第1話 でも、行かなきゃいけないような……
昔書いて、結局どこにも発表していない、短いやつです。今ちょっと新しいのが書けない状況なので、繋ぎに。御涙頂戴って感じなので、苦手な方はごめんなさい。全部で10話くらい。
おれだって、話し始めからこういうことを言うのはどうかと思う。
だけど、言わなきゃ始まらないんだから仕方がない。
今夜ここからおれが話をしようとしてるのは、そういう「どうかと思う」ことなんだ。
そう。
「どうかと思う」ことなんだけど、すごく大切なこと。
誰にとってもね。
──世界がさ、今日きりでおしまいだって言うんだ。
突拍子もない話だ。笑っちゃうよな。
わかってるよ。
だから嫌だったんだ、前振りもなくこういうことを言うのはさ。
でもさ──「仮に」だとしてもさ、聞くけど──自分なら、どうする?
世界が、今夜を最後に終わるとしたら……、どうする?
怯えるかな。
泣いてみるのかな。
それとも──愛しい人、とかに、会いに行くのかな。
それだってなんだって、恥ずかしいことじゃないと思うよ。
だってそれって、すごく健全だと思うんだよ。そうだろ。
…………健全か。
そういう意味で、おれは初め、ちっとも健全じゃなかったね。
これは何の面白みもない、60億分の1のさ、小さな物語なんだけど。
ちょっと話しておきたいんだ。
この小さな町にさ。
覚えておいてやって欲しいやつがいたんだ。
覚えておいてやって欲しい祈りがあったんだ。
だから、聞いて欲しい。
*
「いや、ほんとにすみませんでした」
はげ頭の店主は、精一杯と見える大きなため息を吐いて、片方だけ眉毛を上げると、背を向けて店に戻って行った。ガタン、という戸の閉まる音は、ようやく自分の現実に帰って来た音に思われた。
これっていうのは、もう行っていいってことに違いない。そうだよな。
でも、おれはすぐにその場を離れる気にならなかった。頭を上げる気にさえならなかった。
はげ頭の説教が不当だと怒っているつもりはなかった。少々──と言わず、かなり長かった。あとで笑い話にでもしようと計っておいてよかった……と思うほどだったけれど、言っていたこと自体は至極正当だったから。
4回、しづらい呼吸をして、ようやくおれは、これが惨めな気持ちなんだって気が付いた。
100円ガムひとつを万引きしたことが惨めだっていうんじゃなくてさ。
あ、いや、それはもちろん惨めに違いないんだけど、ここでおれが惨めだって感じてるのは、それそのことというよりも、数年前に侵したその軽犯罪のために、この寒空の下で頭を下げているおれの姿だ。
右の耳に口を寄せて、何か小さなものが言う。
「こんなことをして何になるというのだ」
それはまったく非の打ちどころのない正論だし、家を出たとき、おれの頭にこういう考えがまったくなかったってわけでもない。
それなのに、外に出ずにいられなかった。
その結果が、これだ。
ますます惨めになって、それ以上何にも考えられなくなる。
そうして気が付いたら、家路についているのだった。
清算のつもりだった。
清算といえば、そりゃあ格好はつくけれど、おれが森川商店の前で寒い中頭を下げていたことに、かっこいい理由なんかさ、まったくなくて……、ただ、地獄や煉獄に行くのが恐かったんだ。
地獄や煉獄っていうのも少し現実感に欠けるね。
要するに、死んでも死にきれない状況ってものが恐かった。
だってさ、想像もつかないじゃないか。死んでも死にきれないなんて状況。
もしも本当にあるとしたら、それは途方もなく辛いに違いない。
こればっかりはなんとかして避けなくちゃ。
そう思って……。
いや、あるいはそうではなくて、おれがこんな日にやることといったら、せめてそんな地獄におっこちないための予防線を張ることくらいしか思いつかなかったのが、悔しかったのか。
