〈Bar〉 4
言葉とともに、腕に力をこめる。
捻り上げるぐらい簡単だ。組み敷くことも造作無いだろう。こんな子供一人、無理やり手ごめにするぐらい訳はない。自分の力を見せつけて。
そこまでスタンリーは考えて、顔を歪ませた。そんなことをして、どうなるというものでもない。
「試してみればいい」
途中まで、スタンリーは本気だった。だが少年は、顔色一つ変えずにそう言った。
相手の方が一枚も二枚も上手なようだ。そんなことを言われて、ホイホイ尻馬に乗るようなスタンリーではない。
さっきは、少しとり乱してしまっただけだ。
スタンリーは少年の腕を離すと、溜め息を吐いてスツールに戻った。
「話を聞こう」
少年は何事もなかったような顔で、スタンリーの名を呼んだ。
「スタンリー。スタンリー=クォーツ」
酒の入ったグラスに伸ばしかけていたスタンリーの指が、ビクリと動いた。
その名で呼びかけられたのは、一体何年ぶりだろう。当てずっぽうで少年が言ったのではないことぐらい、相手の顔を見なくても分かった。
「初めから、俺を探していた訳か?」
スタンリーは、その名で呼ばれることを認めた。認めざるを得なかった。
「昔は、血塗れスタンリーとも呼ばれていたんだっけな」
少年は、さらりとその伝説となっている名を口にした。
酒場の中の視線が、スタンリーの背に集まっている。それが、快感でもあった。
スタンリーは自嘲気味に呟く。
「二十年も前だ。お嬢ちゃんが生まれていたとは思えないが?」
揶揄るようにお嬢ちゃんと呼んだが、少年は気にした様子もなく頷いた。スタンリーより人間のできがいいのか、相当問題があるかのどちらかだろう。
少年は顔色一つ変えずに、スタンリーの驚くような言葉を次から次へと並べていく。
「禿げ鷹のジョン。あんたの昔の仲間のジョン=シボレーは、私の父だ」
スタンリーは、懐かしい名前が飛び出して、驚くより何より開いた口が塞がらなくなった。
禿げ鷹のジョン、血塗れスタンリー。
最強コンビの賞金稼ぎは、今や伝説となっている。もう二十年も前の話だ。
スタンリーは開いた口をようやく閉じると、一旦止まった思考も再開させた。
「ちょっと、待て、あいつのガキで砂漠と言えば」
スタンリーは、露骨な溜め息を吐いた。
「宝探しなんて、俺はごめんだぜ。パーティーもやめたんだ。他を当たれ」
スタンリーは、少年に向けていた身体を前に戻した。
話を聞くまでもないことだ。スタンリーは、とっくに賞金稼ぎから足を洗っている。
この二十年、砂漠に出ることはあっても、決してパーティーを組んだりはしなかった。せいぜい当座の資金を稼ぐのが目当てだった。だから、腕は鈍っていない。
だがスタンリーは、もう血塗れスタンリーと呼ばれた頃のスタンリーではない。だからこそジョンとのパーティーも解消したし、以来ずっと一人で地下に潜んでいる。