〈Bar〉 2
「砂漠かい?」
誰かの言葉に、小柄な少年は頷くだけで返事はせず〈Bar〉の中を見回した。物馴れた様子に、新たな興味が湧いてきた者もいるようだ。
年の頃は十四、五で、中流以上の人間に見えた。間違っても、こんな場所に慣れている筈のない人間だ。
少年は、一人の獣人を認めると、カウンターに真っ直歩み寄った。
獣人とは、そのものずばり半分は獣で、半分は人の異形の生き物だ。
人型はしているが、頭部は獣や鳥で、全身を羽毛などの体毛に覆われている。獣人は、世界の滅亡後の混乱の中から生み出されたとされていた。
生物兵器だったとも、獣人こそが世界を滅ぼした侵略者だったとも言われていたが、幾世代も経て、この世界の中に溶け込んでいた。獣人は、人間よりも身体能力に優れている。
身の軽さや動きの素早さは、獣の本能に近い。もちろん知能指数は、人並みにある。
「ウルフマンがいるなら好都合だ。仕事を頼めるだろうか?」
少年は、獣人であるスタンリーの側に立つと、ためらいなく声をかけてきた。ウルフマンという俗称からも分かる通り、スタンリーは狼と人の混ざり者だ。
ザワついている店内だが、もちろん少年の声はスタンリーに届いていた。だがスタンリーは、聞こえなかったふりで、飲んでいた安酒のグラスを両手で包み込んだだけだった。少年は痛いほど強く、スタンリーの横顔を見つめている。
「そんな老いぼれはやめて、俺にしときな」
どこからか、そんな野次が上がる。
砂漠に好んで出る者は、賞金稼ぎか傭兵と相場が決まっている。
金の為なら命も惜しくない連中だ。賞金稼ぎでもなく、腕に覚えのない人間が別の街に行く為に砂漠を渡る場合などには、傭兵を用立てる。ボディガードだ。
この店にも、腕に覚えのある傭兵ならかなりいた。スタンリーは、彼らの腕を買っている訳ではない。所詮、若造に過ぎないと思っていた。
張り合おうという気はない。スタンリーは、もう昔のスタンリーではなかった。
少年の容貌の為か、卑猥な揶揄いの言葉が幾つも投げられた。獣相手じゃないと感じないのかだの、ラバーズクラブは通りの向こうだの。
少年は相手をせずに、スタンリーを見つめているだけだ。スタンリー自身に対する揶揄も多かったが、その全てを聞き流した。
怒りすら湧かない。スタンリーも、もう四十までに数年を残すのみとなっている。
「貧弱な爺さんじゃな」
スタンリーは、心の裡で嘲笑う。
スタンリーの過去を知る者は、ここにはいない。一番年長の者でも、スタンリーが第一線で活躍していた頃は、幼児に過ぎなかった筈だ。
名前だけは、それでも伝説のように残っている。だから名前は、スタンリーも流石に名乗らないことにしていた。ウルフマンということで、その名を引き合いに出されることも、ないことはない。