獣の男と機械の少年
「お前を身代わりにして生き残った少年は、結局死んだよ。お前を本当は、破棄すべきだったんだろう」
だがと、スタンリーは言った。
「俺はお前を、助けたかった」
「私をですか?」
PHは、軽く首を傾げた。
それは、動作パターンの一つに過ぎない。感情の表れではないのだ。
「私をか?」
スタンリーは軽く微笑んで、PHの言葉を直した。
スタンリーは、あの少年を死なせたくなかった。
たとえ機械にしてもあの少年を思わせるものを、壊すなんてことはできなかった。
少年自身を殺したのは、スタンリーも同然だった。
スタンリーがもっと早く真実に気付いていたら。少年は死なずに済んだだろう。今更言ったところで、何にもならない。
もしも。もしも。もしも。
「俺が、お前のオリジナルを殺したんだ」
PHは、もちろん驚いたりはしない。
ただ、スタンリーを見つめているだけだ。イフとは違う青い瞳で。
「オリジナルは殺して、私を生かすのですか。生かすのか」
PHは、自分で自分の言葉を直した。そして、スタンリーからバーンに目を移した。
「変わった冗談、だな」
その中に嘲ったような響きを感じてしまうのは、スタンリーだけだろうか。
「冗談じゃない。殺したのは、俺だ」
PHは、気にした様子もなく一つ頷いた。
フィズの見せる仕草に、よく似ていた。似ているのではない。
フィズは、PHを破壊された時、自分自身が死んだように思ったに違いない。それからのフィズは、フィズでありフィズでなかったのだ。
「分かった。あなたが私の主人ということだな」
スタンリーは、すかさず仲間だと否定した。
バーンは、全てやることを終えたのか、ラップトップとPHを繋ぐプラグを外した。
端子にカバーをかけると、後はPHみずから扉のように開いていた皮膚の一部を身体の中に押し戻した。膚は継ぎ目もなくぴったりと塞がる。
そうなると、もう外見からは中に配線が入っていることなど想像もできなくなっていた。
「あなたの名前を?」
PHは、スタンリーを静かに見つめている。
「あんた。いや、リーでいい。俺は、スタンリー=クォーツだ」
スモーキーブルーの瞳を持つあの少年は、もういないのだ。
スタンリーはPHに手を差し出した。PHの出した左手を軽く握ってから離した。PHの手は小さく、温かった。
偽物の温もりが、その手には宿っていた。
それから数日後、動作確認や点検を全て終えて、PHは自由の身になった。
PHは、ダウに途中まで連れられて、スタンリーの泊まっていた宿までやってきた。
半獣の青年は、機会があればまた会うだろうと言って、スタンリーには会わずに帰ってしまった。
礼一つ、言えなかった。
ダウが本名なのか、どこに住んでいるのかも分からない。
しかし、機会があれば、本当にまた会えるかもしれなかった。
スタンリーは、PHをどうするかを、まだ考えていなかった。
誰の庇護もないPHが、一人で生きていけるものなのか。
PHは、誰かの、または、何かをする為に存在する。
フィズが死んだ時、フィズを模されて造られたPHは、既に存在理由を失っていたのだ。
それをスタンリーが言うと、PHは、あっさりとこう言った。
「これからは、あんたの為に私はいることにするから。それでいいんじゃないか。あんたの側にいようと、あんたと離れて一人で生きていくことになっても」
フッと笑う笑い方も、あの少年を思わせた。
「何かいい名前が必要だな」
狭いベッドに座っていたスタンリーは、部屋の中に立ち尽くしたままの少年を、見上げた。
フィズでもイフでもない、もちろんZ1でもない名前。
スタンリーは、枕の下から十字のついた鎖を引っ張り出した。ちぎれた鎖は、店で、留め具だけ交換してもらった。
「これを、お前に返しておこう。お前が持つべきものだ」