自分でもはっきり線引きが出来るわけじゃない。
それに、そんなこと、今はもうどうでもよかった。
とにかくそんなふうに考えて家を出て、最初に思いついたガキの頃の窃盗を詫びようと近くの商店まで行って、48分と11秒間にわたる説教を受けて、あらゆる気力が萎えた。
もう結構だと思った。外に出てまたあれを繰り返すくらいなら、地獄に行ったほうがましだとさえ。
ああ、いいんだ、もういい。
部屋に行きついてすぐにベッドに倒れ込むのは、考えてみれば久しぶりだったかもしれない。
そうとも。もう結構だ。
氷点下ギリギリの謝罪劇の一部始終を抜きにしたって、落ちるようにして倒れ込んだ先の柔らかさは、簡単にそう思わせてくれるに違いなかった。
夢を見た。
夢に出てきた予言者は、顔こそおぼろげで性別もわからなかったけど、とにかく、今日の朝のニュースに出る記事をすべて言い当てた。
それから今朝の母親の第一声、電話の鳴るタイミング、すべて完璧に。
こうもことごとく未来を当てられなくったって、その夢には、なんとなく信じずにいられない不思議な感覚があった……。
まあ、経緯なんてどうだっていいだろう。とにかく知ってしまった。
今日きりだってこと。
何がって、何もかもさ。
もう朝日は昇らない。
ことばにすると、たったそれだけのことだ。
要は、世界が終わるってわけ。
今日、2017年1月22日を最後に、世界は終わりを迎えるのだそう。
おれがなによりショックだったのは、おれがちっともショックを受けなかったってことだった。
いつも通りに目を覚ましてさ、母親に言ったよ。今日で世界が終わるって。
あの人だって、もちろん信じない。
「あ、そう。じゃあ、あんたにもらった肩たたき券、今使うわ」
ちなみに肩たたき券なんて一度もあげたことはないんだけど、そんな母親の対応があんまりいつも通りなので、ますますつまらなくなった。
おれはさ、こんな世界に、そもそも執着がなかった。
その事実が、けっこうショックだった。
「香輔!」
母親に髪の毛をつかんで起こされ、ようやく目が覚めた。
今さら本人に言っても無駄だから言わないけどさ、これって虐待だぜ。
「もう夕方だよ。若いのに寝てばっかだと臭くなるってば」
「痛いって。放してよ」
「ちぃちゃん来てるから、起きなさい」
いまひとつはっきり見えない目をこすりながら、前髪を鷲掴みにする母親の手を払った。
「ちぃちゃん?」
くすくすと笑う声が聞こえた。
「やあ、こうちゃん」開いたドアに左肩を預けて、右手を振る。「おはよう」
千佳がうちに遊びに来るのは、昔こそほとんど毎日のことだったけど、近頃ではめっきり珍しくなっていた。そしてその度、舌打ちでもしなくちゃいけない気になった。
「ちっ」
千佳には聞こえていない様子である。
「なんだよ。何しに来たわけ」
「またこの子、照れちゃって。昔は仲良くしてたくせに。ちぃちゃんちぃちゃんってくっついてさ」
「まあ、仕方ないよ、おばさん。わたしがちょっと美人になりすぎちゃったね」
母親はけらけら笑いながら部屋を出た。
「おばさん、ケーキは?」
廊下の奥のほうから、「ないよ」という声が聞こえた。
少し不満そうな顔でベッドの端に腰かける千佳は、1秒前まで母親に話しかけていたくせに、今度はおれに話しかける。こういう忙しさは、昔からちっとも変わらない。本人はそれが普通なのでいいかもしれないけど、そのペースに巻き込まれる人間──たとえばおれとかね──は、見ているだけで疲れてしまう。
おれが「何しに来たわけ」って用件を急いだのは、寝起きのイライラだけがその理由じゃないってこと。
「夕方だよ、こうちゃん。ずっと寝てたの」
「いや、1回起きた」
「なんだ。そうなの」
「うん」
