第4話 覚えてるよ
わたし、初めて会う人とうまく話せないんだよね。
だからね、正直ね、こんなに早く友達出来るって思わなかった。
不安だったんだ。
でもよかった。嬉しいな。
友達になれてよかった。
学校来るの、楽しみになるね。
毎日ちゃんと来るよ。
毎日会えるように。
約束する。
ね。
なんか……、変だね、おかしいね。
でも、ありがとね、千佳ちゃん。
当たり前だけど、サドルはすっかり冷えてしまってた。街灯の心もとない光が、視界の右上を次々に通り過ぎていく。本来なら別に体力のあるほうではないおれが、今夜は、この瞬間には、いくらだって両足を動かす力が湧いた。
例えば妹が出来たばかりの兄ちゃんとかさ、子犬を飼い始めたばっかりの子供が家に帰るときには、こんな力が湧くんだろうと思う。
世界に、その終わりを知らせたい。
おれだけは、その絶望的なニュースを知らせる使命から、希望に満ちた力をもらっていた。
いつの間にかおれの中のアウトプットぎりぎりのところにこびりついて離れなくなった、色気なく乾いている何かを引っぺがすことができるとしたら、今が最後のチャンスなんだって。
なんとなく学校に向けて走らせていた自転車がガソリンスタンドのそばの十字路を通りすぎたとき、家を出てからはほとんど言葉を発さずに、ただおれの腰に両手を添えているだけだった千佳が、突然あっと声を出した。
「なに」
「あのさ、こうちゃん」
とんとんと腰を叩いた。
「こず恵ちゃんって知ってる? わたし、1年のときに一緒のクラスだったんだけど」
「こず恵ちゃん?」
「安岡こず恵ちゃん」
自転車の速度を落として記憶をたどってみても、ちっとも思い出せない。
だいたいおれはクラスが違ったんだから当たり前のはずだったんだけど、千佳はどうしてかおれの頭を叩いた。
「知ってろよ」
無茶を言う。
「すぐに来なくなっちゃったんだけどね」
「だったらなおさら知らないだろ」
「まあね」
少し待ってみたけど、千佳は頭を叩いたことについて何にも謝らなかった。
「それで、その安岡こず恵ちゃんがどうしたって?」
「いや、この辺に住んでるって言ってたからね」
それだけ、と付け加えて千佳は黙った。そのときの千佳の声にさ、悲しい、とか、寂しい、とか……、そういう気持ちが滲み出てたってわけじゃないんだけど、もしかしたら安岡こず恵ちゃんと仲が良かったのかもしれない。なんとなく、長年の兄妹みたいな付き合いがある身としてね、そう思った。
「場所わかるの」
「え、こず恵ちゃんち?」
「そう」
「わかるけど」
「だったら寄ってこう。せっかくだからさ、おれも会いに行くよ」
千佳は信じていないけど、
「今日は世界最後の日だしな」
間をおいて頷いてから、じゃあこっち、という千佳の指示で入った道には、およそ明かりってものがなかった。
「ストレート?」
「いや、レモンティーだけどね」
千佳とおじさんは懇意らしい。居間に通されるなりバウムクーヘンが出て来て、よかったらって勧めてくれた。仕事から帰って間もないのか、おじさんは着崩したスーツを着たままだった。
「あの、すいません、なんか……」
遠慮して言うと、おじさんはくしゃっと笑う。疲れた皺のあたりが少しだけ、昔の母親に似た笑顔だった。
「ああ、いやいや。こちらこそ、夜遅くにわざわざね。ありがとう。ゆっくりしていって」
夜遅くにわざわざありがとうだなんて、変な話だと思った。迷惑千万なのは承知で来たのに、安心するような、不思議と拍子抜けするような、あんまり普段の生活で感じることのないような気持ちがある反面、時間がないんだけどな、と思いながら、はあどうもと言ってお茶を飲んだ。
安岡こず恵ちゃんの家は結構な豪邸だった。
明かりのない玄関からおじさんが顔を出したから、その顔に向かって、明日世界が終わるってことを説明しに来たって言ったら、明らかに怪訝な顔をされた。
