彼らの未来
スタンリーは立ち上がると、PHの背後に回った。
銀鎖を首に回すと、留め具を留めてやる。
PHは、少年と同じ仕草で十字を握った。
「私に惚れたから、私を殺せなかったんだろう。機械フェチか?」
スタンリーの顔が引きつる。
このガキと言いたいのを堪えて、スタンリーは、辛うじて余裕のあるところを見せた。
「そういうことにしといてやるか」
PHは、ちらりとススタンリーを振り返ると、
「私にも趣味はある。獣人の老いぼれなんて願い下げだね」と、言った。
PHが背中を向けていなければ、スタンリーは、胸倉を掴んでいたかもしれない。
「どこでそういう悪い言葉を、覚えたんだ? って言うか、お前、イフそのものだろう。俺はな、根性悪いガキは嫌いなんだよ」
そう言って胸倉を掴む代わりに、スタンリーはPHの髪の毛をくしゃくしゃにしてやった。
手触りは、人間と変わらない。
PHは、無表情な顔のまま、スタンリーに向き直った。
PHの瞳は、青だ。
フィズの目は、スモーキーブルーだったとスタンリーは研究員に言ってみたが、インストールされているフィズのデータでは瞳はブルーだったと返された。
灰色がかった吸い込まれそうな暗い瞳で、イフはただスタンリーを見つめていた。
あの瞳の奥に、どんな心が隠されていたのか。
少年の死んだ今では、分かりようもない。
スモーキーブルーだと思ったのは、スタンリーの見間違いだったのだろうか。
いや、違う。スタンリーにはそう見えたのだ。
少年は、濁った死んだような目をしていた。とっくに、生きることを放棄していたのだ。
「やっぱ、あいつを犯しとけばよかったぜ」
思わず、スタンリーは呟いていた。
「今からでも試せばいい」
PHは、顔色一つ変えずにそう言った。スタンリーは平常心を保っていられなくなる。
本当に、どこでこんな言葉を覚えてきたんだろう。
PHは嬲るように、スタンリーの胸から下腹にかけて、シャツの上から指で撫でおろした。思わずギョッとして、飛び退くスタンリーだ。
「あのなぁ、お前は有性じゃないだろうが」
動揺したスタンリーはそう言いながら、自分の体を守るようにガードしながら、ベッドに座り込んだ。
PH、Z1-PPRは、表情筋を動かすプログラムを施されていないように、無表情な顔をしている。
イフと同じ声、同じ顔、同じ肉体、同じ仕草。
何一つ変わらない。
ただ違うとすれば、スタンリーとともに過ごした時間を、共有していないということだけだった。
あいつは何だったのだろうと思う。
スタンリーと出会った時には、とっくに死んでいたのかもしれない。
何も映さない、スモーキーブルーの瞳。
「これから、どうするかだな」
スタンリーに、行く場所なんかない。それは、このPHも同じだった。
「一緒に砂漠にでも行くか。骨を埋めに」
誰のとは、スタンリーは言わなかった。スタンリー自身の骨かも知れない。
砂漠の太陽の下で死んでいくのが、スタンリーには相応しいかもしれない。
PHは「それもいいね」と、静かにスタンリーに返した。
スタンリーは、PHの身体を抱き寄せると、親に甘える子供のように、PHの腰のあたりに顔を埋めた。
PHの身体は、微かな弾力と温もりをこの手に返してくれる。
スタンリーは、きっと幻を見ていたのだ。
幻を愛したに違いない。
PHは、スタンリーのしたいようにさせていた。静かな表情を湛えているのは、見なくても分かる。
PHは、スタンリーの鬣を優しい手つきで、撫でた。
スタンリーは、胸の中で、荘厳な音楽が鳴り響くのを聞いたような気がした。
地味な話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
主役を変えて連作形式で物語は続きますが、需要がなさそうなので、ここで終わっておきます。




