〈Bar〉 1
ある時、一つの世界が滅んだ。
それがいつのことで、どのように世界が滅んだのか知っている者は、今の世の中どこを探してもいないだろう。
世界はある時から、その半分以上を砂に被われて存在していた。
何が起こったのか、分かっている者がいるとすれば、それは世界を滅ぼした者だけかもしれない。
世界は滅んだが、人はそれでも生き続けていた。
世界の殆どが砂で被われている為、辛うじて人が住めるように残された場所に人々は殺到したようだ。増えていく人員を養うには、人に与えられた土地はあまりにも小さすぎたと言える。
人は領分を横に広げることができない代わりに、都市を上下に発達させた。超高層と迷路のような地下を持つ都市が、砂漠と砂漠の間に点在することになった。
人間は、上昇を好む生き物である。結果、街の下層域には、競争からあぶれた者達が吹き溜ることになった。街の下層域になればなる程、棲息しているのは禄でもない奴らと決まっている。
その〈Bar〉は、最下層域にあった。地下十数階の下層域である。ここで生きている連中は、その一生に一度も日の光を浴びないまま死ぬ者も多い。
〈Bar〉は、情報ツールとしての役割を果たしている。酒場には、人と情報の両方が集まった。人と情報が欲しければ、〈Bar〉を探せばいい。ただ他所者が、そこから無事に生きて帰れる保証は一つもなかったが。それを知っていても、行くだけの価値ならあった。
そう言う下層域にこそ、強者とも呼べるアウトローが潜伏しているものだからだ。そんなあぶれ者を探して、今しも一人の少年が〈Bar〉の扉を押し開けようとしていた。
〈Bar〉の内部は、ほぼ満席に近かった。
薬と煙草の煙で、店内は煙っている。
扉が押し開けられた。酒場には不似合いの、身なりのいい少年が一人、気後れした様子もなく店に入ってきた。常連客では、無論ない。
他所者が入ってきた時の常で、店内の視線とも呼べない注視は、全てその新参者に向けられていた。そこそこ腕の立つ者でも、大抵の者がその一種異様な雰囲気に飲まれ、すごすごと引き返せざるを得なくなる。 ここで揉め事になって殺されても文句も言えないし、同情してくれる者もいない。死体は処理業者が勝手に解体して、臓器ブローカーに売りつけて、それで終わりだ。
少年に待っているのは、死か、それとも?
「傭兵が一人要る。我こそはと思う者はいるか?」
少年は静かだがよく通る声で、そう言った。少年は店の、そこにたむろする人間の持つ雰囲気に、飲まれなかったようだ。
客の幾人かは、もう興味は失せたとばかりに、少年から視線を外した。スタンリーもその内の一人だった。