しかし、千佳の顔を見るなりぱっと顔を明るくして、久しぶりだの、見ない間にきれいになったの、どうぞ入ってくれのって言った。
何度か来たことあるんだな。
推測はしてたことだからさ、別に驚いたりってことはなかった。
それにしても一体なにがどうなったら、入学から「すぐ」──安岡こず恵ちゃんが学校に来なくなってしまうまでのうちに、そうまで仲良くなるもんなんだろうか。この辺のことは千佳に聞いたって、フィーリングよとかインスピレーションよとか言うだけだろうから、聞くつもりはなかったんだけど。
「こず恵も、一応……、呼んできてはみるよ」
おじさんが難しい顔で笑って席を立つ。
一応、呼んできてはみるよって言うと、どういうことだろうって思って、おれは千佳を見た。そこにも難しい顔があった。
おじさんを見ると、ふうと鼻でため息を吐いてから言った。
「その……、出てこないんだよね。部屋から」
「はあ……」
「食事とトイレ以外ではね」
悪いね、わざわざ来てもらってね、と一言断ってから、おじさんは居間を出て行った。代わりに部屋には沈黙が訪れて、お茶をもらう気もなくなってくる。
おれはカップを置いた。
「……おまえさ、安岡こず恵ちゃんが学校来なくなってからも、ここ来てたの」
「まあね」
「でも出てこない」
「そう」
「1回も?」
「1回も」
「なんでよ」
「知らん」
千佳はバウムクーヘンをむんずとつかんで、犬みたいにかぶりついた。口の端についたのを押しこみながら、うーんと唸る。
「おじさんは何か知ってるみたいだけど」
母親はわたしを嫌ってた。
小さい頃、夜中に凄い腹痛に襲われて、そばに寝ていた母親を揺り起こしたことがある。
そのときに彼女がわたしの手を振り払って言った「私にどうしろって言うのよ」の言葉は、どうしようもなく冷たかった。
幼いわたしはショックで怖くなって、何事もなかったかのように再び眠りについた母親の横で、声を殺して痛みに耐えていた。
それが、わたしの最初の記憶。
両親は離婚した。
わたしは5歳だった。
母親は親権を求めなかっただろう。
わたしを引き取ることになったパパはそんなことないって言ってくれるけど、わたしにはわかっていた。
わたしを見るときの母親の眼を、パパは知らないんだ。
「こず恵」
ドアの向こうから声がする。鍵は自分で付けた。ちゃちな木製の境界を、絶対の壁にしたかった。わたしは眠気もないうちから布団に入って、意味もなく返事をしない。
いや、意味はある。これは抵抗なのだ。
「ちょっと出てきなさい」
パパが出てくるように言うのは、もう久しぶりのことだった。諦められていると思ってた。何事かとは思ったけど、やっぱり返事なんかしてやるつもりはなかった。ところが、パパは思いもよらないことを言う。
「千佳ちゃんが来てくれてるよ」
驚いた。枕から頭が浮いた。
千佳ちゃん。
高校に入った頃──まだなにも辛くなんてなかった頃、仲良くしてくれた友達の名前だった。もう1年以上ここへは現れなかったから、もう来てくれないものと思いこんでいた。そして、それでいいとも思っていた。
「……いいよ」
「いい? いいって?」
「出ない」
ドアを隔ててちゃ聞こえなかったけど、パパはひゅっと息を吸っただろう。大きい声を上げる前の癖だった。
「何言ってるんだ! せっかく──」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ! ほっといてよ!」
わたしは思い切り枕に頭を振りおろし、脳天まですっぽり布団をかぶった。
とことん嫌になる。
パパはやかましくドアを叩いた。
「こず恵、少しでいいから、出てきなさい。本当に会わないつもりか」
わたしは返事をするのではなくて、パパには聞こえない声で小さく呟いた。
「……会わないよ」
会えないんだ。わたしが会うには、千佳ちゃんは、千佳ちゃんの環境は、円満すぎる。今のわたしには、彼女が眩しくなってしまった。それはすごく惨めだったし、悲しかった。