千佳はコートを脱がない。長居するつもりはないらしい。もちろん嫌っているわけではないし、すがすがしい奴だとは思っているので、どちらかというと好きなのだけど、世界の終わる日にまでこいつといたいとは思わないから、それは正直、ありがたかった。
「起きて、何して、また寝たの」
「清算」
「え、なに」
おれが答え直すより先に、千佳はかぶせて言う。これもいつものことだ。
「そういえばさ、こうちゃん。今日、地球、滅びるの?」
顔はニタニタと笑っていた。まるで肥えた鮭を見る熊みたいな顔だった。
「……母さんに聞いたろ」
「ねえ、なんでそういうこと言い出したの」
千佳は興味津々の様子でいる。「反抗期?」
「別にどうでもいいだろ」
「どうでもいいけどさ」
「でも、事実だよ」
千佳は毛を剃られるプードルを見る顔でおれを見て、こきざみに震えた。
「別に笑ってもいいけど」
ぶっと噴き出す。
「あははは! あは! あはははははは!」
千佳は右に左に、前に後ろに身をよじって、膝を叩き手を叩き、おれを指差して、めちゃくちゃに笑った。
1分待っても、3分待っても、一向に千佳のばか笑いはおさまらない。5分待って、ようやく鼻だか口だかを手で押さえながらであれば、ことばがことばとわかるようになってきた。
「お金貸してよ」
「は?」
「お金」
「やだよ、なんでだよ」
千佳はまたいくらか笑って、
「なんでってなんでよ。いいじゃん。……ぷっ、今日で、世界、終わるんでしょ」
ほんのり赤く火照った顔の下半分を、手のひらや手の甲で抑えながら、千佳はその空いた手で机の上の貯金箱を指差した。ピンク色の、豚の貯金箱。
「ほら、あれとかさ、割らないの。かわいくないし、パッと使ったらいいのに」
「うるさいな。割らない。だいたい、かわいくないって、お前がくれたやつだろ、あれ」
「そうだっけ」
「そうだよ」
千佳は目の端の筋肉を緩ませたまま、「わたし、あんなかわいくないのあげないよ」と言う。
しかし、この女がおれにプレゼントなんて殊勝なことをしたのは、あの豚の貯金箱のとき一度きりだ。それも、うんと昔──小学校に入ってからだか、入る前だか、それくらいの頃の話。
「ねえ、外すごい寒いよ。雪降ってないけどね。こうちゃん、お布団に慣れすぎてると死んじゃうぜ」
「知ってるよ。1回起きたんだってば」
「あれ、外出てたの」
放っておけば、こういう調子で延々と無駄話が続くので、ギッと顔をしかめて見せた。
「なに、その顔」
「結局何しに来たんだよって」
千佳も同じようにして、イッとした。なんだよ、その顔。
「遊びに来ただけって」
世界が終わるってときに、よりにもよってやかましい奴が遊びに来たもんだ。
誰だってそうだと思うから言うけどさ、男って、母親になんとなく似た空気がある類の女の人って苦手なんだよな。
「お金なくてさ。街まで出て行こうかと思ったんだけどやめたんだ。で、せっかくだから来た」
「行けばよかったのに。街」
「やだよう、じゃあ、こうちゃん一緒に行こうよ」
「え、なんでさ」
「なんでさってなによ。ひとりで当てもお金もなくぶらつくのって、それさ、だめだよ」
千佳は眉を八の字にしてかぶりを振った。
「ナンセンス」
「ふたりならいいわけ」
「そりゃあね、もちろん。ウィンドウショッピングっていう、ちゃんとした……スポーツになる」
あまり構って相手をしてやっていると、この女子高生の口が止まることは決してない。それは誰にとっても嬉しかないはずだ。そう思って黙っていると、
「踊ろうかな」
「なんで」
「こうちゃん、話したがらないから」
