔。

 「かみさんのほうから言ってきてよ。参ったね。結局おれの苦労には、全然気付いてもらえなかったってわけよ」

 ふうん、と唸ってから、なんだ、結局自慢話じゃないかって、そう思ったのが顔に出ないように、お湯をすくって、手のひらごと顔にぶつけた。

 「その石、今どうなってるんですか」

 「どうって、知らねえよ。そのまま大学に置いたっきりでよ」

 「放置ですか。置いたっきり、全然ノータッチ?」

 「じゃなきゃどうしろってんだ」

「寝室に飾ったり」

 そう言うと、じいさんはゲテモノ食いでもみたような顔をして、

「するか、馬鹿野郎!」

 じいさんはそれから黙って、たくさん並んだ鏡台のひとつを、じっと見つめた。そうなるとさ、こっちも話しかけづらいんで、じいさんが「のぼせるから上がるぞ」と言い出すまで、おれも真っ赤になりながら黙ってた。


 じいさんはフロントみたいなところで、おれと千佳に一本ずつジュースをおごってくれた。コーラとアセロラジュース。

 「いいの?」

 「バイト代な」

 「わあ、ありがとう!」

 ちょっと安すぎると思うんだけど、わざわざ入れ直した風呂にも入れてもらったから、文句は言えない。だって、おれはあれに一度湯を張るのにいくらかかるのか知らない。

 「湯ざめするから、外出るなよ。もうちょっといていいからよ」

 言いながら、じいさんは緑のハイライトをポケットから取り出して、火を点けた。千佳が咳払いする。

 「やめようか」

 「ううん、大丈夫。お父さん吸うから」

 すっと上がった口角の先、千佳の頬はいつにもまして濃いピンク色だった。毛先がまだ湿っていて、そのせいでくるくるっと巻いている。その千佳が隣にいると、少し熱が伝わってあったかいような気がして、そう思うと、これは本当に変だなって思ったんだけど、急に心臓の鼓動が大きくなった。それから千佳のほうを見られなくなって、テレビがあったから、その前においてあるソファみたいのに座った。

 「点けていいですか」

 「なんだ、急に図々しくなってよ」

 千佳がケタケタ笑う。

 「あ、すみません」

 じいさんが鼻で笑って、いいよと言った。それから歩いてきて、主電源を入れて、リモコンをおれに投げた。

 たぶん、テレビなんて見るのはこれが最後だろうな。だっていうのに、その内容は、落ち目の女優のヌード写真集がどうの、政争の行方がどうのと、くだらないことばっかり並べて喜んでいる。おれだって、こんなものをつい昨日までおもしろがって聞いてたっていうんだから、いよいよ情けなくなってくるね。かろうじて、月がどうのってテロップが右上に出ているけど、何も新月の日にそんな話題を出さなくったって。

 「なにしてんだ」じいさんが言った。「こんな時間によ」

 「あ、ええと」

 千佳を見る。我関せずという顔である。そりゃ、こいつは付き合ってるだけなんだけどさ。ちょっと冷たいんじゃないの、と思った。

 「さっき言ったんですけど、今日、その、世界が終わるんで」

 じいさんは笑わないし、今度は「はあ?」とも言わなかった。

 「それで、それを何とか出来る、っていうか、世界を救える、っていうか、そういう人がいるかもしれないって思って、それで……、デモ、みたいなことをやりたい……やれたらなって」