パパがドアを叩かなくなった。
「……あのな、こず恵」
静かな部屋に、冷たいだろう風の音だけが聞こえてくる。沈黙は嫌な予感を駆り立てた。もう聞きたくない話を、またいつものように──
「再婚の話だけどな」
ほら来た。
「こず恵が前のお母さんのことでな、その、なんていうかな、思うところがあるのは、お父さんもわかってるけど、今度は前とは違うんだよ。こず恵がね、母親を選べるんだ」
無視した。
「こず恵が嫌ならな、もちろんお父さんも無理にとは言わないよ。だから、一度会って話してくれないか。それで、こず恵がどう思うか、聞かせてくれ。嫌ならそれでいいから」
無視した。
「こず恵、聞いてるか。いつまでもこんなこと続けてたって、しょうがないだろう。な」
無視した。
そのつもりはないって、何度も、何度も、何度も、言ってあるはずなんだ。わたしの回答を、パパはよく知ってるはずなんだ。パパは、わたしがイエスって言うまで続けるつもりでいるんだ。それで母親を選べるだなんて、よく言ったもんだ。
もういいはずだ。わたしが付き合うことはない。答えは伝えた。誰にも文句を言われる筋合いはない。
「おい」
静かな家だって思った。
千佳がおれの分のバウムクーヘンまで食べてしまわないように、眼の端を光らせながら、おれは部屋を観察した。
胸の高さくらいはある観葉植物がすみにひとつあったものの、カーペットひとつ敷かれていない部屋にあるのは、他には今おれたちが腰掛けているダイニングテーブルとテレビだけ。
閑静というのか、立地がいいのもあるだろうけど、時計の音がコチコチと響く他にはまったく音がしない。その音にはなにか寂しい雰囲気があった。
不登校児を抱えた家庭っていうのは、どこもこうなのかなって思った。
「千佳さ」
「うん」
「仲良かったの」
「うん」
即答しながら、千佳はすくっと立ち上がった。その拍子に椅子が後ろに倒れそうになる。何だと思う暇もあらばこそ、無表情におれを見下ろして、
「行くよ」
「は?」
「出ようよ。待ってても仕方ないじゃん」
「え、いや、仕方ないって……」
千佳はやけに強情だった。つかつかと部屋を出て、おじさんにだって何も断ってないのに靴を履き、ほらって手招きをする。
「行くよ」
千佳はおれが言葉を失っているのを、ほとんど無視した。おれが手を取らないとわかると、もういいとばかりに背を向けて、玄関のドアノブを握る。
「お、おい、待てって!」
裸足のまま玄関に下りて、千佳の肩をつかまえた。
「なんで急に怒ってるの、おまえ」
「怒ってないよ」
千佳はこっちを見ない。
「はあ、いや……。何でもいいけど、意味わかんないって」
「わかんない?」
「わかんない」
千佳は黙って、するりとドアノブから手を落とした。
「わたしだってさ、わかんないよ」
「……なにがさ」
「わかんないけど」
語尾が震える。
「ム・カ・ツ・ク」
なんですって、とおれが返すよりも速く、千佳は踵を返した。
光の速さでおれの左脇を通り抜けた形相は鬼のそれ、廊下の奥へ──これは何秒か経ってから、はっと気付いたんだけど、たぶん安岡こず恵ちゃんの部屋に向かって──駆け出した。家の中を走りまわってはいけませんって、今まで何回も注意したし、最近はようやく歩いて移動することを覚え始めてたっていうのに。制止したけどさ、当然無駄だよ。そんな状況で、相手にされるわけがない。
ああ、ちぃちゃん、ちぃちゃん。一体どうしてしまったの。
保護者としてのおれの立場は、もはやおせんべいほどの面積だって残されちゃいなかった。
「おい」
「えっ」
おじさんが女の子みたいな声を出して、ぎょっとのけぞった。千佳の顔が恐かったんだろう。おれも恐かったからわかる。
「こず恵コノヤロウ!」
千佳は大声で叫びながら、安岡こず恵ちゃんの部屋らしきドアのノブを、力任せにガタガタとゆすった。
「あんた、なんなんだ!」
