再会
準備を済ませると、バーンはZ1の頚動脈に手を当てて、白衣のポケットから出したヘラのような金属を、首筋に差し込んだ。
思わずスタンリーは、奥歯を噛み締める。
皮膚の一部が、扉のようにこじ開けられる。
血は出なかった。
皮膚の下には白い脂肪のようにも見える、ラバーのようなものが詰まっている。
その奥にあるのは、配線だった。接続端子のカバーをとると、バーンは、ラップトップから伸ばしたプラグと接続した。
これは、機械なのだ。
スタンリーは胸が苦しくなり、その少年そっくりのPHから目を逸らした。
バーンは無口なのか、ダウから何か聞いているのか、スタンリーに話しかけてはこない。
スタンリーは、窓もない小さな白い部屋の壁を、ただ見つめていた。
部屋には簡易ベッドと二つの机と棚が一つあり、ベッド以外は、書類や記録チップのケースなどに、手の着けようがないほど占領されていた。
バーンに、プログラムが完了したと言われ、スタンリーは再び少年の方に目を戻した。
首の配線とラップトップの配線は、繋がれたままだ。
バーンは、ラップトップのキィを幾つか押した。
PHの瞼が開いた。
幾度か瞬きして、バーンに焦点を合わせる。
PHの瞳は、スモーキーブルーではなく、澄んだ青だった。
スタンリーは、バーンにそれを言おうとしたが、彼は気付かず自分の仕事に専念している。
「Z1-PPR。お早う。私はDrバーンだ。これから君のメンテナンスを、担当することになる。オートメンテナンス機能が壊れた場合などは、私が診ることになる。コードをプログラムしておく」
バーンの指が、ラップトップのタッチキィの上を滑るように動いていく。
「初期入力の性行パターンが、未入力なのはなぜですか?」
それが、PHの発した第一声だった。まだ耳に残っているフィズの声と、その声はすんぶん違わない。
スタンリーは一瞬、あの少年がここにいるのだと思ってしまった。
声帯もフィズと同じなのだ。声が同じなのも当然だった。
無機質で淡々とした話し方と、表情のない顔。
じつは少年は死なずに助かって、その見舞いに訪れたのだと、スタンリーは思いたくなった。
しかしスタンリーの腕の中で、沢山の血を流してフィズが死んだという事実は変えられない。
それが悪い夢だったと思えれば、どれだけ楽だろう。
そんなスタンリーを嘲笑うかのように、目の前の少年は、首からプラグを垂らしていた。
これが事実だというように。
「可能性の範囲を、広げる為だ。と言うか、君をどんな性格にするか、私には決められない。決めてくれる人間もいないから、君自身が作り上げていくことになる」
PHは軽く頷くと、質問がありますと言った。
声が同じぶんだけ、微妙な喋り方の違いが耳について仕方ない。
フィズならまず、ありますなんて言葉は使わないだろう。
質問があるんだがとか、質問があるとか、そんなふうにあいつなら言った筈だ。
「話し方は、変えていける」
白衣の男は、スタンリーの気持ちを見越したようにそう言った。
スタンリーは顔を俯けて逡巡していたが、その言葉を口にしていた。
「質問がある」
PHは、質問があると、スタンリーの言葉を繰り返した。
「私のオリジナルは?」
PHは、バーンとスタンリーのどちらに主導権があるのか測りきれないらしく、二人の顔を交互に見ていた。
バーンはスタンリーを見て、彼が黙っているのを見てとると、スタンリーの代わりに答えた。
「死んだそうだ」
PHは、バーンに視線を合わせた。
「私は、その身代わりに造られたのですね?」
PHは、淡々とした声で念を押す。
「造られたんだね」
スタンリーは、PHの言葉を直してから、顔を上げた。
そして、PHから目を逸らさずに、話しかけた。
「Z1、いや、お前はある少年の身代わりとして造られて、その少年の代わりに一度は死んだんだ」