 「デモ?」

 「あ、デモっていうか、ただ、みんなで大声で叫んだら、テレビとかに映るかもしれないって。それを見た人の中に……」

 「世界を救える救世主がいるかもしれないって?」

 そう、と頷くと、じいさんはふうんと煙を噴いた。

 「けっこうだねえ、そらあよ」

 「……はあ、その」

 まるで相手にしてやがらない、こいつ。そう思って、少しイラっとした。少しっていうか、結構イラっとした。

 「けどよ、おまえら、なんで頑張んのよ」

 「は」

 じいさんは何でもない調子で続けた。

 「世界が終わるんだろ。おまえひとりが死ぬわけじゃない。みんな死ぬんだよ。じじいもばばあも、ガキも、犬猫もよ」

 短くなった紙巻きを灰皿にぐしぐしと押し付ける。

 「じゃ、何にも不公平じゃねえやな、そりゃよ。そうだろ。お日様が昇んのとおんなじくらい、自然なこったろうがよ。違うかい」

 「あ……いや……」

 「別にやめろって言いたいわけじゃねえけどな、おまえ、かみさんとの話したろうがよ」

 じいさんが二本目のたばこに火を点けた。

 おれが「はあ」と頷くと、じいさんが言う。

「ありゃ、おれはおれのためにやったのよ。おれがかみさんとくっつくために。そんじゃあよ、おまえらは何のためにやってんのよって話だな。それを一体誰のためにやってんだい」

 「……それは……」

 言葉に窮した。じいさんのほうや、じいさんの少し右上を見ながら、右手の人差指をさ、こう、上下に振りながら、何度も「それは」とか「まあ、そりゃ」とか言った。でも、その先は続かなかった。

 「それは、自転車こぎながら考えるよ」

 そのとき、千佳がカウンターにアセロラジュースの缶を置いた。カンと高い音が弾ける。

 「ね」

千佳はたぶん、おれのほうを見てたと思うけどね、迷った目をしたまま視線を合わせたら、呆れ顔されて、おいおい、くらいのことは言われそうな気がしたから、不自然な顔で目を閉じた。今までにしたことのないような顔の筋肉の使い方をしたから、それが千佳の目にどう映ったのかはわからなかったけど、少なくとも、「え」という戸惑った声は聞こえた。

 「そうかい」

 目を開けたら、じいさんが少しだけ笑ったような顔をしてた。

 「ならいいのよ」


ならいいのよ。……って、じいさんは言ったけどさ。自転車に跨って千佳を待ってても、なかなかそういう風には思えなかった。おれは誰のために、こんなことやってんだろうなって。世界が終わることが、どうしても嫌だってわけでもない。じいさんの言った通り、それが自然でなんの不公平もないならさ、それはそれでいいって思うんだよ。まあ、一度始めちゃった宿題みたいなもんで、だからって言って今更やめる気にもならないんだけど。

軒下でしゃがみ込んで何事かやっていた千佳が、銭湯の明かりを背負って、暗い新月の夜の中へウサギみたいに飛び込んでくる。

「待ーたせ!」

「なにしてたの」

「ううん、別に何でもないんだけど」

 ふと煙突を見上げた。入るときは明かりが消えてたので真っ黒な影だったけど、今はうっすらとそこの字が読める。

 ふじの湯と書いてあった。


「えっ、待って、もしかしてさ、こうちゃん、あの、ちゃんとしたお風呂に入ったの!」

 コンビニでチョコレートを選びながら、千佳が大きな声を出した。

 「ちゃんとしたって?」

 「だって、わたしすごいちっちゃい、普通の家のお風呂みたいなとこにお湯張って、そこに入ったんだよ。もったいないからって言われてさ」

 小さい浴槽なんて、男湯には見当たらなかった。

 「たぶんあれ、水風呂用のだと思うんだよね。っていうか、絶対そう。えー、なんでわたしだけあんな……」

 「男湯にはそれなかったからさ」

 「そんなの関係ない。わたしだっておっきいお風呂、入りたかったのに!」

 あのじいさんが世界最後の日のお湯代をけちったせいで、おれがチョコレートとフライドチキンを千佳に買い与えるはめになった。

 

「なあ、ばあさんよ」

『なんですか、電話なんかしなくたって、帰って来てくださいな』

「今さっきよ、おもしろいガキが来てな。昔のこと思い出したよ。ちょっとジジ臭えから、こういうことは言いたくないんだけどよ」

『はあ、お客さんですか』

「おう」

『それはまた、よかったですねえ』

「若かった頃からはよ、全部変わっちまったな。改築もしちまったしよ」

『そうですねえ』

「なんにも、変わらずにはいられねえなあ」

『あら。ねえ、おじいさん』

「なんだい」

『恥ずかしくって、今まで黙っていたんですけどね』

「なんだよ、もったいぶって」

『お店にね、お守りを置いてあるんですよ』

 「はあ、お守り」

 『ええ、ちょっと、軒下にね』

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