そこまで追いついて、千佳に触れていいのかちょっと悩んだ。殴られないかしらって思った。それでも、おじさんが今にも糞尿を垂れ流しそうなくらいの顔だったから、そうなる前に暴走した千佳を止める必要があるって思った。
「も、もし、千佳ちゃん──」
少し肩に触れたけど、殴られなかった。その代わり大声で、
「なんなんだよ!」
さっと手を引っ込めた。恐かった。肩に指を噛まれる気がした。
「事情とかさ、理由とか……、いいよ、そんなの! 知らないよ!」
がつん、と頭を木製のドアに打ちつける。おれとおじさんは、同じタイミングで「Oh!」と言った。
千佳がぐっと息を詰めて、物言わぬ静かな部屋に叫んだ。
「嘘吐き!」
それからゆっくり俯いて、ドアに頭をもたれかけた。
おれもおじさんも、千佳の言葉の意味はわからなかったけど、そんなことより、この華奢な女の子が恐ろしすぎて、「Oh!」以外の言葉を発することが出来ずにいた。
住宅街の奥に佇む比較的大きなその一軒家は、千佳が黙ると、打って変わって静かになった。
「わたしはさ……全部覚えてるからね」
千佳はおれのほうへ歩き出した。噛まれるかと思ったけど、ただ小さな声で──激しいものを抑えつけたような声で、行こうと短く言っただけだった。おれは安心したにはしたんだけどさ、どうしたらいいかわからなくて、……というか、正直に言ってしまうと、足がすくんでその場を動けなくて、悪いとは思ったんだけど、結果的には角に隠れて、おじさんと部屋の様子をうかがう形になった。
「覚えてるって言ってたね、彼女」
パパの口から出てさえも、その言葉にはわたしの胸を苦しく高鳴らせるだけの力があった。
覚えてると言った。
千佳ちゃんが、全部覚えてるって。
わたしの嘘も。
ざわざわする。原因不明の胸騒ぎが、起こした上半身を金縛りにする。
「こず恵」
パパの声。他には何も聞こえない。
「何を覚えてるって言ったんだろうね」
やめてよって思った。わかってるんだ。わたしは逃げてるだけだって。この胸騒ぎと罪悪感は、そのせいなんだって、わかってる。
右手の汗を握り込んだ。
果たしてそれが悪いことなのだろうか。逃げ道がなくちゃ、おかしくなっちゃいそうなときだってあるよ。
今度は左手。
だけど少なくともわたしは、千佳ちゃんとの約束なんて、今言われる瞬間まで忘れてた。それは本当に、許されることだろうか。
「……あ、それとな」
大きなふたつのものに挟まれて動けなくなったわたしに、パパはさらに話を続けた。
やめて。
嫌なの。
母親が出来るのは、怖いの。
パパにだって、そんなのわかってるはずでしょう。
無視しないでよ。
わたしを無視しないで。
「当たり前だけどな、父さんも覚えてるよ」
「え……?」
耳をふさごうとした手が止まる。声は穏やかだった。
ドア下の隙間から漏れる廊下の光が、パパの動きに合わせて揺れる。
「……なあ、こず恵」
パパが照れたように笑う。
「誕生日、おめでとう」
はっとした。
「冷蔵庫にケーキがあるんだ。チョコといちごの」
そうだ。
今日は1月22日──わたしの、誕生日。
わたしは忘れていた。自分の誕生日だというのに。
なにも言ってこなかったけれど、パパの誕生日は、そうだった、先月じゃないか。こうして部屋にこもったまま、あえて知らんぷりをしたんじゃない。わたしはパパの誕生日を、そもそも忘れてしまっていた。
ひどい母親のひどい思い出ばっかり大切に温めているくせに、本当に大事なことを忘れてしまっていたんだ。
……いや、違う。
それは無意識だったかもしれないけど、わたしは忘れてしまったんじゃない。無視してたんだ。
千佳ちゃんとの約束も。パパのことも。新しく出来るという、母親のことも。
それから、わたし自身のことも。
全部ないがしろにしているのは、わたしのほうなんだ。
母親ってものに対する理不尽な恐怖心を、結局わたしはなによりも優先していた。
そんな馬鹿なことに、わたしは本当に今まで自分で気が付かなかったのか?