今度は踊り出した。しかし、おかしなもので、そろそろ見飽きてもいいはずのそのダンスは、いつもおれを退屈させない。あ、いや、退屈はしているんだけど。見入るわけではなくてさ、なんていうか、白鳥のように羽ばたく千佳が部屋に一羽いると、なんとなく安心してしまうのだ。そのせいか、だんだん、ふたりで中心街に行ってもいいような気になってきていた。
「……いいよ。街、行こう」
「お、効いた?」
「踊りが?」
そう、と頷く。
「うん……。知らないけど、明日か明後日……」
おれは言いかけて、ああ、という声で無意識にかき消してしまった、
「学校の帰り? いいね、じゃあ井上くんとか祐子とか呼んで、みんなで行こうよ」
「だめだめ、千佳、だめだ」
「え?」
「無理だった。明日も明後日も来ないんだ。世界がさ、今日きりだから……」
千佳はまた笑いだすと思った。
でなきゃ、ムッとした顔をすると思った。
実際は、しかし思ったよりずっとショックを受けたような顔をした。
しまったと思った。
なんとなく、そう思わされる顔だった。
「なんでそういうこと言うかな……」
「あ、ええと……」
事実なんだけど、とつなげるほどバカなことはせずに、ぐっと飲み込んだ一方で、千佳は、
「悲しみのダンス」
と言った。
おれが「は?」と言うが早いか、さっきの白鳥の踊りを少し物憂げな顔でやる……というだけの悲しみのダンスを踊って、千佳は満足げな顔をした。
白鳥は日が暮れ出した頃には巣に帰った。
そのとき一緒に居間まで下りて、そこで夕飯を待つことにした。明かりを点けるほど遅くもないけど、明かりを点けないので薄暗い部屋が、少しだけ世界の終わりの空気を醸している。それでおれはどうしてか、少し嬉しくなって「ニュースもこれで見おさめか」と、わざとらしくつぶやいた。
「あ、そっか、今日って、世界最後の日だったわ」
母親がなんでもない顔で「しくった」と言った。
「でも、まあいっか。ゆうべのカレーくらいが、最後の晩餐にふさわしい人生だったってことね」
いただきまあす、と気の抜けた声。育ちの悪い母親は、片膝を立ててスプーンをくわえながらも、
「絶品。こりゃあ青山にお店が立ちます。シェフも納得の一品」
だの、
「あんた、最後くらい、冷める前に食べなよ。あんたにはもったいない晩餐だわよ」
だのと口数が減らない。
言われなくても、おれだってカレーを冷ますほど罰あたりではないから、生唾を飲んで、ルーの海を割り、白い真綿にさっくりとスプーンを差し込んだ。
自分が食えと言ったくせに、そのいいところで、「そういえば、あんたさ」と母親が口を挟んだ。
「宿題やったの」
「宿題?」
「しゅくだい? じゃないでしょ。やったの」
「No」
「Noだと」
「途中まではやったよ」
「ははん、ハーフタイムね。後半のキックオフはいつかしら」
「さあ」
答えると、母親は歌舞伎みたいなため息を吐いた。これも30年以上続く伝統芸能だ。
「また中途半端にやってさ。そんなだからモテないのよ、あんた」
「うるさいな」
カレーをくちゃくちゃ鳴らしてしゃべりながら、そんなふうに言われるのは心外だ。
「習い事だって、いッつもあんたがやりたいって言い出すくせに、1ヶ月続いた試しがないときた」
「剣道は続いたよ」
「続いて1ヶ月でしょ。もうね、どうしたらいいやら」
どうしようにもねえ、育ちが悪いのねえ、親の顔が見たいってもんだわ、なんてぶつぶつ言って、カレー皿を見たり、おれを見たりする。これで怒っているのか、呆れて怒る気にもならないのか、おれにはどっちかわからなかった。
いずれにしたって居心地が悪かったから、さっさとカレーをかっこんで、ごちそうさまと席を立った。部屋に戻るつもりで居間を出たんだけど、階段に差し掛かるところで、携帯を置き忘れてきたことに気が付いた。ああ、戻れば何か一言、母様から追撃を食うだろうな。