本当に?
──ほらね。ひどいもんだ。当たり前だけど、わたしはパパにとって、何の得にもならない存在だ。それどころか……。
だというのに、わたしに贈られたパパの「おめでとう」は、あまりに温かかった。世界でいちばん温かかった。
「……うん」
胸が痛い。
痛い。
「……うん……」
「なんだったんだよ」
自転車は走る。千佳は答えない。ただおれを捕まえている腰のあたりを、一度だけ強く握るだけだった。
「こうちゃんだって、何してたの。寒い中さ、玄関で立って待ってたんだよ、わたし」
「……お邪魔しましたって言ってきただけだよ」
「……ふうん」
おじさんと安岡こず恵ちゃんの話を聞いてしまったことは、なんとなく黙っておくことにした。おれが聞いていいことじゃなかったかもなって思ったからさ。あれってひょっとすると、誰も侵しちゃいけない時間だったよなって。
「それよりおまえだよ。急に怒り出してさ」
おれがどんなに恐かったか、千佳はわかってたんだろうか。
「べろべろべろ」
そう言ったきり千佳は黙りこんでしまって、おれのほうからなにか言おうにも、何て声をかけたらいいのかわからないし、だから、おれも黙った。自転車の走る音だけが夜の住宅街に響いた。
青信号が点灯したのを確認して、自転車をこぎ出そうとした時、目の前を何かが横切ったので、おれはブレーキを握った。その甲高い音に驚いて、その何かは一瞬で視界から外れて消えていった。
「猫だ」
千佳もおれの肩越しにその後ろ姿を見ていた。
「なんか咥えてたよ」
「子猫。たぶん」
「え、うそ」
「たぶんそう。足あった」
千佳はホントに子猫だったかって何回か同じようにおれに聞いてから、ちゃんと見たかったと頬を膨らませた。本当はネズミだったかもしれないけどね、それは今更言えそうになかった。何にせよその顔はいつになく笑えた。でも、それもすぐにふっと立ち消えて、千佳は無表情になる。
「なんか、なんかなあ」
「さっきのこと?」
千佳は答えない。
「……言いたいことは言えたんだろ」
1台だけ、車が交差点を走り去っていく。千佳は「まあ」と小さく答えた。
「ならいいさ。たぶんね。だってさ、今日は……世界の終わる日なんだから。言いたいことが言えたなら」
「……うーん……、うん、そうだね」
釈然としない千佳の語調に、おれのほうまで思わず唸ってから、ペダルに足を載せ直した。こぎ出そうってところで、そういえば、なんて思い立って聞いた。
「あのさ、千佳、」
「なに?」
「一体なにがどうなって、あの子と……安岡こず恵ちゃんとさ、そんなに仲良くなれたわけ。すぐに学校来なくなっちゃったんだろ、たしか」
千佳は少し沈黙を挟んでから、その頭をおれの背中に乱暴に預けた。
「友達になれてよかった……って、言われたからだよ」
「……ふうん」
見ると、安岡こず恵ちゃんの家のある通りに、小さな明かりがひとつだけ灯っていた。