ところで、その母は、耳が人より良くないのか、いつもテレビの音量を大きくする癖がある。初めてうちに呼んだ友達なんか、みんな「テレビでっかいね」と苦笑いをするのがお決まりだった。それに対してのおれの返答はまだ良いものが見つからなくて、その都度考えて、歯切れ悪く、おもしろくもなんともない切り返しをするはめになった。
そんなうちのテレビのことだから、廊下にもその音は聞こえていて、そのためそれがプツンと止んだのにも気が付いた。ずぼらな母親は基本的に点けっぱなしにする性質だから、おや、と思う。居間のドアノブに伸ばそうとしていた手が止まる。
「せいちゃん」
小さな声だったけど、よく響いた。せいちゃんっていうのは、親父のこと。おれが生まれる前には、父親のことをそう呼んでいたみたいだ。
聞き耳を立てるつもりはなかったのに、あの人がドアの向こうで急に話し始めてしまうものだから、身動きが取れなくなってしまった。いつからかおれには、母の口から父に関することばが出ると、その場で固まる癖がついていた。
居間は静かだった。時計の音さえ聞こえてきそうだった。
「あの子、どうしようか」
重く、長い間。
「香輔って……、名前がさ。なんだ、もったいない。ね」
親父が付けた名前なんだって、聞いている。将棋好きの父は、その趣味が高じて、一人息子の名前さえ、それにちなんだものをって考えたみたいだ。そう。香車ね。
どうして香車かっていうと、この辺のことはもちろん、母親から聞いた話なんだけど、行くとなったら絶対に引き返さない、前進あるのみの香車の駒が、父は好きでたまらなかったからだって。ちなみに、父親がその好きな駒をうまく扱えたのかどうかは知らない。母に聞いても、「わたし将棋よくわかんない」と言うだろうし。
さて、これには心の奥がささくれだつのを感じた。知るかよって毒づきたい気分でさえあった。おれには、おれの命名に関わることなんか出来なかったんだから、しょうがないだろうって。
だいたい、いいじゃないか。今日でこの世界はおしまいなんだから──それがわかってるんだから、宿題なんかやらなくったって、誰もとがめたりしない。するもんか。そうだろう。
ふつふつするおれの気持ちにかまわずに、居間の母の声は軽やかだ。軽やかに息をついて、「いいんだけどね」とぽつり。夫への一人語りをこう締めくくる。
「明日も、あの子が元気でいますように」
おや。
煮えていたハラワタのひとつひとつが、急に温度を下げ、「おや」「おや」と言いながら顔を見合わせているのがわかった。
明日も、おれが元気でいますように。
ニタニタしながら居間に入って行ったら、あの人でもさすがに照れた顔をするかしら。
それとも、これを千佳のいるときにでも笑い種にして、あの飄々とした雰囲気が強張るのを、一度見てみようか。
どっちも面白そうだったのに──どうしてかは、わかんないけどさ──、あいにくどっちを実行する気にもならなかった。かと言って、何もせずにいることだって出来なかった。
時計を見る。7時を回っていた。
急いでドアノブを引っつかみ、居間に入って、置き忘れた携帯を引っ手繰りながら、目を丸くする母親に言った。
「ちょっと、出てくる」
「出る?」
「えっと……、そう。出かける」
「どこによ。もう7時過ぎてるよ」
どこに、と言われてもわからなかった。そもそも、本当に出かればいいのかってこともわからない。
「でも、行かなきゃいけないような……」
「は? だからどこに」
「えっと……」
時間のなさは、もちろん大いに自覚してたよ。試験時間の残りが5分しかないことを告げる時計を見る顔をしているのが、自分でわかった。母親がぎこちなく神妙な顔をしてたのは、そんなおれの八の字眉毛と、落ち着かない顔を見てのことだったと思う。それでも、おれはその困った顔で言った。
「世界を、救いに……?」